1-10  『向かう先は“弾”だらけ』

「学校……? ンでそんなところに向かってんだ?」


 ジンの問いかけにリアは答えるが、その目的地が回収目標である【ブラッド・バレッド・アーツ】とは程遠い為にジンは首をかしげる。

 回収目標は禁忌錬金にも指定されている密造品だ。そんな物騒な雰囲気立ち込める物を回収しなければならないのに向かうのが学校となるとおかしく感じるのも当然のことだ。

 リアはスマホをこっちに見せるとその詳細を話し出す。


「こういう密造品のルートっていうのは物凄く複雑なの。いくら《リビルド》でも容易には見つけられないくらいに。でも複雑なルートの中での候補ならいくつかある」


「それがそのベレジスト高等学校って事か?」


「正確にはそこに関係している組織、だけどね」


 リアは事前に《リビルド》が調べ上げてくれた組織の中で特に可能性が高そうなものをいくつかピックアップしてみせる。その中にべレジスト高等学校と関わりのある組織が関係性の高い組織として挙がっていて、最も調べやすいということもあり狙いを定めていた。


「ンでもそんなんで見つかんのかよ。ただの学校関連の組織だろ?」


 けれどジンの疑念は晴れないようでそう問いかけてくる。だから代わりにこっちのほうから答える。


「普通の学校なら、な」


「え? どこの学校も普通だろ。普通に考えて」


「ここは学園都市。幾つもの学校や学園があるんだ。そんな数々の学校の支援をするのは一つの組織じゃないんだ。だから政府以外にも様々な組織や企業が介入することが多いんだよ。その中でもこの高校は幾つもの組織が関わってる。中にはよくない組織があってもおかしくないだろ?」


 学園都市だなんて名ばかりでもある。柔らかい言葉を使っておきながら軍人への育成カリキュラムを組む所もあるほどなのだから。

 大体の学生が銃の所持を許されているのは基本的に街が物騒だからというのもあるが、何よりも学校間での衝突の際の防衛手段としての面が大きい。


「その“良くなさそうな組織”が貰った資料で候補に挙がってるの。だから学校側から接触を試みようとしているって訳」


「ほ~ん」


 話を聞いて納得したジンは自分のスマホを開いて情報を細かく見始める。最初は何にも興味を示さなそうな性格に見えたが……やると決まれば積極的になれる性格なのだろうか?


 そんなこんなでバギーを走らせて目的地であるベレジスト高等学校……学園都市の中では比較的端っこの方まで向かっていった。



 —―――――――――


 ―――――


 ―――



 大通りを抜けて人気の少ない場所へ向かう。とはいえ、この街の人気が多いは通り抜ける隙間があるかないかの表現だから普通に見ればまだ人はいるのだが。


 だが奥に進むにつれて学園都市の闇の部分があらわになってくる。人気のない居住区。爆発跡が修復されない遮蔽物になりそうなコンクリートブロック。朽ちる建材。散らばったままの薬莢。

 そこまで進んだ途端にバギーは勝手に停止する。


「おい、なんか止まったぞ?」


 リアがブレーキを踏んだわけではない。だからジンがそう問いかけるもリアは政府の情報網に目を通して表情を青ざめさせた。


「……この先が学戦区域に指定されてる」


「アァ~~マジかぁぁあぁ~~~……」


 そう聞いて頭を抱えながらうなだれた。だが事情を知らないジンは頭の上にはてなを浮かべるばかりで首をかしげていた。


「え、何? どーゆーことだ?」


 そう問いかけられてうなだれながら答える。


「学戦区域ってのは“学生戦争推定危険区域”って言葉の略だ。要するにこの先でベレジスト高等学校と他校の生徒が軽い戦争やってんだよ……」


「は? 戦争? え、もっとわかんなくなった」


 ジンの頭上に浮かぶはてなマークが増えたタイミングで今度はリアが代わりに説明をしてくれる。


「さっき学園都市の学校は数々の組織が支援してくれてるって言ったでしょ? でもたまに支援から手を引いたりする組織が出てくるの。そうなれば学校は貧しくなるばかり。そして三大学校の一つ、ローデン学園はその大きさ故に固有の自治区を持ってるっていう例があって……」


