1-19  『闇を描く時は光も描け』

 正午が少し過ぎたあたり。天気は曇り。

 人気の少ない路地を歩いていたオズウェルドは脳内に響く自分――――もとい体の持ち主であったエルフィと会話をしていた。


 ――オズウェルド、もうこんな事やめようよ! 円環塔を攻撃して生き残った人なんていないし、何より失敗したら僕達が……!


「お前は黙って見てろって。出るのも怖い。動くのも怖い。喋るのも怖い。怖い物だらけのお前に何ができるってんだ?」


 ――そっ、それは……っ。


 身体の持ち主であるエルフィの過去を言い当てると彼は何も言えずにただ硬直したまま黙り込んだ。

 当然だろう。怖い物だらけで何もできなかった彼が今更何かをしたところで怖気づくに決まっているし、何かが出来たとしても失敗するのは目に見えている。


「お前は黙って俺の革命でも見てりゃいいんだよ」


 ――革命って……こんなのただの殺戮じゃないか!!


「じゃあお前が止めて見せるってのか? 弱気で、泣き虫で、逃げ出す事すら出来なかったお前が?」


 ――っ……!


「俺がいなきゃお前今頃死んでたんだぞ? 黙って見てろ」


 円環塔を破壊し内部に隠されている■■の存在を確かめる。そして全ての力を取り戻した瞬間に《七冠覇王セブンズクラウン》の権能を用いて天災を引き起こす。

 この平和ボケした時代では些か多数の犠牲が出るだろうが、まぁ、この世界にはうん億と人がいるのだ。学園都市が一つ滅びたって世界が滅びる訳でもあるまい。


 楽しい事をする。それが常に自分の求める思考だ。その為なら立ちはだかる相手は全員殺す事も厭わない。だって、楽しい事を邪魔されるのは誰だっていやだから。


「俺のスタンスは変わんねーよ。お前が止めるのなら勝手に止めてみろ。それはお前の自由だ。だから、俺も自由にやらせてもらうぜ」


 前を向き、言う。


「なぁ、ヒーロー?」


 目の前で待ち受けていたのは既に臨戦態勢を整えていたアルフォードだった。

 どうやら速攻で学戦を終わらせたのか汗の一つも掻かずに目の前に立っている。その表情はさながら困っている人を助ける為に悪へ立ち向かうヒーローの様だった。

 が。


「今の俺はヒーローなんかじゃないさ」


 手首から血を放ち鋭く鮮やかな紅を帯びた太刀を形成する。そうして握り締めた太刀を構え真っすぐに射抜く眼光はただの学生のソレではなかった。


「本当のヒーローはいつの時代でも、誰もがなれるんだから」


 強気に微笑んで見せたその表情はとても自身に満ち溢れた物だった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 アルフォードはオズウェルドを前にして血の太刀を構える。けれど自然とそこに緊張や迷いは一切なかった。剣先だって迷いのない覚悟を見せつける為に僅かなブレだって起ってはいない。


 今目の前にいるのは自分達の学校を守る為に奮起する学生でも、よくわからない理由で暴れるゴロツキや異形種でも、狂った思考で訳の分からない存在を召喚する魔術師でもない。二千年前に世界を揺るがす程の力を得た絶対者……の魂が宿った少年。

 全力を出さないにせよ出せないにせよ《七冠覇王》である事には変わりない。その気になればいつでも世界を崩壊させられる可能性を秘めているのだ。


 命のやり取りが開始する。

 懐かしさすら感じる身を震わすほどの殺意。

 鼓動が高鳴る。

 血が沸き上がる。

 手加減は出来ない。


「さぁ、始めようぜ……と言いたいところなんだがお前に客人が来てるみたいだな」


 オズウェルドはそう言うと視線を裏路地に向ける。

 その存在には気づいていたがこのタイミングで関わって来るという事は……という憶測から視線を向けるとこっちへ歩いて来る半身が機械となった大男を見る。その顔は工場地帯の様なマスクで覆われているから表情は読み取れない。


