1-28  『奇跡はいつだって日常の中に』

 二千年前、《七冠覇王セブンズクラウン》と呼ばれたその人物達は世界を揺るがす力を手にした。


 それはなるべくしてなった者。

 それは他者から与えられ“造り変えられた”者。

 それは自らの意志で掴み取った者。

 それは悪意に囚われ縛られた者。

 それは世界とそこに住む人々へ導かれ希望を抱いた者。

 それは世界から愛され天賦の才を授かった者。

 それは永久の時を生きて極致へと辿り着いた者。


 彼ら・彼女らはその時代の抑止力として動き、またある時は世界を滅ぼす危険因子として動いた。それこそたった一人でも世界を滅ぼしかねないほどの力を振るいながら。


 その中の一つ、《構築》。

 力場の操作にてありとあらゆる物質や現象を構築出来る力を持ったその男は一度だけ世界を滅ぼしかけた事がある。動機は単純。「ただ純粋に人生を楽しんでいた」から。

 曰く人生には余興が必要だとの事。うん、狂っている。


 ……それは目の前で楽しそうに戦闘をする少年も同じであった。


「――ははっ!!」


 笑いながら楽しそうに力場を振るう彼の姿はまさしく狂戦士バーサーカーそのものだった。


 碧い爆炎を引き連れながら上空を駆け巡るその様は伝説の神龍だ。彼が通ったところには熱による蜃気楼によって流星の尾のように残光が揺らめいている。


 周囲に炎を纏う神龍……。これが【崩壊現象】の最中ではなく晴天の中で見れたのならさぞかし綺麗だっただろうに。


「どうした? さっきまでの態度が見えねェなぁ!?」


「っ…………!!」


 持てる全ての力を用いてオズウェルドとの交戦を続ける。だが彼の操る力場が非常に厄介で対処する為に集中力を割かなければならない。実力的な話になるなら引けを取らないはずだがここまで苦戦するとは思いもしなかった。


 仙術や言霊は周囲の力場を吸い込んでエネルギーに変換すればいくらでも使える。けれどこの状況をどうにかするのであればそれだけでは足りない。せめて【崩壊現象】を止めてオズウェルドの使用する力場を少しでも狂わせる事が出来たなら……。

 そんな事を考えながらも神器を振るい業火を振りまくもオズウェルドは隙を突いて攻撃を仕掛けて来る。


 流れる血は血法で体内に引き込むが蒸発した血はどうにもできない。このまま耐久戦を続けても敗色濃厚なのは変わらない。


「神器解放――――」


「おっ」


「《洛陽を求める少女の剣リリスト・ルヴ・アストリエ》!!」


 両手に握り締めた神器の真名を叫んでその真価をいかんなく発揮する。そうする事で何重にも重なった魔法陣から放たれた悪魔の形をした業火がオズウェルドへ襲い掛かると碧い爆炎を掻き消して超大規模の爆発を引き起こした。


「と――――【ファレアスの手紙】・《終末ネトの章》!」


 領域を展開して地獄と呼ぶに相応しい空間へ放り込む。そこから放たれたのは天から無数に降る天使の光と、地上から無数に湧き上がる業雷。


【わたしたちの運命は、ただ堕ちるためではなく、血肉に抗い、天上の遺志へ渡るためでもなく、支配や戦争、飢餓、死の悪を断ち、またわたしたちに対する定めである】


「!!」


【すなわち、正義のために己を焦がし、悪しき悪魔へ抵抗しなさい】


 天地開闢に相応しい一撃を食らったオズウェルドは身体の大部分を焼失させ焼け焦げた香りだけを残して灰となっていく。


【さすれば主は幾億の御光で空を焼き、悪魔は幾億の業雷で地を焦がすでしょう】


【それゆえに、真意の刃を握り、正義の武具を纏い、己の世界の為に戦いなさい】


 御光が降り注ぎ、業雷は絶えず湧き上がりオズウェルドを撃つ。

 常人なら領域に入っただけで焼け死ぬ。神子や呪い子なら光に撃たれただけで消滅する。上位存在なら同時に業雷で焼かれて焼失する。悪魔や神であればその全ての力を直撃させてようやく重傷を負わせられる。



