1-11 『強い奴ほど性格は捻くれてる』
「どうにかしたらって……一体、どうするの?」
リアから出された提案にルゥナは困惑した表情を見せる。そりゃいくら学生同士とはいえど戦争と呼ばれるほどの争いなのだ。そう簡単に収まらないのを知っているからこそ戸惑うのも無理はない。
「なぁ、学戦ってそんな簡単に終わんの?」
ふと問いかけられたジンの言葉に短く返す。
「平たく言えばチェスと同じだ。キングを取ればいい」
「なるほど。そりゃ分かりやすくていいぜ」
実際にはキングを取るよりもその前に構えているコマをどう削っていくのかが一番の問題なのだが……それをジンに言っても戦略については理解を望めないだろう。さっきの戦闘でも同じく彼の思考は割と“こっち側”だ。
だがこのメンツの中では唯一頭の回転が速いリアはルゥナ達にある作戦を提示する。
「私達が直接ネヴィア高校に出向いて学戦中止の交渉をしてくる。だからその間、ここではガーデン・ミィスと接触するための準備をしてほしいの」
「学戦中止の交渉って……でも、どうする気? 向こうは物資が欲しい訳なんだし、一体何を交渉に出すの?」
けれど交渉で学戦を止めるのであればそれ相応のエビデンスが要求される。過去にも交渉で収まった事は何度かあるが、それも例で例えるのなら片手で数えられるほどしかない。大体が片方が潰れるまでやるか、攻撃する側が諦めるかのどっちかだ。
そういうある意味では常識的な意味合いもかねてルゥナは疑問を抱いた様子。
さてここからどう出る。そう思っているとリアは思い切ったことを言った。
「学校を融合させる」
「「…………へ?」」
恐らくリア以外の全員が頭を真っ白にしただろう。こっちだって最初の数秒だけ言葉が理解できずに頭が真っ白になってしまった。
「物資も何も失わず終わらせるのならコレしかない。私達がここの使いとして殴り込みに行ってもいいんだけど……一番楽なのはコレ」
「あいや、確かにそうだけど、でも融合って……」
あまりにも奇抜な提案にルゥナやハルノは困惑していた。そりゃそうだ。そんな提案をする人なんてそうそういないし、いたとしても大体が「いや~無理だろ」で片づけられる。
そういう事を知らないジンは問いかけてくるが短い答えに納得する。
「なぁ、仮に交渉できたとして融合出来るモンなの?」
「不可能……じゃない」
「へぇ~」
「有名なローデン学園はそうやっていくつもの学校を吸収したマンモス校だし、実際に交渉で収まる例もある。まぁ……」
「まぁ?」
「交渉成功っつってもその例じゃリーダー以外全員ぶっ飛ばして無理やり交渉成立させただけなんだけどな……」
あまりにも物騒な交渉成功の例を出すとジンは治安の悪さにもう一度驚いた。こういう話をするたびに自分でも度々思うがこの街は学園都市とか謡っておきながら本当に治安が悪い。うん、悪い。
「ちな融合した場合はどうなんの?」
「物資は割り勘。カリキュラムも共同用に作り替えて、方針変更、書類手続き、その他生徒の統率諸々やんなきゃいけないんだって」
「潰した方が早くね?」
「うん」
ジンの意見はそのまんまで正しい。潰した方が早い。部外者が介入したら死刑という法律があるわけでもないから自分たちでネヴィア高校をつぶしに行けば学戦はそれで終わり。後は他校に拾われるなり《ODA》に拾われるなり何とかなるだろう。
「でも力尽くで終わらせる方にもそれ相応の対応は取られることになる。それは部外者が手伝っても同じなのよ」
「面倒クセェ!」
「街の損害とかもろもろあるからな。もっとも、ここは中心から離れてるからある程度は無視されてるみたいだけど」
流石にこの話題を普通の声量で話すわけにはいかないから小声で語る。ある意味ではこの学校で頑張っているルゥナへの冒涜だ。
が、獣人特有の張力の良さがここへきて右ストレートのように効果を発揮し、彼女の耳がピクンと反応するように動いた。それはそれとしてリアと話している。