「これはこれは。興が覚めたかな?」


「いや、むしろテメーが出しゃばってくれた方が面白くなりそうだから構わねーよ、おっさん」


 大柄の男は黒いコートを羽織り近づいて来る。その姿はさながら魔術師の老人ともいえる貫禄でもあったが、彼の付けているマスクと記憶の一部が合致して眉を顰める。


「お前、確か政府の……」


「お初にお目にかかるよ。私は公安直属の組織【Esoteric Inc.エソテリック・インク】の理事を務めるヴァンダーベルトだ」


「……エソテリックには時々黒い噂が流れてたけど、まさか暗部と繋がってたなんてな」


 【Esoteric Inc.】……。記憶が正しいのなら公安直属の開発組織で、魔道具や一部特殊製品の製造を担っている大手企業だ。確かマンモス校であるローデン学園にも支援しているとか何とかで話題になっていた気がする。


 そんな大手企業が暗部と共に裏の世界へ足を踏み入れていたとは知らずにそう言い飛ばすと彼はそれがさも当然かの様に言ってのける。


「需要と供給、という物さ。それに表で紹介されている物が全て綺麗とは限らない。まぁ、君には分からないと思うがね」


「出来ればアンタのそんな一面なんて見たくなかったな。ニュースで紹介されるアンタの言動は凄く礼儀正しかったのに」


「告発でもしてみるかい?」


「どうせ公安やら政府やらに打ち消されるんだろ。いいよ別に」


 そんな雑談をしつつも意識はしっかりとオズウェルドへと向ける。だが……どうやらガーデン・ミィスは自分達が思っていた以上に遥かに準備を整えていた様だった。


「で、そんなお偉いさんが何の用だ?」


「知っての通り私達は魔道具の製造を行っている。だがその裏は別。私達の真の目的は“魔術礼装の開発と神秘聖遺物の構築”なのさ」


「魔術礼装に、神秘聖遺物……?」


「そして君はこの学園都市に生まれ落されたたった一つの神秘―――いや、“バグ”。君を回収し、実験を行い、儀式へと変換させる事が出来れば、私達の研究はこれまでと比較すれば比べ物にならないほど大きく前進するだろう」


「……なるほど。俺の血筋と仙術を知ってるって訳か」


 仙術ならオズウェルドとの戦いを見ればデータが取れる。だが血筋は一体どこから手に入れたというのか。

 それに彼の言った二つの単語。それは二千年前でよく聞いた単語ではあれど一種の禁忌に足を踏み入れている様な物。魔術礼装は戦隊ヒーローの○○フォームだと例えれば神秘聖遺物は神を握りつぶして道具にぶち込んでいる様な物だ。この世界での世界的抑止力がどう働いているのかは分からないが、後者は一手でも間違えれば世界その物から神罰が下される。


 流石は大手企業ともいえる大胆な研究だがいずれもリスクが大きい。その代償を彼は分かっているのだろうか。


「暗部は破壊の為に、アンタは研究の為に手を組んだって事でいいんだな」


「あぁ、その認識で構わない」


「ふ~ん……」


 囲まれている。

 足音や気配は消していても話し合いの時間を使い周囲へ放った極薄の血の糸に人が触れてその人数を教えてくれる。


 全方向に五十人弱。まだ血の糸を漂わせている範囲が狭いから広範囲とまではいかないが百人は超えていると思っていいだろう。

 血の糸が触れた形からしてただの兵士ではない。恐らく【Esoteric Inc.】で開発していた魔道具搭載型のパワードスーツを装着したPMC兵だ。公安から引っ張っている訳ではなく自社で製作し訓練している兵士だからこうやって融通が利くのだろう。

 ここまでされれば彼がどれだけ本気なのかも伺える。


「んじゃ、俺はオズウェルドと一緒にお前達を潰せばいい訳だ」


「君の実力は先の戦闘で把握している。だが、この人数に勝てるとでも?」


 路地裏。ビルの隙間。建物の窓際。屋上。標識の後ろ。

 様々なところからパワードスーツを着込んだPMC兵たちが顔を出して銃口を構える。学生ならともかく彼らはPMC。実弾を使用する。流石に仙術や血法を扱えても全身がハチの巣にされれば死にかねない。