 だが、天地開闢の一撃を受けてもなお碧い爆炎は瞬いた。



 なんらおかしな話ではない。《七冠覇王》はいわば神の体現者。その力は上位存在をも遥かに上回るのだから。

 だがこの場で無傷で生きているのは彼の権能が生きているからだろう。

 《構築》の力によって絶えず破壊される体を新たに構築し続けるオズウェルドにとっては死という概念が最も遠い存在でもある。


「やるな」


「…………!」


 逆に言えばどれだけの攻撃をしても死ぬ事はないから遠慮が要らない相手でもあるのだが、だからと言って全力を出し過ぎてもダメだ。学園都市を守る為に戦っている以上本当の意味での全力を振るえば学園都市が余裕で滅ぶ。

 オズウェルド一人に命中出来、尚且つ学園都市が滅ばない威力の攻撃を浴びせ続けるしかないのだ。


 神器解放に外典の展示。

 これだけやれば普通なら痛手くらいは負わせられるはずなのに無傷となると流石にやる気が衰えて来る。不死身なのではないかという考えすらも沸いてきそうだ。まぁ、仮に不死身だとしたら死んで転生などするはずがないが。


「神器解放に外典の展示……。テメー、ただモンじゃねーな」


「……ご明察」


 これだけやっても耐えるのならば次は今まで以上の激しい戦闘になる。どの道今の学園都市はめちゃくちゃだが戦闘の余波がこれ以上広まれば死者は万を超える事になる。いくらオズウェルドを止める為とはいえそれだけはしてはいけない。


 ――エルフィ、早く……!


 切り札を切る準備はとっくに整っている。後は力場をどうにかするだけ。力場の流れる向きをオズウェルドから逸らすだけで切り札は切れるのだ。今は彼が……いや、彼らが少しでも早く核を破壊するのを待つだけ。


 オズウェルドから放たれる《構築》の力は全ての物質を食らい尽くす。例え神器で受けたとしてもあまりの威力に亀裂が走ってしまうほどの。


 ここまで来たら血法も言霊も役に立たない。仙術は再生や過去の憑依に使えるがそれも長持ちはしない。その場しのぎの後手に回った策だ。

 いつの世も後手に回った策では太刀打ち出来ない。今のオズウェルドを完璧に完封するのであれば初見の技で仕留めるしか……。


「おら! これで最後――――」


 ふわり。

 力場の向きが変わる。


「だ――――」


 爆炎。

 閃光。

 そして衝撃。


 オズウェルドによって支配されていた力場の流れの向きは多方向に拡散して一貫性を失くす。そうして支配権の失われた魔神の力場は周囲に浮遊するだけとなり、それを仙札の力を用いて大量に吸い尽くした。

 それこそ現在学園都市にばら撒かれている全ての力場を。


「なんだ、力場が……」


 急にエネルギーの供給が絶たれたオズウェルドはその違和感に攻撃の手を止めた。そして力場の流れを目で追ってようやく理解する。自分の独占していた力場が相手に利用されている事を。


「……そうか。そう言う事か」


 魔神の力場は非常に特殊で常人が触れれば発狂する。

 いくら神器や外典を所持していたとしても魔神の力場を、学園都市を埋め尽くすほどの量を取り込めば大抵の上位存在でも発狂するのがオチだ。

 まぁ、要するにそれに耐えながらエネルギーへ変換している目の前の相手がどれほどの存在なのか、オズウェルドはたった今悟ったのだ。


「ただモンじゃねーとは思ってたが……まさかテメーも俺と“同じ”だったとはな」


 二千年前ならまだしもこの時代で魔神の力場に耐えられる人間などそうそういない。そういう事情も相まってオズウェルドは相当驚いたようだ。


 力場を吸収してしまえばこっちの物だ。あとはこれをエネルギーに変換して、本来ならば生命力……つまり“氣”を消費しなければいけない仙術を発動させるだけ。エネルギーは無限にあるのだからそこに際限はない。