「確かにその条件なら喜んで受けるよ。私たちの学校は人手不足だし、人数が増える事に越したことはないし……。でも、本当に出来るの? どうして、そこまでしようとしてくれるの?」
そういわれてリアは黙り込んだ。
学戦に関わるという事はそれだけ大変な事でもあるのだから。
だからこそリアは答えたのかもしれない。
「……私達が追っている件には街の安否が関わっているかもしれないの」
「街の、安否……」
「このままだとこの学校も街も危ないかもしれない。……私達は政府の仕事関係なしにこの街を守りたいって思ってる。私達にとってこの野蛮な街は大切な居場所で、やかましい喧噪は日常のBGMだから。……この学校と、ここにいる友達を守りたい。それはルゥナも同じなんじゃない?」
「…………」
普通こういうのは情報漏洩を避けたり、対話している相手が裏切る可能性も含めてそれっぽい嘘をつくものだ。だがリアの言葉に嘘はなく真っすぐとルゥナの瞳を射ていた。
だからこそ彼女は応えてくれたのかもしれない。
「……ふふっ。あはははっ」
「ルゥナ?」
「あ、ごめんね。今まで何度もお偉いさんに会ってきたけど、ここまでまっすぐな瞳で、まっすぐな言葉で話されたのは初めてで……。うん、君達ならなんだか信用できる気がする」
そういうとルゥナは微笑みながらも手を差し伸べてくれた。
「そういう事なら……君達に甘えてもいいかな」
「うん! もちろん!」
そうしてリアが手を取ると無事に交渉成立を果たして一気に場の空気が和んだ。まぁ緊迫した場面という訳ではないのだが……。
「それはそうと、どうしてハッキリ言ってくれたの? 普通こういうのは少しくらい隠したりするものだよ。特に街の安否~の件とか」
簡単に語っても言い換えれば裏の組織だ。殺人誘拐密輸密売etc……。悪いイメージしか持たれないソレは交渉の場においてあまり使うべき言葉ではない。ではなぜリアがその言葉を正直に使ったのかと言うと、理由は一つしかない。
「『嘘なくして信用は得られん』……。【オルスランドの冒険】で出てきた言葉よ」
「…………。……ふふっ。本当に変わってる。なんだか喋っているだけで友達になったみたい」
「いいじゃん、なろうよ友達。私元から友達すくないんだ」
「そうなの? それじゃあ……うん、よろしくね」
すると今度は契約としてでの接触ではなく、友達としてのスキンシップをする為に互いにハイタッチを交わした。
その光景を見ていたハルノや
それはそれとして仕事は仕事。元々キャリアウーマン的な考えを持っているリアはくるりと体を反転させるとジンと一緒に手を掴んで廊下へと引っ張っていく。
「さっ、てことで早速動くよ、二人とも!」
「え、もう!? もうちょっと話し合いとか……!」
「ジュース! ジュース飲みてェ!」
けれど珍しく強引な振る舞いを見せるリアはどこか楽しそうで、生い立ちのことを考えて問いかけると膝が腹へ飛んでくる。
「……もしかして凄い久しぶりの友達に興奮して—―――へぶっ!!」
「さぁ、ちゃっちゃと問題解決して【ブラッド・バレット・アーツ】追うよ!」
「そ、それはあまり口に出さないほうがぁあぁあぁ~……」
―――――—――――
―――――
―――
そんなこんなで乗り物を借りてネヴィア高校へ向かっている最中、ジンはある事に気づいた様で話しかけてくる。
「なー、思ったんだけどよぉ、門前払いされたらどーすんだ? どっちかといえば潰した方がはえーんだろ?」
「まぁね。でも暴れるのなら私達も学戦に参加した事になって、その後の引継ぎとか色々と関わらなきゃいけないの。生徒からしてみればなんともないんだけど、第三者だからね」
「なるほど。それで時間が取られるからわざわざ交渉しようって訳か」
「そゆこと。ちなみにもし門前払いされた場合は……これを使う」
リアは自分のIDカードを見せると権利でねじ伏せると揶揄する。
「おー、お主も悪よのぅ」
そういうと彼女は軽く相槌を打って前を見る。
