1-13  『バトルの時間です』

 ざっくり二日の時が過ぎた。

 作戦会議は無事終了。何とか全員血を流さなくて済みそうな方法を思いついた事で手を打ち実行となった。


 打合せ通り生徒を動かした事によりベレジスト高校が撤退の準備を始めていると勘違いしたネヴィア高校は進軍を開始。事前に工作を行ったルートを全て通り今は作戦通りに進んでいる。


「さーってと」


 だが、勝負はここからだ。


「――反撃開始!」


 言葉に合わせて指令部隊がスイッチを押すとネヴィア高校の生徒達が進軍中だった道路の両脇にあった建物の根本を爆発させて瓦礫で道を封鎖する。後衛との繋がりを立つ為にも少し離れた位置で別の爆薬を起爆させ先行部隊を孤立させた。


「敵襲! 敵襲ー!」


「やっぱり来やがったか!」


 しかし生徒たちが魔術を用いて瓦礫を上ろうとするのは予測済み。だから事前に配置していたベレジスト高校の生徒達に頭上からの一斉射撃を行い制圧させる。


「【Phase 1】クリア」


「――ジン、GO!!」


『おうよ!』


 次にジンが飛び出すと両腕を紐が括り付けられた刃物に変形させ、鞭のように振るう事で地面を細かく切り裂き後衛部隊の分断を強制させる。


 地面に着地するタイミングでグレネードランチャーにて煙幕を発射。敵を惑わせつつも雑兵を片付けさせる。

 けれど敵とてそんなに好き勝手にさせる訳にもいかない。当然その部隊を指揮する者がジンを止めようとする訳で、数秒もすればジンが煙幕の中から弾き出されて真横のビルに突っ込んでいた。


 もう片方の分断した部隊では既に副隊長と思われる人物が矢面に立ち魔術での反撃を仕掛けている。その練度は学生にしては凄まじく、地形でかなりの有利を受けているはずのベレジスト高校の生徒が完全に押し出されていた。

 が、その情報を抑えているこっちには対抗策もある。


「――リア! ルゥナ!!」


『うん、行くよ』


『っしゃあ!』


 二人して建物の隙間を駆け抜けては分裂した部隊のいる広場へと駆けつける。そしてリアが真正面に立つと右手を翳し魔術を放つ。


 いくら高所有利を取っているといえど普通ならば一斉攻撃を食らい負傷するもの。けれど“普通ではない”リアにとって魔術に関してなら右に出る者はいない。


 パァンッ!!

 一斉に放たれた魔術がリアの構築したマナによって掻き消される。


「何だ、魔術が掻き消された!」


「おい……まさか俺達の魔術に自分のマナを流し込んで、無理やり弾いてるってのか!? そんなの何年生きてりゃ出来ると思ってんだよ!!」


 雑兵は獣人の特性を生かし精密な射撃を行うルゥナの手により制圧される。残ったのは副隊長とその近くにいた生徒達のみ。


「【Phase2】クリア」


「ハルノ、紺鶴、頼むぞ!」


『任せて!』


『しゃ~っす』


 残るは本隊。瓦礫を飛び越えて姿を現した二人は同じタイミングで袋を放り投げると中にあった爆薬を起爆させ空中から石礫の雨を降らせ主要戦力以外を負傷させる。

 その中には大将であるオズウェルドもいるが彼はマナの装甲を作り無傷でやり過ごしていた。


「おーおー、今までにゃない動きだなー。こりゃこの前やってきたアイツらの仕業だな?」


 オズウェルドの注意をこっちに……アルフォードの方に向かせる。それが【Phase3】の目的だ。


「【Phase3】クリア」


「うっし!」


 血流を加速させて身体機能を底上げさせる。同時に血の糸を建物にくっつけると体内へ巻き戻す事で高速移動を行い、数百メートルも離れているオズウェルドの元へたった数秒で辿り着く。