「それに、仮にこの場で生き残れたとしても君達に勝利はない。この計画には私自らが関わり作戦を練っているのだから」


「……って事は、お前は学園都市が崩壊してでも俺を手に入れて研究を成功させたいんだな?」


「あぁ。ここの拠点を失えばそれなりの痛手にはなるが……何せ今【Esoteric Inc.】は世界中様々な場所で商業を行っている。倒産する程の損害ではない」


「……なるほど」


 どうやら自分が思っていた以上に裏の世界とは深く暗闇に満ちているらしい。踏み込んでも足元に血溜まりがある事にすらも気づかないほど暗く。

 そんな軽い反応をしているとヴァンダーベルトは言う。


「君の仲間の元にも私の部下が向かっている。抵抗すれば命はない。君が大人しく身をし出してくれるのであれば君の仲間の命は取らないでおくが」


 暗部の仲間が邪魔しに来るだろうとは言っておいたが、まさかそれが的中した上にPMCだとは思いもしなかった。まぁ仮に現れても襲撃される事は分かっているはずだからジン辺りが何とかしてくれるだろうが……。

 相手の規模にもよる。せめてリアが合流してくれていればいいのだが。

 当然仲間なのだから心配はする。でもリア達が死ぬだなんて考えは微塵もない。


「……この学園都市はな、俺の大切な居場所で、守りたい場所でもあるんだ」


 仙札を取り出し見つめながらしゃべる。


「破壊と再生を繰り返して、昼夜問わず響き渡る喧騒は街中のBGMで、俺達はそんな中で絆を育んできた。……そこをお前達みたいな自分勝手な理由で破壊させるわけにはいかない」


「それがどんな選択か分かっているんだな?」


「それはこっちの台詞だ。――俺達を敵に回した事、後悔させてやる」


「……そうか。君には残念だ」


 ヴァンダーベルトがスマホを取り出し画面を押す。するとルゥナ達が向かった方向で爆発が起きて黒煙が上がり始めた。


「これよりPMCは君達の殲滅に動く。君達が相手をしているのはただの悪党ではない。――学園都市の闇だ」


「そーかい。じゃあ試してみようぜ。光と闇、どっちが強いのかを」


 血法で生成した太刀と仙札を構える。

 流石に無傷とはいかないだろう。《七冠覇王》本来の力を取り戻していないオズウェルドも相手にしなければいけないのだから。


 これが二千年前の自分なら無傷でやり過ごせた。だが今生のアルフォードという人間には前世の様な……小説でありがちな前世の力を引き継ぐだなんてシステムは採用されていない。強いて言えば引き継いでいるのは技術だけだ。


 それに闇が相手だと言うのであれば容赦はいらないし、何より二千年前で呆れる程戦い慣れている。かつては国家ぐるみの闇どころか世界その物を渦巻く“闇”という概念そのものですら相手にしたのだ。今更学園都市の闇を相手にしたところでどうという事はない。


 オズェルドは前に出ると薄く揺らめく蜃気楼の様に空間を蠢かせて碧色の柄をした薙刀を手に取る。それも力場だけで作り出したのだろう。


「へっ、ならテメーに教えてやるよ。――転生者だろうとただのガキが踏み込んでいい領域じゃねーってな」


 周囲に民間人の姿は見当たらない。けれど街中である事には変わりなく、いくら中心部から離れている位置であろうとも戦闘が起こる限り街の損害は生まれ続ける。流石に街への被害を留めつつ戦闘を……というのは出来ないだろうから初手から全力を出し相手にするしかあるまい。


 今までは誰かに……リアに全力を出す姿を見られて恐れられるのではないかという恐怖心が心のどこかにあった。けれど今この場にいるのは倒すべき敵だけ。そう割り切れば血法と言霊と仙術……そしてを遠慮なく使える。


「さぁ、始めようぜ。最高のパーティーをよォ!!」


 オズウェルドの周囲に幾つもの碧い炎が生成される。それを見て仙札を構えると氷の結晶を無数に生み出し続け周囲の温度を低下させた。

 そして力場の炎が放たれ氷の結晶と激突した瞬間――――熱と冷気による膨張反応から大爆発が発生した。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 曇天の平日という事もあり道路はそれほど車が走っていない。そんな中でルゥナはバギーを走らせてアルフォードとリアが示してくれた暗部の追跡を行っていた。


