1-24  『当たり前の事じゃんね』

 鳴り響く警報とざわめきに意識が呼び戻される。そうして瞼を開けると目の前に映ったのは運転席と助手席に座るハルノと紺鶴こんかくの背中だった。

 朦朧とする意識の中でリアは呟く。


「……はる、の……紺鶴……」


 すると声を聞いた二人はすぐさま振り返るなり嬉しそうな表情でこっちを見た。


「あっ、リア! 大丈夫!?」


「あ~よかった~……! 目覚めないから死んじゃったかと思ったよ」


「ちょっ、紺鶴! 言葉が悪い!!」


 周囲を見渡す。

 今はバギーに乗っているが走行はしていない。ハルノと紺鶴もモニターを見ていた。そして後方には大破して黒煙を上げている武装車両。と、そのそばで縄でぐるぐる巻きにされているPMC兵達。


 気を失っていたのはほんの数分だと状況を見て察するが……数分が経過したにしてはあまりにも見覚えのある光景は変わり果ててしまっていた。


「……これ、映画の撮影?」


「であったらスゲーんだけどね……」


 冗談任せにそう言うも紺鶴は苦笑いを浮かべながら街を見下ろす。

 道路から見えた街並みは曇天の空に覆われている。けれど喧騒に包まれていたはずの街は警報と赤い警告表示で塗りつぶされて異様な気配を醸し出していた。それこそ映画のクライマックスでも撮影しているのではないかと錯覚してしまう程に。


 ハルノがゆっくりと指をさした方角を目で辿りこんなにも警報が鳴り響いている理由を察する。そりゃ、学園都市の心臓と呼ばれている円環塔が破壊されればこんな大事にもなる。


「なるほど……」


「緊急事態宣言が出てるからありとあらゆる交通規制が掛けられてて、政府のバギーじゃここから出られないんだ。だからと言って僕達だけで出られもしないし……」


「二人とも、少しお願いがあるんだけどいい? 身体が、動かないの」


「え?」


 こんな状況なのにそんな頼まれ方をしたら困惑するに決まっている。身体が動かないといったって現状三人で動ける状況でもない。バギーなんてもってのほかだ。

 円環塔が破壊された今少しでも不審な動きを見せれば政府に見つかり牢屋の中へ閉じ込められることだろう。


 それでも“視えた景色”を見なかった事にするなんて出来ない。


「動かないって……そりゃそうだよ! 早く病院に……!」


「違う」


「違うって何が!? その腕でなに、が……でき……」


「作戦は失敗した。それでも――――私の眼で見れる物ならまだ残ってる」


 円環塔から放たれる終焉にも似たオーラを魔眼で睨みながらもそう言った。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 雨が降り始めた。

 警報が鳴り響く最中の街に降り注ぐ雨粒はまるでこの状況を分かりやすく表現しているかのようで、作戦を失敗させてしまったルゥナの心に染み渡るほどに冷たく体を打ち付けていた。


 痛みで体が動かない。激突した衝撃で粉々になったアルミ製の何かを背後に横たわり目の前の光景を目にするしか出来なかった。

 流れる血も雨で滲み消えていく。

 まるであの時と同じように。



 そしてあの時と同じ人物が同じ状況で、しかし全く違う立場でそこに立っていた。



「運命は奇なり……。よく言ったものだよね。実際その通りだと思う。まさかこんな形で再開するだなんて思いもしなかった」


「っ…………!」


 嘘だと信じたい。幻なんだと思い込みたい。

 だが目の前で振り返るその人物の姿が、顔が、声が、仕草が淡い願いを全て粉々に打ち砕く。だって彼女は忘れもしない人生の恩人――――リーシャその人だったのだから。


「久しぶり。ルゥナ」


 これが普通の再開だったならそれほどなまでに嬉しい事もそうないだろう。一番の嬉しい事はエルフィとの再会だが……人生に名前を刻まれた彼女との再会だって充分待ち焦がれていた。

