1-27 『走れエルフィ』
意識を奪う程の激しい光が脳の奥まで貫いて来る。そうして次に目を覚ました時には小雨降りしきる曇天を見上げていて、エルフィは雨の冷たさに頬を撃たれて目を覚ました。
「っ…………」
僅かながらに体が痛い。まるで一時的に四肢が八つ裂きのように伸ばされたかのようだ。悶え苦しむほどの痛みではないが……体が自由に動かせないくらいには痛みが全身を迸っている。
横たわったまま顔を動かすと硬いコンクリートの上に寝そべっている様だった。白い線がある所から見て道路の上なのだろう。
痛む体を動かして精一杯の力で起き上がる。自分が寝そべっていた道路の上はまだ力場の影響を受けていない様だったがそれでも反動を受けていた。コンクリート全体に亀裂が走り所々で砕けている。
そして前を見た瞬間に視界へ入った景色は――――まさしくアルフォードの言った通りの秩序のない地獄絵図だった。
「――――」
街全体に巨大な亀裂が走りそこから紫色の光がオーロラの様に瞬きながら溢れ出している。そこへ浮かび上がる数々の建造物や岩盤。まさに童話やアニメの世界で見た世界の終焉と呼ぶに相応しい光景だ。
街の中心部……つまり円環塔から漏れ出ている光の中に街中へ力場を散りばめているコアの様な物が存在しているのだろう。それを破壊すれば崩壊現象は止まる……はずだとアルフォードは言っていた。
――行ってこい、ヒーロー。
アルフォードの言葉が頭の中で反響する。けれどそれ以上に思い出した言葉が頭の中を埋め尽くした。
――ありがとう、エルフィ!
「ルゥナ……」
裏切ったも同然だった。あれだけ信頼して、信頼されて、それなのに勝手にいなくなり自我を奪われて再会したら別人格……。その時、彼女がどれだけの絶望に包まれたかなんて想像もつかない。どれだけ辛かったのかも理解してあげられない。
……全ては自分の弱さが招いた結果だ。こうやって学園都市を滅ぼそうとしているのだって結局は自分が選択を誤ったからだ。
もしあの時に一人きりで行動せずにいれば。あの時にオズウェルドを受け入れなければ。
あの時。
あの時――――。
今度はもう二度と間違えないように。
「――よし、行こう!!」
体は未だ痛みを走らせている。
それでもやらなければならないんだと足を踏み込んで崩壊する街の中へと走り出した。
道路の真ん中を走っていくと次第に地面から漏れ出る光が増えていく場所へと向かっていく。今はこれだけで済んでいるが中心部まで向かっていくなら瓦礫が落ちてきたりする可能性も考えなければならない。ある程度は魔術で防げるだろうが、流石に建物の一角が落ちてきたのであれば死ぬ。
そうならない為に少しでも早くたどり着かなければ。
約二年ぶりの全力疾走だが体力はオズウェルドが体を乗っ取っていた時に鍛えてくれたのか息切れしていない。それどころか以前よりも軽く思える。
そうしてしばらくの間走っていると街の中に変化が訪れた。やはり緊急事態だということもあってか政府のマークが描かれた車両が大破されたまま放置されているのだが、ある大通りで銃を握る中隊が人に向けて発砲していた。
白目を向き、口を大きく開け、よだれを垂らしながら近づいてくる一般人――――いや、力場の影響で狂いゾンビのようになった一般人に。
「決して殺すな! 今は非殺傷弾を使って……って、お前危ないぞ! 止まれ! この先は……!!」
「――ありがとうございました~ッ!!」
「わー、あの子早い……(諦め)」
隊長っぽい人が制止しようとするが一般人の撃退に精いっぱいの彼らは呼びかける事しか出来ないみたいだった。だから謎の感謝を叫びながら素通りして力場が濃い方角へと向かっていく。
けれど武装した中隊でも囲まれないように動くのが精いっぱいなほどの量だ。いくら魔術が使えてもタダで乗り切ることは出来ないだろう。
例えば目の前で徘徊している人達とか。
それでもいかなければならない。そう覚悟を決めて足元を凍らせようと魔術を練り始めた時――――声が響いた。
