2-2  『買った喧嘩は生ものと同じ』

『次はニーズル駅~。ニーズル駅~。お降りの片は……』


 AM11:12。天候・雨。


 降りしきる雨粒が電車の窓に打ち付けられバタバタと音を立てる。そんな天気という事もあり交通の多い街中を見渡しながらもアルフォードはリア、ジンと共に快速電車へと乗車していた。


 フィーネに案内された健康診断と体力測定。交通費は本部から出してくれるし駅から施設までは車を出してくれるし、道中に駅弁を買おうともそれも支払ってくれる優遇っぷりだ。ここまでしてくれると逆に怖い。

 まぁ、健康診断を兼ねているから今回は食えないのだが……。


「《リビルド》の施設か~。どんな所なんだろうね」


「さぁ。案外普通の健康管理センターみたいに街中に溶け込んでるとか」


 まだ見ぬ施設に思いを馳せながら三人でトランプゲームにしゃれこんでいるとジンがカードを切りながらも現実を話し始める。


「それはねぇ。学園都市は聞こえは良いが実質的には一部権力国家みてーなモンだ。いくら政府公認とはいえ裏で暗躍すんだから一部の奴らには目を付けられる。そういういざこざを回避する為に《リビルド》の関連施設は普通じゃない場所に隠されてんだよ」


「あれ? でも本部は普通に街中にあったじゃん。違うの?」


「本部はな。あそこは一つの要塞だ。《リビルド》は後発で生まれた組織だから一つに纏めきれねーせいで要所で隠されてんだとよ」


「へぇ~。あ、私上がり」


「「早っ」」


 やはり元々施設にいただけあってそれなりに詳しいのだろう。詳しいからこそ嫌な事も知っている様でその表情には普段通りのお気楽な物は浮かび上がっていない。


 やはりこういう組織にも上下差を意識していじめてくる輩はいるのだろうか。出自とかを気にする輩ならジンはスラム出身だからと蔑みそうだし、実際に格好の的だろう。

 二千年前にもそんな出来事は数多くあったが実際は変わらないらしい。


「今から俺達が向かう場所は他の支部やら部署やらから来る奴も多い。その中には当然お前らを新人だからって弄り倒すやつもいるぜ」


「関係ないだろ。無視すればいいし、邪魔なら先輩経由で上に報告すればいいし」


「いざとなれば私達素手でやれるからね」


「お前らホントに図太いな……」


 片や血法・仙術・言霊使用者。片や魔眼保有者。他の構成員の実力がどうなのかは分からないが、相当な事がない限り負ける事はあるまい。実際にリアは暗部と大手企業の最新技術を搭載した武装車と真正面からやりあい勝ち残った。その実力は覆しようのない事実だ。


