当たって砕けて砕かれて、再生して

1-18  『ラン、ラン、ガン!!』

「装備の点検は?」


「補給地点の設置準備、急げ!」


「最終確認を忘れるなよ!」


 ベレジスト高校の生徒達が慌ただしく移動する中で様々な点呼が耳に届く。その光景はさながら最終決戦に向けて準備を進める軍隊の様だった。

 そんな最中アルフォードは生徒会室にて最後のミーティングを始める。


「いいか、学戦の終結はあくまで手段であって目的じゃない。これはルゥナ達の行動を自由にする為の物だ。本番はこれが終わってからになる。――どんな卑怯な手でもいい。奴らにこの書類へサインさせるぞ」


 そう言って合併の為の書類を机に叩きつけるとルゥナ一行は真剣な表情で頷いた。

 脚が増えるに越した事はない。暗部が起こそうとしている事を考えればこれでもまだ足りないくらいだが……そうなったらそうなったで自分達でどうにかするしかあるまい。


 するとジンが手を上げてある事を質問してくる。


「一つ思ったんだけどよォ~、その学校の一番強い奴が偉い奴になる仕組みなんだろ? エルフィ兼オズウェルドがいなくても平気なのか?」


 彼の疑問はごもっともだった。学校同士の合併なんて一番偉い生徒……要するに生徒会長の承認を得なければ成し得ない。過去に一度だけ成功した例だって最終的には両校の生徒会長が承認した末の出来事だ。

 例え教師がいたってその権限は生徒会長には及ばない。それは常識的に考える度にどうかと思うが……まぁ、そういうルールだと政府が決めつけたのだから従うしかあるまい。強い奴が偉いって言う考えその物がおかしいとは思うが。


「問題ない。副会長に代理として承認させる」


「代理?」


「生徒会の問題は時々副会長が会長の代理として承認する事があるんだよ。副会長は軍とか政府の人達で言う秘書みたいな役割だから」


「ふ~ん……」


 学園都市内の共通ルール……みたいなものだ。「生徒会長と副会長は常にどちらかが学校に残らなければならない」。いつでも学戦が発生するような野蛮な街なのだ。一定の権限を持つ人物がいなければその学校は成り立たない。


「学戦が終結し次第俺達はガーデン・ミィスを追って東へ行く。でも俺の予想だと奴らは必ず予定を繰り上げる……。だから、ジンとリアの足は任せるぞ」


「うん、任せて」


「アルは?」


「俺はオズウェルドの相手をしなきゃいけない。最悪、ブツはお前達だけで取り返さなきゃいけなくなる可能性もある」


「「…………」」


 オズウェルドが《七冠覇王セブンズクラウン》である以上苦戦は強いられる。最悪の場合は自爆技を用いれば相討ちにまで持っていけるかもしれないが、それはそれでこちらの命の保証はない。自爆は最終手段として残しておかなければ。


 スラムや《リビルド》の施設で戦闘慣れしているジンはともかくリアが暗部と交戦する事になれば間違いなくサポートに回るだろう。彼女にはその血の運命に縛られていそうな爆発力が秘められてはいるが……それが発動するのならそれは死ぬほど追い詰められた時だ。

 仮に交戦するのなら前衛はジンかルゥナ。リアが後衛でサポートに回りハルノが指揮を執る。これで勝てるか否かのラインだ。


「まっ、そん時はそん時だ。とりあえず今は全力で目の前の壁をぶっ壊すぞ」


「――うん」


 真っ先に呼応したルゥナは決意を新たに頷いた。

 みんなも順番に頷いて戦への気持ちを示す。


「それじゃあリア、ほら」


「えっ私!?」


 だが、ここにいるのは青春を謳歌出来る学生達だ。二千年前の血みどろで青春のせの字もない自分が指揮を執ったって堅苦しい雰囲気になるだけ。という訳で茶を濁そうとリアの脇腹に肘で小突いて最後の締めくくりを丸投げする。


「えー、思えば色んな事があった数日間~……私達は色んな出来事を重ねて絆を育んできたわけで~……」


 言葉を綴っている内に卒業式みたいな感じになりつつあったリアは大きく咳き込んで拳を上げて勢いに任せる


「とっ、とにかく暗部潰すぞ! おーっ!!」


「「お~っ!」」


「やってやんぞ!」


「「お~っ!!」」


 と、そんな喝の入れ方を見ながらも「コイツらなら大丈夫か……」と杞憂を飲み込んで数時間先の未来に思いを馳せた。



 ――――――――――


 ―――――


 ―――



 二時間後……正午。

 ルゥナ一行は交渉の為に足早にネヴィア高校へと向かった。けれど残された生徒達と一時的な指揮権を付与されたリア一行はネヴィア高校に近い位置にある路地裏や廃ビルなどに潜伏して待機していた。