だがあくまでもそれは最終手段にする様で、あまり意欲的に権利を見せびらかしたりはしたくない様子だった。
しかしまぁ九十九%ほどの確立で敵対されるのは目に見えている。元より相手は融合したり協力関係を結ぶ気がないから学戦を仕掛けてくるのであって話し合う気なんてさらさらないのだ。
野蛮な街だからこそ学生も野蛮な思考になってしまうのだろうか……。
既に何度か衝突しているのか廃棄された銃や戦車などが所々に散乱している。相手もそこそこに大きい学校であるが故に本気なのだろう。助けに入った段階ではベレジスト高校は押され気味だった様だし、どうやら人員も物資もそれなりに上の様だ。
そうこうしている内にネヴィア高校へ到着すると校門では既に防御陣形を整えており、明らかに迎え入れてはくれなさそうな雰囲気を醸し出していた。
「俺らの行動バレてんの?」
「いや、監視カメラとか建物の上から偵察してた生徒がいたんだろ。先行部隊とはいえ数手で撤退させた奴らが向かって来るなら防御を厚くするのは当然の事だ」
バギーから降りると校門に構えている生徒や建物の隙間・屋上から一斉に照準を合わせられる。とはいっても生徒が実弾を持つことは条例で禁止されているからゴム弾なのだが。
すると校門に集まる生徒の中で隊長っぽい男が喋りかけて来る。
「……どうやら攻め落としに来たという訳ではない様だな」
「えぇ。私達は仲介役として交渉の手伝いをしに来ただけ。出来れば銃口を下ろしてくれるとありがたいのだけど」
「交渉? 何を今更。そんなものを受けるつもりはない」
脇腹を肘で小突き「だから言っただろ」と伝えるとリアは深く溜息をついた。出来るだけ平和的に納めたかった気持ちは分かるが、相手はピンチに陥っている猛獣と似たようなものだ。手負いの猛獣ほどしぶといのは昔からの事実だ。(経験談)
「私達の要望は両学校の合併。それが出来るのなら私達はそれ以上干渉しないし関わらない事を約束する」
「信じられないな。それにお前たちの身分もまだ分かっていない。お前たちの様にそうやって騙していた事例はいくつもあるんだ」
「まぁ確かにね。じゃあコレを読み取れば分かるはずよ」
そう言って早々に最後の切り札を取り出したリアはIDカードを掲げる。そんな堂々と掲げる事はあまりないからか相手は少しばかり戸惑いを見せた。けれど生徒の一人がリアのIDカードを読み取ると驚きのあまり声を上げる。
「……うぉぉっ!? ぱ、パースさん、コイツの権限レベル6です!!」
「はぁ!? おまっ、それマジかよ!!?」
目の前にいる相手が自分達よりも遥かに偉い相手なのだと知ると生徒達はいっせいにざわめき始める。そりゃ、誰かも知らないのに急に現れた第三者がそんな高位な権限を有していれば驚くのも無理はあるまい。
ざわめきの中では「偉いのだから従った方がいいのでは」や「媚びれば資金が手に入るかも」といった言葉が飛び交っている。相手からしてみればこれ以上のチャンスなんてまるであるまい。
第三者が学戦に関わろうとしないのは彼らも知っている。そうであるが故に事がうまく運びつつあったのだが……。
「おいおい、冗談じゃねーぜ」
「か、会長!?」
生徒たちの中から歩き出てきたのは会長と呼ばれた少年だった。だが、会長と呼ばれてはいてもその恰好は不良その物。制服はズボン以外改造してコートの様になっているし、亜麻色の髪も掻きあげたままボサボサで、鋭い目にはクマが出来てしまっている。
やさぐれ会長とでも呼べそうな彼は前に立つと両手を広げて言う。
「政府のお偉いさんが何の用かと思って来てみりゃ合併だ? 今まで俺達を無視して輩出してた奴らだけ引き抜いてたお前らの案なんて誰が聞くかよ?」
「そ、そう言えば確かに……」
「今までロクに関わらなかったクセに事態が大きくなった瞬間にだもんな……」
政府に対する不信感を募り始める生徒たちを煽る様に彼は演説を続けている。まぁこっちからしてみれば政府とかどうでもいいのだが……《リビルド》構成員というのを明かす訳にもいかないしどうするべきか。