「いた~~~ッ! あれエルフィでしょ!!」
「うぇ!?」
走りながらも振り返る。だってこの状況で自分の名前を呼ぶ人物がいるということは、つまり……。
真後ろからは二本の青い線が走った白いバギーが近づいてきていて、そこには紺色の髪をサイドポニーで縛った少女と、亜麻色の逆立った髪をした少年と――――白髪を肩まで伸ばした獣人の少女だった。
他にも二人の少年と一人の女性を乗せている様だったが顔を出そうとはしない。
「見つけた! エルフィ~~っ!!」
「なんか来た!?」
驚くも足は動かし続ける。そうやって後ろ向きで走っていたからか上前方から落下してくる大きな岩盤にギリギリまで気づけず、突っ込んできたバギーから手を差し伸べられてから気づく。
そうやって間一髪で手を掴むと風に全身を引きずられながらも見慣れた手を握る。車内へ引きずり込まれる頃にはバギーは力場の影響で浮かび上がる道路へとタイヤをつけて走行していた。
「アイツのいう通り結構分かりやすかったな」
「うん、これも仙札のおかげかな」
そんな会話をしていた二人の少年少女は体がボロボロになっていて、少女に至っては片腕が所々激闘していた事をを表す紫色に変色していた。少年の方も額から血を流していたが平気そうに口を開いている。
「ねぇ、あなたがエルフィなんでしょ? アルから話は聞いた。要するに力場が一番濃いところまで連れてけばいいんだよね!」
「えっ? う、うん!」
「なら飛ばすよ! しがみついてて!」
車内にはタブレットを操作する二人の少年と右腕を千切られて横たわる女性がいる。それだけでここにいる全員が今助けた男のせいで苦しんでいたというのに、彼らは何の疑問も抱かずに協力してくれた。
まるでゲームの最終盤の様に上下へ移動する道路をバギーは進んでいく。それどころか落下してまでバギーを運転する少女は最短ルートで目的地まで突っ込んでいった。
すると少女が言う。
「エルフィ、あなたの話は全部聞いてる! 今の私達に頼るのは少し不安かもしれないけど……信じて!!」
「――――」
信じて。
その言葉を聞いて真っ先に振り向いたのは白髪の獣人の少女――――ルゥナだった。本当ならば自分が真っ先に彼女へと言わなければならない言葉だったのだから。
彼女の両手がぎゅっと右手を包み込む。表情には安堵と不安が入り混じった複雑な心境が露わとなっていて、声を出そうとしてパクパクと開け閉めしている口から零れる音は震えていた。
彼女を裏切った。きっとあれから凄く辛い思いをして生きただろう。
それでも彼女は今日まで生きて「助けたい」と口にしていたと聞く。裏切り者に会いたがっているのだとも。
それならばこっちだって言わなければならないだろう。
「――信じる!!」
「っしゃあ!」
少女は掛け声と共にハンドルを切るとわざと後輪を窪みに引っ掛けてしがみ付いていなかった全員を振り落とす。「信じる」と言った直後に突き落とされたのだから驚いてしまうが、そうした理由はすぐに判明した。
走っていた道路から飛び出しても次に続く道はなく巨大な建物の塊が突っ込んで来ようとしている。
彼女は自分が脱出しない代わりに全員を助けたのだ。
「なっ――――!?」
そのまま建物の塊はバギーがあった道路を粉々に粉砕して通り過ぎる。助けなきゃとも思うが、体にロープのような物が巻き付くと腕を何本にも分裂させた亜麻髪の少年が安全に地上へと送り届けてくれる。
「アイツは気にすんな、走れ!!」
「でも……!」
「走れ!!!」
その声に反応して再び走り出す。
今のバギーで大分ショートカット出来た。あとは全力疾走でも届くだろう。だが、高速移動の術を失くした自分達は降りしきる岩盤の雨や凶暴な異形種からしてみれば格好の的だ。
「左!!」
「っ――――!」
声が響いた瞬間に少年が腕を変形させて棍棒のようなものを作る。そこへ嚙みついた狼の様な異形種は即座に振り払われるが、それを機に続々と襲い掛かってくる。
「ハルノ、先輩お願い」
「
