1-12 『話し合いは時に馬鹿が必要』
アルフォードは硝煙に紛れて二人を連れながらビルの上を移動する。そうしてネヴィア高校からある程度の距離まで離れてようやく立ち止まると、血の糸でぐるぐる巻きにしていたジンとリアを解放する。
「――ぶはぁっ! な、何なのアイツ!!」
「あ、頭が回んねぇ……」
二人は突然撤退させた事よりも少年の尋常ではない強さに驚いている様だった。
気持ちは分かる。二人からしてみれば何もない場所で空気が破裂したのだから。それも血の盾が容易く破壊されるほどの威力で。
「ねぇアル、さっきの攻撃って一体……」
「……言霊だ」
「言霊?」
「世界に接続する力って言い換えてもいい。自分が定めた言葉に意味と意志を乗せる事で現実を揺るがす術だ。魔術の詠唱と似たような物かな」
さっきの攻撃なら少年は“
今の説明で自分の言霊もバレると思っていたのだが……あの一瞬だけは驚き過ぎていたのか二人には聞こえていない様だった。
「とりあえず交渉は決裂した。力技でもそう簡単には望めない。一旦戻ろう」
「……うん」
――――――――――
―――――
―――
「……そっか。彼、そんな力を……」
事の顛末をルゥナに説明すると彼女は口元に指を当てながらも考える。そりゃ強い力を持った相手が意味深な行動を取っている事が判明したのだ。分からなくもない。
すると持って帰ってきた情報をメモしていたハルノがペンを叩きつける様に机に押し付けて言う。
「通りでおかしいって思った訳だ……! 奴ら、僕達が苦しむ姿を見て楽しんでるだけなんだよきっと!」
「まぁ落ち着いて、ハルノ。彼の性格はネヴィア高校でもあまり知られていないんだから、それだけで決めつけるのは早とちりだよ」
「でも……!」
ここで言い争いになっても論点がズレていくだけ。そう思い口を開いた。
「ハルノの気持ちも分かる。でも少なくともアイツは苦しむ姿が楽しいんじゃないんだと思う。直接話した感じ、まだ探してる過程だと思うんだ」
「過程……?」
「詳しい事は俺にも分からない。でも、アイツはただ楽しくなれる事を自分なりに探してるんじゃないかって俺は思った。……情報が少なさすぎる。この問題をどうにかするなら情報を集めなきゃならない」
ベレジスト高校の戦力をもってしてでも勝てない以上、学戦を収束させる方法は負けを認めるか部外者として本格的に踏み入るしか道はない。だが目的はベレジスト高校に関係しているガーデン・ミィスの調査。ここでベレジスト高校を潰されれば自然に接触する事も出来ない。
ならば選べる選択肢は後者だけ。
「情報って言っても……」
「…………」
ルゥナ達が黙り込む中ジンがリアへ耳打ちする。
「なぁ、ベラフの奴に協力要請する事とかできねーの?」
「出来なくはないよ。でもこの任務は私達の力量と裁量を図る為の物。その手段は本当に打つ手がなくなった時の最終手段」
「ちぇっ。メンドクセー」
確かに《リビルド》の力を借りればこんな問題なんてちょちょいのちょいだろう。けれど事情が事情なだけあってジンは口をとがらせていた。
だが問題はそれだけじゃない。彼はあの時はっきりと【ブラッド・バレット・アーツ】の名前を口にした。どういう関係かは分からないけれど今回の件に関わっているのならどうにかして突き止めなければ。
ルゥナはリアをじっと見つめる。そして答えを出した。
「……分かった。紺鶴、お願いできる?」
するとソファーに突っ伏していた紺鶴は気怠そうに顔を上げてスマートフォンへ手を伸ばし、ある画面をタップしてルゥナの端末へ情報を送信する。そうしてルゥナが見せてきたタブレットの画面には例の彼の生徒名簿があった。
「基本情報はこれかな。細かいのはここから集めなきゃいけないけど……」
「オズウェルド……。三年生の生徒会長で性格は硬派で誠実……。なるほど、あの様子じゃ随分と属性を持った感じだな」