「でも、中にはマジで強ェ奴もいるぜ。お前ら以上にな」


「例えば?」


「召喚術式でドラゴン出す奴とか、ただの魔術で都市丸ごとひっくり返す奴とか」


「それは凄い」


 それは確かに強い。ジンが嘘をついているとも思わないし、実際にそういう輩を目撃したからこそ嘘みたいな事を言えるのだろう。


 実際、召喚術式を使える魔術師は相当強い。二千年前でも聖騎士がとある召喚術式使用者に苦戦したと言う話もあるほどだ(聖騎士は一振りで山を抉るのが強さの基準)。


「ま、細けェ事は行けば嫌でも分かるぜ。出来れば今後は絶対行きたくねェって思えるほどにな」


 ジンは意味深な発言をしながらも学園都市の郊外にある山を見つめた。



 ――――――――――


 ―――――


 ―――



 電車に揺られて一時間。中心部からかなり離れた所で下車し、用意された車に乗せられ三十分程度。そこから軍事基地っぽい場所まで運ばれそこからさらにヘリでもう三十分。

 どこかの収容所にでも運ばれてるのかと思う程の移動距離と工程に少し緊張しながらもヘリは郊外のド平野に着陸した。


「かなり遠いな……。学園都市があんなに遠く見えるなんて」


「私、学園都市から出たの何気に初めて……」


 初めての郊外に周囲を見渡してつい索敵してしまう。

 動画や画像で学園都市の外の景色は沢山見てきたが、まさか旅行でも何でもない組織の事情で実際に目にすることになるとは。


 ここから案内されるのかと思いきやヘリは降ろすなり簡単なハンドサインだけを振るって飛び去ってしまう。

 突然行ってしまうのだからリアが困惑した表情でジンを見ると彼はある方向を向いて何かがある事を教えてくれる。


 ゴゴッ、ガガガガッ……。

 地面が抉れるような音が響いて咄嗟に視線を向けると地面からエレベーターが出現してきて露骨に入れと誘導する。


「地面からエレベーターが生えた……」


「アレに乗りゃ施設に行けるぜ。まぁどっちかというと基地だけどな」


 その言葉を聞いてエレベーターに乗るとボタンは特になく、それどころかモニターが勝手に動いて顔認証や虹彩認証、果てには全身スキャンまで行ってデータの確認をしてくる。最後にIDカードを読み取らせると認証が完了した様で【Authentication completed】の文字が浮かび上がる。

 その頃になるとエレベーターの光景が変わって一気に近未来SF風大型地下秘密基地が露になった。


「うわぁ……! アル見て! 凄いよコレ!」


「さっすが秘密結社……。凄い施設はあるんだろうなって思ってたけどここまでとは……」


 見た目は完全に渓谷の中に色んな施設を詰め込んだ地下基地だ。全長はざっくり言っても十㎞は超えているだろう。その中には縦横無尽に駆け巡る磁気浮上式エレベーターだったり物資運搬道路だったりが入り組んでいて、それらが至る所に繋がっている。

 中にはどこぞの人型決戦兵器でも移動しそうな超巨大コンテナまで稼働していた。


 エレベーターの中から見えるのは地形変動型の訓練場と何かしらの工場。それこそ男の子のロマンが詰まった地下基地だ。

 うん、正直に興奮する。


『ロビーに到着しました。振動にご注意ください』


 チーンッ。

 そんな電子音と共にエレベーターが開くと僅かな振動と共に無彩色溢れる軍事基地風のロビーが視界に入る。その中には数多くの人が行きかっていて、制服を着たスタッフから私服を来た構成員まで幅広く活動している。


「わぁ、凄い! 如何にも秘密基地って感じで興奮するね!!」


「これは確かに……少しゾクゾクするな……」


 三人で初めて見る光景に興奮していると近づいてきた小型ロボットに気づいて視線を向ける。


『いらっしゃいまセ。ご用件ヲお聞かせくだサイ』


「おぉ! これぞまさしくSF基地の醍醐味……!!」


「アルが興奮してる……かわい……(小声)」


 隣から聞こえる小声を無視して小型ロボットに感動していると自動でIDカードを読み込んでくる。それで認証が完了したのか、ジンが目的を言うとスムーズに案内を開始してくれた。


「健康診断と体力測定」


『かしこまりマした。ソレではご案内いタしまス』


 ウィーンという稼働音と共に移動を始めるロボットの後を追うと受付ロビーをすり抜けて通路の中へ入っていく。そんな最中に興奮が鳴りやまずロボットに問いかけると丁寧に回答してくれた。


「な、なぁ、この基地には他にどんな設備があるんだ?」


『この大型地下基地は《リビルド》の“戦闘”に纏わる全てノ出来事に対応する為の物です。ソノ為、戦闘訓練、射撃訓練、大型ジム、巨大プール、個人で必要な武装の制作工房から様々な機器を作る特殊な工場、超大型火力発電所など、ありとあらユる設備が揃えられているのデス』


「へぇ~。あ、コンビニもあるのね……」


『居住エリアも建設されていますのデ、生活必需品の取り揃えも整備されていまス。特に負傷者の治療にも力を注いでいマスので、回復までの間、快適に過ごせるように設計されテいます』