「学園都市は表の治安すら悪いから自分達の場所は自分達で守れって政府の見解から政府からの手出しがないんだ。ってわけで足りない分の物資は他行から奪おうぜってなる訳。それが学生戦争。街中でも学生が銃持って歩きまわってんのはそれが原因。学戦区域ってのは片方の学校が宣戦布告した時に発令される避難勧告だ。ちなみにこのバギーは政府のだから法律に従って学戦区域には入れない」


「お、おう……。なんかすっげー面倒くせぇって事だけは分かったわ……」


 面倒くさいのは確かだがいつまでもうなだれているわけにはいかない。顔を上げて頬を叩くとバギーから降りて銃を担ぐ。


「面倒くせぇどころの話じゃないんだよコレが。相手は自分の学校を守ろうとしてる訳だから全然引かないし、それどころか戦車とか持ち出してくるし」


「私達がいた中学でも何回かあったよね」


「あったあった。確か学戦中にやれなかった授業は詰めてやらされたっけ。あ~関係なくなった今でも思い出したくねぇ!」


 そんなに時間が空いている訳ではないが今となれば懐かしい。弾に当たれば痛いし、休みは潰れるし、授業はできなかった分詰められるし、基本的に嫌な記憶しかない。


 宣戦布告した側も同じだし利益があまりない。仮に利益があるとしてもそれは学校側の利益にしかならない。まったくもって厄介で虚無な戦争だ。


 ……が、今はある意味街の存続を賭けた任務の最中でもある。仮に関係なくたってどうにかしなければならない。

 バギーの中に収納されている手榴弾や光学武器などを取り出して奥の方まで歩いていく。


「なんつーかアレだな、スラムとほとんど変わんねーんだな」


「まぁ場所が場所だからな。ここは学園都市の比較的端っこで、その上治安も悪いときた。内容的にはまぁ遜色ないのかな」


 こういうのをスラムツーリズムと言うんだったか。ここに住んでいる人も半分が自分の意志ではないだろう。そういう人たちを見るたびに助けたいとは思うが……自分にそれをどうにかできる権力はない。


 歩いていると銃声が聞こえてきて戦闘位置を教えてくれる。状況を確認する為にも道の端っこを走り目的地を目指す。


 大通りへ抜ける道を走ると戦闘中の学生が視界に入って建物の陰に隠れた。やはり高校生というだけはあり中学生よりも遥かに優れた連携で防衛線を張っている様だ。


 リアは軍事デザインの単眼鏡で戦況を詳しく見ると状況を教えてくれた。


「どうやらベレジスト高校は防衛側みたい。一応防衛線は安定してるみたいだけど……」


「待ってる暇があるなら行きましょうかね」


「ハイハイ、そんなこったろうと思ったよ」


 防衛側なら撤退させるだけでいい。簡単な作業であるが故に方向性を決めるとジンは自ら進んで提案する。


「なら俺が奴らの攻撃を防いでやるよ。お前らはその隙に攻撃してくんね?」


「じゃあそういう感じで行くか」


「いや会議ふわっふわか!?」


 リアからそんなツッコミをされつつも三人して大通りへと飛び出す。

 突然関係のない三人が飛び出して来るのだから全員が驚愕するわけで、飛び出した一瞬だけ飛び交っていた銃弾は静寂を見せた。


 ジンは大通りの中央へ駆け込むと両手を前に翳して注意を惹く。そうして銃弾が放たれた瞬間、彼の手が鉄板のような形に変わって大きな盾を作り出した。ちなみに色もそれらしくなっている。


「うおぉっ! 武器人間スゲェ!!」


「はっ! どーだスゲーだろ!」


 まさかそういう感じで能力を使うとは思わずについ走る足を止めてしまいそうになる。けれど即座に意識を目の前の生徒に向けると建物の壁を駆けてリアと共に左右から強襲を行った。


 リアは魔術と魔石を織り交ぜた爆風&衝撃波で攻撃し、こっちは血の槍を複数個生成して投げつける事で学生を後退させた。地面に突き刺さる程の鋭さをした槍を投げつけられれば逃げたくもなるだろう。命惜しい学生だもの。


