1-21  『憧れと勇気と、ちから。』

 たった一つの薄暗いビルの中で炎の光が飛び交う。けれどその隙間を駆け抜ける様に一筋の細い閃光が駆け抜けて悲鳴や怒号を挙げさせた。


 薄暗さを利用して柱の影から飛び出し実弾を撃つ。そうやって既に八人の魔術師を殺害……いや、無力化したルゥナは天辺のヘリポートを目指すべく必死になって両足を動かす。


 ――建物の中に入ってから外の景色がおかしい……。なるほど、外から見た時に何の変化もなかったのは結界を張ってたからなんだ。


 通りでリアの魔眼でしか存在を確認できない訳だ。そう思うほど彼女がどれほどのキーパーソンだったのかを思い知らされる。


 建物の至る所に張り巡らされている血管や臓器を踏みつぶしては血に足を掬われ転びそうになる。魔術師の攻撃が命中すれば弾ける様に血が飛び散るから近接攻撃を仕掛けた訳でもないのに体は既に血で染まっていた。

 まるで二年前の自分を宿している様に。


「何だこの女!? クソ速――――ぐあぁっ!」


「囲め! 囲んで叩け!!」


 放たれる火球を急旋回やジャンプで回避しつつも引き金を引き敵を撃つ。そうして魔術師を圧倒していくと重要そうな機械や装置をマナで強化した蹴りや頭突きで破壊しつつも最上階を目指した。

 だが登れば上る程魔術師の格が上がっていく仕様になっているらしく、魔術の並列展開や精度が目に見えて向上している。いくら暗闇に紛れた戦い方が得意と言ってもこのまま続けていけばいずれやられる。


 足元の腸の様な物を引きちぎり大振りな動作で動くと魔術師の足に腸を絡めて足を滑らせる。その隙に銃を撃ち制圧するとその層の装置も破壊する。

 そうやってひたすらに建物を攻略していくが――――流石に一筋縄ではいかない。


 ――来る。上!?


 血管を踏みつぶす音を真上から聞いて銃を横に構える。瞬間、上から飛び降りて来たフードを被った男の刃が直撃して腕に鋭い痺れが走る。


「い゛ッ……!」


 けれど怯んでいれば背後から魔術を放たれ、魔術にばかり気を使っていると意識外からの接近から連続攻撃が繰り出される。捌けないほどの攻撃ではないが同時に反撃できるほどの余裕もない。体力が削られればいつかはやられる。

 ならばマナを用いて自傷覚悟の突破を……。


 鞭の様にしなった閃光が駆け抜けるとフードの男と魔術師を切り裂いて鮮血を撒き散らす。突如としてそんな光景が広がり攻撃の手を止めていると聞きなれた声が暗闇から響いて視線を向けた。


「ったく、走りずらいったらありゃしねェ!」


「じ、ジン!?」


 床の血管や腸に足を取られつつも近寄ってきたジンは真っ先に装置を破壊する。そうして真横を通り過ぎると目前まで迫っていた次の階への階段を目指ながら言う。


「あくしろ! 間に合わなくなっても知らねェぞ!」


「うん!」


 言いたい事や聞きたい事はある。彼がいるという事はリアは今一人で武装車両を相手にしているのだ。彼女だけで立ち向かえるのかどうか……。

 だが彼女だって完全に勝ち目のない勝負に挑むほど無謀ではあるまい。彼をここへ向かわせた以上何かしらの勝算があるはず。そう自分を納得させてジンの後を追った。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 腕が痺れる。冷気で体が震える。

 そんな中、リアは歯を食いしばりながら腕を握り締めていた。


 バギーは相も変わらず道路を走り続けている。法定速度を破りつつ、未だ攻撃の手が止まない武装車両を引き連れながら。

 ジンがいなくなってから八回目の攻撃を大量の氷で防ぐとハルノは言った。


「リア、よかったの!? ジンをルゥナの元に向かわせちゃって……!」


「これでいい。あの邪悪な気配からは嫌な予感がするから。それに――――」


 ジンがいなくなったのは確かに痛手になる。けれどこればっかりは彼の手には負えない。いや、きっと自分の身近にいる人物には誰も……アルフォードですらこれは解決できない。


