1-17 『ある意味最強のやべー奴』
「そんな、そんな事が……」
「――――」
ルゥナの過去の話を聞いてリアは目を皿にして驚いていた。対してジンは茶化す事も驚く事もせずただ淡々と椅子に座りながら腕を組んでいる。
そんな中でアルフォードは一人思考を費やしていた。
突然の失踪。普通に考えるのなら環境からして拉致されたと考えるのが妥当だ。だが本人の証言では寝込みを襲われたのではなく、まるでエルフィ自ら失踪したように語られている。
提示された情報だけを頼りに推理するのであればエルフィは何かに迫られルゥナを守る為に自ら身を差し出し失踪。のち、何らかの洗脳を施され交流会にて再開。こんな所だろうか。
けれど一度戦っているこっちからしてみればその説は半分だけ間違っている様に思える。エルフィがオズウェルドになる過程で何があったのかを、本来ならば誰も知らない存在を引用して推理できる。
「エルフィは多分何かしらの上位存在の依代にされた可能性が高い。そうじゃなきゃあの時に力場なんか使わなかった」
「力場……そういえば、確かにあの時……」
「これは予測でしかないけど、多分エルフィは器としての適性が高かったんだと思う。普通の人間が依代にされれば器の方が耐えきれずに死に至るって聞くし」
「それじゃあ、やっぱりエルフィはルゥナを守る為に……?」
「恐らくは、だけどな。ルゥナの知らない所で暗部に脅されたんだろう」
《
だがここで疑問に思うのは存在そのもの。《七冠覇王》は言い換えるなら世界全体の抑止力だ。二千年前に殺し合った《七冠覇王》の一部はその後は魂だけとなり世界を漂うだけの存在だったはずだが――――仮に二千年間魂の形を維持し続け適性のある器へ受肉したのだとしたらこの時代で復活しても何らおかしくはない。
けれどあの時……オズウェルドが力を使った時、明らかに苦しむような仕草を見せていた。二千年前の野蛮人共は一度もそんな姿を見せなかったというのに。
つまるところ考えられる可能性は二つ。
器となったエルフィは実は人格その物は残っていて、体を支配しているオズウェルドの人格に抗おうとしているか。
器の適性はあれど高出力の力場は体が耐えきれずに自壊を起こしそうになっていたか。
どっちにしても状況が最悪な事には変わりない。彼の目的を知らない限りこちらに勝ち目はないし、あったとしてもオズウェルドに記憶通りの力が宿っているのならいつでも世界を終焉へと導ける。
事態は既に嫌な方向へと舵を切っている。
「目的が暗部の殲滅とオズウェルド……エルフィの救出になった以上、手段を大きく変えなきゃいけない。特に暗部の方を」
「でも、仮に本当に上位存在の依代にされてたとしたら、私達に勝ち目なんて……」
戦う前提で話を進めていると事態が急変したのに怯んだリアが弱気な声でそう言う。まぁ気持ちは分からなくもない。小学生がプロボクサーにステゴロで挑むようなものだ。
それでも“ルールを作り変えれるのなら”小学生にだって勝機はあるかもしれない。例えば“小学生に次世代型粒子シールドを無制限に使わせる”とか。
「大丈夫」
ここまで来たならもう出し惜しみは出来ない。今までリアにすら隠していた……いや、隠さなければ心配で仕方なかった仙札を見せる。
「――オズウェルドは俺がどうにかする」
「それ、札? でもそれで何が……」
一般人からしてみればただのよくわからない文字と紋様が敷き詰められた札でしかない。当然、それを見せたってこの場にいる誰もがソレを仙札だと見抜く事はなかった。
唯一リアだけは異質なものだと見抜いているが。
「アル、それただの札じゃないでしょ。……その札、物凄く強い気配がする」
「大正解。これは仙札って言って、仙力が込められた神秘的な札なのです」
「せん、りき……?」
だがいきなり仙力と言われたって実感がわかないのは当然だ。二千年前の外をうろつけば精霊と出会えるような世界とは違ってこの学園都市はあまりにも神秘的存在とはかけ離れている。【超常存在】やら【神聖存在】やらは月一感覚でニュースで見る事はあるが、浸透しているのかと聞かれればそれは違う。
「仙力って……仙人が作ったとでもいうの?」
「仙人が作ったっていうか、俺がこの札を作った」
「はぁ…………?」