 そうしてオズウェルドに血の糸を巻き付けると本隊から引き剥がして離れた所へ連れていく。


「おっ」


「【Phase4】……クリアッ!!」


 ハンマー投げの要領で廃ビルへ叩きつけるとコンクリートを粉々に砕いて柱を貫通させる。だがやはりダメージとしての見込みはあまり望めない様だ。


 同じ廃ビルに飛び降りてオズウェルドを視認する。その姿はボロボロになっている訳ではなく、身代わりだったという訳でもなく、薄青いマナの装甲を纏い無傷でやり過ごした姿だった。


「随分と動きが変わったと思ったら……やっぱりオメーだったか」


「驚いたか?」


「あぁ。今まで奴らが立てた作戦はまさに「学生が考えた」って程度の代物だったが今回は違った。流れ、配置、動作、その全てが「戦を知ってる動き」だったからな」


 放たれた言葉に眉を顰める。

 まるで自分も戦を知っているかのような言葉だ。だがこの学園都市で起こる戦闘は大体が異形種か学戦で、残りのイレギュラー要素は【超常存在】や《未来協会アラン・ワークス》などの戦闘だけ。後者二つに関してはただの学生は絶対に経験できる代物ではない。


 それにオズウェルドは初めて会った時から不信感を抱いている。言霊の練度。薙刀の素材。単純な実力。その全ては容易に手に入れられるものではない。


「いくら政府の人間とはいえオメーはあまりにも戦い慣れし過ぎてやがる。その上言霊の練度も高ェと来たもんだ。俺を本隊と引き剥がしたのだって全部お前の作戦なんだろ? なら……オメー、ただの人間じゃねーだろ」


 学生にしては鋭い勘を持っている。いや、学生ではないか。ここまでくると彼の勘は戦士のそれだ。同じような感覚を二千年前に何度も経験しているから分かる。


「お前もただの学生じゃないだろ。言霊なんて力を使って……。正直に自分は暗部の人間ですって言った方がいいんじゃないのか」


 単刀直入にそう言うとオズウェルドは嬉しそうな反応を示した。


「おっ、何だ分かってんのか、やるじゃんオメー。今までそれなりの政府の人間が来たけど俺を暗部の人間だって見抜いたのはオメーが初めてだ」


「やっぱりか。通りでおかしいと思った」


 となるとオズウェルドの配下も暗部の息が掛かっている可能性が高い。流石に学戦である以上殺しはしないだろうが……うっかり崩落に巻き込んじゃって殺しちゃいました~なんて報告がない訳ではない。証拠隠滅なら学戦を利用すれば何とでもなる。


「じゃあ包み隠す必要もないな。【ブラッド・バレット・アーツ】はどこにある」


 《リビルド》は【ブラッド・バレット・アーツ】が関連する組織としてガーデン・ミィスを候補に挙げた。その情報が間違っているとは思えない。ならば少ない可能性ではあるがオズウェルドの暗部がガーデン・ミィスに関わっているないし組織その物という憶測が立てられる。


 考えは正しくオズウェルドは楽しそうに口角を吊り上げると碧い目を輝かせながら口を開いた。


「おっ! やっぱ興味あんのか?」


「興味あるもないも、ソレを回収すんのが俺達に与えられた任務なんでね」


「ん~、アレなら確か倉庫に置いてあった気がすっけど……アレ使って何する気なんだよ」


 違和感を覚える。

 まるで自分はその事についてどうでもいいとでも言いたそうな口調だ。初めて会った時は如何にも「奪う奴は殺すぜ」と言わんばかりの攻撃性を見せていたというのに一体どういうつもりなのか。


「……お前、本当に暗部の人間なのか? そんな軽く喋ったりして……」


 暗部は裏の組織だ。情報漏洩は最も気を付けるべき懸念点でもある。いくら学生とてそれくらいの事は分かる歳のはずだ。それなのに何故?


「一応暗部として活動はしてっけど……俺ァ暗部なんざどーでもいいんだ。笑って楽しい事やってりゃなんでもいい」


「…………」


 明らかに暗部の者としての素質がない発言に勘ぐる。

 生存競争が激しい暗部の世界では彼の様な人間は即刻処分されるか追放される。それなのに暗部と名乗っているのは何か意味があるのか? いや、暗部に所属はしているが追放する訳にはいかない理由が彼にはある?