 魔眼で本当の姿を見れる自分だからこそ理解できる。

 最新鋭の科学技術などではない。もっと深く、深淵まで辿り着きそうなほど漆黒に塗りつぶされた“一種の神秘”――――。




 魔術礼装。




 不定形な狼の形をした霧が武装車両を包み込む事で守っている。魔眼でなければ見抜けないソレはきっと誰にも手に負えない。だって、見えている自分でも魔術礼装をどう剥がせばいいのか分からないのだから。


「でも、リア……」


「……やっぱり私だけじゃ不安?」


「そんな事は!」


「まぁ、確かに私はルゥナと比べて一緒にいる時間も少ないしね。でも大丈夫。安心して」


 八回の攻防で感覚は掴んだ。まだ予測でしかないけれど魔術礼装の対策の仕方も考えが付いた。あとは実践するだけ。

 バギーの上にしっかりと立ち、マナを練る。


「ルゥナの願いは――――」


 内から湧き上がった力をそのまま解き放った。


「――私が、守るから!!!!」


 想いのまま全力で解放した力は霧の魔獣を押しのけて武装車両を僅かに弾き出す。でもそれくらいで勢いが止まる事はなく霧の魔獣はすぐに姿を見せるともう一度マナを纏ってバリアの役割を果たす。


「やっぱり無理か……!」


 まぁ相手は武装車両というただでさえ分厚い装甲を持っている上に魔術面でもほぼ無敵の性能を持つとされている魔術礼装も搭載されている。たかだか魔眼持ち一人の攻撃でどうこうできるものではないだろう。

 だからってあきらめる訳にはいかないが。


 霧の魔獣は魔術礼装の本当の姿……つまり“秘儀の中に閉じ込められた一つの魂”になるはず。魔術礼装を剥がすのであればその秘儀を解読しなければならない。どこに魔術礼装のコアがあってどうやって解除するのかも分からないが……やるだけやるしかあるまい。


 魔眼を全開にして全ての事象を読み取ろうと深淵を覗き込む。その最中で真後ろから不定形の化け物達が通り過ぎていくがそれらをすべて無視して武装車両という一点に集中し続ける。


「それなら――――これはどう!」


 掌の中でマナを回転させると螺旋を描いて薄青色の光が強さを増していく。その中央に氷でも何でも使用して絶対零度を作り出し螺旋の中へ閉じ込め、外側に超高熱の空気を作ると更にその上から螺旋で閉じ込め四層の空気を重ねる。

 その一番外側の空気とマナを漏斗状にして冷気と熱気を掛け合わせつつ前方へ向ける。そうして生み出された爆轟が鼓膜を消し飛ばしそうな音と共に放たれるとバギーはその反動だけで浮かび上がり、武装車両は完全に押し出されコントロールを失う。


 ……はずだった。


「――弾いた!?」


 霧の魔獣が受ける面を変えたのだ。そのせいで放たれた爆轟はその半分が弾かれて道路を崩落させる。当然威力が半減しては途轍もない重量を持つ武装車両は余裕を持って耐える訳で攻撃段階に入り始める。

 それもこれまでの様な銃器や火器などではない。魔術礼装を利用した特化魔術を。


 魔眼でその威力と方向を捉えると受ければ上半身が消し飛ぶことを知って咄嗟にハルノへ叫ぶ。


「左!!!」


 瞬間、ソニックブームを発生させながら飛んできたソレは〇・五秒前にバギーがあった場所へ直撃すると道路の崩落どころか支柱を全て溶かし切り大部分を破壊した。それでは自分達も崩落に巻き込まれるのでは、と思ったが、あろう事か数秒の滞空くらいはお手の物なのか完全に数秒だけ浮かびながら後を追いかけて来る。