一人の少年が女性を仲間へ押し付けると懐から変わった形の拳銃を取り出して引き金を引く。それは明らかに命中しない角度だったにも関わらず放たれた銃弾は異形種の急所を打ち抜いて足止めした。
「えっ、何その銃!?」
「自動エイムアシストの付いた特別製の拳銃。出し惜しみはできないから……さっ」
体を変形させる少年と共に紺鶴と呼ばれた少年は向かってくる異形種を撃退し続ける。時々降り注ぐ瓦礫の雨に足を取られることもあるがそれでも目的地へは一歩ずつ近づいて行った。
「ねぇ、そろそろじゃない!?」
「あぁ、そろそろだと思うが……どうやらまだ邪魔は入るみたいだな……!」
そう言って少年が振り向いた先へ視線を向けるとそこからは大量のドローンがこっちに向かって突進してきていた。それこそ数百はくだらないほどの。
「どっ、ドローン!?」
「あちゃ~、どうやら俺の発砲音に釣られて一斉に来たみたいだね」
「言ってる場合じゃないでしょ! どどどどうしよう!?」
あれだけの数が一斉に来られたら流石に魔術でもどうしようもない。紺鶴の持っている拳銃でもあれだけの数があるなら圧倒的に弾が足りない。
ならばこの段階での最善策は……。
「紺鶴、銃を捨てて!」
「あいさ」
ルゥナがそう叫ぶと紺鶴は立ち止まり銃を足元に置く。
するとドローンから放たれた大量の捕縛用ロープが紺鶴に絡みついて即座に身動きを封じた。……が、何故か近くにいた少年も巻き込まれる。
「えっ、僕も!? 何で!?」
「俺の近くで立ち止まったからだろうな~。今は凶器を持ってる奴だけをとらえようとしてるみたいだし」
「そんなぁ!」
「ううん、ハルノは紺鶴と一緒にいて。こっから先は私たちだけで行く!」
ルゥナはそういうとハルノと紺鶴を置いてけぼりにして走り出す。
確かにあの二人はここにいる二人と比べれば平凡的に見える。精神的にもこれ以上力場の濃い場所へ向かえばさっきの人達みたいに狂ってしまうだろう。
そうして走り出したはいいものの、足元に亀裂が走ると紫色の光が零れ出て周囲のコンクリートが岩盤と共に浮かびあげられる。
「えっ!? うわぁぁぁああああ!!?」
急に浮かび上がるのだからロクに態勢も取れず倒れこむ。そのまま急上昇する間は体へ掛かるGに耐えるしかなく、急停止するとふわっと体が浮かび上がって再び立ち上がった。
「じ、地面が!?」
「エルフィ、こっち! こっからなら行ける!」
ルゥナの見つけたルートを通り要所要所で浮かび上がっている道路や岩盤へ飛び移る。時々走っている場所へ大きな欠片が突っ込んできて足を取られたりもするが決して落ちないように踏ん張って死地を潜り抜ける。
だって、地面はもう数百m下だし地面がない場所は底なしの力場で埋め尽くされているし。
三人で助け合いながらいつ落下しするかもわからない浮遊する足場を伝っていく。そうしていく内にようやく目的地が見えて指をさした。
「あった! 多分アレ!!」
だがソレは超高密度の力場を放っている様で、周囲にはバリアのように瓦礫や破片が旋回していた。
「そんな、あんなのどうやって……!」
「俺が何とかこじ開ける! その間にお前らは――――」
瞬間、大きな何かが足場に直撃して角度を傾ける。
「うわっ!?」
「なっ、これって……!」
大きな足場に落下してきたのは岩盤でも異形種でもなかった。
様々な形へ変形できる少年を狙うべく意図的に表れたあるロゴの描かれたパワードスーツ……すなわち政府の武力鎮圧部隊の一角だった。
政府も力場の重要性は理解しているのだろう。だからこそうかつに触らせまいとこうやって実力行使で止めるべく兵力を送ったはずだ。
だがこれ以上時間をかけても街が崩壊していくだけだ。
ならばと少年が選んだ選択は稲妻のように早く、そして重かった。
「クソだらぁ!」
「えっ!?」
「ジン!?」
ジンというらしいその少年はパワードスーツを前にするなり腕をゴムのように伸ばすとルゥナと一緒に絡めとってくる。それだけで彼の意図を察するがそれをすれば彼は最悪死ぬ。