 言葉と性格上暗部の事を話すのはこれが初めてという訳でもあるまい。罰を受けた様な素振りも見せていない。なら残った可能性は――――。


「所属組織はガーデン・ミィス。構成員は百人以上。表向きは魔術支援や魔具の開発を生業としてる新米企業」


「おー、お前マジでスゲーじゃん。よくそこまで調べられたな」


 彼の言葉で確信を得る。


「――《リビルド》様様って言ったところか?」


 正解だった。

 ガーデン・ミィスは暗部。オズウェルドはそこに所属する構成員の一人。そして構成員の大半は魔術師で埋まっている。


 そこから枝分かれして可能性を勘ぐっていくのなら……暗部の魔術師であれば【ブラッド・バレット・アーツ】はいわば埋蔵金の様な物。それを使って自分達の力を世界に示し裏から世界情勢を牛耳っていく……。こんな所だろうか。

 オズウェルドを学生として通わせているのも情報源として活用しているのなら無理な話ではない。


 それはそれとしてまた別個の情報網を持っている様だが。


「何でそれを知ってるコノヤロー」


「秘密だっ☆」


 目的を見抜かれた時からある程度は察していたがガーデン・ミィスもそれなりに大きな情報網を持っている様だ。それも秘密結社として存在をひた隠しにしている《リビルド》の存在にも気づけるほどの巨大な物を。


 ならば奴らが考えた一連の作戦はこういう感じだろう。


 こっちの動きを悟ったガーデン・ミィスがオズウェルドにそれを伝えて迎撃させるよう指示し、何らかの手段でネヴィア高校の資源を断つ事で学戦を勃発させ、自分達に目を向ける時間を失くし、オズウェルドが時間稼ぎをしている間に自分達は【ブラッド・バレット・アーツ】を持って逃亡……。

 初期段階の情報では小規模だったが故に少人数での任務も見抜かれているのだとしたらよりありえる話だ。

 つまり、


「お前は戦闘を楽しめる。ガーデン・ミィスはブツを持って逃げられる。そう言う事だな」


「大当たり! 俺体を動かすの結構好きだからさー、楽しみなんだよな」


 だとしたら今回の作戦を組んで本当に良かった。相手が暗部である以上殺す事はためらわないはずだ。殺し合いになるのならば足手まといとなり真っ先に狙われるのはリアだ。


 だがどうするか。時間稼ぎを目的として会敵している以上それなりの時間は稼がれるだろう。一瞬で片付けられる手がない訳ではないのだが……それは切り札中の切り札だから命の危険に瀕した時にしか使いたくない。

 かといって現状組み合わせられる技を使っても素早く倒せるかどうか……。


「逃がしてくれるつもりはない、でいいか?」


「おう。せいぜい俺を楽しませてくれよな」


 如何にも悪役らしい台詞をよく恥ずかしげもなく言えるものだ。

 けれどその台詞が自然と馴染むほどの実力を彼は秘めている。如何にしてオズウェルドを迎撃して暗部の奴らを追うか……。

 仕方がない。そう割り切って彼から見えない角度でスマホを取り出す。画面が見えなくとも感覚で文字を打ち緊急事態であることをリアに伝える。


「いいだろう。楽しませてやるよ」


 手首から血を噴出させて剣を作る。

 正直言ってどこまで通じるのかは未だ不明瞭だ。それは向こうも同じ事だが少しでも早くこの戦闘でオズウェルドの癖や戦い方を見抜かなければならない。


 何よりも不可解なのはオズウェルドの存在そのものだ。暗部だとしてもその素質はあまりにもソレとかけ離れている。まるで自分の内に別の何かが宿っているような、もしくは元からどうでもいいと考えているかのような……。


 どこから取り出したのか薙刀を構えると戦闘態勢に入る。そして、大きく叫んだ言葉と同時に周囲へ爆発音が鳴り響いた。


「――“Bangバン”!!」


「――“Burstバースト”!!」


 互いに放った衝撃波が炸裂して爆音を轟かせる。そうして巻き上がった粉塵の中を駆け抜けると刃を振るった瞬間に激しい振動と共に火花を散らせた。だからオズウェルドの顔が明るく照らされてその眼光がしかと確認できる。