「今なんか浮いてなかった!?」


「なんっつー滅茶苦茶な……」


 どうやら見間違いではなくハルノと紺鶴もバックミラーで確認したのか目を皿にしながらそう呟いている。


 ただそうなると道路を崩落させて巻き込むという手段は使えない。残るはやはり武装車両の破壊か無力化。その為には魔術礼装を突破か解除しなければいけない訳で、その為には近づかなければいけない訳で――――。


 解除出来ない訳ではない。憶測でしかないが魔眼の見た通りであるなら魔術礼装に流れている力場に沿ってマナを流し糸を解く様にコアへ辿って行けば解除できるはずだ。

 ただそれを大人しくさせてくれるかどうか。


 ピピピッ。

 不意に響いた音に視線を向ける。


「なっ。リア、まずいよ! この先の下りが進入禁止エリアに指定されてる!」


「はぁ!? ……ったく、面倒くさいことしてくれるわね……!!」


 このバギーは政府の物。緊急の為に法定速度を破って走行する事は可能でも流石に進入禁止エリアには法律により入れない。

 相手は大手企業。交通規制を一時的に乗っ取るくらいどうとでも鳴るという事か。どうやら簡単に下道へ降りて隠れるという事はさせてもらえないらしい。


 もう一度放たれるマシンガンやビームを全て魔術で弾きつつも時々放たれる魔術礼装の光線を回避して時間を作る。何か解決策はないものか。いや、少しでも奴らを足止めできればどこかに隠れるだけでいいのだけれど……。


 いくら考えていたって埒が明かない。どうしようもないのなら、その上で避けては通れない道と言うのであれば、当たって砕けろの精神でやるしかないだろ。

 何よりもそうやって遠のいていく背中を見続けてきたのだから。


 このままいけば円環塔の方まで向かってしまう。あまり戦闘を長続きさせれば必ず街にも被害が被る。

 ならば。


「しゃーない、アレ使うしか……!」


 体内のマナを吐き出して一つの剣へと形成する。半透明な薄青色の剣は握り締めるとマナ特有のひんやりしたような感覚が伝わって来て、それを絹の様に縫い上げる事でマナだけで構成された剣を体現させる。


 こういうのは纏めきれないマナが自分の移動のせいで置き去りにされてしまうからやりたくはなかったが状況が状況だ。こんな時に出し惜しみは出来ないし、仮にしたとすればどれだけの被害が街に及ぶかも分からない。

 自分が奥の手を使わないせいでこの学園都市が破壊されるだなんてまっぴらごめん被る。


 薄青色の剣を高々と振り上げると向こうも終わらせるつもりでいるのか今までよりも高威力のビームを放とうと力場を一点に集め始めた。防御用のバリアに回していた分の力場も含めて。

 それを受ければ上半身どころか道路全体が蒸発する。どれだけの建物を貫通するのかも分からない。こうなった以上は真正面からぶつかり相殺……いや、打ち勝たなければ。


「――――ッ!!!」


 歯を食いしばり思いっきり踏ん張ると大振りな動作で繰り出した左薙ぎと同時に霧の魔獣が放ったビームが刀身に命中して激しい衝撃波を生み出す。


 あまりの情報量故に魔眼が視る負荷に耐えきれず視界の中でチカチカと閃光が瞬いている。それでもビームを穿つまで魔眼を開かなければ死ぬ。だって、力場を真正面から迎え撃っているのだからコンマ単位で適切なマナの流れを操らなければならないのだ。


「ぐっ……ぅ……!」


 あまりの重さに腕が耐えかねて悲鳴を上げている。骨がミシミシと嫌な音を立てている気がする。筋繊維が張り詰めてギチギチと鳴いている。

 それらの激痛と視界から得る情報量の多さで脳の演算が狂いマナの流れに淀みが生まれ始める。そうなれば当然最適な力場の受け方を取る事は出来ず、背後へ零れ始めた力場は道路を穿ちコンクリートを蒸発させた。


