1-30  『後日談(ハッピーエンド)は日常と共に』

 その後、事件は数々の疑問と陰謀を残し幕を閉じた。


 まず【崩壊現象】による被害で半壊した学園都市は非常事態用に備えていたらしい超高速復興カリキュラムにより尋常ではない速度で修復され始めた。幾つもの場所で同時作業が展開され、重要な施設は三日三晩経てば外見だけではあれど完全に修復されていた。

 ライフラインの整備も並行して行われて既に学園都市全体に供給が行われている。


 オズウェルドによる【崩壊現象】によって円環塔が抱えていたいくつかの真実と闇が露見されたが政府や公安は全力で情報統制を図り都市伝説や陰謀論として片付けられた。


 政府はこの事について「《未来協会アラン・ワークス》による陰謀だ」とマスコミに説明していたが、ネットに流れた一部の映像には円環塔の根本から光が溢れ出ていた事や崩壊する最中に化け物同士の戦闘が行われていた事が判明。

 強い不信感を残す結果となった。


 そして《リビルド》へ報告を行った際、政府へのツテでも使ったのか【Esoteric Inc.エソテリック・インク】の闇がマスコミに流れ込み、CEOのヴァンダーベルトは学生の拉致監禁や洗脳行為、汚職行為、暗部との関係などの容疑が掛けられた。その結果ヴァンダーベルトは学園都市で指名手配されCEOの座を剥奪。現在は行方をくらませているのだそう。


 被害者となったリーシャは政府が運営するセントラル病院にて治療とメンタルケアが行われたが、一週間で退院する運びとなった。以後、【協約部門】とは別の大手企業から様々なスカウトを受けたらしいが……彼女は「どーしよっかなっ!」と引く手あまたな状況に笑顔で呟いたとの事。


 そして暗部の【ガーデン・ミィス】は《リビルド》率いる部隊によって殲滅され、回収目標であった【ブラッド・バレット・アーツ】は無事リーシャから切り離されて安全な場所へ隔離された。


 一方その頃、一部の界隈では録画されたとある映像が話題になっていた。

 それは崩壊する学園都市の中で戦う二人の少年の映像なのだが、なにせその戦闘がアニメとかでよく見る浮遊しながら大量のエフェクトを撒き散らしている戦闘方法なのだ。それが現実で起こっているとなれば話題くらい沸騰する。

 何でもその動画は一日で百万再生を突破して急上昇ランキング一位に躍り出たのだとか。


 肝心のオズウゥドの存在だが、これは《リビルド》の協力の元政府や公安には秘密裏に存在を隠されて学園都市の住人Aくらいには小さな認識となった。

 だがここで重大だったのはエルフィの行先。身体はエルフィの物だが意識はオズウェルドの物だからネヴィア高校にはエルフィの席がない。そういう訳でこれまた《リビルド》のツテでエルフィは編入生としてネヴィア高校へ入学する事となった。


 そんなこんなで世界中で注目を集めた学園都市の問題は収束を迎えつつあった。未だ残る謎や疑問はあるにはあのだが……まぁ、気にし続けたって仕方あるまい。残りの問題は政府が片付けるだろうし。


 予想以上に大きな規模の試験となった今回の任務だが、無事解決したという事もありアルフォード・リア・ジンの三人は正式な配属先が決定した。その手続きや準備のためにもう一週間ほど待ってほしいとの事なので、暇になった二週間は学園都市で理想の日常を過ごす事にした。


 そして今、ざわめきの絶えない街中のとあるカフェのオープンテラスにて日課となりつつあるビデオ通話にてルゥナやエルフィと会話していた……。




 ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ 




『――って経緯があって、校舎の再建が決まったんだ』


「再建!? 凄いね、流石は契約の力……」


 ルゥナから新しい学校の開設について聞いていると校舎の立て直しについての話題が飛び出してリアは大いに驚く。そんな様子をアルフォードは横から見ていた。


「費用とかは大丈夫なのか? どこ持ち?」


『えっとね、調べたら元々こういう事があるかもって備えで“そういう契約内容”が含まれてたって話したでしょ? そこには費用は政府が支払うって書いてあったんだ』


「へぇ~。やっぱ色々と可能性を考えてるんだなぁ、偉い人は」


 二つの学校が一つになるだなんて普通なら考えもしない事だが、まさかそういうのも想定された上での契約内容だったとは思いもしなかった。契約を承認した側もそんなこと起こるはずないと踏んでいたのだろうか。