 それなのに。

 それなのに何故。


「……なん、で」


 痛みでまともに動かせない体を動かそうと生まれたての小鹿みたいに四肢を震わせる。そんな中でも彼女に問いかける。


「どうしてこんな所に……いや……何でそっち側にいるんですか……リーシャ先輩……!!」


「――――」


「奪って壊す事が嫌いだったあなたが、何でそっち側についてるんですか……!? どうしてこんな、暗部なんかに……!!」


 苦労して上半身を起き上がらせる。

 記憶にあるリーシャはとても優しい人だ。物腰柔らかで、どんな人にも笑顔で接して、喧嘩の時でさえ拳よりも先に白旗を挙げるような人だ。


 困ってる人を見捨てられないお人好しだった。傍から見ていれば他人を助ける事で自己肯定感を高めたいと考えていそうな偽善者にしか見えなかった。

 それでもそんな彼女を見て「自分もああなれたらな」なんて思うくらいには尊敬していたし信頼もしていたし、エルフィの次くらいには好んでいた相手だったのに。


 最後に彼女の顔を見たのは数か月前だ。その時は「私凄い所に誘われちゃったんだ! 言って来るね!」と満面の笑みで人を助ける事を望んでいたというのに。


 リーシャは乾いた笑顔を浮かべると銃……【ブラッド・バレット・アーツ】と一体化した腕を見せながらも言う。


「あはは」


 乾ききった一言を。





「疲れちゃったんだ」





 見た事がなかった。リーシャが絶望している姿なんて。

 裏の世界で何百何千と見て、そして自分ですらも絶望や疲労のあまり乾いた笑顔を浮かべ続けてきたからこそ分かる。その取り繕った笑顔の裏に渦巻いているドス黒くぐちゃぐちゃになった感情の数々を。


「沢山の人を助けた。その代わり多くの人を傷つけた。でも、そこで得られる称賛は思ったよりもずっと……乾いてた。私が政府に所属してからこの手がオイルと血以外の物で潤うなんて事、なかった」


「――――」


「全ての人を助けようと頑張れば頑張るほど自分の手で積み重ねる死体の山が増えるだけ。それを運んでた私の手は錆とオイルと血でボロボロだった」


「そんな……。でも、先輩を勧誘した人達は警備隊に所属させたって……。先輩だって今度会えるかもねって連絡してくれて……!」


「心配させたくなかった」


「っ…………!」


「私の戦闘技術は結構凄かったんだって。そこで私は公安直属の協約部門に入った。でも私が夢見た人助けは全部死体の上に積み重なった舞台の上で繰り出される演劇だった。血と泥で化粧をしてオイルの雨を浴びる……。私が夢見てた理想の正体は綺麗な皮を被った……皮膚の剥がれた誰かの顔だった」


 右腕と一体化していた【ブラッド・バレット・アーツ】が縮小して通常の狙撃銃と同じくらいの大きさに変化する。その血管や腸がバレルとなった銃身を見ながら彼女は続ける。


「こんな事を続けるくらいならいっその事……。……そうやって私は自分から右腕を切り離した。人助けを望む自分も、人助けで騙る政府も、偽善も怒りも渦巻いたこの学園都市も、嫌気がさしたから」


「――――」


 彼女が卒業してまだ一年も過ぎていない。それなのにここまで変わってしまうだなんて。


 ……いいや違う。彼女がただ変わりやすい性格だっただけ。

 お気楽でお調子者で雰囲気や空気に流されやすくて、ロクに信念なんて呼べる覚悟を抱いていなかった彼女だからこそ、夢だなんて憧れだけで踏み入った死体の舞台の上はあまりにも残酷だったのだろう。

 優しいから。

 心から誰かの幸せを願っていたから。


「動かないで、ルゥナ。君だけは……私の後輩だけは傷つけたくな――――」




 そんな彼女の心を簡単に奪わせてたまるか。




 懐に仕舞っていたナイフを投げつけて体を仰け反らせる。雨で滑る腸に足を取られつつも掻け出した足をそののままに持っていた銃で牽制射撃を真正面から受けると、粉々になった銃を投げ捨て、その代わり空いた両手はリーシャの身体を捕まえた。

 そうしてフェンスを突き破り廃ビルの屋上から飛び降りる。


「ジン!!!」


 そう叫ぶと崩壊したビルの一角から閃光が走って大口径の弾丸が自分達の立っていたビルの柱を破壊した。そうして一部を倒壊させると向こう側のビルまでの橋を作り上げてその上を二人して転がる。


 街中で警報が鳴り響いている。こんな事をすれば政府の人間に怪しいと疑われて捉えられては牢獄に入れ込まれる事になるだろう。

 それでも今だけは止まる事なんて出来ない。


 【ブラッド・バレット・アーツ】の性能は聞いている。事実そのすごさを数十秒前に思い知らされた。そしてそれを使っているリーシャの身体が既に限界を迎えているという事も。

 協約部門はエリート揃いの精鋭部隊。だがそれにしては彼女の反応は遅かった。本当に協約部門に入っているのならさっきの投げナイフなんて投げる前に見切って反撃を出来ていたはずなのだから。


 ――銃身を破壊すれば……!!