 それらを根性の一つのみで押し潰す。


「くぅっ……! らぁぁぁあぁぁああああああ――――ッ!!!!」


 刃を振り切ると斬り裂いた力場と共に放たれたマナの残影が霧の魔獣を押し出す。その威力故か武装車両には傷が入りフロントガラスには大量の亀裂が走った。


 腕が痛い。左薙ぎだったから特に負荷の掛かった左腕はボロボロにぶっ壊れた。

 それでも歯を食いしばって左脚を踏み出すとバギーから飛び出して銃弾の雨が放たれる武装車両へと突っ込む。


「――リア!!?」


 致命傷だけ避けつつ武装車に乗り移るとルーフの部分に魔術の気配が濃い場所を見つけて手をかざす。だが――――どうやら力場やら何やらで制御している訳ではないらしく正真正銘魔術と科学のハイブリット……つまり科学で魔術を支配している様だった。


 けれど魔眼の前であれば電子的な物でない限り隠す事に意味はない。さっきは霧の魔獣のせいで見えづらかったが零距離まで近づいてしまえばこっちの物だ。

 車両の上に乗っかり迎撃されるまでの五秒――――。解析、解読、解除、無力化、撤退の五つの手順を的確に踏まなければこのまま死ぬだろう。


 魔眼をフルで開眼させて深淵を覗き込む。

 だが、代償もある。


「あ゛っつ……!!」


 魔眼から得られる情報量は通常の肉眼の比ではない。つまり、魔眼を使えば使うほど脳に負担がかかり、眼球の火傷は当然として情報を処理する脳が完結しない情報にバグやエラーを吐いて肉ズレる。


 でも今はそんな事を危惧している場合ではない。漫画でもよくある展開ではないか。自身の何かを犠牲に焦慮つかみ取る展開が。

 なら自分はその主人公の様になりたい。


 取り出された機関銃が狙いを定める。

 糸を一本ずつ解いて深淵の底へと迫っていく。


「リア!!」


「っ…………!」


 一本ずつ解いて生まれた隙間に自分のマナを流し込む。編み物の隙間を駆け抜ける様に侵入していくマナを操作して、魔術礼装を発動させている無数の術式の中からコアとなる物を全て解析し、その上で自分だけの力で術式を破壊――――。

 見つけた。

 だが、もう時間もない。


「――ッどくせぇ!!」


右の拳を握り締めると全てのマナを放出して思いっきり殴りつける。そうして拳を犠牲にしながらも分厚い装甲を砕くと大事そうなパーツを引き抜いて銅線を引きちぎった。

 結果、武装車全体に纏っていた力場の気配が消えていく。


 しかしそれはあくまでもこちらの賭けが成立しただけだ。追い込まれている立場にあるのは依然変わりなく四方八方を囲んだ機関銃からは既に駆動音が聞こえ連射段階に入っている。


 恐らく内部から取り出す感じの武装なのだろう。そりゃそうか。武装車なのだからどこから銃器が出て来たっておかしくない。それを視野に入れず突っ込むだなんて馬鹿げたことをやってしまった。


 ――やばっ!?


 致命傷は回避出来ても体を貫かれる激痛に耐えかねて車両の上を転がるとそのまま道路まで突き落とされて何度も転がる。

 コンクリートの上で転がるのがこんなにも痛いだなんて思いもせずその場で蹲っていると武装車は急停止からのUターンで突っ込んでくる。目的は懐に隠してある機密情報のUSBなのだから当然か。


「いっつ……!」


『――リア、逃げて!!!』


 無線機からは悲鳴にも似たハルノの声が響くが、残念ながらあまり痛みに慣れていないこの身体はすぐには動きそうにない。


 ――やばいコレ。マジでやばい……。


 思えば異形種などの死ぬ可能性だってある敵とは沢山戦ってきたがここまで傷だらけになって戦うのは初めてだっけ。普段から守られながら戦っていたから痛みなんて慣れていないし、痛みで動けなくても当然か。


 ショッピングモールの一件でさえ自分は無傷だった。全てアルフォードが注意を引いてくれたから風穴が開く事も火傷も凍傷も負わなかった。


 でも今ここにアルフォードはいない。自分だけの力で勝たなければならない。闇を知らない……グレーすらもしならない世界の中で戦って来たこの身体で、学園都市の闇を担う殺意の塊と。


 怖い。死にたくない。痛い思いは嫌だ。


 それは当然の事だ。誰だって死にたくない。

 彼もそうなのだろうか。彼もいつも死にたくないと思いながら戦っているのだろうか?