「な~な~、何で隠れる必要があンだよ」


「交渉が決裂した前例がある以上俺達が行っても悪化するだけだ。特にネヴィアは政府の連中を嫌ってるみたいだからな」


「返って刺激を与えない為にも私達は出ない方がいいんだよ」


「ふゥ~ん……」


 リアと共に説明しつつも時々柱の影から顔を覗かせて交渉度合いを見る。

 交渉で済むのならそれで構わないし、決裂したのならこちら側の全戦力をもってして手早く沈めるだけ。最後に副会長へサインを書かせればそれで終わりだ。


 やはり自分達がいないからか交渉はゆっくりとながら進行している様に見える。出来ればこのまま書類にサインをしてほしい物だ。


「アル、エルフィ……じゃなくてオズウェルドの位置は?」


「動きはない。多分奴らも最終準備の段階なんだろ」


 リアからそう問いかけられ手首から放たれている極薄の血の糸に触れて位置を確かめる。

 いくら《七冠覇王セブンズクラウン》がいるとは言ったって奴らとて作戦は立てる。その為の準備が終わったのならオズウェルドを引き連れて移動を始めるはずだ。そうなる前に先に学戦を――――。


 パァンッ!

 銃声が響く。


「――突撃!!」


 そう叫ぶと隠れていた生徒達が銃を構えて一斉に駆けだした。柱の影から覗くと零距離の発砲をハルノが受けて倒れているのが見える。


「やっぱりだめだったか……!」


「ジン、副会長以外は残して暴れまくって!」


「よっしゃ」


 ジンが先行して飛び出したのを合図に自分もリアを抱えてビルから飛び出す。

 いくら学生が使用する弾丸がゴム弾でも零距離で受ければ激痛で動けないくらいにはダメージを与えられるからか、ハルノと紺鶴はルゥナを庇ったダメージで地面にうずくまっていた。


 リアを少し離れた位置で下ろすと血の糸を二人に巻きつけて回収する。そうして後衛の待機組に投げ渡すと自分も戦線に加わる。


「ジン、暴れまくるのはいいけど体力残せよな!」


「わーってら!」


 ジンは本当に分かっているのか心配になる勢いで体を変形させ攻撃を続ける。そんな光景をみつつも生徒たちの一斉射撃に合わせて敵地の懐まで潜り込むと血法で鎌鼬かまいたちを起こし相手を吹き飛ばす。


「こっ、コイツらこの前の……!」


「撃て! 撃てぇぇぇ――――ッ!!」


 一斉射撃を行われても血の膜で全て弾き返すし、ジンは全身を鉄の様に硬くする事で一切のダメージを受け付けない。

 迫撃砲(演習火力版)の追撃もあり校内が乱されると早々に隊長の指揮も取れなくなって統率が乱れ始めた。


 だがネヴィアだって何の備えもない訳ではない。暴れ続けていると大きなガレージの奥から戦車が複数台も飛び出してきて後方に待機してる生徒達へ砲撃を開始した。


 破壊できなくはないがオズウェルド戦を考慮してなるべく体力は残しておきたい。そう言う事情もあって手榴弾を取り出すと体を左右に振りつつも戦車の真正面にまで接近し、自身の血と共に手榴弾を砲身の中へ投げ入れる。

 砲身の中で散らばった血は硬質化させる事で障害物の役目を果たし手榴弾を中へと閉じ込める。そうして戦車が砲撃を行おうとした瞬間――――内側から膨らんでパーツを撒き散らしながら爆発四散した。