だからこそ止めようとルゥナは手を伸ばすが、その頃には既に二人共に宙へ投げ飛ばされ、ジンの背後にはパワードスーツの拳が迫っていた。
「ジン!」
「――行け!!!」
叫び声と共にパワードスーツの拳が足場を抉り粉塵を巻き上げる。彼の安否を確認する暇もなくまだ敵のいない足場へ転がり込むと突然の衝撃に痛む体を起こす。
「いってて……」
「立ってエルフィ! ――走って!!」
ルゥナに叫ばれるとなぜか体は勝手に動いて走り出す。心配する暇もなく、縦横無尽に衝突してくる岩盤を避けながら。
懐かしい。“あの日”もこうやって危険な道を二人して走り抜けたものだ。まぁ当時は命が掛かっているわけでなければ世界の命運を背負っている訳でもないのだが……それでも状況は似ているとこの時ばかりは思った。
おかしい。どうやら自分も力場の影響で狂っているのだろうか。世界の命運すら背負いかねないこの状況の中で昔の事を想起して懐かしいと思うだなんて。
あの時も同じようにルゥナの背中を追って走っていた。逃げる為に走る彼女を追ってではない。守ろうと必死に手を引いて走る彼女を追って。
ならば次は自分が守る番だ。
「とはいえ、あの瓦礫のバリアをどうやって突破するか……!」
「…………」
出来れば「僕がこじ開けるから!」みたいなことを言いたい所だがそれは叶いそうにない。ルゥナよりも身体的な力場の耐性はこっちのほうが高いのだ。みんなもそれを知っているからこそここまで守ってくれた。その意思を無駄にすることなんてできない。
だからといってルゥナが捨て身の攻撃を仕掛けるのも危険だ。これまでの戦闘でかなりの深手を負っているし武器だって所持していない。仮にこじ開ける事が出来ても最悪の場合四肢が吹っ飛ぶ。
どうする。どうする。
何も捨てられない状況の中でどうやって岩盤のバリアを突破しようかと悩んでいた瞬間、ルゥナの無線機から突如として少女の声が響く。
『—―任せて!!」
突如として割り込んできた人影はボロボロになった衣服を身にまとい紺色の髪をしていた。そんな彼女は眼を大きく見開くと碧く輝く星屑の光が宿った瞳で力場を射る。
「リア!?」
ルゥナが叫ぶと彼女……リアは僅かに振り向いて微笑んで見せる。そのまま我先に足場から飛び出すと自由落下の最中に右腕を振るい掌の中にあるものを生成した。それをバリアにぶつけた瞬間――――果てしない衝撃と閃光が発生する。
眼球の奥まで焼き尽くしそうなその光の中でリアは前に腕を突き出して反発する力場を抑え込もうとしている。
だが一人では無理だ。彼女だって人間なのだから誰かが手伝わないと……。
そんな心配は彼女の咆哮が搔き消した。
「根ッッ性ォォォォォォォ――――ッ!!!!」
リアの放った一撃が力場を貫いてコアまでの道を作ってくれる。だがその反動で血が噴き出す腕を抱えるリアだったが、彼女は上を向いて視線を合わせてくると大きく叫んだ。
「――行け!! ヒーロー!!!」
「っ――――!!!」
そうだ。
自分がみんなを守るんだ。
もう逃げたりもしない、心から胸を張って助けた事を誇れるようなヒーローに、自分がなるんだ。
――行け、ヒーロー。
ルゥナと共に飛び出したその脚は今までのどの瞬間よりも軽く高く飛べた。
どう破壊すればいいのか。
破壊したらどうすればいいのかもわからなかった。
けれどリアの言葉が全てを理解させてくれた。何も怖がる必要はないのだと。
アルフォードから渡された札を取り出す。それを握りしめながらもコアを破壊するべく右手を大きく前に翳した。ルゥナも左手を前に出して札を握ってくれる。
「「いっけえぇぇぇぇぇぇえええええええッッ――――!!!」」
みんなを守る。
ルゥナを守る。
そんなヒーローになりたい。
それが自分のやりたい事だから。
自分が心から願う未来へたどり着ける様な、そんな
願いを込めた一撃はコアを粉々に砕いた。
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