 何のために?

 誰のために?


 ――憧れの為に……。ルゥナの――――友達の為に……動けっ……!!


 全身に激痛が走る中で精一杯踏ん張り立ち上がる。

 元々友達が少なかった人生の中で久しぶりに出来た友達。いや、初めて出来た“親友”なのだ。なのにこんな所で諦めるだなんて出来ない。

 幼馴染に憧れる気持ちも、不安な気持ちも、好きな気持ちも、心配な気持ちも、全部伝わっているのだから。


 ……けど、どれだけ鼓舞したって結局は自分の力だけでは届かない。巨悪と呼べない闇ですら自分の力では払うことが出来ないのだ。それなのに学園都市の闇に立ち向かうだなんて勘違いも甚だしい。


 それでも無条件で信頼して力を貸してくれる幼馴染を知っている。


 懐から仙札を取り出し祈るように呟く。


「お願い。力を貸して」


 そっと優しく口づけをしているはずもない彼の面影を思い出す。その背中を思い出す度に無限の勇気すら湧き上がって来る気がする。


「すぅっ」


 胸の中で握りしめ、その名前を叫んだ。





「アル――――――――ッ!!!!」





 心臓がドクンと跳ね上がった様な気がした。

 呼応してくれた様に仙札が真っ白な光に包まれて破裂すると星屑上の光が全身を包んで温もりをくれる。


 その温もりが、友達の為に奔った痛みが、憧れの姿を想い生まれる勇気が、焼き尽くさんばかりの熱となって全身をかけ巡った……気がした。


「私達の絆は――――」


 熱をそのままに放出する。無意識化で形成した何かが冷気となって迸ると足元から大量の氷を生成して空気を一気に冷やす。


「闇なんかに負けない……!」


 拳を握り締めて足を踏ん張る。

 湧き上がる力場を拳にのみ搔き集めると螺旋を描いた力場が空気を切り裂いて腕全体を包み込む。そうしてコンクリートを砕くほどの力で踏み込むと高速で迫ってきた武装車に向けて全てを解き放った。


「私だって――――追いつきたいんだぁぁぁぁああぁぁああああッッ!!!!」


 思いっきり振りかぶった拳は武装車と激突して激しい振動が肩へ届く。けれど湧き上がった力のせいなのか纏った力場のおかげなのか、螺旋を描いた力場は莫大なエネルギーを持って武装車の装甲を引き剥がした。

 それだけではない。まるで水滴が落ちた水面の様に衝撃波が広がっては武装車が変形していき、その上を氷で覆い尽くしていった。


 やがて拳を振り抜くと殴り飛ばした武装車は氷の塊となって宙を飛び幾つもの建物を貫通していく。


 だが……その反動も大きく内側から裂ける様に朽ちた腕からは肉が飛び出し血が吹き出る。もはや痛みは感じず耐えきれない程の熱を帯びたその腕は力場によって生成された冷気によって血が凍り止血されるが、だからって痛みが消える訳ではない。


「――リア!!」


 戻ってきたハルノと紺鶴がバギーから降りて駆け寄手来る。周囲の冷気故か息は白く煙り汗は凍る。


 身体に力が入らない。力を使い過ぎた代償か意識が霞んで考え事が出来ない。視界も不安定に蠢いて目の前がよく見えない。

 これが精魂尽きるというヤツだろうか。

 そんな事を思いながら膝をつく。


 ――いいんだ、これで。これで一先ずは……。


 こんなに頑張ったのに最終的な結果が露払いでしかないのは少しやるせないが……まぁ、今回の件の主役は自分ではない。友の役に立てたと思えば大儲けか。

 それに謎の力も扱えた。それが何なのかは分からないが、今は結果だけで良しとしよう。


 凍る道路に横たわり、霞む意識の中で仙札もなしに祈った。


 ――アル……あとは、おねがい……。


 そんな願いを最後に意識はプツリと切れた。

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