「落ち着いて。私達は別に政府の使いって訳じゃないの。ただ……」
「でも権限で黙らせるってやり方が気に食わねーなぁ。お前、それでも本当に偉い奴なのか?」
「っ…………」
案外鋭い観察眼を持っている少年にリアは黙り込む。
確かにそれっぽい演技はしていても実際の政府の使いとしての交渉なんて知らない。どうやら彼はそれなりに多くの企業や組織と関わっているだけはあるらしい。
そう思っていた。
「もし違うヤツなら――――」
指で銃の形を作り、ある単語を口にするまで。
「“
「え? ――――わぶっ!!?」
リアのフードを掴み後ろへ投げ飛ばす。同時に血で盾を作った瞬間、激しい衝撃波が襲って血の盾が粉々に砕け散った。
「ぐっ……!」
あまりの衝撃波に受けたこっちが押し出される。その余波はジンにも行き届いた様で強風に耐えるべく腕を前にかざし前傾姿勢で踏ん張っていた。
今の一瞬で理解する。奴はただの学生ではないと。
「へぇ……やるじゃねーか」
「――ジン!! リアを守れ!!!」
飛び散った血を回収して剣を模造する。直後に全力で振るうと彼の振りかざした薙刀と激突して大量の火花を散らした。
五回。十回。二十回。斬撃を重ねても相手の矛先は微塵もブレる事なく鋭かった。
距離を取り地面を砕く。すると彼は再び指を銃の形にして同じ言葉を復唱した。
「“
「――“
砕かれて舞い上がったコンクリートの破片が集合して一枚の壁となる。けれどそれもあっけなく砕かれて欠片を撒き散らした。
その間に血の糸で二人を回収し距離を取ると彼は言う。
「へぇ、まさかこんな所にも“言霊使い”がいるとはなー。思いがけねー出会いもあるモンだな」
「そりゃこっちの台詞だ。お前絶対ここの会長じゃねーだろ」
「失礼だなー。ここの生徒名簿にも載ってるんだぜ? ただまぁ、テメーらに事を話す気はさらさらねーけどな」
彼は薙刀を巧みに操り振り回して見せる。それだけでも相応の熟練者だというのが分かる。
なるほど、これはそう簡単に落とせない訳だ。そう戦力を垣間見ればネヴィア高校側が有利なのは一目瞭然。ならば何故学戦を速く終わらせないのだろうか。
「……お前、何で学戦を終わらせないんだ。その力があれば三日で終わるだろ」
「確かにそうだな」
「じゃあなんで。膠着状態になればどっちも物資がなくなるのは分かってるだろ? それに俺達に従うのが嫌いならもっと他に手が――――」
「あぁ、あるぜ」
これは面倒な相手に当たったか。
とにもかくにもこれだけの相手がいる以上一旦退くのが最善だろうか。下手に刺激して総力戦になればどっちに対しても不利益でしかない。
二人に撤退するよう指示を出していると彼は言った。
「でもそれじゃつまらねーだろ?」
「つまらない……?」
「エンタメってヤツさ。物事は常に楽しくなきゃつまんねーだろ? まー元から学戦を仕掛ける気があったのかって聞かれりゃノーだが、せっかく面白そうな事態になって来たんだ」
「分からないな。この状況は全員を苦しめるだけだ。お前だって仮にも会長なら物資の管理に頭を悩ませてるんじゃないのか」
「んまぁそうだな」
言っている事がほとんど破綻している。これは面倒な相手に当たったか。
リアは未だ驚愕から回復しきっていない。ここは自分で抑えなければ。
「……お前は何が望みなんだ。政府からの支援も受けない。合併の提案も受けない。学戦を終わらせる気もない。楽しみたいからってお前にも限度はあるだろ」
「直球だなー。嫌いじゃないぜそういうの。……そうだな、じゃあ興が乗ったからその問いにゃ答えねーけど一つだけお前に教えてやるよ」
彼は薙刀をこっちに向けると、言う。
「【ブラッド・バレット・アーツ】はここにはねぇ」
「――――ッ!!?」
直後、薙刀から放たれた何かが破裂して爆発を引き起こした。
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