ルゥナは突飛な発言に理解が追い付かな様で困惑した表情を浮かべた。
まぁ、こうなる事は分かっていた。故に仙札の力を見せる為に“氣”を練って放つ。
「体内の“氣”を練って色々やると結果的に仙力に変換出来るんだ。それを札に流し込んで……って言っても無理か。とりあえず百聞は一見に如かずって事で……そいっ」
仙札を投げると一瞬だけ白く輝き弾ける様に消えていく。室内とはいえいきなりそんな光を放つわけだから三人は眼を細くして光が静まるのを待つ。
そして目を開いた時にはコンテナターミナルに立っているのだから驚かれる。
「な、なんじゃぁぁぁぁぁ!?」
「コンテナ……!? あれ、私達さっきまで学生寮に……」
「アル、これって……!」
「仙札の力を使って俺の記憶を立体的に再現してるんだ。今、俺達の脳には仙術で俺の記憶が直接流れ込んでる状態になってる。だから視覚だけじゃなく嗅覚、聴覚、触覚全てが作用してる」
そう言うとルゥナは身近にあったコンテナを触り、その冷たさと凹凸さ、そして錆びた部分の数ミリだけの段差も感じ取れることに驚いている。
潮の匂いも波の音も冷たい風も全てが実物ではない。ではないのに、それを実物だと誤認させてしまう程の精度を持つ体験……。それが仙術(の一部)だ。
指を鳴らし空間内の“氣”を乱すと景色は学生寮の寝室に戻る。
「とまぁ、今やって見せた様に俺は仙札も仙術も使える。だから仮にオズウェルドが上位存在だったとしてもある程度は対抗できるって訳」
「は、はぁ……」
「詳しい理由は後で説明する。とりあえず今はそれだけ把握しておいて。んで、エルフィを救えても問題は二つある。俺達の追うブツの回収と暗部の殲滅」
「それと学戦の終結、だよね。これが出来ない限りルゥナ達は自由に動けないし、仮に終わったとしてもその後の対応とかが……」
短期間で決着を付けなければ暗部に【ブラッド・バレット・アーツ】を持ち逃げされる可能性が高い。その可能性を考慮すれば明日にでも学戦を終わらせたい。
オズウェルドの現在地が未だ暗部の本拠地である以上ネヴィア高校を陥落させるのはそう難しい事ではないが、それはそれで終結直後の処理が面倒くさくなる。最善の動きとなると学戦の終結に最も望ましいのは……。
「ルゥナ、学校の合併についての契約書はある?」
「え? うん、探せば生徒会室のどこかにあるけど……」
「なら決まり。作戦開始は明日。――どんな手を使ってでも契約書にサインさせて学戦を終わらせるぞ」
そう言うと三人は今の言葉で喝が入った入ったのか、リアとルゥナは互いに拳をグッと握り締め、ジンはただ真っすぐな瞳でこっちを見ていた。
――――――――――
―――――
―――
と、そんな風にして明日への準備と銘打ってみんなを寝かせた後、自分は学生寮から抜け出して真夜中に沈む街を飛び回っていた。
建物に血の糸をくっつけて某パイダーマンの様に高速移動を繰り返しある場所を目指す。住宅街を抜けて工場地帯の方へ行くと街の一角にあった大きなビルへと到着した。そこの看板に掛かれていたのは非常に分かりやすい物だ。
【ガーデン・ミィス本社】。
ここまで来たのには当然ながらに意味がある。
「よお、来ると思ってたぜ」
「…………」
入口で待ち構えていたのは初めて出会った時と全く同じ格好をしたやさぐれ会長……オズウェルドだった。
「テメーはそこらの奴とは違う。だから今日か明日にはここまで辿り着くと思ってたが、まさか本当に今日やって来るとはな」
「参考までにお前の考えを聞いても?」
そう問いかけると彼はなんのためらいもなく自分の考えを口にした。
「テメーは俺の正体を知ってる。だから魔術師が何を企んでんのかもテメーは知ってる。なら行動を起こすなら明日辺りで、その前日……つまり今日俺達の本拠地の様子を見に来るんじゃねーかって思っててな」
「なるほど。まぁ実際そのつもりだったし、何なら本命はお前まであるからバレてても問題はないんだが」
「ほ~。俺に用があるっつーことァ“俺達”についてか? それとも器の話か?」
「両方」
ここで交戦するのならそれでも構わない。それも想定して準備してきている。だがオズウェルドは現在は戦う気はないらしくその姿からは威圧や気迫の様な物は感じない。やはり楽しい戦闘だけを望んでいるから今は違うと考えているのだろうか。