 手持ちの銃は壊れた。だから魔術で火薬を生成しながら飛び出すも前方からは途轍もない衝撃波と風圧が全身を叩いて押し飛ばす。


「わぶっ!?」


 雨と風圧の効果で粉塵が消し飛ぶと姿を消したリーシャの姿が露になるが――――その姿は想定しているよりもずっと遠く小さかった。


 ――射撃時の衝撃波を意図的に拡散させて飛び上がった…!?


 このまま距離を取られるのはマズイ。相手がスナイパーである以上姿を見失えばこの状態の街中では圧倒的状況不利を背負う事になる。何よりも相手は協約部門に飛び級出来るほどの実力者なのだから。


 ――逃がしちゃダメだ。なんとしてでも追いかける……!!


 脚にマナを溜め込んで蓄積した分のマナをジャンプと共に放出する。そうして通常では発揮できないほどの跳躍力を引き出すと百mを二秒やそこらで飛び抜いて後を追う。


 けれどそんなぴょんぴょん飛んでいられる暇もない。相手がいつでも高出力で飛び回れる以上、一々足を地面につける追い方では距離を取られる一方だ。

 ならば。


「絶対に逃がさない。――あなたを引きずり回してでも連れ戻す!!」


「…………!」


 手首の辺りから凝縮したマナを鞭の様に結びあげて前方の建物へ叩きつける。吸盤の様にしっかりと固定させると鞭の部位は柔らかく変質させてパチンコの要領で力いっぱい空中へ飛び出した。


 アルフォードが教えてくれた。普段彼が血で行っている事がどんな感覚なのか。どう動けば最速で空中を駆け抜けることが出来るのか。

 そこにマナの放出を加えれば今の自分に出せる最高速度の完成だ。


 ――まだ私の技術じゃあの人には届かない。それでも……!


 鞭を建物や街頭に巻きつけて某パイダーマンの様に空中を動く。僅かな体の捻りや重心の位置で最適な動きを探りつつも距離を取ろうとするリーシャへ迫った。

 これまでに得た全ての経験をこの一つに――――。



 ――空鞭からむち!!!



 放たれた弾丸を横回転する事で掠める程度で済ませる。建物の隙間や鉄骨の間を縫うようにして準備が出来次第加速。そうやって銃弾を脇腹に掠めながら手を伸ばすと銃口を掴んで真上に逸らした。


「掴まえた!」


 今の【ブラッド・バレット・アーツ】はリーシャの腕と一体化してしまっている。手放す事が出来ないからこそ銃口を掴みながら彼女をどうにかして拘束しなければならない。

 そう考えた所なのに現実は想像の斜め上を行った。


「これ以上壊させはしない! 私達の大好きなリーシャ先輩が返って来るまで!!」


「君は――――」


「っ……!?」


「やっぱり、君は強いね」


 銃身に巻き付いていた腸や内臓がブクブクと腫れ上がる。それは筋力と繋がっているのか振り払う力が強くなった。当然空鞭で巻きつけながら銃口は真上に向けさせようと力を籠めるが――――彼女の振り払う力は既に人間のソレではなくあっけなく空中へと投げ捨てられた。


「ごめんね」


 ――避けられない!


 流れた涙は雨と共に地上へ落ちる。負荷に耐えきれず射撃と共に内側から溢れ出した鮮血も。


 マナで合鉄を生成しようと術式を練り始める。けれど咄嗟の判断で行っている上に頭の中は空中での姿勢制御や次の行動パターンの予測で埋め尽くされている。当然、並列処理が追い付かず頭の中がぐちゃっと捻られ反応が遅れる。


「い゛っ――――!!?」


 生成途中の欠片に弾丸がぶつかり数ミリは軌道がそれる。けれど完全に脇腹を貫いた弾丸は威力が衰える事なく地面へ突き刺さると大きなくぼみを作った。


 ――クソッ! 脳内の並列処理がぐちゃった……ッ!!