 話を聞きながらも通り過ぎる人達や随所にみられる店を見渡す。

 その姿は地下基地というよりかは小型の地下都市と言った方がいいのかもしれない。案内板を見るとショッピングモールまで運営している様だった。


 ここで働き給料を得てここで買い物をし、ここで過ごす……。一応外の天井からは人工陽光が光っているがここのスタッフ達は実際の太陽光を浴びる機会は少なさそうだ。

 その分ここの暮らしの方が快適そうでもある。いつ発生するかも分からない人災や【物理現象】に備えなければいけない学園都市に比べればまだマシという物だ。


「ジンはここに?」


「あァ。ざっと四年か五年な。ここの暮らしに一度慣れちまうと地上で生きるにゃ警戒心が足りなくなっちまうから大変だったぜ」


「ほぇ~」


「まぁ、俺は自分から戦闘員になる事を望んだってのもあって毎日毎日訓練するのが日常だったけどな」


 そんな話を聞きながら歩いていくと別の受付窓を見つけて手続きを済ませる。既に登録自体は済ませているのもあって名前とIDカードの確認を終えたら奥へ進む様にと案内される。


「ジンさんは先月に健康診断を受けたばかりなので、先に体力測定を済ませましょう。アルフォードさんとリアさんはあちらの扉から入り、二つ目の通路を右に進んでください」


「んじゃ、俺は終わったら適当な場所で待ってるぜ」


「おう」


 案内もスムーズに進んでいざ健康診断という所でジンとは一旦分かれる事になるのだが……その時に彼の言っていた「嫌な奴」というのが横やりを入れて来る。


「――よォ鼠、まだ生きてたんだな」


「ネズミ?」


 視線を向けるとジンへ話しかける男の姿があった。軍服風にカスタマイズされたスカジャンを羽織り短い黒の前髪を掻き上げたその男は如何にも不良という印象だ。

 複数人の部下を連れて練り歩くその姿は番長とでも言ったところか。

 彼らと対面した途端からジンの態度は一変する。


「テメーこそ相変わらず人数いねーとデケェ顔出来ねぇんだな」


「それはお前だろ? 一人だと何も言わねぇクセして仲間がいりゃ口を開く……。典型的な例じゃねぇか」


 顔だけならスケバン系で人気も出そうなのにその態度から一気に嫌悪感が湧き出して来る。ジンが言っていた通りの輩だ。


「どうせ調子に乗ってるんだろ? 仲間がいるから大丈夫。自分は他とは違うから大丈夫。そうやって他人を見下してやがる。俺には分かるぜ?」


「――――」


「その眼だよその眼。他人を見下すその眼ェ、舐め腐ったその眼が何よりもの証拠だァ。俺はそういう眼をしてる奴を見るとぐちゃぐちゃに潰してやりたくなるんだ」


 完全に一方的な因縁……と見るのが正しいのだろう。眼が気に入らないからと一方的に因縁を付けるだなんて面倒くさい輩だ。話し方からしてジンがここに居た頃からちょっかいをかけていたようだし、確かにこんな輩に絡まれていたら「今後は二度と行きたくない」と言う気持ちも分かる。

 だが、それよりも――――。


「自分が他人より出来る事が少し多いからって調子に乗ってる奴が俺ァ一番嫌いなんだよ。武器人間だか何だかしらねーけど、俺はずっとお前を――――ッパヒィ!(吐血)」


「「あっ」」


 数歩前に出て平手打ちをかますと軽く吐血させる。


「おやおやどうしたのかね。まさか意気揚々と挑発してる奴が新人の平手一発で怯んでいるのかな?」


「っテメェ……」


 わざとらしく挑発すると彼にとっての「ムカつく奴」を演じた甲斐もあってか自分から釣られてくる。一瞬だけ怯んだ眼から瞬き一回の間にして敵を睨む眼へと変貌する。

 だが何があろうとも一瞬でも怯んだ事には変わりない。


「人にされて嫌な事をしてはいけないって習わなかったのかな。あぁ、君みたいに人を理解できない奴には無理か。えっと確かこういう時は……こう表現するんだったか。ね、「猿頭」?」


 ブチっと効果音が入りそうな表情で彼は睨んだ。


「……上等だよ。テメーら全員ボコボコにしてやるぜ。どうせテメーもそこにいる鼠と同じでなんも考えてねぇんだろ? その馬鹿で滑稽な頭に現実って奴を――――」


 その時、今度はリアの平手打ちが彼を襲った。


「俺が教え――――二発ッブヘァ!?(吐血)」


 女の方も!? いったァァァァ!