 何はともあれ手続きは順調に進んでいる様で一安心する。これで破棄されてしまったらルゥナ達の頑張りが全て無に帰してしまうのだから。


「それで……“あっち”の方は上手くいってるの?」


 リアがそう問いかけるとルゥナは少しばかり頬を染めて怯む。そういう少女らしい表情を見るのは珍しくてリアはノリノリで恋バナへ持っていこうとしていた。


「オズウェルドもエルフィの一部なんでしょ? それって、ルゥナにとっての恋愛対象ってふた――――」


『わ~っ! それは言わないで!』


 ルゥナが顔を真っ赤にして止めると彼女の後ろで書類を整理していたハルノや紺鶴が「ルゥナが照れてる……」「珍し~」と呟いた。

 冗談はほどほどにしてリアは咳ばらいをすると別の話題へと切り替える。


「で、二人はどう? 仲良くなれてる?」


『あ、うん。それなら心配ないよ。今もそこでゲームしてる。ほら』


 ルゥナはスマホを持って向きを変えるとテレビと向き合いコントローラーを握る二人の姿を見せてくれる。どうやら一週間も経たないうちにオズウェルドは誰かと一緒に楽しむ事を覚えたようで仲良く格闘ゲームで遊んでいた。


『ちょ、おまっ、今の反則だろ!』


『へっへ~ん! 転ばせてから掴んで最速で投げればどれだけレバガチャしても逃げられないんだから!』


『テメー確殺コンボの精度ぶっ壊れてんだろ!』


『同じキャラだもんね~だ!』


 二年ほど体の自由が利かなかったのにエルフィは格闘ゲームでオズウェルドを圧倒していた。そこらへんは彼の才能というべきか、ただ単に体が覚えているというべきか。

 どっちにしても楽しそうなことには変わりないみたいだったから安心する。


 どうやらネヴィア高校の生徒ともそれなりの交友関係を築けているのか画面端では二人を見つめながら応援している生徒も見て取れる。

 とはいえ元々は敵対していた生徒同士。最初は一緒のカリキュラムになるからいがみ合っていたらどうしようと考えていたが……杞憂だったようで本当に安心した。


 和気藹々とした部屋の様子を見続けているとジンは身を乗り出して割り込むとルゥナへある事を問いかける。


「なぁなぁ、そういやリーシャって奴はどうしたんだ?」


『あ、リーシャ先輩ならこっちにいるよ。今は在校生のみんなに囲まれて楽しそうに笑ってる』


「リーシャはこれからどうするって?」


『う~ん、本人曰く細かく考えてはいないけど今度はちゃんとした道に進むんじゃないかなって』


「その適当さだけでどういう人なのか想像つくわ~」


 あれだけの事がありながらも楽観的な考えを聞いて少し羨ましくなる。まだリーシャには会った事がないから具体的な人柄は未だ掴めないが……まぁ、そういう適当な人ほど人を惹きつける素質を持っている。一度失敗したなら二度と同じ道は進むまい。


 どうやらジンはそのリーシャにそれなりの興味がある様で「他には?」とあれこれルゥナに聞いている。三人の中ではジンしか会っていないから彼なりの気になる物でもあったのだろうか。


