1-9  『はじめましてはさようならの魔法』

 如何にも柄が悪そうな少年が扉の向こうから現れる。一見するなら不良と呼ぶべき容姿をした少年は見返すようにじ~っと見つめてくるが、やがて彼の方からアクションを取ると軽く指を振るって気怠そうに言った。


「……うぃ~す」


「ちょり~っす」


 うん、“こっち側”の人間だ。

 挨拶だけでそんな事を感じつつも少年は隣に並んだ。そんな彼をリアは訝しむように凝視している。まぁ、彼女からしてみれば挨拶からしてだらしない人間は少し納得できないのだろう。


 ベラフは手に持っていた資料をこっちに渡してくると《リビルド》として行動する際の事について話し始める。


「君達は既に《リビルド》の一員だ。よって、この学園都市で使用できる君達の権限は以前よりも上位の物に設定してある」


「それって……緊急用小型バギーとか、補給支援とかが自由に使えるって事ですか?」


「そういう事になる。君達のIDカードを見せればそれらは全て使用できる様になっているはずだ」


 リアの言葉にベラフは頷く。

 それはそれでかなり楽になる。《ODA》にいた頃には権限不足で小型バギーの使用許可が下りなかったし、非常時でも自動銃弾販売機にはお金を入れなければいけなかった。出来てせいぜい銃弾を買うかスマホの充電をする程度だ。

 これまでの苦労を考えれば実にありがたい。


 何かしらの調査を行う際にもIDカードの権限レベルによって立ち入れなかった建物があるし、暗部に関する調査にはうってつけだ。


「それではすまないが、さっそく準備に取り掛かってくれ。……これは試験代わりに行っているが任務は任務だ。自分達の手に負えないと判断した場合は即座に応援を要請してほしい」


 そう言い、《リビルド》に所属して初めての任務が幕を開けた。



 ――――――――――


 ―――――


 ―――



「つっても俺達なにすりゃいーの。匂いでも追うか?」


「それで見つかるならまず苦労はしないんだよな……」


「スマホ見て、スマホ。今さっき資料送られたばっかりでしょ」


 任務を任された三人はひとまず《リビルド》本部から離れてとある噴水広場にて作戦会議を行おうとしていた。

 《ODA》でもこういった「○○を探してくれ」というような任務はいくつかあったが、いずれも確証が取れた上で場所も移動方法も向こうが指定してくれた。だからその存在があるということ以外何もわからない今回の作戦は自分達にとっては異例なものとなるのだ。


 しかしそれはそれとしてこの三人の関係は今回の任務だけという訳ではない。ベラフによると同じ支部に配属されるらしいから早いうちに交流は深めておかなければ。

 そんな分けで自己紹介タイムへと入る。


「まぁそれはともかくだ。俺はアルフォード・ティンゼル。よろしく」


「私はリア。これからよろしくね」


 パッと名乗りを済ませると彼の番を待つのだが、彼は数秒だけ何かが喉に詰まった様な表情をしてから名乗る。


「……俺ぁジンってんだ。シクヨロ」


 ジンが自ら差し出してきた掌を握って握手を交わす。……その時に不真面目な奴だという確信を抱いたリアの表情は無視するとして、彼の掌からは少なからず情報が送られてくる。


 まずジンは普通の暮らしはしていなかっただろう。ゴツゴツしている手からは何かを持ち日常的に酷使していた様子が伺える。それに半袖から見えている二の腕から手首にかけての腕には大きな傷跡が一つと二つの皮膚が歪んだ様な跡が見て取れた。恐らくは小さい頃から何かと戦ってきたのか否か……。

 あまりにも凝視しすぎてしまったせいかジンは自ら右腕について話し出す。


「あー、やっぱこの腕気になっか?」


「あっ、ごめん」


「構わねーよ。この腕の跡はスラムのゴロツキ共とか異形種とやりあってく内に出来たモンだ。そこにいたヤブ医者が雑な奴でなぁ、おかげさまでこんなデケェ跡になっちまったって訳だ」


 しかし話題が話題なため何か別の起点を作って話題を逸らそうとするのだが、ジンは立て続けに自分の事を話し続ける。


「それにスラムもスラムで野蛮人共がうろついてンだ。俺みたいなガキは――――」


「――あッ~! そろそろ時間もアレだし移動しようか!!」


 ジンがスラム出身だというのは流れで理解した。だからこそ自分で話しているとはいえどあまり深堀するべきではないと判断して強引に話題を逸らしてみせた。このままでは聞いているこっちの心が持たなくなりそうだ。


 そんなこんなでジンを無理やり引き連れてあるいていくとある場所に到着して足を止めた。


「ンだここ。駐車場?」


 見た目はまんま普通の駐車場。けれど標識には円環塔を表す棒に円が浮くロゴが描かれていて、中にあるバギーは全て同じ車種・色・模様だ。そんな統一感しかない駐車場を見てリアが口頭で説明する。


