1-20 『信じる人と色は人と色の数だけある』
突如として現れた【
テレビなどで時折黒い噂が示唆されていたがまさか本当に暗部と繋がっていただなんて。
ハンドルを握る手に力を込めながらもルゥナは思考を巡らせる。
「【Esoteric Inc.】……!? そんな、何で有名な大手企業が暗部と……!?」
「どうせ需要と供給とか言って手を組んでんじゃね~? まぁ情報収集が日課な俺からしてみればそんな驚く事じゃないけどさ」
「紺鶴は気楽でいいね……」
紺鶴の軽めな発言にハルノが苦笑いで返す。
だが彼の言っている事はあながち間違いではないだろう。黒い噂は自分も前々から耳にしていたし、裏の世界にいた経験から大手企業が暗部と繋がっていても何らおかしくはないと知っていた。まぁそれはそれとしていざ現れられると流石に驚いてしまうが。
「どどどどうしようルゥナ! 僕達あんな大手企業とやり合うの!?」
「暗部に関わってる以上やり合わなきゃ街が危ない。……彼らが何を目的としているのかは分からないけど、この学園都市が壊されようとしてるのなら、それを止められる私達が止めないといけないでしょ?」
「そっ、それは……!」
「リーシャ先輩も言っていたでしょう。「やらずに後悔するよりやって後悔しよう」って」
かつて自分達が憧れた先輩の決め台詞を拝借するとハルノは何も言わずに俯いて考え事を始めた。
暗部ならまだしも大手企業だ。PMCも抱えているのだからただの学生が歯向かったって返り討ちにされるだけなのが普通。恐れるのも無理はない。
だがそこに守るべきものがあるのなら――――。
ハルノは何も言わずに真っすぐな瞳だけを向けた。
「中々カッケェじゃねーかその台詞。気に言ったぜ」
「ジン……」
「そのリーシャって奴とは一回会ってみたいモンだな」
ジンはそう言って腕を変形させると腕その物をスナイパーライフルの様な形にして構えた。腕は銃身となり掌は銃口へ変形し、肘の部位からバイポッドとスコープを生やして肌色の対物ライフルを完成させる。
そうして懐から取り出した弾丸を装填すると武装車両に向けて構える。
「コレ結構反動スゲーからしっかり掴まってろよ!」
「う、うん!」
バイポットの位置は完全にバギーへ固定されているのだ。少しでもハンドルを切れば狙いは反れる。だからしっかりとハンドルを握りながらジンが鋭く息をするタイミングを掴み身構えた瞬間――――あまりの威力故に反動だけでバギーは軽く浮かび上がりその推進力から全速力以上の速度で道路を駆けた。
だが。
「なっ――――」
発砲とまったく同じタイミングで踏んだブレーキ、そして発動した粒子バリア。威力だけなら円環塔の防護壁すらも破壊できそうなのに放たれた弾丸を粉々に打ち砕くと僅かな亀裂だけでバリアは健在のまま走行し続けている。
「真正面から受けやがった……!?」
「ウェブサイトで見た事あるかも。アレ、確か最先端技術のバリアだ」
「はぁ!?」
「確か演習実験ではレールガンの一撃をなんのダメージもなく受けてた。ウェブだと将来武装車両とかに搭載する“かも”とは言っていたけど……」
紺鶴の解説に驚愕をあらわにする。
レールガンの一撃をなんのダメージもなく、というだけでおかしいのにそれを武装車両に搭載するだなんて。いや、むしろ正式に発表されていない兵器をこんなタイミングで持ち出して来るという事は彼らの目的は――――。
「バカふざけた硬さしやがって……!!」
カーブに差し掛かるタイミングでジンがもう一度狙撃を行うと軽く吹っ飛んだバギーは壁にタイヤを付けて斜めになりながらもカーブを曲がる。必死にハンドルを握りながら加速するバギーを制御するが、それでも武装車両を引き剥がすなんてことは出来ない。
そして向こう側だってただ追いつくために走行している訳でもない。武装車両なのだから当然重火器を備えている訳でフロントやサイドミラーの部分を変形させると機関銃やミサイルでも撃ち出しそうな穴のついたパーツを取り出す。
「ルゥナこれヤバいんじゃ!?」
「ジン、何とかできそう?」
「全部はムリだ! 出来るだけやってやるけど避けねぇなら被弾する覚悟しとけ!」
「ひぃぃぃぃっ!!」
ハルノが悲鳴を上げながら頭を抱えて姿勢を低くすると機関銃から弾丸が放たれてコンクリートに弾痕を作る。ジンは掌を巨大な鉄板にして弾丸を受けるが全てを受けれるわけではなく、ハンドルを切ってようやくタイヤへの被弾や流れ弾を回避出来る。