 特に今から行おうとしている仙術は普通に使えば普通に死ぬレベルで“氣”を消費しなければいけないのだから。


「だがテメーがその力を使ったとしても俺は殺せねーぜ。《構築》の力はテメーもよく知ってるはずだ」


 確かによく知っている。今さっきも思い知らされた。

 けれど彼は一つだけ間違えている事があるから真っ先にそれを訂正させた。


「勘違いするなよ。俺はお前を殺すために戦ってるんじゃないんだ。――俺はお前を助ける為に戦ってんだよ」


「……は?」


 しかしその言葉はオズウェルドからしてみれば意味不明の言葉でしかない。だってここまで街を大災害で包み込み、あまつさえ殺す気で戦っている。自分が相手を殺そうとしているのなら相手だって自分を殺しに来る。そう考えるのは当然だ。

 だからこそそう言ってのけるとオズウェルドは今までの戦闘よりも一番の呆け面を見せて硬直した。


「元々殺す気はなかったしな。でも、助けたいってエルフィが言った。俺はそれを手伝いたいって思っただけだ」


「……テメー、何言ってんだ……? 俺を助けるだ? はっ、狂ってやがるな」


「お前にだけは言われたくない」


 オズウェルドだけには言われたくないが狂っているのは事実だ。だってオズウェルドの存在はただ“そう在った”だけ。刺激されて目覚めて自分のやりたい事をやろうとしているだけの子供でもある。

 そんな子供が悪事を働こうとしているのは事実でもそこに悪意はなく、助けると言うよりも止めると言った方が彼はずっと納得するだろう。


 それでも助けるという言葉を選んだエルフィには見据える未来があったはずだ。


「俺ァ何かに縛られてる訳でも、苦しんでる訳でもねぇ。それなのに助ける? アイツが? どうやって?」


「確かに今のお前は純粋に今を楽しんでる。それは否定できないし、楽しむ事が人生に必要なのも十分理解できる。……要するにエルフィはこう言いたいんだよ。「そのやり方は間違ってる」ってさ」


 自分が楽しむ為だけに大勢を犠牲にする。それだけはあってはならない道理だ。人の道から外れてしまえばその人はもう二度と永遠に後戻りはできないのだから。

 ならば人の道から舗装した道を作って無理やり人ではない道へ繋げ、同じ道へ連れ戻すしかない。それを“助ける”と呼称するだけの思いやりがエルフィにはあって、無垢だからこそ本当の楽しさを知らないオズウェルドにはある。


「俺はその間違いを正す為に……みんなと自分の居場所を守る為にお前を止める。だからお前と戦うんだ。そして、お前を助けるんだ」


 楽しい事を望んでいるのであれば見せてやろうではないか。彼がやっている事以上に世界には楽しい事がごまんと存在しているのだという事を。


 ……それに、ただ単純に教えてあげたい。

 友達と一緒に過ごす日々は何よりも大切でかけがえのない時間になる事を。


「ははっ、いいねぇ! 自分テメーのやりたい事をやる為に戦うなんて熱い展開じゃねーか。俄然盛り上がって来た!」


「そこに関しては否定しない。俺もそう言う展開好きだし」


 オズウェルドは言った。「俺は好き勝手にやるからお前らも好き勝手にしろ」と。ならば好き勝手にやらせてもらうまでだ。力尽くでも彼を引き戻して助け出す。それがエルフィの願いでもあるし、個人的なやりたい事なのだから。


