Vol.2  日常の逸話篇

誰かの為に頑張って生きてやれ

2-1  『UR上司は大切にするべき』

 一週間が過ぎた。

 リア、ジンと共に約二週間の休暇を満喫していたアルフォードは色んな所へ出かけたり食べ歩きをしたりしてかなり充実した日々を享受していたのだが……そんな日常を謳歌していたある日ベラフからのメールが届いた。

 内容は正式配属が決まったから準備が出来次第、記載されている場所へ向かい支部へ足を踏み入れてくれという物。


 こういうのは一回本部へ招集されてから説明を受けて向かわされると思っていたから少し驚いたが、一々招集していたら秘密結社というにはあまりにも業務的かと納得して三人で指定された場所へ足を向けていた。


「ついにこの日がやって来たんだね、アル」


「緊張する?」


「まぁ、少しだけ……」


 小さく問いかけるとリアは僅かに眉をひそめながらもそう返す。

 だが気持ちは分からなくもない。状況的には入社式に顔を出す様な物だし、今から顔を出しに行くのは世界の均衡を保つべく裏で暗躍する秘密結社だ。いくら世界の危機を一回乗り越えたとは言えど緊張くらいはするだろう。まぁ、自分は二千年前に旅団やら仙人やら神格者やらに関わっているからそこまで緊張感はないが。


 一方でジンはそこまで緊張している素振りはなく気楽な足取りで周囲の景色を見回している。やはり元から《リビルド》の施設にいたのもあって抵抗がないのだろうか。

 鼻で笑い飛ばすような仕草をするとリアへ言う。


「緊張するこたぁねーよ。ただ行って説明受けてそこで待機するだけだ」


「まるで経験があったかのような言い方ね……」


「俺がいた場所には所属済みの奴が能力検査に来たりするんだ。そいつらに話を聞いてくうちにそういう仕来りみてーなモンを知ってな」


「へぇ~」


 という事は正式に所属したから自分達もその施設に向かって能力検査をするのだろうか。他の人達も《リビルド》に所属できるほどだから常人離れしているのだろうが仙術や言霊は隠すべきかどうか……。

 そんな事を考えていると目的地についた様でスマホのナビゲーションが終了する。


「着いた。ここみたいだけど……」


「……バー?」


 指定された目的地にあった建物はそれらしい施設とは言えず、それどころかお洒落に装飾された酒場……バーだった。

 見た目的にはスナックやカフェと言えるような装飾だが、まぁ、看板に【magic & bar】と書いているしバーなのだろう。

 しかし何故こんな所に? そんな当然な疑問はあるが即座に回答が頭の中で思い浮かばれる。


「……なるほど。秘密結社だから表舞台じゃ隠す必要がある訳な」


「いや普通に何の関連性もない施設に見せかければいいだけじゃ……」


「ま、細かい事は入れば分かるでしょ」


 どうやら見た目だけではなくしっかりバーとしての営業もしている様で扉の前には【CLOSE】の看板が下げられていた。それどころか内装には幾つものワインが並べられたカウンターが見られる。


 何はともあれ入らなければ何も分からない。ベラフから指定された目的地は確かにここだし本当に《リビルド》の支部であるならば問題はないだろう。

 そういう考えもあって我先に扉へ手をかけると店内へ入っていく。


「こんちは~。アルフォードですけど~……」


 鍵は開いていたが中には誰もいない。綺麗に清掃された店内に取り揃えられたワイングラス。そして人気のない少しひんやりとした空気。


「……本当にここで合ってる?」


「出かけてんじゃねーの」


「いや、これは……」


 その静けさ具合からリアが不安げに問いかけて来る。だが……人気がない様に見せかけても微かに残る人の気配……。直感的に誰かがいる事を悟って何故わざと姿を現さないのかを理解した。