「あの性格じゃ硬派さも誠実さもなさそうだもんね」
これだと彼はかなり裏の性格を隠していそうだ。その本性をどう暴くか。戦闘面に関してはしっかりと準備をすればいいと仮定して、残りの必要な情報は……。
目線でリアに問いかけると彼女はうんと頷き覚悟を固める。
「戦闘面に関しては私達で抑える。だからルゥナ達は情報面でのサポートをお願い。出来そう?」
「う、うん……。一応紺鶴が情報収集担当みたいなところがあるから時間があれば彼の素性くらいはつかめると思うけど……」
「厳しく見積もっても二日ってところだな~」
ルゥナが視線を向けると紺鶴はソファーに突っ伏したまま軽く手を挙げてそう言う。さっきは画面を見ずにスマホを操作していたし電子機器に詳しいのだろうか。
「二日か……。じゃあその間私たちはどこかの泊まる場所を……」
「あっ、待って!」
だが二日間何もしないというわけにもいかない。行動しやすいようにどこか泊まれる場所を探す、と言おうとしたリアだったがルゥナの静止に言葉を止めた。
まぁ、そうする理由は凄く分かる。
「この学校はさ、寮とセットになってるの。だから、その……客室があるから、ここに泊って行かない!?」
強敵と渡り合える人物を学校の防衛戦力に入れないわけにはいかないだろう。
――――――――――
―――――
―――
「……ンで、話って何よ」
「まー聞きなされ」
夜。
寮の客室に荷物を降ろした後三人で同じベッドに座り話し合いをする事となった。とはいえこれから話すのは《リビルド》にまつわる話。一応秘密結社でもあるし聞き耳をたてられていたら問題になりかねない。
と、そういう訳で人差し指から血の糸を放つとドーム状の血の膜を生成した。
「うおっ、ンだこれ」
「血の膜。防音性バッチリの内緒話に特化させてある」
結界っぽい言い方をしても血である事に変わりはないので膜には水跡のような模様が揺らいでいる。が、それはそれとして彼の話をする。
「二人は驚きすぎて聞いてなかったと思うけど、アイツ……オズウェルドは俺が撤退する時、ハッキリと【ブラッド・バレット・アーツ】の名前を口にしたんだ」
「はぁ!? ってことはソイツがブツを持ってんのか!?」
「いや話を聞きなさいよ……」
「正確には「ここにはない」って言った。でも、オズウェルドがその事を知ってる以上、今回の件に関わってる可能性は非常に高い」
【ブラッド・バレット・アーツ】は使い様によっては街を破壊できるほどの威力を秘めた兵器だ。普通の街だけでも無視できない被害が出るというのに学生が集中しているこの学園都市で放たれでもしたら情勢が傾きかねない。
それに前情報では暗部が関わっているともされている。それはつまりオズウェルドが暗部に関わっている可能性をも示唆している。
「なるほど。ネヴィアにも暗部が絡んでるかもって訳ね」
「そうなったらベネジストに勝ち目はない。だからって俺達だけで暗部を相手にするのも無謀だ。それにガーデン・ミィスにも疑いが掛かってる以上、もしかしたらこの事態は暗部側が意図的に起こした可能性だってある」
するとジンが軽く手を挙げて素朴な疑問を問いかけてくる。
「暗部ってそんなに強ェーの?」
そんな問いにリアが答えた。
「暗部の戦力は組織によるけど、大体は戦闘の手練れが多いってされてる。暗部は陰に潜むものだからその実態は掴めていないし、情報も全くないの。言うなれば暗殺者側の《リビルド》ってところかな」
「ヤベーじゃん!」
「オズウェルドが暗部の関係者ならあの強さも頷ける。それに回収物の名前も……。ガーデン・ミィスを調べるのも大事だけど、俺は一番手っ取り早いのはアイツを調べる事だと思う」
「だからあの時に情報が欲しいって言ったのね」
状況が一変しつつある中で冷静な判断力が求められるのはいつの時代もそうだ。二千年前だってこういう場面には何度も出くわした。今だけは最年長(精神年齢)の自分が二人を纏めなければ。