 痛みで姿勢制御が上手く出来ずに落下する。着地の瞬間だけ空鞭で衝撃を殺せたがそれで状況が良くなる訳でもない。まぁ最悪でないだけまだマシなのだろうが。

 貫かれた脇腹を抑えつつも体を起こす。

 周囲は警報のおかげか人一人いない。建物では窓も開いていなかった。


 動くことをやめたせいでリーシャを見失った。相手が凄腕のスナイパーである以上もう自分から姿を見せるような真似はしないだろう。つまりここからはどこから撃たれるかもわからない状況下で彼女の居場所を突き止めなければならない。

 そして、第一射目が襲ってくる。


「ぐっ……!?」


 追うのと姿勢制御をしなくていい分聴覚や匂いに集中していたおかげで致命傷だけは避けることに成功する。それでも完全には避け切れず掠り傷から血を流すが。


「君が止めようとする理由は分かるよ。でも、私はもう君達の知ってる私じゃない。私の手はもう血に塗れすぎてしまったの」


 弾丸がありえないカーブを描いて左腕を掠り、肉を抉る。これが特徴の一つである必ず標的へ命中させるという能力か。


「い゛っ……!!」


「殺して殺して殺し疲れて……最後には何も感じなくなった。それを知った私が抱いた弱さが――――とても醜く思えた。腐った中身を隠すために蓋をして、表の顔に泥を塗った」


 声が木霊して位置を特定できない。雨音も至る所で鳴っているから足音ですら聞き取る事ができない。

 だから容赦なく弾丸は襲ってくる。


「夢見た人助けがこんな景色なんて知らなかった。知りたくもなかった。なんの為に殺しているのかもわからなくなってしまうのならいっそのこと壊してしまえばいい」


「…………!!」


「変だよね。おかしいよね? 人助けが好きだったのに今はそれに嫌気がさして破滅を望んでるんだもん。でもさ、心がさ、限界でさ……。君の顔を見るまで君達の事を忘れてしまうくらい疲れてたんだ。……それでも、仮に私がいなくなっても、他の誰かがこうやって蝕まれ続けるのなら――――」


 彼女の言うことには一理ある。

 例えリーシャがいなくなったとしても公安や政府は新たな人材を投入して同じことを繰り返すだろう。何故ならそうでもしなければ学園都市は安全という名目を確保できないから。


 他の国と違って学園都市が比較的治安が良いと言われているのは綺麗な裏で排除された肉塊とそこに生まれる蛆が封じ込まれているからだ。

 いつか誰かが綺麗さを守るだけの歯車にされる。それならばそんな事をする政府なんて壊してしまえばいい。……悔しいが、納得出来るし理解も出来る。自分も同じようなことを散々してきたから。


「でも、それでも……君達の場所だけは壊したくないの。……壊させたりはしない。だから今は動かないで」


 体を仰け反らせる事で放たれた弾丸が頬を掠める。即座に襲ってきた次の弾丸はわき腹を僅かに抉る。


 そして、三発目の弾丸が左足の脹脛ふくらはぎを真後ろから貫いた。


「あああああ゛あ゛っ!!!!」


 掠めるだとか肉を抉るだとか、そんなのとは段違いの痛みが脚を襲う。思わず叫び声をあげながらその場で蹲ってしまうほどに。


 銃の形状や一発ごとの負荷から連発出来ないことはわかっていた。だから一発一発を見極めれば回避できると思っていたのに、まさかここにきて自損覚悟の連射をして来るとは思いもしなかった。

 それほどなまでにリーシャは恐れているのだ。自分が元の眩しい世界へ連れ戻される事を。血に塗れた手をみんなに引かれる事を。


「私の権限があれば君達だけは守ってあげられる。君達だけは、何も奪われずにいられる。だからお願い。どうか、私の大切な後輩達を守らせて」


「――――っ!!」


 歯を食いしばって彼女の言葉を聞く。

 傷口を氷で塞ぐ。これで血は出ないから出血多量で死ぬことも貧血で倒れる事もない。あとはこの痛みでロクに力が入らない身体で彼女を倒すだけ。


「……どうして」


 手足を震わせて立ち上がる。リーシャはそんな姿を見て理解のできない光景でも目にしているかのような戸惑い具合でそう呟いた。


「君だって分かるでしょ? 裏の世界にいた君なら……。本当の世界がどれだけ汚れてるのか。綺麗な裏に跋扈する悪意と恨みがどれだけあるのか。……忘れた訳じゃないんでしょう?」


 攻撃の手が止まる。これ以上命中させれば命を奪いかねないと理解したのだ。だからこそ攻撃したくないのに起き上がる姿を見て説得に切り替え始めた。

 彼女が今どんな思いで大切にしていた後輩の手足を撃ち抜いていたのかは知っている。それでも……知っていて尚、諦める事は出来ない。


「忘れない……。忘れる事なんて出来ない。裏切られて、裏切って、殺して、殺して、殺した地獄のような日々を忘れるなんて出来ない……っ」


「ならどうして……! そんな辛い思いをし続けなきゃいけなかった世界があるって知って、どうして……!!」


 どうして。

 どうして、か。


 今になって思い返してみるとルゥナという獣人が歩んできた人生は「どうして」の連続だった。

 どうして両親は亜人の自分を大切にしてくれたのか。どうしてエルフィは亜人と知りながら仲良くしてくれたのか。どうして魔術師は【超常存在】を召喚したのか。どうして亜人は迫害されなければならないのか。どうしてエルフィはいなくなったのか。どうして裏切られなければいけないのか。どうして殺さなければならないのか。