「ここは政府が設置したバギーの貸し出し所。政府関係者で一定の権限を持つ人はここにあるバギーを好きなだけ使えるの。こんな感じにね」


 リアは更新されたIDカードを翳すと、IDを読み込んだ機械が学園都市のデータベース内にあるリアの権限を参照して使用許可を出す。そうしてホログラムの立ち入り禁止のテープが消えると三人で駐車場の中へと踏み込む。


 聞いてはいたが本当に使える様になっているとは。いざ実際にやってみるとつい驚いてしまう。《ODA》にいた時は緊急事態でもない限り使えなかったし、これは急いでいるときはかなり便利そうだ。


「《リビルド》様々だな」


「うん」


 アルフォードが呟くとリアは相槌を打って運転席に搭乗した。そうして同じくIDカードで起動させるとエンジンをかける。

 そんな光景を見てジンが当然の問いを投げかけた。


「お前ら歳いくつだよ。免許持ってんの?」


 まぁそんな感想を抱くのは普通だろう。例え《リビルド》構成員だとしてもこっちの外見年齢は十六か七くらいだろうし。っていうか実際に十七歳だし。

 しかし三人の中で最も法律やルールに詳しいリアはハンドルを握ると答えた。


「私達は十七歳。免許も持ってない」


「俺と同じかよ」


「でもこのバギーは特別製で自動アシストが付いてるし、単純なルートを指定すれば勝手に走ってくれる。仮に運転してもこのバギーそのものが安全性の象徴みたいになってるから、政府関係者からしてみると無免許でも構わないんだって」


 後半の説明は知っていたが自動アシストと自動運転機能がついている事はつゆ知らずジンと一緒に「へぇ~」と腑抜けた返事を返してしまう。


「それに最近は政府関係者が未成年ってのもザラらしいしね。さ、乗って」


 さりげなく未知なる情報を聞きながらもバギーに乗り込む。すると法律厳守を貫きたいリアは自動運転を選んだようでアクセルを踏まなくてもバギーは勝手に動き出した。そうして車道まで出ると法定速度を維持しつつも目的地まで向かっていく。


 向かっている最中はもちろん暇になる訳だから会話が発生し、ジンは一緒に後部座席へ座っていたアルフォードへ問いかけてくる。


「なぁ、お前ら知り合いなん?」


「おう。俺とリアは家が隣の幼馴染なんだ」


「ふ~ん、通りで仲いいと思ったぜ」


 そんな会話でリアに視線を向けると照れくさいのか顔を背けられる。

 続けてジンからは《リビルド》に来た動機についても問いかけられるからありのままを答えた。まぁ、答えても損をするものではないから気にする事もあるまい。


「んじゃあなんでここに来ようと思ったんだ? 普通お前らみたいなのって良くても《ODA》だろ」


「確かにそうだな。ってか実際につい一週間前までは《ODA》にいたんだ」


「んぁ??」


「自分のやりたい事をやる為。それが俺がここに来た動機だ。リアはその付き添い」


「アルは危なっかしいから誰かが見ておかないとすぐ無茶するの」


 会話を聞いたジンは数秒だけ考え込むと口を開いて性格とは裏腹に意外な言葉を言い放った。


「お前ら意外とお似合いだな」


「どーも」


 そんな彼にVサインで返すとあきれたように笑った。なんというか、最初は少しばかり不愛想な男かとばかり思っていたが、こうして話してみると感性はこっちに似ている様だ。

 やはり人は見た目では判断できない物だ。


「つってもスゲーなお前ら。その歳で《リビルド》に所属するなんて普通じゃありえねーぞ。俺が言えた事じゃねーけど」


 確かにそうだ。《リビルド》は基本的に世界の命運を左右する様な事象の解決を目的として作られているし、雰囲気からして屈強な大人しかいなさそうな感じを醸し出している。そんな中にたった十七歳の少年少女が所属するとなれば驚かれるのも無理はない。

 もっとも、驚く人間が一握りしかいないからこういう反応はそんなにされないだろうが。


 ありえないことなのは確かだが自分達にはそれを可能とするポテンシャルがある。その事を伝えるとジンは感心するかのような反応を示した。


「リアは生まれた頃から魔眼を持ってる魔眼保有者なんだよ。銃弾を見てから避けるのなんてお茶の子さいさい。その気になればマナを読み取って術式をコピーする事や“魂の形”すらも捉える事が出来るんだから」