「でもそれじゃ紺鶴が危ないんじゃ……」
「それは問題ない。紺鶴には既に血の糸を引いてるから何かあればすぐに分かる」
「……ん、どういう事だ?」
「よく二つの紙コップの底に糸を通して電話みたいにすると離れてても声が聞こえるなんて話あるだろ? 俺は極薄の血の糸で同じことが出来るんだよ」
「プライバシーの侵害」
「今回ばかりは仕方ないじゃん!」
そんなやり取りをしつつも彼が今何をしているのかはしっかりと伝わってきている。感覚的には耳を澄ませるような物だ。
便利な使い方ではあるが、常人が真似よう物ならあまりの集中力に脳が焼き切れて死に至る代物だ。いくら自分は平気だからと言って乱雑には扱えない。
「とにかくそういう訳で紺鶴の問題は平気だ。だが問題なのは学戦である以上衝突は避けられない。最終的にはオズウェルドやその生徒、最悪暗部を相手にする可能性だってある」
「…………」
《リビルド》は世界の裏側に足を踏み入れ滅亡を阻止するような組織だ。であれば街の存続を賭けて暗部と衝突するなんてザラにあるだろうし、実際にそうしてきたから街の平和は保たれているのだろう。
それと同じことをするだけ。
「そこで作戦を決めたい。こっからはただ突っ込むだけじゃ勝てない」
当然ルゥナ達を援護しながらの作戦を立てなければならない。急ごしらえの作戦ほど脆弱性を突かれやすいが……まぁ、こっちにはまだ切り札がある。何とかなるだろう。
「作戦っても俺そーゆーの無理だぞ」
「「だろうな/でしょうね」」
オズウェルドの素性を調べられるのは厳しく見積もっても二日だから、その情報を得てから作戦を考えたとして……期限は四日と見たほうがいいだろうか。その間ジンを学校正面の防衛戦力として配置すればそれなりの時間稼ぎにはなるはずだ。
とりあえずは簡易的な分配を決めるためにスマホで地図を開き、それを参考に血の糸で投影する。
「一先ずジンは学校の防衛。時間を稼ぐ。で、俺とリアはオズウェルドの行動を気にかけながら作戦の準備……。ローテーションはこんなんでいいかな」
「それでいいと思う。ある程度こっちの要望を聞いてくれるのならこんな感じにしたいけどね」
魔石を使って駒替わりにすると具体的な人数の配置を想定する。そんなこんなで話し合っている内に数分が経過すると簡易的なローテーションは決定する。
「よし、とりあえずこんなもんでいいか。ジン、ルゥナを呼んできて」
「おう」
協力関係を結んでいるのなら話し合いはしなければならない。そういう点もあってジンを呼び出しに使うと彼がいない間にも二人で議論を詰める。
それにしても厄介だ。暗部が関わっているのなら戦闘はそう簡単には終わらないだろう。三人の戦力で考えても重傷で済めばいいほうだろうか。まぁ暗部と戦ったことなんて一度もないからわからないが……。
それに仮に戦闘になったなら真っ先にリアが危なくなる。スラムで生きてきたジンはともかくリアは化け物が見えるだけで真正面から戦ったことはない。そうなったら彼女を最優先で守らなければ。
自分は二千年前に数々の悪を正義という大義名分の下殺し続けて手を血で濡らしてきたから何ともないが、せめて幼馴染だけは……。
「……なんか、こういうの楽しいね」
「へ?」
しかしリアがそんなことを言うので思わず素の反応をこぼしてしまう。
「出かけた先で友達の寮に泊まって考え事って軽い修学旅行みたいじゃない?」
「まぁ、確かに……」
うん、明らかに浮かれているな。そんな視線を向けているとリアは少し頬を赤らめながら言った。
「……あ、でも任務なのは忘れてないからね! 別に浮かれてる訳じゃないから!」
「へいへい」
そんなやり取りをしたのち、部屋に入ってきたルゥナと共に作戦を練り続けた。
――――――――――
―――――
―――
二日後。