 殺したい訳でも時間稼ぎをしたい訳でもない。

 ただ純粋に目の前にある「楽しめるかもしれない事」に目を輝かせる眼光を。


 でもこっちとしては暗部が撤退してしまう前にケリを付けなければならない。だから一回だけ弾いた直後に大きく踏み込むと間合いを詰める。


「甘ェ!!」


 魔術の並列展開。それを幾つも行ったオズウェルドは視覚外からの攻撃で足を取るつもりだったのだろう。だがそんな戦術なんて二千年前に飽きるほど食らっている。対策ならただ地面に足を付けなければいいだけ。

 薙刀を弾いて左手で触る。そして言う。


「“Loadロード”」


「っ!?」


 当然振り払われて距離を取られる。けれどこの言霊を使ってしまえばこっちの物だ。


「“Callコール”」


 左手で投げ槍をする様なモーションを取りつつそう言うとさっきの“Loadロード”で薙刀の物質や構造を投影した全く同じものが左手に出現する。それを言霊と同時に全力で投げ飛ばした。


「――“Burstバースト”!!」


 すると言霊によって数倍以上の速度と威力を持った薙刀は防御の構えを取ったオズウェルドを押し出して幾つものビルを撃ち抜く。

 三つ目のビルを貫通した辺りで停止すると大きな柱にでも激突したのか大きな粉塵を撒き散らして瓦礫を降らしていた。


 血の糸を使い後を追いかけていると地上では急にビルが破壊された事も相まって信じられないと言いたそうな表情を浮かべる生徒たちがこっちを見ている。ネヴィア高校の生徒もそうだが、ハルノやルゥナを含めたベレジスト高校の生徒もこっちを見つめていた。


 パチンコの要領で一気に前へ飛び出す。粉塵の中に見える人影が小さく揺らいでは重心が安定していないかのように不安定な挙動をしている。

 今の一撃で軽く頭でも打ったのだろうか。

 ならば今のうちにもう一撃同じのを食らわせれば……。


「“Callコール”」


 いくら強力と言っても連発すれば体力が減る。特に言霊なんか文字通り腹から声を出さなければならないのだから使い過ぎればかえって空腹で動けなくなってしまう。

 だからって次で動けなくなる訳ではないが、依然として早く終わらせるに越した事はない。


 そう思っていた。


「Burs――――え?」




 魂が震えた。

 粉塵の中から放たれた紅緋の彗星が天空が穿った。




 あまりの超熱に同色のアークが発生して空中を彩っている。そんな中でただ硬直している事しか出来なかった。

 頭がいっぱいで理解が追い付かない。

 目の前の事象が信じられなくて現実を視認できない。


「なんで……?」


 動けるからではない。立っているからではない。

 “その力”は本来人が扱えていい領域の物ではないのを知っている。それこそ世界その物を揺るがす程の神域ですら到達できない力なのだから。


 何かに抗うように頭を押さえ、助けを求める様な眼光で射るオズウェルドを見る。


「なんで、その力を――――」




 動きが止まる。そして、手をかざす。

 放たれたのは紅緋の彗星だった。




「――――ッ!!?!?」


 今度は狙いが違う。殺すための狙い。

 紅緋の彗星が視界を埋め尽くした瞬間にある札を取り出して光の中を突っ切る。そうして彗星の中を駆け抜けてオズウェルドの目の前まで飛び出ると緋色に染まった瞳を見た。

 油断はできない。彼はもう人間ではない。

 ぐちゃぐちゃに朽ちた右腕は捨ておきながら左で札を握り締める。


 今オズウェルドを……いや、“コイツ”を放っておけば絶対に後悔する時が来る。例えこの任務が失敗しようとも“コイツ”だけは絶対に殺さなきゃいけない。

 本能がそう叫んでいた。


「――“Atomicアトミック”!!!!」


 オズウェルドの胸に札を当てながらもそう叫ぶ。そして、輝く。


 果てしない閃光に飲み込まれて意識が掻き消される。


 まるで水に消えていくように。

 糸が解かれるように。



 仙術によって放たれた光は法則をゆがめていた。

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