 彼の連れがそんな言葉を脳裏で叫んでいるのが分かる反応の最中、彼は二発目を食らうとは思いもしなかったのか今度こそ怯んだ表情でこっちを見る。


「いい加減にしてくれないかしら」


 友達が少ないリアにとってジンはかけがえのない仲間だ。だから親友を馬鹿にされる事に堪え性のないリアはその怒りを露にしながら座り込んだ彼を見下ろした。


「ジンはアンタが思ってる以上に真面目で、誠実で、人想いなのよ。確かに性格は呑気で何も考えてなさそうだけど、それでもアンタと比べればジンの方がよっぽど人間が出来てるの」


「……今地味~にディス入った?」


「気のせいだぞ」


 リアは更に距離を詰めると男を怒りのままに見下ろした。彼女とはもう十年以上の付き合いにはなるが……ここまで怒りを露にしているリアを見た事はそうそうない。それほどまでにジンへの侮辱が気に食わなかったのだろう。


「……上等だァ。テメーらみたいな勘違い集団は俺が全員ボコボコにしてやるよ」


 男は口元を拭いながら立ちあがるとそう言ってジンに指をさした。

 ボコボコにするとは言っても《リビルド》の構成員同士。争いはあるにしてもこの場で戦闘を起こすのは流石にマズイと向こうも知っているはず。果たしてどうやってボコボコにしてくれるというのか。

 と、そう考えていると男は言った。


「その馬鹿鼠諸共、模擬戦で綺麗さっぱり分からせてやるよ」


 そう言われて自分より真っ先に反応したのはリアだった。


「模擬戦……?」


「この地下基地には地形変動型の訓練場がある。そこでテメーらをブチのめしてやるっつってんだよ」


 そこってこんな突発的な衝突が起こった際にも使えるんだ~。

 そんな事を考えながらも乗り気で挑発を続ける。


「へぇ~。俺らに模擬戦で挑むって?」


「テメーらみたいな奴らはどうせゴミ拾い程度の任務しかしてねぇ~んだろ? 俺がその勘違いをボコボコにして分からせてやるってんだよ」


「ほほぉ~~ん???」


 まぁ、舐めていた相手の仲間が所属早々に世界を救っただなんて発想すらできまい。【崩壊現象】の件は組織内でも秘密にされている様だし、解決した者の名前もあがらなかったところを見るにこっちの功績を知らないのだろう。

 舐めて掛かってきた輩を返り討ちにして本当の功績を言うのも「あれれ~? 世界救った奴に挑んだくせに勝てないのかな~?」みたいな挑発が出来そうだから黙ったまま受けるのも悪くはない。

 拳を鳴らしながらその喧嘩を買うとリアも乗っかる。


「儂らに喧嘩を売るとはいい度胸じゃぁ。後で直々にブチのめしちゃるけぇのぉ」


「ちょっと久しぶりに本気出しちゃおっかな、私」


 学生時代に喧嘩を買った事は幾度となくあった。街では異形種や怪異と戦った事もあった。けれどそれ相応の実力者とやり合うのは今生では初めてだから少しだけ高ぶってしまう自分がいる。

 その光景を見てジンは止めようとするが、まぁ、もう買ってしまった喧嘩だ。生ものと同じであまり時間を空けてはいけない。


「おい、アイツらはここの奴の中でも上澄みの方で……!」


「やったろーぜジン。アイツらがここの上澄みってんなら、お前はもうトップクラスの実力を持ってるはずだ」


「え?」


「一緒に暗部をぶっ潰したんだ。こんな奴らなんて事ないだろ。それに――――」


 男はジンの事を舐め腐っている。勘違い野郎を許せないのが奴の性分の様だが、こっちから言わせてみれば奴こそ勘違い野郎と言う物だ。

 目の前の男が暗部と大手企業を潰し、世界を救った仲間の一人だなんて気づいてもいないのだから。


 それにリアと同じでこっちだって仲間を侮辱されて黙っている訳にはいかない。

 二千年前は法律が緩かったから冒険者同士の衝突なんてしょっちゅうあった。自分も喧嘩を売ってきた冒険者をよく正面切ってぶん殴りに行ったものだ。そういう感覚は既に魂に焼き付いているのもあって自覚できるくらいドス黒い笑顔を浮かべながら告げた。




「スッキリするぜ。腹立つ奴をぶん殴ると」



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