この時代の人であるなら隠さなければならないが、《七冠覇王》は魂だけで二千年も生きる連中だ。そういう事情もあり転生者という事を隠さずに話す。
「《七冠覇王》が生きてるって事は、残りの奴も生きてるって事でいいのか?」
「それを知ってるって事ァテメー転生者か。こりゃまた意外な奴が出て来たもんだ」
「俺から言わせてみればお前だって意外な奴だよ」
事あるごとに事情を見抜いていたからかオズウェルドはあまり驚愕せずに納得していた。対面して《七冠覇王》だなんて言葉を詰まらずに言える辺りに確証を得たのだろう。
「残念だが他の奴は知らねー。俺ァ長い間魂だけになって漂ってたけど会った事すらねーよ。どこかで成仏でもしたんじゃねーの」
「ならいいんだけどな。半分くらい野蛮人だったし」
二千年前に出会った《七冠覇王》は全員という訳ではない。だが話によれば半分以上が野蛮人だと聞いている。そう考えるのであれば平和が保たれているこの世界には不要な存在ともいえる。
特にその“権能”を使えばこの平和な世界は一瞬で混沌を迎える。それだけは避けなくては。
それはオズウェルドも例外ではない。
しかし、それはそれとして疑問はある。
「……お前さ、二千年前の名前って憶えてる?」
「はぁ? ンでそんな事聞くんだよ」
「お前の話聞いてるとどうにも二千年前の事忘れてるっぽいからさ。ほら、俺も一応二千年前にいた身だし、転生してる間に何が起こったか気になるから」
オズウェルドの気楽さ故か別の原因があるのか、まるで過去は知らないけど今は楽しんでるぜ! とでも言いたそうな態度からそう問いかける。これで二千年間の事も少しは知れるだろう。
……そう思っていたが返答は間反対の物だった。
「あ~、よく分かんね~けどな~んか二千年前の事だけ思い出せね~んだよな。頭に霧がかかってるっつーの? ンな感じで覚えてそうなんだけど思い出せねーんだよ。まぁ俺にとっちゃクソほどどうでもいいから気にしてねーけどな」
やはりそうか。妙な感覚を抱いていたがそう言う事だったのか。
だが相手は仮にも《七冠覇王》。世界その物に接続してその権能を振るえる化け物だ。魂だけの存在になったとは言えど二千年前の事だけ忘れるだなんてあまりにもおかしすぎる。
となると自分達以外に別の力を持った奴がいてそいつが記憶を封じたのだろうか? いや、もっと別の可能性を――――。
……今はやめよう。相手が脳死お気楽野郎なのだからどれだけ考えたってらちが明かない。それよりもエルフィの事を考えなければ。
「じゃあ次。お前、器になった奴の人格って内側に封じ込んでんだろ」
だが、その問いかけをした途端にオズウェルドの眼光が鋭くなる。
「テメー、何でそれを知ってやがる」
「秘密だっ☆」
記憶の統合はしていないのを知って少しは安心する。
であればエルフィの人格は未だ内側に抑え込まれ封印されているはずだ。仙術を使えば封印された人格に巻き付いている鎖を剥がす事くらいは出来るが……まぁ、容易にそれをやらせてくれるはずもないだろう。
「だが、テメーが器になったコイツの事を知ってどうする。ブツを回収するのが目的なテメーらからしてみればどうでもいいだろ」
「確かに与えられた任務としては器なんてどーでもいいさ。でも、そこに私情を挟んじゃいけないなんて誰が決めたよ」
そう言うと彼は数秒だけ静寂を放ったのち耐えかねたかの様に吹き笑いを始めた。腹を抱えて「くふふっ」と息を漏らすと面白おかしい物でも見ている様な目でこっちを見る。
「あー、すまねぇ。二千年前にもテメーに似たような馬鹿がいたなって思い出し笑いしちまった」
――それ多分俺の事なんだよな……。
「んで、器がどーとかだっけ? 器自体は生きてるぜ。俺のしてー事が終わったらクーリングオフする予定だ」
「そのお前がしたい事ってのは楽しい戦闘か?」
「それは趣味だ。今してー事ァ別にあんだよ」
何ともまぁ如何にも分かりやすい戦闘狂みたいな台詞を放つものだ。自分も強くなるために強い奴と戦いたい! みたいな事は常々思っているがここまで闘争を求めている所を見ると逆に怖い。
……あれ? それって一般人からしてみれば自分も同じなのでは?