 瞬間、クラッカーの音が鳴り響いて紙吹雪が舞い、同時に点灯した照明が金銀の紙を反射させる。


「おいでませ! 我らが【magic & bar】へ!」


「「…………」」


 暗い店内から突然の照明により視界が光に包まれる。その一瞬でパーティーの様な飾りつけへと変貌した店内は《リビルド》の施設だと言う事を表していた。


 姿を現したのは僅かにふくよかな体形をした黒髪に無地のエプロン付けたを成人男性と、腰まで伸びた白銀の髪に気品のある白い服を着て紺色の模様の入ったケープを羽織る少女だった。

 男の方は家事育児も出来そうな頼れるおじいさんという風貌で、少女の方はもう完全に想像通りのお嬢様という貫禄を漂わせていた。


 だが……少女の方は車椅子に乗っている事からそれなりの過去があった事をにおわせている。


「……あれ?」


 二人からしてみれば考えに考え抜いた歓迎方法だったのだろう。けれど今の時代でそんなありきたりな歓迎をされるとは思いもせずについ硬直してしまう。まぁ、それもこの二人の印象というか雰囲気の理解を深められたから知見がない訳ではないのだが。


「若い子はこういう歓迎をするといいって聞いたのですが……違いました……?」


「いえ、違わないですけど……なんかこう、こういう歓迎の仕方をされるとは思わなかったというか……」


 リアがそう言うのも無理はない。何せ世界を守る為の組織なのだから言葉だけの印象なら「あら、いらっしゃい。あなた達が新入りの子ね?(お嬢様風)」みたいな冷たい挨拶をされると思っていてもおかしくはない。というかそうされると思っていた。


 少女の方は気を取り直して咳払いで間を置くと胸に手を当てて自己紹介を始めた。


「私はフィーネ。フィーネ・アルスファイン。ここの支部の幹事を務めています。そしてこっちは支部長の……」


黒隴こくろうだ。よろしく」


 フィーネはおしとやか、清楚、お嬢様系。

 黒隴は静か、ミステリアス、ダンディー。

 そんなところだろうか。


 二人とも見た目だけならば戦闘なんて出来なさそうな頼れるおじさんと可憐な少女といった所だが……《リビルド》にいる時点でその戦闘力は頭一つ抜けていると考えた方がいいだろう。

 何よりも黒隴がその事実を証明してくれている。

 恐らく無意識なのだろうが、熟練者だからこそ感じ取れるほんの微弱なドス黒い強さのオーラを放っているのだから。


 フィーネは不確定だが黒隴は強い。恐らく万全の状態で仕掛けてもやられる。……最後の切り札である仙術での【冠位礼装】を除けば。


「ここの支部を立ち上げてから新人が配属されるのは初めてで、資料を見たら若い子だったからこういう明るい感じの歓迎がいいかな~なんて思ったんですけど……少しやり過ぎちゃいましたか。てへへ」


「だから言っただろう。最近の子の流行は賑やか系ではなく爽やか系だと」


「その通りみたいね……黒隴」


 そんな会話をしている最中だがジンは緊張感を知らないかの如く喋り出す。


「つーか最近のトレンドはどっちでもねーです」


「「ッッ――――!?!?!!」」


 二人の背後で雷が走るとこれ以上にないほどの衝撃を受けたのか青ざめて相談を始める。


「ま、まだまだ模索の必要があるわね、黒隴」


「あぁ。俺達はまだ最近の子の流行を把握できていないらしい……」


 ――トレンドじゃなくて流行と呼んでる時点で少し遅れている……!


