2-3  『喧嘩の時は健康第一』

 アルフォードは売られた喧嘩は買う主義だ。二千年前では旅の道中に喧嘩を吹っかけて来た冒険者や武者修行の剣士の喧嘩を片っ端から買ったものだ。とはいえ二千年前の旅の終盤までは今の様な力も技術もなかったから敗北の方が多かったが(殺す気で掛かって来る奴は例外)。


 喧嘩を買う度に傷を増やして仲間に心配されたのが懐かしい。今となっては仙術でどうにもできる傷の事を思い出すと負傷しても簡単には治らないあの時の緊張感が想起される。


 だが、喧嘩を買ったにしても今回《リビルド》の地下基地に足を踏み入れたのはあくまでも健康診断と体力測定の為だ。事を成すのはそれらが終わってからでなくてはならない。

 そう言う理由もあり健康診断を終えリアと一緒に体力測定に勤しみながら会話をしていた。


「なぁリア、あの男の事どう思う?」


「う~ん……少なくともそれなりの実力はあるよ。こっそり魔眼で見た時に内包するマナの量は魔術師のソレだった」


 ランニングマシーンの上で走りながらそんな会話を続ける。


「連れの人達もそれなりの手練れだと思う。まぁ、だからってあの数だけなら私だけでもなんとかなると思うけど……」


「本来各支部の人員はそれなりにいるモンだろうからなぁ。俺達の支部は新設したばっかりだから少ないってだけで、一個中隊で来てる可能性は高い」


「となると真正面からやり合うのなら人海戦術をどう捌くか、だね」


 反応速度を調べる為のワニワニパニック増量版。計二十個の穴から出て来るワニをピコピコハンマーで叩いて点数を稼いでいく。

 当然、魔眼を持つリアは逸脱した精密さで叩くし、血法を使えるアルフォードは数の暴力で叩いていく。


「相手の性格上こっちの不利になる事なら何でもするだろ。連れの反応も「いつも通り」って感じだったし」


「今までの戦闘と違うのは相手の熟練度だよね。学生ならまだしも《リビルド》に所属するほどなんだからそれなりの訓練は積んでるし、普通の作戦で通用する相手かどうか……」


「模擬戦の申請が受諾されるまでフィールドがどんな形なのか分からない以上俺達に出来る事は得手不得手を振り分けて行動を決めるしかない。まぁ、俺達はずっと一緒から問題はないけど……」


「うん。まずはジンの事についてもっと知らないとね」


 跳躍力を図る為の垂直飛び。壁にメモリが振り分けられていて、やはり体力お化けもいるのか天井まで伸びている。というか天井には既に修復された穴がある。面白そうなので脚にマナと“氣”を溜め込んでジャンプして自分も顔を天井に突き刺しそのままぶら下がった。


「でもあくまでそれはそれだ。一番大事なのは絡まれたからぶん殴ればいいって訳じゃなくて、ジンの凄さをどう分からせればいいのか、だ」


「まったくあの男……ジンがどれだけ頑張ってるのかも知らないで馬鹿にするだなんてほんっとうに許せない!」


「ま、それを分からせりゃこっちのモンだ。戦術立案はそっちに任せてもいいか?」


「アルはどうするの?」


体力測定コレが終わったらちょいとやりたい事があってさ」


 パンチングマシーンに向かって手加減なしで拳を振る。さっきと同じ方法で力を放つと酷く歪んだマシンが吹っ飛んで壁に激突する。これも今までに同じ事をしてきた輩がいたのか、壁には幾つもの修復跡が残っていた。


「情報はもう掴んでるの?」


「平手打ちした時に血の糸くっつけといた。向こうの作戦は全部盗聴してるから、後でスマホで送る」


「相変わらず血法って万能なのね……」


 その後も学校で行った通りの体力測定を行い、時々戦闘力を図る為の測定も行ったりして同じ時間に測定を受けていた構成員の度肝を抜く。一見すれば普通の少年少女が群を抜いた数値を出せば誰だって驚くだろう。


 そんなこんなで軽い騒ぎを起こしつつも体力測定を終えると晴れて自由の身となりジンと合流する、のだが……喧嘩を吹っかけて来た奴らを返り討ちにするという追加された予定の為に下準備をしなければならない。