 こういう戦い方は血を体内に戻せず貧血になる可能性が高いから控えたいのだが……暗部を追う為の足がなくなると考えればこのくらい誤差の範囲だ。


「なんだコイツら、戦車が出てんのに全然怯まねぇぞ……!?」


「射線を見切ってんのか!? ――ぐあぁっ!」


 生徒相手には地面に落ちている銃を拾い乱射。戦車相手には手榴弾を使い自爆させる。迫撃砲やランチャーは血の膜でゴムの様に弾き返し殲滅を続けた。


 二千年前の戦場と比べれば随分と生ぬるい。学生同士が前提とされているから殺し合いにならないのは当然だが当時の自分が経験すればお遊戯にも過ぎないだろう。


「魔術部隊、攻撃用意!!」


「来たか」


 屋上から姿を表せた生徒が一斉に魔術の構築を始めて攻撃準備を整える。銃器と魔術ならば魔術の方が勝るのだからその選択をするのは当たり前だ。その上相手が近接戦闘しか出来ないのなら強力な魔術を上から浴びせ続ければいいだけ。当然ではあるがシンプルであるが故に強い戦闘方法だ。

 魔眼使いがいなければ、の話ではあるが。


「――放て!!」


 屋上から色とりどりの魔術が放たれて視界を埋め尽くす。学生の身としてはそれなりの練度だろう。

 だが感覚で魔術を操作する彼ら・彼女らよりも“視覚”で感覚を掴めるリアには敵わない。


 リアは前線へ飛び出して真上に手をかざすと魔眼を発動し相手の放った魔術のマナの構成……即ち術式を読み解いて自分のマナを流し込む。そうして数式を乱す様にマナの構成を入り乱れさせると全ての魔術を消し去り風圧だけを残す。


「なっ、掻き消した!?」


「ありえない……。こんな、こんな奴らがいるだなんて……!!」


 恐怖が伝播して生徒たちの動きが怯む。

 けれど攻撃をやめてはいけない。戦が終わるのは大将を討ち取るか戦意喪失で武器を落すかのどちらかなのだから。相手が全員武器を落すまで殲滅を止める訳にはいかない。


 そんなこんなでジンと共に抵抗力が弱くなっていくネヴィア生徒を蹂躙していくと隊長が吹き飛ばされた辺りで銃を落す生徒が出始める。その頃に動きを止めると彼らはもう勝てないと理解したのか呆然とこっちを見ているだけとなった。


「ジン、止まれ」


「何だ、もう終わりか? ならこっちから――――ぐぇっ」


「止まりなさい」


 血の糸でジンの首を絞めつつも動きを制止させる。

 相手が戦意喪失した事を知るとルゥナは歩き出して怪我を負ったネヴィアの副会長の元まで近寄った。


「どう、少しは落ち着いた?」


「…………」


「確かに彼らは部外者。運よく私達と最初に出会って力を貸してくれただけ。でも、この街を守りたいって思いは同じなの。だから……お願い。力を貸して」


 どうやら事態が事態な為にネヴィアの副会長にも現在の危険な状況を伝えていた様だった。相手もそれは嘘ではないと知っているのか即座に言い返す事もなくじっと睨みつけている。


 だがまだあと一手が足りない様に見える。それにガーデン・ミィスの事を話しているのなら隠す必要もないとルゥナの近くに歩み寄るとポケットからある紙を出す。


「これを見ろ」


「紙……? って、これ……!」


「ガーデン・ミィスはお前達にも関わっていた。……つまり、この学戦はガーデン・ミィス自ら仕組んだものだったんだ」


 ずっとネヴィア側の“支援をやめた企業”というのが不明だったから分からなかったが昨日の潜入で真実が明らかとなった。だから暗部としてのガーデン・ミィスを知っているこっちからしてみれば納得できるのだが……。

 ネヴィアの副会長は書類をくしゃっと握り締める。


「……なんだよこれ。支援の必要性はないと判断したため……? 俺達がどれだけガーデン・ミィスの商業を手伝ってきたと思ってんだ……!」


 企業や組織が学校を支援する理由の一つが自社の製品をPRしてもらう為、というのがある。そこの学生が自分の会社で作った物を日常的に使っているのならそれを見た人達からは「あの子達が使うくらい優れているのね」となり、例え売り上げが伸びなくとも知名度は上がる。

 マンモス校のローデン学園は学園都市内でも有数の所だから大手企業が無償で製品を支給する事もあるほどだ。


 それはネヴィアとて同じ事。ここもそれなりに優秀な人材を輩出していると聞くから企業のガーデン・ミィスとしては大事な商業における主軸の一つとも成り得る。事実そうしてきたようだった。