 フィーネの方は現代っ子のように見えるが印象通りのお嬢様なのか黒隴と真面目に相談している。というかわざわざトレンドを掴まなくても歓迎自体はあまり気にしなくてもいいのでは。

 そう考えていると気を取り直した二人はこっちに向き直る。


「そ、それはそれ、これはこれです。こうやって歓迎はしましたが……あなた達がここに来た以上、私達は職務上あなた達を《リビルド》の一員として扱わなければなりません。それは命を委ねさせてもらうという意味になります」


「「…………っ」」


「なりますが……」


 フィーネは車椅子の隙間から紙を取り出して規則についての説明を始めるが、急にそれを丸めてゴミ箱に投げつけるとハッキリとした表情と声で言いのけた。


「そんな事どうでもいいんです」


「え?」


「みんな「命だいじに」です。それにこんな可愛い後輩達の命を“使う”だなんて、出来てもやるつもりなんてありませんし」


 ついてっきり「あなた達は駒です」みたいなことを言われると思っていたから面を食らってポカンと口を開く。


 彼女の言葉はある意味上層部が定めた規則への違反なのでは、と思いもするが《リビルド》の指揮権を持つのはベラフだ。彼の性格からしてそういう相手を利用する様なやり方は嫌いなのだろう。

 実際にその緩さはフィーネにも表れていた。


「支部によって雰囲気もルールも変わりますが、ここは堅苦しいのなんて取っ払って仲間として頑張ろうって雰囲気を作っていくつもりなんです。そんな言葉があっては逆効果でしょう?」


「まぁ、確かに……」


「という訳で今日からあなた達は私達の仲間です。一緒に街の人達を守る為、頑張りましょう。アルフォードさん、リアさん、ジンさん」


 フィーネは前に出て手を差し伸べると傷一つない綺麗な掌を見せた。そこからは努力の証拠だとか力量だとかは見えないが、迷いなく差し伸べられたからこそ見える感情という物がある。

 三人を本気で仲間として大切にしていこう。その為にも互いの交流を深め理解しよう。

 そんな心意気を。


「はい、よろしくお願いします!」


 ならばこっちだって誠意をもって答えなければならない。差し伸べられた手を握り締めるとフィーネは満足そうに笑ってみせた。その光景を見ていた黒隴も驚き以外に変えなかった表情を和らげている。


「という訳で、これから私を“先輩”と呼んでもいいのですよ!」


「あ、ハイ……」


 ちなみにフィーネは変な先輩願望があった。



 ――――――――――


 ―――――


 ―――



 そんなこんなで歓迎会が終わり互いの交流を深めたのち、黒隴が高速で皿を下げる中フィーネは口周りを拭きつつも喋り出す。


「……ところで、アルフォードさんとリアさんは《ODA》にいたんですよね?」


「あ、はい。中学から」


「それじゃあ色々と忙しかったでしょう。《ODA》は《リビルド》と違って些細な問題も全て解決しなければなりませんから」


「そうですね、大変でした。特にアルの機嫌を直すのが」


 リアが横目でこっちを見るのを無視しながらうんうんと頷く。

 確かに前までは大変だった。日常的に、という訳ではないが学校が終われば《ODA》に所属している学生は指定された放課後も区画のパトロールを行わなければいけないし、最高週三日までとは言えど大きな問題が発生した時は隊長レベルの生徒は出動しなければならなかった。

 今思い返せば公安の権限で学戦にまで首を突っ込まなければいけなかったっけ。


「それなら安心してください。《リビルド》が対応するのはあくまで街や区画が危機的状況に陥ると判断された場合のみ。それ以外の事に義務はありませんから、これまでよりは落ち着いて生活できると思いますよ。中には学校へ通いながら所属する子もいますし」


「へぇ~。そうなんですね」


 仮所属から初任務が与えられるまでにも一週間が経過していた。それを考えると仕事の重さを除けば《リビルド》って案外ホワイト企業でもあるのでは……?