 ほんの数手で攻撃側の学生を撤退させると防衛側の学生は守ってくれた姿を見て攻撃姿勢を解除する。隊長っぽい生徒も銃口を下げているから、とりあえず敵として認識されていない事に安心するべきだろうか。

 やがて隊長っぽい男子生徒が出てくると感謝の言葉を述べた。


「えっと、その……まずは助けてくれてありがとう。凄く助かったよ。まさか三人であの量の生徒を撃退してしまうなんて……」


「スゲーだろ! 礼に菓子くらい出しても――――へぶっ!」


「いいよ、気にしないで」


 あまりよくない頼み方をするジンの後頭部を軽くシバきながらも物腰柔らかに返答する。が、こういう交渉する場面ではいつもリアのほうが前に出ていたが為に彼女は自ら前に出てしゃべり始めた。


「学戦中に申し訳ないのだけど、私達はあなた達の学校に用があってここまで来たの。身分は……そうね、これを見れば分かると思う」


 リアはIDカードを見せると隊長っぽい生徒に読み込ませて自分の権限レベルを表示させる。とはいえ自分達は高校一年生程度の年齢でも権限レベルは政府のお偉いさんレベル。目の前の男子生徒は急に態度を変えた。


「えっ、レベル高っ!? も、申し訳ありません!」


 が、あまり一方的すぎる態度も年が近い自分達からしてみれば違和感しかない。


「敬語はいいよ。私達は確かに権限レベルは高いけど、まだ新人だもの。普通にタメ口で話して」


「あ、そ、そう? それじゃ…………えっと、ウチに何の用でここに?」


 彼はリアの言葉を聞いて年相応の態度を取ると頭を掻きながらもこちらの要件を伺う。が、無暗に禁忌錬金の事について聞くのも愚策なので少し濁した言い方を選ぶ。


「私達はある調査をしているんだけど、あなた達のベレジスト高校がどうも引っかかっててね。そこで学校の方から接触してみようと思って」


「なるほど、そう言う事だったんだ。確かにウチの高校は色んな組織が絡んでるから積極的に接する事が多いし……うん、分かった。ついて来て」


 口調ではタメ語になりつつもやはり権限の違いから信憑性が桁違いなのだろう。彼は特に疑う事もなく案内をはじめ、彼に付き従う生徒たちも「まぁこの人が言うなら……」みたいな表情で後に続いた。


「にしても凄いね、見た目は僕達とそんなに変わらないのにそこまでの権限を持っているだなんて」


 そりゃ十六や七の少年少女が政府の使いだと説明されればそんな反応にもなる。こっちも最初は驚かされた物だ。


「まぁ色々あってな。……それで、学戦の事を聞いてもいいか?」


 学生戦争は決して珍しい物ではない。だが活発に起きる物でもないからそう問いかけると、彼は相手の学校に関して喋り始める。


「……相手の学校はネヴィア高等学校って言って、その区画じゃ優秀な人材を出す事が多くてたまに話題に上がってるんだ」


「ネヴィアって……。なるほど、通りで見覚えのある制服だった訳だ」


「だけど先々週になって唯一支援してくれてた企業がいきなり手を引いたんだ。それで焦った彼らは僕達の高校に学戦宣告をしに来た」


「その企業が手を引いた理由は?」


「分からない。公式からは何の報告もないし、調べたり問い合わせをしても何の反応もなかった。ただ物資が送られなくなったって事だけが事態を悪化させてるんだ」


 怪しい話に眉を顰める。

 手を引く事態はおかしな話ではない。この学園都市は数々の学校から輩出された生徒が様々な事業で活躍する事により、結果的に育った母校を支援……つまりスポンサーとなった企業や組織は自社の名前や製品をアピール出来る機会にある。

 特に絶大な認知度を誇る『ローデン学園』なんかは大手企業がこぞってスポンサーとして声をあげているほどだ。


 つまりそうなっているがゆえに手を引く理由は大体が「見込みゼロ」か「社内関係のいざこざ」か、もしくは「企業間のアレコレ」が原因となる。それは一番最初に限り公表しない理由にはならないのだが……。