「雲行きが怪しくなってきたね、ルゥナ……」


「うん。……急がないと」


 ハルノからの言葉に短く返答しながらも焦燥からアクセルを踏む力が強くなってしまう。乗っているバギーがリアから拝借した政府用のバギーだから制限速度以上の双度を出せないのがもどかしい。


 雲行きはまるで自分の心を表しているかのように学園都市を薄暗い雲で覆う。まるでこれから全ての事象が闇で掻き消される前兆の様に。


 護衛として載ってくれているジンは後部座席に腰かけながらも鋭い目付きで周囲を見渡している。まだまだ街中という事もありどこから奇襲されるか分からない以上彼の勘に頼るしかないのだ。

 まぁ、いざとなれば獣人特有の耳の良さから位置くらいは特定できるが、突発的な攻撃となると防ぎようが――――。


 一瞬の閃光が瞬く。

 ジャンクションへ到達した瞬間、背後の道路が突如として爆発し爆音が鳴り響く。


「なに!?」


「爆発した……!?」


 明らかに普通ではない爆発に思わずブレーキを掛けそうになってしまう。けれどそれが暗部の襲撃だという事は既に理解しているからこそさらにアクセルを踏むと制限速度を超えて警報が鳴っても道路を走り抜けた。


「やっぱり来たか……!」


 道路を破壊したのは後戻りをさせないためだろう。今はもうジャンクションへ突入してしまっているから基本的に一本道だしUターンしようにも一旦止まらなければならない。いつ奇襲されるのかも分からないこの状況で停止するのは愚策……。

 面倒くさい事をされた物だ。


「るっ、るるるルゥナどうしよう!?」


「落ち着いてハルノ。視覚内からの攻撃は全部ジンが何とかしてくれる。ハルノは進行ルートの確認をお願い」


「う、うん!」


 普通の学生だったという事もありハルノはかなりの焦り具合を見せていた。というかそれが普通なのだ。道路を爆破されて焦らない普通の人間なんていない。

 何も言わずにはいるが紺鶴もそれなりに焦っている様で冷や汗を掻いている。


「やっぱ裏の世界にいただけはあんな、オメー。正直ビビるかと思ったぜ」


「裏の世界じゃこんなの日常茶飯事だったから。丑三つ時でも気は抜けなかった」


「「…………」」


 常に様々な可能性を考え行動する。それは裏の世界にいた時に身に着けた習慣だ。そうでもしなければ自分はとっくのとうに殺されていたのだから。


 今襲って来るのなら一体どこから襲って来る? 狙撃か? 魔術か? どちらにせよ遠距離からならばどこから狙ってくる? 狙いやすく隠れやすい位置は? 近距離から襲って来るならどこから現れるのが一番奇襲を成功させやすい?

 思考を巡らせながらアクセルを踏む。


 やがてジンは後部座席から立ちあがると鉄骨を掴みながらバギーの上に乗り移る。そんな姿を見ていよいよ来た事を確信した。


「ジン……」


「野郎は俺に任せろ。お前はただひたすらに暗部を追え」


「分かった」


 皆の力を合わせて特定した暗部の現在地まではもうそんなに遠くはない。暗部と交戦し【ブラッド・バレット・アーツ】なるものを奪還する。それだけでこの街が守られるのであれば全力でやらなければならない。

 出発する前、リアが事前に魔眼の効果で示してくれた力場が集中する場所……つまり彼らの目的である回収物が放つ異様なまでのオーラがある場所……。


 その目的地は廃ビルの天辺――――ヘリポート。


 地鳴り。そして重音。

 それを真っ先に聞き取って位置を特定すると真後ろに振り返りジンへ叫びつつも襲って来る事を教えた。


「――来る!!」


 道路に面していたビルから壁を破壊して飛び出して来た巨大な何かはその重量故に着地すると道路に亀裂を走らせてその部位を崩落させた。

 そして纏っていた粉塵が消えた途端、目を疑う光景を知る。


「なっ――――」


「ルゥナあれって……!」


「そんな、何で……!? 間違いない、あれは……」


 粉塵の中から飛び出して来たのは見慣れた文字とロゴが描かれた一台の武装車両だった。


「【Esoteric Inc.】の……!!?」

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