1-26  『どーするコイツ』

「俺がいる……? 俺の前でよくそんな自信満々に言えるじゃねーか。確かにテメーはこの世界じゃあかなり強ェ方だとは思うけどよ……今の俺に勝てるとでも思ってんのか?」


 今、アルフォードの視線の先にいるのはエルフィから分裂した子供みたいな考えを持つ強い我儘っ子ではない。指先一つ撫でるだけで街を滅ぼしかねない力を持った伝説の存在――――《七冠覇王セブンズクラウン》。

 その力は神々の時代から引き継がれる力。

 今の時代でこそ忘れられはしても決してその存在が揺らぐ事はない。


 言霊・血法・仙術・その他諸々の技術しか引き継いでいない今生のアルフォードという人間には到底太刀打ちできない存在だ。彼の様に転生して尚当時の力を持っていたなら話は変わったのだろうが……根源的呪いを克服する為に魂を入れ替えての転生を行った事が災いしたか。


 だが、だからって打つ手がない訳ではない。


「思ってるね。何せお前は力が強いだけで戦い方を知らないズブの素人。戦い方ってのは思った以上にあるんだぜ」


「へっ! 大口叩くじゃねーか。ならいいぜ。手始めに――――ショーを始めてやろうか」


 オズウェルドが人差し指と中指を同時に立てて軽く振るう。直後、力場が大きく脈打つかと思ったら立つのが精いっぱいな程の地鳴りが襲ってくる。

 こっちはある程度慣れているから平気だが、体を動かすのが久方ぶりなエルフィは足を取られて思わずしがみついて来る。


「うわっ! なに、地震!? デカい!!」


「……違う。【崩壊現象】だ」


「ほうかい……? ――――っ!!」


 取り出した仙札の内安物っぽいものをエルフィの額に押し当てると、仙札を持っているジンの視界を共有させて外で何が起こっているのかを見せる。


 ジンの視界に移ったのはまさしく終焉と呼ぶべき光景だった。


 割れる地面。砕かれる岩盤。そして、円環塔へ封じ込められていた力場が地上へ漏れ出した事により浮かび上がる数々の建物。突起する岩盤は道路を砕いて車を横転させ、浮かび上がる瓦礫や欠片は飛竜の翼を撃ち抜いて墜落させた。

 あまりにも巨大な岩盤の欠片は力場で持ち上げられてから落下を始めて大きな石礫の雨を降らす。


 ジンは咄嗟に体を伸ばしてリアやルゥナ達を覆った。だが彼らの立っていた建物も浮かび上がっては上空へ投げ飛ばされる。


 聞こえて来る悲鳴は鼓膜を震わせる。鉄やコンクリートが擦れる音は耳をつんざく。幾何学模様の光が空気の中を駆け抜ける。

 一目見れば分かる。放っておけば学園都市は滅亡すると。


「アルフォード君、これって……!!」


「あぁ。全部アイツの“権能”が引き起こした事態だ」


「けん、のう……?」


「一定の領域に踏み込むと“権能”ってのが使える様になるんだ。それは世界を従える力って言っても過言じゃない。アイツはその“権能”を使って【崩壊現象】を引き起こしたんだ。――お前をここから遠ざける為に」


 一見すればオズウェルドは自分が楽しむ為に【崩壊現象】を引き起こしたと考える事が出来る。けれどその心意は全くの別物。

 恐れているのだ。自分が救われる事を。

 期待しているのだ。大口を叩く相手と全力でやり合うのを。


「【崩壊現象】を止める方法は二つ。“権能”を用いた奴を殺して強制的に止めるか、力場を拡散するコアみたいな物を探して破壊するか。オズウェルドを助けたいお前は消去法的に後者を選ぶしかない。そうなったら俺はここでオズウェルドの足止めをするしかない」


「アルフォード君……」


「政府や公安はこうなった以上機能しない。このままいけば学園都市は崩壊する。俺の言いたい事、分かるな?」


「っ――――!!」


 別の仙札を取り出すとエルフィは自分に押し付けられた役割を理解し、その重圧のあまり身を震わせた。

 作戦通りなら無力化したオズウェルドを説得して終わる。それなのにいきなり世界を救うために奔走しろ、だなんて言われたら誰だって身震いするに決まっている。


「オズウェルドは俺が必ず止める。だから、お前は【崩壊現象】を止めてくれ」


「止めるったって……どうやって? 僕、何か特別な力を持ってる訳でもないよ」


「前世の魂持ちっていうアドバンテージがあるだろ。お前の身体は常人よりも圧倒的に力場への耐性が高いんだ。今も魔神の力場に耐えてるし」


「そ、それはそうだけど……」


 いくら力が足りないとはいえエルフィは《七冠覇王》を宿しても精神が崩壊しない程の耐性を持っているのだ。逆に言えばアルフォードを除きリアやルゥナ達の中でこれ以上の適任はいない。


 エルフィの胸に拳を当てて言う。


「頼む。お前にしか頼めないんだ」


「…………」


 真っすぐに貫いた視線を受けてエルフィは黙り込む。胸の前で拳を握り、少しの間だけ考えると口を開いて問いかけた。


「……アルフォード君は、ルゥナの話を聞いて僕達に協力してくれてるんだよね」


「あと任務だからってのもあるけどな。それが一番大きいけど」


「なら、尚の事……どうして、命を懸けてまで僕の事を助けようとしてくれるの?」


「――――」


 なんて答えようかと少し迷った。

 任務だから? 幼馴染の友達の頼み事だから? 強くなるためにオズウェルドと戦いたいから成り行きで?