 一人だけなら一個師団を相手にしても問題はない。だがリアとジンがいる以上自分勝手に行動は出来ないのだ。

 なのでこれは一人で盤面を搔き乱すための準備でもある。


 とにかく誰もいない空き部屋を目指しながらリアと別れて仙札の製作準備に取り掛かった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「いや~、勢いで来ちゃいましたね!」


「余計なお世話だと何度も言ったからな」


「分かってますって。ただちょこ~っと覗くだけです♪」


 二か月ぶりに訪問した《リビルド》の地下基地。フィーネは黒隴こくろうに車椅子を引いてもらいながらそんな会話をしていた。


 別に彼らの様子を見に来なくたって問題はないだろう。ジンはここに居たからここのルールも案内も出来るだろうし、リアは状況判断力に長けているから問題行動は起こすまい。アルフォードだって先の一件ではリーダーとなってベレジスト高校を導いたのだ。心配する理由はない。


 それなのにわざわざ後を付けてきたのには理由がある。

 初めて出来た可愛い後輩達の事を知りたい! 自分達上司の前ではきっと言えない事もあるだろうから仲間内だからこそ出来る会話をこっそり聞きたい!

 それだけだ。


「案内通りに進んでいればもうそろそろ健康診断と体力測定が終わる頃でしょう。あの二人の性格上ジンに案内を頼むはずですから、尾行しちゃいましょう」


「楽しそうだな。フィーネ」


「当然です! 後輩たちの面倒を見なければならないのですから、彼らを知りたいと思うのは当たり前のことですよ。まぁ、それ以外にも個人的に興味がありますし」


 そんなやり取りをしているとガラス張りになった通路からフロア全体が見下ろせる通路まで移動する。すると早速リアとジンの姿を発見して話し合っている所を目撃した。

 が、肝心のアルフォードは見当たらない。リアはずっとアルフォードにくっついている印象だったが割とそうでもないらしい。


「あらあら、随分と楽しそうに話していますね」


「アルフォードの姿がないが……」


 そんな会話をしていると久しぶりにここへ来たという事もあってか、ここに滞在していた同期から声をかけられる。


「おぉ、久しぶりに来たんだな。フィーネ」


「お久しぶりです」


 軽く手を振って挨拶をすると顔に傷が増えている同期の構成員を見る。彼も支部の上司である関係柄、会ってはこうやって挨拶を交している。のだが……。

 同期の男は駆け足で近寄って来ると小話をする様に話し始めた。


「なぁ、一応聞きたいんだがあの二人がお前の所の新入りでいいんだよな」


「はい、私の可愛い後輩です。でもよくわかりましたね」


「やっぱりまだ来たばっかりなんだな……」


「??」


 何か意味ありげな言葉に首をかしげる。リア達の話を持ち出して来たという事はあの三人に何か関係があるのだろうか? と思って聞き入ったのだが、関係があるどころか関係しかない話に思わず素の反応を返してしまった。


「設立されたばかりの支部の新入りが喧嘩吹っかけられて模擬戦するんだって今話題になってるんだぞ」


「…………」


「「え?」」



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 模擬戦の申請が受諾されてから十五分が経過した。それまでの間に下準備を整えたアルフォードは案内の下準備室まで足を運んだのだが、その先で待っていたのはやる気満々のリアと少し自信がなさげなジンの姿だった。


「リア、作戦は?」


「こんな感じ。アルとジンから貰った情報でそれなりに組めたと思う」


 どうやらジンには既に作戦を話していた様でこっちにだけデータが送られてくる。それは事前に手に入れた訓練場のフィールドを考慮して展開される作戦で、三手に分かれて各部隊を各個撃破するという物だった。


 実力差を考慮すればそうなるのも無理はない。こっちは少数精鋭でも人海戦術で掛かってこられれば手数に戸惑うだろう。なればこそ各個撃破。多少無茶をしてでも“戦いに勝つ”のであればこの作戦はそれなりに合理的と言えるだろう。