「そんじゃあ続きと行こうぜ! ――アルフォード!!」


 さっきより遥かに出力の高い力場が放たれて爆炎を彩っていく。《構築》の権能により幾重にも重なった科学やら自然やらの反応が連鎖する爆発を引き連れて天を穿った。それこそ終焉の光と呼ぶに相応しい紫の光を放ちながら。


「『あまねく全ての物質を纏いし衣の子らよ、今こそ我に授け賜れた力の前にその権能を教授たまえ』」


「【冠位領域】……!」


 光の環が天を穿つ光を囲んでいく。それはまるで神聖な何かが召喚される前触れのように美しく綺麗な光景だった。背景の街並みが終焉でも迎えているかの如くめちゃくちゃだったというのも相まって希望の光と呼ぶに相応しい光景だろう。

 まぁ、実質的には希望の光どころか終焉の光なのだが。


「『世界をとりまく“支配”をここに。これより此処に存ずる全ての物質の反乱を禁じて我が名に従え』」


 だが身に余る力は身体を食らい尽くす。

 今のオズウェルドは力を取り戻しただけで身体は力場の耐性があるだけの一般人。当然《七冠覇王》……つまり大天使だとか神だとかに匹敵する力を“身体その物”に宿せば器が耐えきれず崩壊が始まるのは当然の事だ。


 天に突き出した右腕が内側から分解される様に砕けていく。その度に身体を構築し直して力に耐え続けていた。


 そして、力は完成する。




「『我が名はシャーディス。《構築の冠位者》なり』」




 空気が爆ぜる。

 物質が朽ちる。


 神器解放でも外典展示でもない開闢の一撃――――その上位に存在する“権能の神撃”。それは彼が領域と定めた範囲内にあるあまねく全ての物質を支配下に置き自由に干渉できるという物だった。


 領域内であれば必中必殺のクソみたいなハメ技だ。ゲームならばチート級過ぎて弱体化不可避のその攻撃は二千年前でも避けられる者は誰もいなかった。絶対命中なのだから。

 だからこそ、防ぐしかあるまい。


「きッつ……! 流石に即席で作ったモンじゃ二千年越しの攻撃はキツいわ……」


「……は?」


 仙術で用いた結界を張って“権能の神撃”を防ぐ。その光景を見たオズウェルドは理解できない物でも見たかのように呆け面を浮かべた。

 普通なら死ぬレベルの技だ。命中したとはいえ無傷でやり過ごされれば驚くのも無理はない。


 オズウェルドが力場に長けているのは本当だし認めるしかあるまい。だが、力場を変質化する技術で比べるのであれば劣っているつもりは毛頭ない。だって力場の変質化なんて二千年前に飽きる程やってきたのだから。


「何だ、その力……。俺の権能さえ近づけさせない……? いや、そんなはずはねぇ。誰も俺を止められる訳が……!」


 状況が一変したせいかオズウェルドは確かな焦りを見せた。多分格ゲーとかで有利になったら油断して逆転されるタイプなんだろうなぁ、とか考えつつも力場を操作すると仙術へ応用して放たれる攻撃を全て真正面から受け止めた。


 力の大きさは同じ。けれど力の使い方は全くの別。

 そして今であれば真の本気を出す事だってできる。


 全力で振り下ろされた薙刀を神器で受けると果てしない閃光と衝撃を撒き散らしつつも空中で微動だにせず受ける。

 さっきまではそれで軽く吹っ飛んでいたはずなのにしっかりと受け止められれば流石の彼でも動揺してしまうのだろう。一瞬だけ剣圧が下がる。


「お前は言ったな。ただ楽しい事をしたいだけだって。……その通りだ。人生には辛い事が多くて、立ち止まって、俯いて、泣きそうになる時も沢山ある。だからこそそんな時に思い出してまた歩ける様な楽しい時間が欲しいんだろ」


「何を分かったつもりで……!」


「分かるよ。どれだけ雨が降ろうとも拭えない血の中を進んで来た……。そんな先の見えない旅路の中で見つけた“出会い奇跡”が教えてくれたんだ」


 この力があればみんなを助けてあげられる。そんなヒーローの様な自分を演じる時間に酔えるかもしれない。それが楽しい事になるのならそうしたい。そう思っていた子供の時――――。