ベレジスト高校の寮に泊めてもらいながらも生徒達の問題を解決したり一緒に行動したりを繰り返して交流を深める時間が続いていた。
人付き合いが苦手そうなジンもその実力と陽気さから防衛線を張っている生徒達からはそれなりの信頼を得れた様で、二日も経てば生徒達の隣に座って楽し気に会話をしていた。
そんなこんなで過ごしてきた二日間。その昼時にルゥナが調査の結果を報告したいとの事で三人で生徒会室に集められていた。
「紺鶴が調べてくれた情報だよ」
「ありがとう、助かるわ!」
リアが端末を受け取りジンと共に左右から覗き込む。
どうやら紺鶴はカメラや機器をハッキングして情報を集めたらしく、ついで感覚でネヴィア高校内部の情報も多分に引き抜いていた。直接的な干渉は避けたらしいが重要人物については詳細にまとめ上げられている。
「すごっ! 二日間でこんなに情報を集められるだなんて……!」
「レポートも凄い精密さだな……」
「えへへっ。紺鶴は普段はだらしないように見えるけど、データで私達をサポートしてくれる立派な庶務なんだ」
ルゥナの自慢に紺鶴はサムズアップで応える。
オズウェルドどころか彼を中心に構成されているメンバーとその幹部の情報まで洗いざらい調べられている。これほどの実力者がこんな辺境の学校にいるとは……。子の実力を売りに出したら確実にそれなりの企業に採用されるだろう。
「オズウェルド。三年生。性格は大胆不敵な我儘で自己中心的な面があり、自分の思い通りにいかないと癇癪を起す事がある……。子供か?」
「でも魔術とか科学の成績は頭一つ抜けてる。それに運動能力も……百m二秒? 車に乗って図ったの?」
無茶苦茶な記録に呆れては驚かされる。どうやら学生としては飛び抜けた成績を持っているが学友としての印象はそこまでよくないらしい。……が、司令塔としてならばこれ以上の素質もないとの評価をされている様子。
この我儘そうなプロフィールのどこにそんなカリスマ性を秘めているというのか。
「とりあえず基本的な情報は揃った。ここからどう作戦を組み立てていくか……」
目線だけでリアに確認を送り、頷かれる事で思考を入れ替える。
表面は学戦終結の為の作戦を練り、裏面ではオズウェルドの暗部関連を洗いざらい吐き出せるような作戦を練らなければならない。となれば必然的にオズウェルドの対処は自分達三人だけでやらなければいけなくなる。
だがあの実力を見るにジンは互角に見えても言霊の対処が出来ず押されるだろう。リアは魔眼があるからなんとかなるが……相手が暗部だった場合は高確率で殺し合いとなる。そうなった場合リアは相手を殺すような意気込みで戦えるだろうか?
消去法で考えてもオズウェルドの相手を出来るのは一人しかいない。
オズウェルドが大将首である以上自ら負け戦には出ない。なら誘い込むしかない。あの性格で彼が乗って来そうなことと言えば……。
「出来れば短期決戦で仕掛けたい。……ルゥナ、君さえよければ生徒たちの配置とか行動ルートを俺達に指揮する事を許してくれないかな。もちろん一緒に考えよう」
「え、まぁ、いいけど……」
「?? どうした?」
「……そういう頭脳系の仕事はリアの担当だと思ってた」
確かに今のパーティーはジン(脳筋)とアルフォード(脳筋)とリア(頭脳)と完全に振り切った構成ではあるが……まぁそういう振る舞いしかしていなかったから勘違いされるのは仕方あるまい。
「確かにアルは普段は脳筋だけど地頭は良い方なの。完全なる脳筋はジンだけかな」
「異議あり!」
「いやー照れますな」
「俺だって考えるんですけど!」
「とにもかくにも問題はオズウェルドだ。これをどうにかできないとベレジストに勝ち目はない。みんなで考えよう」
そうして異議申し立てをするジンを尻目に五人で作戦会議を始めたのであった。
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