 しかしそれは彼らの実力を完全には図れていないからこその評価。


「作戦は悪くねェぜ。でも奴らは普通の奴らとは違ェ」


「というと?」


「あん時も言ったがアイツらはここでも上澄みな方だ。それだけに踏んで来た場数もそれなりにある。実際、アイツらが駐在してる時に起きる模擬戦は全部勝ち星を取ってんだ」


「つまり経験の差から俺達の作戦は裏を突れる可能性が高い、と」


「おう」


 充分にあり得そうな話だ。経験は時に直感を引き起こして知識とは比べ物にならないほどの効果を発揮する。数々の場数を踏み、経験を蓄積してきたからこそ発揮する土壇場での爆発力……。二千年前でもそういう相手には苦労したものだ。


 今まで自分達が戦って来たのは殺し合いも知らない異形種と学生のみ。世界を守る為に暗躍し、場数を踏んでる構成員はその前提から違うだろう。

 突き詰めればリアの立てた作戦には隙がある。その隙を突かれたら……。

 当然予備プランを用意するつもりではあるがそれもその場しのぎにされてしまえば本来の効果は発揮しない。


 後手に回った策では何も変わらない。

 幾度となく経験した苦い記憶だ。


「俺もここにいた時は訓練の関係上アイツらには何度か手合わせしたぜ。でも……俺はアイツに勝った事は一度もねェ」


「…………」


「そんな、ジンでも勝てないなんて……」


 ジンは全身武器人間。使い方によって様々な状況に対応できる。先の一件では多種多様な立ち回りをしたのもあってかリアは戦慄していた。まぁ、【ブラッド・バレット・アーツ】の一撃を耐える人間が負けるだなんて想像するのは難しい。


 だが今のお前は違う。そう教えてあげるのはなんら難しい事ではない。


「それは違う」


 だって出会ってからの一か月間、三人で必死に頑張って世界を救ったのだ。それまでの間に知ったジンという少年の実力や性格は一つの結論へと結びつく。


「ジン、お前は不器用なだけだ。お前には出来る事が多い。だからこそその時に何をすればいいのか、何が出来るのかの引き出しが多すぎて戸惑ってるんだと思う。やれる事と出来る事が多ければ多いほど緻密かつ精密な思考が求められるからな」


「なぁ、何で俺今日二時間単位で遠回しにディスられてんの?」


「でも今のお前は違う。俺達と一緒に戦った事。一緒に戦って知った体の動かし方。経験。知見……。今のお前は一か月前のお前とは桁違いの強さになってるはずだ」


 突き詰めればジンは指示待ち人間でもある。出来る事が多すぎて何をすればいいのか分からないからこそ指示された瞬間からそれを遂行する為に、それを遂行するに値する自分の出来る事を引き出せる。

 先の一件で誰も死なずに済んだのはジンが指示通りみんなを守ってくれたからなのが一番大きいはず。


「出来る事が多すぎて何をすればいいのか分からないなら、それを聞ける仲間が今のお前にはいる。その事実と積み重ねた経験は例え三対五十でも負けないほどに戦力差を覆せる」


「――――」


「お前の力を最大限に引き出せればあんな奴らどうって事ない。んで、その為のお手伝いが俺達って訳だ」


「そうだよ。私達はジンがどれだけ凄いのかを知ってるんだから」


「……怖がる理由、まだあっか?」


 認めて肯定し、そして否定する。

 その事実と信頼はジンの胸を突いた様で彼は一度だけ天井を仰ぐと覚悟を宿した瞳で真っすぐにこっちを見た。


「ねェ」


「うっし。じゃあ予備プランでも考えながら訓練場に行きますかね」


 これだけ強い言葉で返されればもう心配する必要もあるまい。後は必要な予備プランを用意して柔軟に展開するだけ。もちろんイレギュラー要素は排除出来ないから臨機応変に対応しなければならないが……まぁ、何とかなるだろう。

 懐から二枚の仙札を取り出して二人に渡す。


「そうだ。これ、一応持っておくといいぞ」


「また仙札?」


「作戦が決まっても覆される可能性は高い。これはその保険だな」


 仙札があれば互いに意思疎通が出来るし、一度限りではあるが尽きたマナを全回復させたり傷を即座に癒す事だってできる。先の一件では暗部と衝突したリアが。リーシャと衝突したルゥナが仙札を使用して勝った。

 二重、三重に保険をかけておくに越した事はない。


「さぁ、ぶっ潰しに行こうぜ。――俺達に喧嘩を吹っかけて来た事、後悔させてやるんだ」


 拳を硬く握りしめながら、そんな言葉で己を鼓舞した。

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