 どうして、彼女は薄汚れた亜人を助けてくれたのか。


「それが――――」


 忘れない。忘れることなんて出来ない。それが良い意味でも悪い意味でもルゥナという名を持った存在に刻まれた記憶だ。

 そしてその無意味だったと思い込もうとしていた記憶に価値を与えてくれた人がいた。その人が「どうして血で汚れた自分を連れ戻そうとするのか」と聞かれたのなら、一つしかあるまい。


 ――リーシャ先輩……。先輩はどうしてあの時に私を助けてくれたんですか?


 ――もう、ルゥナったら。何度言われても答えは変わらないよ。


 —―でもアレは答えじゃないです。ただの感想です。


 ――全くもう。それじゃあ強いて言うのなら……う~んと、え~っと……。


 ――??


 ――うん、やっぱり……、




「――当たり前の事だから……!!」




 足にマナを込めて飛び出す。ビルの隙間を抜けた網目のような鉄骨の中に輝く光を狙って。


 全力で飛び出した瞬間に位置がバレている事に気づいてリーシャは別の方角へ移動を始めようとする。だが、こっちが彼女の胸倉を掴む方がずっと早かった。

 その理由をリーシャは即座に理解する。


「脚を……!?」


 マナの放出時に耐え切れなくなり内側から破裂するように破壊された足を見て目を丸くした。そりゃ、足は移動する際に最も多用する部位なのだからそこを捨ててまで突っ込んでこられたら驚く。

 だって正攻法では届かないのだ。何かを犠牲にして進むしかあるまい。


 鉄骨を貫いて逃げ場のない上空へ。

 加速もその頃に終わって二人同時に身動きを始めた。


「良い判断だね……。でも、私の前じゃ愚策だよ!」


 ――リーシャ先輩。私は今のあなたを否定したい訳でも、昔のあなたを強制したい訳でもないんです。


 体を反らして向けられた銃口から逃れる。けれどリーシャは射撃の反動で距離をとると今度は確実に当てるために照準を定めた。


――あなたが導いてくれた出会いが私を今日まで生かしてくれた。そんなあなたが泣いて苦しんでいるだけなんて許せない。だから……!


 左足はさっきの加速で壊れた。残る右足も全力で振るえば距離をとった彼女に余裕で届くだろうが、それ以降はもう走れない。足が残るかもわからない。そして真正面から受ければ致命傷は避けられない。

 相手はあの【ブラッド・バレット・アーツ】。心臓を貫かれて終わる。彼女もそれを危惧してかギリギリまで引き金を引くのをためらっている。


 だからこそ飛び出した。


「っ――――!!?」


 足の力を全て推進力へ変える。結果として超速で撃ち出された身体は刹那の時間すら飛び越えて反射的に放たれた弾丸と向かい合った。


 ――今度は私があなたを連れ戻す!! 踏み込んだ暗闇の世界から引きずり回してでも!!


 弾丸が頭蓋に命中するまであと五m。

 あと四m。

 三m。

 二。

 一。


 真横から向かってきた別種の弾丸が血管の浮かぶ弾丸を打ち砕いた。




 ビルの上に立ちハルノと紺鶴に狙撃中を握らせながら銃口を支えるリアが、ずっと見てくれていたから。




 意志と共に仙札が光に包まれて破裂する。

 その瞬間、心臓が激しい鼓動を脈打って身体を加速させた。




 加速した身体はそれを飛び越えてリーシャのもとへ。そして拳を握り締めると撃ち出した打撃は【ブラッド・バレット・アーツ】の銃身を砕いて出血させる。


「あなたは私を導いてくれた。あなたが私に教えてくれた。だからこそ今なら言える。光も、闇も、全てを知った今だからこそ」


 真正面からぶつかって銃身を砕かれた。そうして驚きのあまり目を丸くする事すらも出来ないリーシャの瞳がこっちを射る。薄く暗影立ち込める夜のように塗り潰された暗い瞳の中に一筋の光を映しながら。

 その光の中に彼女へ微笑みかける自分の顔が映っていた。



「――困ってる人を助けるのは、当たり前の事だから」



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