しかしこのままではマズい。この武装車両をどうにかしなければこのまま目的地についてしまう。暗部をどうにかしなければいけないのに現状太刀打ちできる手段のない武装車両をどうにかしなければならないなんて。
……いや、破壊以外でも対策のしようはある。真下から爆破を起こせればひっくり返して無力化出来るし、EMP的な物でもあれば無条件で停止させられる。まぁ後者はあまりにも現実味のない話だからせめて前者を狙いたいが……今手にある爆発物はバギーに搭載されている手榴弾とC4爆弾のみ。途轍もない重量のありそうな武装車両を手榴弾一つでひっくり返せる訳もないだろう。
『―――ゥナ! ル―――!』
何か手はないのだろうか。自身の手持ちにないのなら周囲の環境下にある中で武装車両を止められる術は。
『ねぇ、だい――――の!? ルゥ――――!!』
ビルを倒壊させて物理的に道路を塞ぐ? いや、それは瓦礫を爆破されてまた追いかけっこが始まるだけだ。ならば道路を爆破させて崩落に巻き込む? でもそんな爆薬なんてどこにもない。
何かないか。何か――――。
そこまで考えた時にようやく自分の名前を呼ばれている事に気づく。
『――ルゥナ!!!』
「あっ……り、リア?」
『ルゥナ聞こえる? まだ大丈夫!?』
バギーについている無線からリアの声が聞こえて我に返る。リアは別行動を取ると言っていたからまだこっちの事態を知らないと思っていたのだが……その焦り具合からは現状を把握している様に思えた。
というか既に把握していた。
『そっちの状況は魔眼で把握してる! 今向かうから待ってて!』
「待っててって……来ちゃダメ! 相手は【Esoteric Inc.】で、まだ一般には公開すらされてない武装を搭載してる! ここに乗り込むには危険が……!」
『でもごめん! ――もう、着いてるから!!」
すると真上にバイクが横切って反対車線へと着地する。そこに乗っていたのは紺色の髪を揺らし少し汚れたパーカーを羽織る少女――――リアだった。
「リア!? えっ、今どうやって……!?」
「氷で坂道作って上がってきた! それより問題は武装車両で……しょッ!」
武装車両はリアが乗り込んでくるとは思っていなかったのか一瞬だけ攻撃の手が止まっている。その隙にリアは地面スレスレまで手を伸ばすと大量の氷を生成して武装車両の車輪を凍らせて見せた。
その氷自体はすぐに砕かれて走行を開始してしまうが数秒でも時間稼ぎを出来たのは事実。その数秒さえあれば考えをまとめる事なんて容易い事だ。
「――紺鶴、利用できそうな地形とか建物とか何でもいい。探して。ハルノは直線でも何でもいいから目的地のビルに突っ込めるルートを探して」
「う~っす」
「わ、分かった!」
「ジン、そこ突き破って!!」
「おうよ!!」
指示を出している間にリアはジンへそう叫ぶと彼は呼応するようにもう一度腕を対物ライフルの形にして発砲するとガードレールを突き破って真下にある道路まで落下した。リアも同じように飛び出すがバイクから飛び出し、そのバイクは武装車両が飛び出したタイミングで爆破させ僅かに落下の軌道を反らさせる。
リア自身はマナで磁力を生み出し落下位置を調整すると上手くバギーの上へ乗り移った。
「うぉっと。リア、無茶するね」
「こうでもしないと奴らは止まらないでしょ」
「まぁ確かに」
短く放った言葉に鋭く返されて頷く。
この行動を見る限り彼らはそう簡単には止まらないだろう。彼らの目的が何かは分からないが暗部と手を組んでいる以上ロクな物ではないのは確定している。暗部の問題を解決したいこちら側からしてみれば障害でしかないから排除しなければいけないし、相手も本気で来ているから面倒な事この上ない。
武装車両は軌道こそ逸れたが即座に体勢を立て直すともう一度走行を開始して後を追って来る。
「ったく、いつまで経ってもキリがねーな……!」
「タイヤはパンクさせられないの?」
「最新技術だかなんかのバリア使ってっから無理だ。先にソレを何とかしねーと」
「なるほど」
リアは二人で話しつつも何かしらの準備を整えている。
何か策があるのだろうか。だがいくら魔眼があったとしても彼らは魔術などは使っていない様に見える。果たしてそこに突ける隙はあるのだろうか……?