 どれも違う気がする。


 誰かに影響されてやっている事ではない。絆を守ってあげたいとか、困っていそうだから助けてあげたいとか、そういう優しさとしての意味合いは充分にある。

 でも今はそれ以上に――――。


 ……うん。

 やっぱりしか理由はない。





「それが、俺のやりたい事だから」





 自由に生きるも約束を守るも関係ない。

 ただ自分が自分勝手にそれをやりたいだけ。


 仙札をエルフィに押し付けると最後に注意事項だけ口にする。


「外はもう地獄絵図だ。秩序がない。いつ異形種が襲って来るのかも分からない。俺の仲間にお前の事は伝えておくけど、充分に注意してくれ」


「……うん」


 どうやら彼も覚悟が決まった様で一呼吸分だけ間を開けると強い瞳で意気込んだ。この調子なら途中で諦めるという事もないだろう。まぁ、元から諦める気なんてさらさらないのだろうが。


 彼を送ればここはもう現代から切り離された別時間軸みたいになる。何せ共にいるのが二千年前に世界を滅ぼしかけた相手なのだ。この場所なら切り札を切れるが、そうなった場合はきっと真の意味で命を懸ける事になる。

 学園都市やみんなを守りたいのであれば決めなければいけない覚悟だ。


「それじゃあ行ってこい、ヒーロー」


「うん!」


 渡したのとは別の強力な仙札を用いて物理転送を行う。某ゲームで言うルーラというヤツだ。

 光が弾けるとエルフィの体は影も形もなく消滅した。これで彼の体は外に送り出された。ジンの見た記憶の中でまだ力場の影響が出ていない安全な場所を選んだつもりだが、転送直後に崩壊すると言う可能性も捨てきれない。出来るだけ早く駆けつけなければ。


「さて、ようやくお前の相手をしてやれる訳だが……準備はいいか?」


「おう。こっちは既に準備運動も済ませてるぜ」


「そーかい」


 力場の影響で時間軸が狂っているせいか、オズウェルドの体が少しばかり変化しているように見える。その姿が二千年前に出会ったある男に似ているせいで彼の前世が誰なのかをすぐに思い出した。


 ――あの姿……。なるほど、アイツの生まれ変わりって訳か。


 彼も力場の影響を受けて一時的に記憶が活性化しているのか思わせぶりな言葉を口にする。


「なっつかしーぜこの感覚。何でもできそうな全能感……。今ならだれが相手だって負ける気がしねぇ」


「それでは前世のお名前をどうぞ」


 マイクを握るジェスチャーでそう言うとオズウェルドは少しばかり伸びた前髪を掻き揚げながら言う。


「確か……シャーディスだったか? うん、そんな気がすんな」


「やっぱ力場の影響って凄いなぁ。正解」


 シャーディス……。二千年前に《七冠覇王》として名を馳せた特大級の馬鹿の名前だ。とある王都の生誕祭で「パーティーだぜ~っ!!」とか言いながらノシノシ現れる物だから上層部を掻き回して嵐の様な祭りをしていたのが印象深い。なんでも一説ではその時に城からこっそり抜け出した姫様を惚れさせたとかなんとか。


 名前さえわかれば対処のしようはいくらでもある。彼の前世の記憶は本来持ってはいけない物だからこそ情報的な意味ではこっちが優位に立てる。


「前世のお前は今のお前とそんな変わんない性格してたっけな。自己中で騒がしい奴だったよ」


「お前、俺の前世を知ってんのか?」


「転生者だからな。それなりに世界巡ってたし。一度会った事だってあるんだぜ」


「ふ~ん」


 こっちも準備体操を済ませると仙札を取り出して臨戦態勢に入る。果たしてどれだけやれるのかは分からないが、そこはいつも通りのアドリブでやるしかあるまい。

 何とかなれの精神で挑めば何とかなるはずだ。


「そんじゃ、改めて名乗った方がいいな。前世の記憶だと確か……あぁ、こういう名乗り方だったな」


 オズウェルドは薙刀を召喚すると背後に碧い炎で作り出した神龍を見せる。魔神の力場を取り込んだ影響か、二人でやり合っていた時よりも強く鮮明に映っている。そんな神龍を身に纏う様に旋回させ、薙刀を構えると、名乗る。




「――我が名はシャーディス・ロティア。《七冠覇王》が一角、《構築の冠位者》」




 《冠位者かんいしゃ》……。懐かしい響きだ。二千年まででもごく一部の間でしか広まっていなかった呼び方だが上位存在や偉い人に会うたびにそんな呼び方をされたっけ。

 序列が入れ替わった辺りから何かしらの名乗り方がある~、と聞いた事はあるがそんな中二みたいな名乗り方だったとは。


 だがとにもかくにもやらなければならない。何よりも相手が《七冠覇王》であれば遠慮する必要はどこにもないのだから。


「さぁ、始めようぜ。――ヒーロー!!」


 オズウェルドはそう言うと力場で生成した神龍を纏いながらも突っ込んでくる。その攻撃は例え万全の状態で持てる全ての力を使っても一瞬で消し炭になるだろう。それが《七冠覇王》の力だ。


「だから……」


 オズウェルドは前世の魂ごと引き継いでいるから魂に宿った《七冠覇王》の力も引き継いでいる。それ故に力場を取り込むだけでいい。

 逆に新たに魂を作り直したアルフォードという魂は力場を宿す器でも何でもない。現状況で太刀打ちする術は“普通なら”何もない。

 普通なら。


「今回の俺はヒーローじゃないって――――言ってんだろ!!」


 仙札を構えて飛び出すと全力でオズウェルドに向かって飛び出した。


 直後、円環塔の支柱を粉々にするほどの衝撃が地下に――――いや、学園都市中に響き渡った。

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