 現実は残酷だった。楽しい事なんて一つもなかった。

 それでも仲間と出会ってからその認識は変わった。何も楽しい事は自分一人でやらなければいけない訳ではないのだと。


「裏切られても助けたいってルゥナは言った。一人で楽しむ道を選んだお前を助けたいってエルフィは言った。そう思うまでに積み重ねてきたアイツらの“出会い奇跡”がこの結果を導いたのなら――――その奇跡を俺が“本物”にする」


「力場が……!?」


 薙刀を押しのけるとオズウェルドは異常に気付いて距離を取った。

 《七冠覇王》の力を受け止められる存在はごくわずかに限られている。二千年前でも神が《七冠覇王》の手によって沈められたりもしたのだから。


 ならばどんな存在が《七冠覇王》を受け止められ、また同時に撃破出来るのだろうか?


 そんなの一つしかない。



 《七冠覇王》と同じ存在。つまり――――。



「奇跡!? はっ! そんなモンが起こるのなら世界はこんなに醜くねぇんだ!」


 聞き慣れた憎悪に見知った狂気。

 オズウェルドの魂の奥底に眠っていた……いや、同じ魂だからこそ決して捨てる事の出来なかったシャーディスの根本的な部分に宿る憎悪が見える。例え魔眼がなくたってハッキリと伝わって来る。


 ……だが、その他にもう一つ。


「綺麗事ばっかりで、理想論を描き続けて、そんな上っ面だけの世界にどんな意味がある!? 生きても生きても何もねぇ世界なら……いっその事ぶっ壊して作り変えりゃいい!!」


 ――魔神の気配……。力場に取り込まれた? いや、これは……。


 暴走……と呼ぶに相応しい感情の濁流。

 魔神の力場は人の精神に作用して時に汚染する。だから最初は力場を取り込みすぎて精神汚染をされたのかと思ったが、どうやら違う様だった。オズウェルドでも魔神でもない完全なる外部からの干渉による激情……。


 地上へ視線を向けて崩壊した建物の隙間からこちらを見る重傷を負ったヴァンダーベルトを見る。


「どうやら上手くいった様だ。さて、“世界の神秘”の力、とくと見せてもらおうか」


「――――」


 アイツの対処は後でいい。とりあえず今はオズウェルドを止めなければ。

 それに今はこの力さえあれば文字通りなんだって出来る。オズウェルドを助ける事も。この街を崩壊から救う事も。


 そして、手を繋ぐ事も。


「奇跡なんて起こらねぇ! 起こらねぇから――――オレは、俺は……ッ!!」


 《構築》の権能は領域と定めた範囲内の物質を自由自在に操る。つまり、その気になれば世界その物を支配する事だって可能になる。

 だから物質の消滅・再生・変異・合成を無差別に、そして無作為に行い絶対命中の一撃を作り出した。ある意味での開闢……。世界を終焉へ導く“文字通りの無限”。


 いわゆるブラックホールというヤツである。


「確かに奇跡なんてそうそう起こるモンじゃない。俺だって奇跡は起こるんだって信じ続けて血を浴び続けた時があった。……でも、違ったんだ」


 物質も、力場も、意志も、何もかもが暗闇の中に飲み込まれていく。

 いずれは自分すらも飲み込むであろうソレを背後にオズウェルドは激情に表情を歪めながら手をかざしていた。

 左目から大粒の涙を流しながら。


「奇跡は願う物じゃない。祈る物でも、信じる物でもない」


 神器を横に構える。今までの人生でひと時も休まず、こういう時の為だけに作り続けてきた百枚程度もの上級の仙札を一斉に取り出して術式を練る。


「奇跡はいつだって日常の中にあるんだ。それを享受して、受け入れて、また次の日常の奇跡へ繋げていく――――。そうして探し続けて……求め続けた奇跡の果てに連鎖していく日常こそが“本当の奇跡”なんだ」