 それにまだ事件から一週間しか過ぎていないのにもう自由に行動できるとは、それだけでも彼女の精神力が伺える。協約部門に入れるほどなのだから当然とも言えるが。


「ハルノや紺鶴はどう? その……メンタル的な意味で」


 リアがやや控えめにそう問いかけるもルゥナは微笑みを浮かべると二人を画面に映して事件後の経緯を口頭で語った。


『うん、流石に二人ともそれなりに堪えたみたいだけど今はもう大丈夫。ね』


『僕? もう平気だよ。まぁあの時の状況は今思い返しただけでも背筋がゾッとするけど、今は怖いだけかな。もう二度とあんな経験はしたくないね。絶対にね!』


『俺も今となれば平気だけど……ハルノの言う通りだな~。ま、俺達みたいな一般的な生徒が経験するにはあまりにも異質だったし、仕方ないけど』


 今はルゥナやリーシャが近くにいる環境だという事もあってか、二人の感想はそれなりにふわっと軽く仕上がっていた。

 「その恐怖の体験をさせた元凶がお前達の真横でゲームしてるけど……」というツッコミを飲み込んで安堵の息を吐くとここでも少し安心する。あの状況は半ば自分が作ったと言っても過言ではないからトラウマを与えていなかったようで安心した。


『そっちはどう? 上手くいってる?』


 今度はルゥナの方から問いかけて来る。颯爽と《リビルド》の名を喋りかけたジンの口へアップルパイを捻じ込むと喉に詰まらせてうねる彼を放置して答えた。


「おう。任務は無事達成。回収目標も確保した。みんなが手伝ってくれたおかげだ」


 そう言うと話を聞いていたハルノと紺鶴が少し照れくさそうに後頭部を掻いた。ルゥナも成し遂げた事の大きさと感謝に少しだけ頬を染めながら口角を上げる。

 だが本来ならばこれだけでは済まされないほど彼女らは貢献してくれた。そもそも彼女達がいなければ暗部を止められなかったし、ルゥナがいなければエルフィとの接点からオズウェルドを止める事すら出来なかった。そう考えれば本来の活躍は勲章物なのだが……。


「しっかしもったいねー事したなぁお前ら。せっかくの勲章なんだから貰っときゃーいいのによ」


 ジンがそう言うとルゥナはエルフィを見つめながら小さく返す。


『……いいの、これで。元より私は大義の為に戦った訳じゃない。……もちろんみんなを守りたいって気持ちはあったよ。でも、今回私の原動力になったのはエルフィの存在だから……きっと私には似合わない』


「ルゥナ……」


『それに私は勲章なんていらない。笑い合って、辛い事や悲しい事、困難な道のりを一緒に乗り越えられる……そんな仲間がいればいい。それに気づいたんだ』


「え~、でも勲章があったら――――むがっ!?」


「それ以上は不要よ、ジン」


 今度はリアがジンの口へアップルパイを突っ込んで黙らせる。そうやって喉を詰まらせて硬直している彼を放置するとルゥナは笑いながら会話を続ける。


『あ、そうだ。三人とも今日は暇?』


「うん。だよね、アル?」


「というかここ一週間はずっと暇してるな」


『それならこっちに遊びに来ない? ようやく落ち着いてきた所なんだ。改めてお礼も言いたいし、私達以外にも君達の顔を見たいって生徒がいるんだ』


 その話を聞いて真っ先に反応したのがリアだった。彼女からしてみれば友達からの初めての誘いでもある。だからそう聞いた途端に表情には満面の笑みが浮かび上がった。続いてジンも会話に乗り込んで我先にと口を開く。


「マジで!? 行っていいの!?」


『うん。君達ならいつでも歓迎するよ』


「んじゃあ今すぐ行こうぜ! 確かここから一時間もかかんねーよな!」


「そ、そうだね! アル、一緒に行かない?」


 どうやら二人とも乗り気な様で目を輝かせながら期待の瞳を向けて来る。

 だがそれはこっちだって同じだ。ルゥナ達とは話したい事が山ほどあるしリーシャにも顔を合わせて話をしてみたい。そういう同じ気持ちだからこそ手の中にあったクレープを一気に頬張ると会計の準備を始めた。


「もちろん。一緒に行こう」


「やった!」


「おっしゃ~!」


 すると二人は感情をあらわにして颯爽と席を立ちあがりカウンターへと足を運んだ。そんな姿を見ながらもルゥナに言う。


「ってな訳で今からそっちに行くよ」


『うん、待ってる』


 そうして、一週間ぶりに友達の待っている学校へと足を向けた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……そう。彼らは無事にハッピーエンドを迎えられたのね」