 それなのに訳の分からない理由での解約。子供でも憤慨するはずだ。


「アルフォード、この紙どこから……」


「ちょっとガサ入れしてきたんだ。問い合わせでも反応なかったんだろ?」


「だからってよく忍び込めたね……」


「仮にこうなったとしてもあと一手は確実に足りないって思ったからな。それに俺達の目的がガーデン・ミィスその物じゃなくなった以上そこはもう手段でしかなくなった。目的の為に策を重ねるのは基本だからな」


 ルゥナへの問いかけに答えつつも副会長の反応を見る。

 どうやらこんな面倒くさい学戦をわざと引き起こしたガーデン・ミィスに怒りを覚えている様でその表情を歪めていた。まぁ気持ちは分からなくもない。学戦をしている間に出来なかった授業は最悪の場合休日を削ってまでやらなければいけないハメになるのだから。


「……学戦は片方が潰れるまでやればその後処理に時間がかかる。けど、今の俺達にはあまり時間が残されてない。奴らを追う為にも今は合併で済ませておきたいんだ」


「……分かった。だが、条件がある」


 副会長がそう言うとルゥナはすかさず口を開いた。


「出来る限りの事ならするよ」


「……俺の方でも上に掛け合ってみる」


 どんな無理難題を押し付けられるのかと思っていたのだが、いざ副会長が口を開いてみるとそこから出た言葉は案外普通な物だった。


「奴らを捉えたら、政府に渡すよりも先に一発殴らせろ……!」


 ルゥナと顔を合わせ、答える。


「「勿論」」



 ――――――――――


 ―――――


 ―――



「バギーの準備急げ! 奴らに時間を与えるな!」


「大丈夫? 怪我とかない?」


「補給も忘れるなよ!」


 一時間後。

 アルフォードは慌ただしく動くネヴィアとベレジストの生徒達を背に主要人物だけで話し合いを進めていた。とはいえ、話し合いとはいってもここからは別行動だからその為のおまじないを掛けているだけだけれど。


「俺はこれから血の糸を伝ってオズウェルドの所へ行く。事が終わり次第連絡するけど……念の為にこれを持っておいてくれ」


「札? 仙札……?」


「簡単に言うならファンタジー版GPSみたいな物かな。俺の“氣”が込められているから感覚でみんなの場所が分かる」


 既にファンタジーが薄れているこの世界観だ。こんな物を見せられたって困惑するに決まっている。

 が、それはそれ。これはこれ。


「それじゃあ私達は暗部の追跡だね。ハルノ、紺鶴、お願いできる?」


「任せて!」


「ま~ここまで来たならやらないとな~」


 札を手にした二人はルゥナに呼応して頷く。

 追跡だけなら三人だけでも手がかりさえあれば何とかなる。だがここから予測される状況が常に一方的である以上手は抜けない。


「ジン、お前ルゥナ達について行け。護衛を頼みたい」


「ゴエイ?」


「俺の予測通りになるのなら暗部の連中は一部の戦力を用いて迎撃を始める。そうなったのなら……この中で俺以外に戦闘に長けているお前だけが頼りだ」


「おう、任せとけ」


 ジンは「頼り」という言葉に反応してサムズアップで答える。その様子なら途中で諦めるような事もあるまい。

 そして最後に残った一人へと話しかける。


「リアは……」


「私は魔眼で確かめたい事があるの。後で合流するけど少しだけ別行動を取らせて」


「……意外だな。お前なら一緒にいるって言うかと思ったけど」


「ここ数日はアルに知略担当を奪われてたけど、私だって頭の回転は速い方なんだから。作戦を成功させる為の策は幾重に……。【リンドアスの大冒険】に出て来た言葉だしね」


 ルゥナとリアは幼馴染を持った少女だ。近しい部分と数少ない友達という所も相まって近くで守ると言うかと思っていたのだが……どうやらこの数日で少しばかり変わった様子だった。以前までのリアなら必ず誰かに引っ付いていたというのに。

 それに自ら魔眼の話を持ち出すのも驚きだ。


「それじゃあ俺は行く。まぁ多分……というか絶対にややこしい事になると思うけど気を付けてな」


「オメーもな!」


「アルもね」


 そう言って三人で拳を合わせると各々の目的を達成する為に別行動を開始する。

 が、その時にルゥナが言う。


「アルフォード!」


 振り返った先にあったのは不安げにこっちを見つめるルゥナだった。


「……エルフィを、お願い」


「任せろ」


 友達の幼馴染なら決して無関係ではない。自分でも関わらなければいけないという意志もありサムズアップで答えると颯爽とその場を後にした。

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