 この技術だけは使う事はなかろうと思っていたが……念には念をと準備しておいてよかった。おかげで全てを助けてハッピーエンドを迎えられるのだから。

 備えあれば患いなし、とはよく言ったものだ。


「お前は日常の中の奇跡を探せなかっただけ。……いや、探す余裕すらも与えられなかっただけ。だからみんなの意志は「助ける」って言葉に相応しい」


「テメー、その使い方って……!?」


「よく聞けオズウェルド。今からお前を助ける奴らを導いた、一つの奇跡の名前を」


 オズウェルドは焦燥故か大量の爆炎を放ち曇天を照らす程の光を放った。それがあと一秒早ければダメージを食らっていただろう。

 一秒、早ければ。


 自然と晴れる硝煙の中から姿を見せる。

 白いローブに赤の紋様……とある大陸の文化を意味する物を刻み、黒い髪に灰色の鉢金を付け、首筋まで赤黒い痣で覆われた――――二千年前、《豪傑》と呼ばれた少年の姿を。


「テメー、その姿…………」


 仙術は魔術や言霊とは違い“氣”や(一部例外だが)“神秘”を用いて世界へ接続する力だ。やっている事は同じでもその細部の効果はまるで異なる。水と純水みたいなものだ。


 仙札は仙術を使いやすくする為の道具……数学で言う数式みたいなもの。それにより仙術使いは様々な効果を得る。

 だがその本質は“世界へ接続する”事。即ち中枢に存在する世界記憶の概念である《世界書庫アカシックレコード》に接続するも同意味。創成から刻まれ続けているその記憶の中に潜り込み“過去の残影”を引き連れて来る事すらも――――仙術なら難い事ではない。

 まぁそんな事が出来るのは世界中探しても三人程度だった訳だが。


「『あまねく奇跡を集う世界の子らよ、今こそ我に授け賜れた力の前にその権能を教授たまえ』」


「――――」


「『世界に満ちる全ての“奇跡”をここへ。人々と真意が生み出す幾億の未来と鼓動に従いて我が名に集え』」


 全方向から向かって来る魔神の骸……オズウェルドが《構築》の権能にて生み出した魔鎧を押しのけて一筋の光を放つ。それこそ学園都市を覆っていた濃い霧と曇天を全て振り払い晴天を生み出す、希望の光と呼ぶに相応しい光を。


 握りしめた神器に宿るのは七つの願い

 七色の光を放つソレは虹色の焔を纏いながら肉体を神格体へと昇華させる。二千年前でもたった二度しか発動しなかった《冠位礼装》を纏いながら。






「――我が名はロディ。《七冠覇王》が一角、《因果律の冠位者》」






 それは日常の中にある奇跡を本物へ変える力。

 それは人々の自由意思によって常に変化し続ける未来を捉える力。

 それは業を切り縁を断ちあまねく因果を穿つ力。


 それは、



 それは――――涙を流した少年が心から願った未来へ辿り着く為の力。



「因果……律……?」


 自分以外の《七冠覇王》と会うのは初めてなのだろう。ましてや化け物揃いの連中なのに【冠位礼装】まで習得しているとあれば話は変わって来る。

 形勢逆転。

 まさしくその言葉が相応しい極地。


「力場が……流れが、変わって――――」


 《構築》という始まりから終わりまでを支配する彼の権能の前ではそんなもの役に立たないも同然。まぁ彼も【冠位礼装】やそこと同じ極地まで辿り着けていればその限りではないが……今ばかりはこっちの方が遥かに優位に立っている。

 七色の願いが込められた神器を構えるとそれだけでオズウェルドの領域は振り払われた。


「俺の力――――《因果律》の権能は人々の自由意思で無数に分岐する未来の中で、たった一つの望む未来を手繰り寄せ、過去から未来に至るあまねく因果を断ち、未来を決定する物。それが何を意味するか分かるな」