「あぁ。その様だ」


 《リビルド》本部。執務室にて。

 今回の事件についての詳細をベラフから教えてもらいながらも一週間後に自分達の支部にやって来る三人の話を聞き、その豪快さに小さな笑いを零す。


 彼らが当たった任務で【崩壊現象】が起きた時はどうなるかと心臓がドキドキと音を立てていたが、この今回の様な困難を乗り越えられるのであれば心配はいらないだろう。何せ彼らには“繋がる力”があるという証にもなっているのだから。


 車椅子に背を預け、動かなくなった脚に手を乗せながらも安堵の息を吐く。

 すると隣に立っていたダンディ……とも言えずクールとも言えない……一般人Aのような恰好をした男が口を開いた。


「危険性については問題ない……と見ていいのか?」


「ああ。それについては私が保証しよう。彼らならば絶対に大丈夫だと」


「……分かった。信じよう」


 しかし彼はアルフォード達が危険因子になるのではないかと未だ警戒している様だった。だから手を伸ばして彼の腕をペシペシと叩くと冗談任せに言う。


「大丈夫ですよ、彼らなら。貴方だって見たでしょう? 【崩壊現象】の中で彼らがどれだけ誰かの為に頑張ったのかを」


「……分かっている」


「ならいいんです♪」


 硬い性格なのを知っているからこそそう言うと彼は少し戸惑いながらも返事をする。疑いはするけど存外認めるのが早い性格なのもいつも通りだ。

 だがそれはそれ。これはこれ。

 自分達が呼ばれたのはそんな人としての善良性を聞きに来たためではない。


「なら、彼らは俺達が引き取る……でいいのか?」


「むしろ引き取らない理由なんてないですよ。可愛い後輩が増えるんです。これ以上の理由なんていりませんっ!」


「そ、そうか……」


 これから正式に立ち上がる支部に適した人材かどうか。ここに来たのはその為なのだが……それはあくまで形式上の物。本当のことを言えば三人のデータを見た瞬間から引き取る事は決めていた。まぁ、その決定権があるのは自分ではなく支部のリーダーとなるベラフなのだが。


「それで、正式に迎えられるのは一週間後……でしたっけ」


「その通りだ。それ以降は概ね把握しているだろうが、君達の判断に委ねる。彼らの事をよく見てやってほしい」


「言われなくてもそのつもりです。ね」


「あぁ」


 二人して顔を合わせると喜んで歓迎する旨を伝える。ベラフはその様子を見て安心したのか少しだけ表情をやわらげた。


 そうしているとベラフのスマホから着信音が鳴って彼は手に取る。それから少し驚いた様な反応をするとすぐに表情を変え、何かしらのいい知らせがあった事を表情だけで教えてくれる。

 だから首をかしげていると彼はデータをこっちのスマホに送信してくれた。


「……どうやら、彼らは私達の思っている以上に“繋がる力”を秘めているらしい」


「…………!」


 送られて来たのはたった一つの写真と一言だけだった。

 そこには自分で写真を撮ったアルフォードと、彼に肩を組まれて少し照れながらピースサインをするリア、そしてそんな二人には目もくれず生徒達と共にゲームのコントローラーを握っているジンの姿が映されていた。

 そんな写真を添付しながら一言。

 【任務達成!】


「……ふふっ。どうやら私達の支部は想像以上に賑やかになりそうね」


「あぁ。そうだな」


 そう言うと彼も写真を見つめながら微笑んだ。

 ベレジスト高校とネヴィア高校、そしてその二つと関係を結んだアルフォード達の経緯はあらかた聞いた。だからこそこうして仲良くゲームが出来ている彼を見て確信した。彼ならきっと何があっても大丈夫だと。


「彼ならきっとこれからも多くの人を救い、笑顔にさせるのでしょうね。……いつか見たヒーローのように」


 写真に写るアルフォードの屈託のない笑顔を見つめながらも、そう思いを馳せた。

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