そう思っていた瞬間リアは懐からある物を取り出した。
「じゃあ、やっぱりコレ取って来て正解だったかな」
「ンだそれ、メモリーチップ……?」
リアが取り出したのは掌で握れるほどのメモリーチップだった。だがそこに油性ペンで書かれていた文字は読んだだけでどれほどの効果があるのかを教えてくれる。
「ネヴィア高校から離れた場所に奴らの簡易拠点が作られてたの。そこからちょっと大事な……っていうか機密事項が秘められたチップを回収してきたって訳」
「はぁ!? ちょっ、リアそれって……!」
「根性だけで勝てる相手じゃないでしょ」
どれだけヤバい事をしているのかを即座に理解したハルノは驚愕した表情で問いかけるが、彼女は頭に指をトントンと叩きながら既に備えていてくれた事を教えてくれた。
しかし相手は大手企業の【Esoteric Inc.】。いくら勝つためとは言え社内の機密事項を盗み出すとは、物腰柔らかそうな顔つきをしていながら中々にイカれている。流石に裏の世界にいた時の自分でもそこまで命知らずな行動はしなかった。
「リア、いつから気づいてたの?」
「前にネヴィアからの攻撃を防いだ事あったでしょ? その時にアルから暗部の狙いを聞いて後を追ったんだけど、奴らを見つける為に一回だけ高く飛び上がったの。んで、魔眼で周囲を見た時に【Esoteric Inc.】の武装車両がチラっと見えた」
「え、まさか別行動を取ったのって……」
「最初は偶然居合わせただけかと思った。でも彼らの行動は明らかにおかしかった。だから、もしかしたら彼らと暗部が手を組んでるんじゃないかって思った訳」
「お~、凄いね~」
「凄い行動力だねリア……」
話を聞いた紺鶴とハルノはその予測力と行動力に圧倒されたのか気圧された様に口元を引きつらせながら呟いていた。
そして今の会話でハッキリとした。リアはアルフォードに連れられたただの魔眼保有者の幼馴染だとばかり思っていたが、低い可能性に全てを賭けるイカれた思考を持った実力者だった様だ。
一手間違えていれば指名手配されてもおかしくない程の罪だ。学園都市という名前であれど異形種やらヤクザやらマフィアやらが蔓延るこの街では指名手配犯なんて実質死刑宣告みたいなものなのだから。裏の世界では特にそうだ。賞金や情報目当てで様々な指名手配犯を泥の底まで探したものだ。
これも戦闘狂の様な思考を持ちながら軍師の様な冷静さを持つアルフォードの……いや、一種の狂人と幼馴染としてずっと傍に居続けた影響なのだろうか?