「リア」


「分かってる。まずはこれをどうにかするしかなさそうね……」


 そうこうしている間にベレジスト高等学校まで到着する。だがそこに学校特有の賑わいはなく、校門付近には銃を携えた生徒が見張りを行っていた。


「まるで軽い要塞じゃねーか……」


「学戦において学校は本拠地だ。潰されれば学籍も成績も無に帰るから当然の事だ」


「じゃあ潰れた場合はどーなんだ?」


「運が良ければ他校に拾われる。最悪中卒。まぁ、《ODA》に雇われる代わりに義務教育を受けられるっていう救済措置はあるけどね。ちなみに人がいなくなった学校は別の学校とか施設として生まれ変わる事が稀にあるらしいぞ」


 ジンの問いかけに答えるとあまりにも過酷な環境に苦汁を舐めた様な表情を浮かべた。学園都市だなんて煌びやかな名前がついてるのに社会関係に巻き込まれる学生の話を聞かされればそんな顔にもなりうるか。


 隊長の男子生徒は厳重警戒の校内を歩き続けると生徒会室に辿り着いて扉を開けた。その先にはキャンパスライフのキの字もなく、重苦しい作戦会議室が広がっていた。

 まぁ、軍事作戦の様な重い雰囲気は学戦限定の模様替えみたいなものだろうが。


「戻ったよ~。ルゥナ、お客さん連れてきた」


「お客さん……?」


 そうして反応したのは肩にかかる程度の白髪を揺らし、紺碧の瞳をして、紺色のブレザーを羽織った少女だった。如何にもザ・クールや物腰柔らかそうな印象を受ける少女だったが、頭の上にある二つの物に気づく。

 目線を向けた瞬間にぴくんっと狐耳が立った。

 この世界では割と珍しい獣人にじ~っと見つめてしまうがリアは真っ先に姿勢を正して挨拶をする。


「初めまして。私達は……そうね、簡単に言うなら政府の使いって所かな……。あなた達の学校に支援をしている組織にガサ入れをしたくてここへ来たの」


「おぉ、随分とハッキリというお偉いさんだ」


 ルゥナと呼ばれた獣人の少女はリアの吹っ切れ具合に何か近しいものを感じたみたいで、政府の使いと自己紹介された後でも敬語を使ったりすることはなく“初めて会った他校の生徒”のような距離感で話した。


「初めまして。私はベレジスト高等学校生徒会会長、ルゥナ。君達を連れてきたのは書記のハルノ。そこの……えっと、だらけてる男の子は庶務の紺鶴こんかく


「おねしゃ~す」


 今生徒会室にいるメンバーはこれだけのようで三人は各々の位置についた。


「私はリア。この人はアルフォード・ティンゼル。こっちの柄が悪そうなのはジン」


「俺の紹介に異議を唱える」


 リアはジンの異議申し立てをスルーすると細かい話は抜きにしていきなり本題へと突っ込んだ。


「それで早速本題に入るんだけど私達はある問題を解決する為にここと繋がりのある組織……ガーデン・ミィスと接触を図りたいの。でも私達を警戒したガーデン・ミィスは鳴りを潜めてる。だから手っ取り早く接触できそうなここへ来たんだけど……」


 話を進めるリアだったが次第と真面目な声色から申し訳なさそうな声色へと変化していく。それを聞いていたハルノも同じ反応をしていて、ルゥナは思った以上にバッサリと会話をぶった切った。


「察してるとは思うけど……ごめん、それは無理。私達は今ある物でここを守るので精一杯。少し言いにくいけど、君達を手伝っていられる余裕はない」


「だよね……」


 真正面から話を断られてリアは少しだけ黙り込んだ。

 こうもハッキリと断られては粘るのも無粋というものだ。まぁ他に手がない訳ではないしここがダメでもセカンドプランはあるが……。

 リアは数秒だけ考え、いう。


「……取引をしましょう」


「いいけど、どんな?」


「――私達が学戦をどうにか出来たら協力してほしいの」

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