「世界への……いや、《世界意志》に対する、叛逆……」


 オズウェルドの眼が射抜いていた。二千年前……世界の抑止力すらも切り裂いて未来を切り開いた少年の姿を。

 世界を背負わされて泣きじゃくった子供の面影を。


「奇跡は起こらないって言ったな、オズウェルド」


 神器を振りかぶって権能を発動する。そうして視えた今この瞬間から広がり続ける無数の未来の中には様々な結末が描かれていた。


 このままオズウェルドを殺しエルフィは救われはしないが仲間は誰も死なないノーマルエンド。


 エルフィへ再び憑依する事で攻撃する事が出来ずアルフォードは殺され、リアもジンもルゥナも殺されて学園都市は崩壊し、正気に戻ったエルフィが崩壊する学園都市の中でただ一人叫ぶバッドエンド。


 魔神が暴走して手が付けられず学園都市の真実が暴露され半壊した街の中で政府によりオズウェルドが捕獲され、強制的に事件が終わりただ後味の悪い真実が胸を刺すだけのトゥルーエンド。


 その全てはいずれも辿り着くかもしれない世界だ。これまでの作戦で見落としがあればバッドエンドへ。対策が甘ければトゥルーエンドへ。最も安全な策を取ればノーマルエンドへ。

 いずれも辿り着くには簡単だ。無数に存在する未来の中で疑似的な未来を迎えているのが幾つもあるのがその証拠になる。


 けれどその中で一つ、1%にも満たない確率の中に存在した未来があった。

 どんな結末よりも明るく笑顔でいられるハッピーエンドを。


「俺がこれから起こす《奇跡》を、目ん玉かっ開いてよくみておけ」


 握りしめた神器を空高く振り上げる。

 過去から未来に存在する全ての因果を“現在いま”と共に切り裂いてこの先に続いていく無数の未来を切り離していく。そうして剣を振りぬいた頃には幾つもの斬撃が刻まれたオズウェルドの体には傷口から光が溢れだした。


 《因果律》の権能はこれだと決めた未来を手繰り寄せる力。

 つまり、今切り裂かれたオズウェルドの体に与えられた“斬られた”という真実も、彼の魂にこじつけられた呪いも、二千年前から続く因果も、そのすべてを切り裂きなかったことへ変換する。


 それは絶対に起こりえるはずのない現象。

 もしくは、絶対に辿り着けるはずのない……はずのなかった未来。



 オズウェルドの、エルフィの、ルゥナの……。

 あまねく奇跡が集い形を成したたった一つの結末――――。



 光が弾けた頃には力場も覇気も権能も、何も纏わないオズウェルドが目を瞑りながら力なく空中に漂っていた。


 そんな彼は力場の影響によりゆっくりと落下する中で微かに開いた目でこっちを射る。瞳の中に小さな光を一つだけ宿しながら。


「……はっ、カッケーじゃん。ひー、ろー……」


 【冠位礼装】は数秒で地脈を吸い尽くすほどエネルギー消費が凄まじい。いくら魔神の力場で肩代わり出来ていたとしても消耗は続く訳で息苦しくなり徐々に解除を始めた。まるでゲームのアバターが塵になって消えていくかのように姿が戻っていく。

 体感的には十八年ぶりの【冠位礼装】。当然、その反動は凄まじく意識は一気に疲労を被って薄れていった。

 そんな余裕のない中で何度目かの言葉をオズウェルドに返す。


「だから言ってんじゃん、今回の俺は、ヒーローじゃないって……」


 そのまま、力の入らない体はオズウェルドと力場の影響をなくした岩盤と共に地面へ落下した。


「……ありがとう、みんな」


 消えかかった神器を抱きしめ、過去に置いてきてしまった大切な仲間達との旅路を思い出しながら。

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