「これは中々……」
イカれている。
その言葉は口にせずとも自覚している様子のリアはメモリーチップを指先で扱いながら冗談交じりに返した。
「育ちは違えど似た者同士って事ね」
「……そうだね」
目的のために手段は択ばない。まぁその手段に常識的な限度はあれど、そこに違いはなく似た者同士と呼称するには丁度いい塩梅であった。
「さて。コレを見せた以上奴らは社内の機密情報をバラされたくないだろうから私を追うはず。後は分かるでしょう?」
「――――」
自分が囮になるからその隙に暗部を止めてきて。彼女はそう言っている。
だが相手は軍事企業でもあるのだ。最新鋭の武装を積んだ武装車両から逃げきることが出来ても無傷でやり過ごせるとは到底思えない。最悪の場合死んでしまう事だってあるのだ。彼女もそれを分かっているはずなのに――――。
「どうして……?」
「ん?」
不意に零れた本音は小さく語り掛けていた。
「どうして、そこまで出来るの……? どうして、そんなに他人を信じられるの?」
他人を信じて戦う。自分には縁のない事だった。自分以外何も信じられない裏の世界だったからという理由もあるけれど、誰かを信じると言うのは未だ慣れない。初めて三人が来た時だって態度は柔らかく見せても警戒心は常に張っていた。
だからこそこんな短い期間でここまで自分達を信じてくれる彼女が不思議でしかたなかった。
だって相手は暗部でこっちはただの学生だ。いくら裏の世界にいたからと言ったって暗部を相手にするのが恐ろしくて寝返ったりする可能性だって決してなくはない。ましてや三人の内二人は本当の殺し合いすらも経験した事のない高校生だ。
本来ならば自分達がやらなければいけない使命を他人に委ねる。その判断は関わっている案件が重ければ重いほど強い覚悟が必要になる。それなのに何故?
答えは今さっき出されたばっかりだった。
「似た者同士だから」
「――――」
「私は裏の世界に足を踏み入れた事はないし、幼馴染を失った事もない。……でも、幼馴染を守りたい。救いたい。その想いは嫌ほど理解できる」
「リア……」
ルゥナとリア。二人を比べればその人生はあまりにも偏っていると言えるだろう。片や闇へ足を踏み込み、方や光の隣で足並みを揃える。最終的に歩んでいる道は同じでもそれまでの道のりは全くの別物。似た者同士と形容するにしても異なる点は多い。
幼馴染を守りたい。その大きすぎる一点だけを除けば。
「エルフィはアルが何とかする。あの武装車両は私達が何とかする。だからルゥナ、お願い。……目的の建物はあそこ。あそこで暗部を止めさえすれば事態は一気に覆せるかもしれない」
リアはそう言いながらも魔眼を発動させつつとあるビルを指差した。
振り向いた彼女の瞳に宿っていた光はとても強い物だった。自分を助けてくれたあの人よりもずっと強く、そして煌びやかなほどに。
重なった影を見た気がした。
全てを失ってから信じようとした人は軒並み死んだ。斬られ、撃たれ、潰された。けれどもしもう一度信じて……いや、信じ抜いて自分の努力がみんなと共に報われるのなら――――。
ハンドルを強く握りしめて答えた。
「任せて」
もう目的地に着く。ここからではどう足掻いたって武装車を巻く事は出来ない。ならばもう当たって砕けろの精神で行かなければ何もなしえる事など出来まい。
「二人はここに居て。少なくとも私と一緒にいるよりは安全だから」
「ルゥナ!?」
愛用している銃を手に取りバギーに積まれていた道具をいくつか持ち出す。そうしてハルノにハンドルを握らせると自分は目的地のビルへ飛び移るべく助手席で姿勢を低く構えた。
飛び移ろうとしている建物は大きく複雑な構造だ。そこに暗部の連中が蔓延っているとするのなら完全攻略まで三十分は掛かるだろう。暗部がどれだけ準備を進めているのかは分からない。だからこそ早くいかなければ。
タイミングを計っていた最中、ハルノがジャケットを掴む。
「死なないで」
後悔しているのはすぐに分かった。
大切な友達が死地へ飛び込もうとしている。だから自分もついて行き彼女を支えたい。けれどそれほどの実力も勇気もなく最終的に選んだ結果は生存を祈る事だけ。……そんな無力さを噛み締める事なんて幾度となくしてきたから分かる。
「待ってて。絶対に帰るから」
そう言って心を整えると彼の手を握り、離しては軽く手を振ってバギーから飛び出した。
放たれた機関銃はジンが防いでくれる。そうして鉄骨の隙間をすり抜けて建物の内部まで到達すると、足元に蔓延っていた血管の様な何かを見つめながら口を開く。
「ねぇ、一つ聞いてもいい?」
目の前で既に臨戦態勢に入っている魔術師を見ながら。
「あなた達は、何のために戦っているの?」
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