 まぁ、その仕事の重さというのが死ぬ可能性のある事件に首を突っ込まなければならないという物だから当然そう言う側面で見ればブラックどころかナイト・ブラックなのだが。

 一応構成員が死亡したと言う話は聞かされていないが、それを話せば意欲も下がると考えるのは当然か。


「それにしても二人の動機はとても珍しく、面白いです。やりたい事だからとその付き添いだなんて」


「えぇ、まぁ……そういう約束をしたので」


「私は彼のストッパー兼ウォッチマンです」


 リアはフィーネの言葉に自慢げに答えるとくすりと優しい微笑みで返事をされる。そして今度はリアの方から質問を投げかけた。


「やっぱりここへ所属する人達はみんな真面目な理由なんですか?」


 なんだその自分の幼馴染は真面目じゃない理由だけどみたいな言いぐさは。

 そんな言葉を視線だけで投げかけつつフィーネの返答を聞いた。


「いえ、そういう訳ではありませんよ。お金が欲しいから。彼女が出来ないから。楽しそうだから、なんて理由で所属する人もいますし……私もここへ所属した理由は凄く個人的な物なんです」


「個人的?」


 強くなりたい以上に個人的な理由ってあるのだろうか。そう思っているとそれ以上に個人的な理由が聞こえてきて口を閉じる。


「多くの景色を見たい。それだけです」


「――――」


「私は生まれつき病弱でして、補助がないと歩けないのです。だから実家の屋敷では本にまみれた自室に籠りっぱなしでした。……個人的でしょう?」


「……えぇ。すっごく」


 車椅子に乗っている理由を知ってリアは静かに答える。

 確かにそれはそれで個人的な理由だ。まだ他人と共に夢を追いかけているこっちの方が《リビルド》への所属は相応しいと言えるかもしれない。なにせそんな理由であるのならわざわざここへ来なくたっていくらでも道があっただろうに。


「そう言えばジンはどうしてここへ来たんだ?」


 ふと、ジンの所属した理由を聞いていない事を思い出して未だお菓子やジュースを口の中に放り込んでいるジンへと問いかける。前は自分達の事を話して終わりだったからついぞ聞けていなかった。

 すると彼は大きな音でお菓子を飲み込み喋り始めた。


「俺もパイセンと同じ様なモンだ。スラムよりかはよっぽどいい生活が送れるかなって思っただけだしな」


「そっか……」


 確かに《リビルド》に所属すれば衣食住は確保できるし給料も貰える。仕事内容から目を背ければ休みの日も多いから(日常的な意味で)安定した暮らしという面であるならここ以上に良質な所もそうあるまい。世界規模で滅亡しそうになる事態なんてそうそう起きる物ではないし。


 そんな事を話しているとフィーネは飲み切った紅茶をテーブルに置いて話題を切り替える。


「……さて、区切りがついたのでこれからの事でも話しましょうか」


「方針?」


「いえ、どちらかと言えば義務ですね」


 初仕事でもあるのだろうか。そう思っていると渋い顔で梅干しを食らっているジンの体が硬直する。何故そんな反応をするのかと疑問に思うが、彼がそう反応してしまった理由は思いのほか単純だった。


「晴れて構成員になったとはいえ《リビルド》は世界の均衡を保つべく暗躍する組織。構成員の健康や体力を調べ、適切な対応を取るのは当然の事」


「あぁ、健康診断と体力測定……。って事は……」


「はい、あなた達には一度《リビルド》の保有する施設へ行ってもらいそれらを受ける義務が生まれます」


「なるほど」


 施設の内情がどうかは分からないがジンが「食」を前にしてでも硬直するほど反応してしまう場所なのは理解した。その表情から察するに反応したのは「喜び」というよりかは「拒否」……。どうやら全ての構成員がフィーネや黒隴の様な性格をしている訳でもないらしい。


「期限は二週間以内ですけどなるべく早い方がいいですね。なにせアルフォードさんとリアさんは新人。データベースの更新は早いのに越した事はありませんから」


「分かりました。アル、明日にでも行かない?」


「うん、行ける」


 リアとやり取りをしていると「この流れだと俺も……?」みたいな言葉を視線だけで投げかけて来るジンと目があう。そんな彼の警戒心をぶち抜くかの如くリアは予想通り彼も誘った。


「ジンも行こう?」


「……うす」


 その後、食欲旺盛なジンの胃袋にはカップラーメン一人前しか入らなかった。

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