そんな思考は置いといてオズウェルドが向けた視線の先を見た。
「魔術師の奴らがやろうとしてる事に興味あってな。ほれ」
「円環塔?」
「あそこぶっ壊したらどーなっかなって」
「は~ん……」
これまた随分と分かりやすい目的だ。
円環塔はこの学園都市のコアだ。そこを破壊するのではないかという予測は立てていたが、まさか本当に円環塔を狙っているとは。
過去に何度も狙った輩はいたがその全ては近づく事すら出来ずに排除されている。それなのにガーデン・ミィスがここまで積極的に動けるのはオズウェルド……つまり絶対的な力を持つ《七冠覇王》を引き込めたからだろう。
円環塔の戦力がどれくらいなのかは分からない。だが大きな代償もなしに《七冠覇王》を仲間に出来たのなら驕る気持ちも分からなくはない。
「でも攻撃出来ると思うのか? あそこ、今までにも数々の暗部が突っ込んで返り討ちに会ってるけど」
「んな事ァ知らねーよ。ただ面白そうだからやってみるだけさ。奴らとの繋がりだってそれが理由だしな」
なるほど。そんな理由ならば暗部の事を好き勝手に言いふらすのも頷ける。
やはり暗部は大きな代償もなしにオズウェルドを引き込んだらしい。そりゃ驕り高ぶるはずだ。
「じゃあ仮にこっちにそれ以上の楽しさがある時はこっちに付いてくれんの? まぁ今すぐ用意できる訳じゃないけど」
「おう。その時はそっちに行くぜ。人生楽しまなきゃ損だかんな」
「――――」
自分なりに人生を楽しもうとしているだけで人格が破綻している事以外は良い奴にも悪い奴にもなるんだよなぁ、と二千年前にいた似たような野蛮人を思い出す。
「それじゃあお前はどうやっても暗部側に付くって事でいいんだな?」
「おう。まさか、俺を知ってて俺とやり合おうってか」
「そりゃ円環塔を壊させるわけにはいかない。任務的にも私情的にもな」
「へっ! 止めたきゃ止めてみろよ。俺ァ好き勝手にやらせてもらうぜ」
止めると宣言しても今交戦するには分が悪い。まぁ頑張れば勝てなくもないが……どうせやるのなら準備万端の時が丁度いい。街中でバカみたいな規模の戦闘を行う訳にもいかないのだから。
全くどうして、相手の人格が人格だからどんな問いかけをしても答えが変わらないのが面倒くさい。やはりこういう相手は力で止めるのが一番だ。
「ちなみに、俺らが円環塔に向けて攻撃を仕掛けるのは明日だ。それまでに準備出来ねーようならこの世界と心中する覚悟でもしてお事だな」
「情報助かる」
「敵だけどな」
「敵なのに情報を渡すお前は頭がおかしいと思うぞ」
「勝手に言っとけ。俺ァ楽しいと思う方へ物事を進めるだけだ。――お前にゃ期待してんだぜ」
使い方によっては凄く頼りになるのに。そんな事を考えながらもガーデン・ミィスの本拠地へ乗り込むべく鍵穴へ血を流し込む。
「中に入っても誰もいねーぜ」
「知ってる。ってか、元から俺の狙いはここだ」
「そーかい」
【ブラッド・バレット・アーツ】がここにはないなんて事は分かり切っている。というか円環塔を破壊するのなら【ブラッド・バレット・アーツ】は必須だし、そんな重要な物を誰でも来れる本拠地に置くわけがない。
それなのにここへ来た理由は一つ。
鍵を開けて侵入すると仙札で自分の“体の判定”を消してシステムに引っかかる事なく中へ進んでいく。
執務室の様な場所まで入ると机の上に探していたものを見つけて手に取る。
ネヴィア高校への支援をやめた理由と、それとは別の真実を書き記した書類を。
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