「へぇ~」


「こ、誇張し過ぎ! 流石にそこまでやったら私でも脳が焼き切れるから!」


 普段語られる事のない魔眼の凄さを語っているとリアは照れた様に会話へ嚙みついてくる。そんな光景にニヤニヤとした笑顔で返すと少し頬を染めながらそっぽを向いた。


「んでも魔眼保有者なだけでもスゲーだろ。確立って五十万分の一だろ?」


「うん。でもまぁ、リアの場合はちょっと特殊でね」


「特殊ぅ?」


 リアに視線を向けて「喋ってもいい?」という許可を取ると彼女は何も言わずにただ頷いて許可をくれた。

 本人の目の前という事もあり言葉を選んで解説し始める。


「魔眼を保有する条件はざっくり言って三つって定義されてる。眼球その物にマナで限界以上の負荷を与え突然変異をさせるか、それを成功させた者に移植してもらうか。たまにニュースで警察や円環塔が押収してる魔眼はそうして裏に流通した物だよ」


「あー、たまに闇市で取引されてるっつーアレな」


「いずれも魔眼は人為的に生成される。でも、リアの持つ魔眼は天性的な物なんだ」


「天性的?」


 本人も嫌っている話だからかイヤホンを耳につけて音楽を聴き始める。その反応だけでどういった物なのかを察したジンは慎重な顔になって話を聞いた。


「胎児の段階で既に魔眼が完成してたのか、もしくは神様や上位存在から授かった特別な力なのか……。いずれにしてもリアは生まれながらに魔眼を持ってた」


「それ……」


「想像出来る? 物心が付く前から化け物達が見える生活を。んで、怖い気持ちを伝えたくても言葉は話せなくて、仮に話せても自分以外は誰も見えないから理解も共感もされない生活を」


「――――」


 リアの過去の一部を聞いてジンは黙り込む。

 きっと話を聞いたって完全に想像することはできないだろう。だって物心付く前の恐怖なんて思いだせるはずもないし、化け物が見える生活だって現状見えていないのだから本当の恐怖なんて伝わらない。

 それでもジンは眉をひそめていた。


「小中学校ではその影響で大いに孤立してたんだ。クラスメイトがヘドロ状の化け物に飲み込まれてる姿を見て自分から行こうとは思わないだろ?」


「……付き添いって聞いた時にゃ動機が薄いんじゃねーのって思ったが、そこまで言われちゃ納得するしかねーか」


 確かに、付き添いだけで《リビルド》に来るのはあまりにも動機が薄いだろう。だって命がけで戦うのに動機が付き添いだ。傍から見ればあまりにも不十分だろう。

 だからこそ依存状態にあると話されたジンは納得を示してくれた。


「そんなこんなでリアは生まれた頃からの魔眼保有者なんだ。だからテレビで紹介されてる人達よりも魔眼を使い慣れてるし、精密さも精工さも桁違い。ここまで言われれば“魂の形”が見えるってのも納得できるだろ?」


「まぁな」


 テレビで紹介される魔眼保有者の人達は本気を出しても銃弾の軌道を目で追うくらいだ。まぁそれが本当の本気なのかとか、表に出てきていないだけでもっと凄い人がいる可能性は否定しないが……それでもリア並みの保有者なんてそうそういまい。


「じゃあ、お前はどんな能力持ってんだ?」


 一連の流れでリアの能力紹介が終わった。となれば次はこっちの方に話題が飛んで来るのは当然のことで、少しばかり気恥ずかしさを感じながらもジンへ自分の能力のことを伝えた。


「俺のは血法操作ってんだ」


「血法操作?」


「血を操る力って言ったほうが分かりやすいかな。血で武器を作ったり、血液循環を加速させて身体能力を強化したり……」


「ドーピングか」


「身体強化と言え」


 ごもっともな意見を言われつつもツッコミで返す。

 しかしリアの能力の凄さを語った手前、どうしてもアルフォードの能力は凄さに欠けてしまう。だからジンはあまり驚くことはなく解説を聞いていた。


「聞いた感じだとあまりパッとしないかもしれないけど、結構使えるんだぞ、この力。色んな形に変えられるから色んな事に応用が効くし、使い方によっちゃ銃弾も防げる」


「へぇ~」


「まぁあんまり武器とか作りすぎると貧血で失神するんだけどな。バカほど集中力が必要になるからそれ以外は何も出来ないし」


「ダメじゃん」


 リアの魔眼は使いすぎると脳が焼き切れるという話だったが、彼女の場合は使いすぎなくとも十分に使える力だ。そういう点もありごもっともなツッコミを受けて苦笑いを浮かべた。


 血法操作については特筆するべき点もあまりないから話題をぶつ切りにすると今度はこっちの方からジンへ問いかける。


「じゃー今度はこっちの番な。お前もここに来たからには何かしらの力を持ってんだろ?」


「おうよ!」


 するとジンは落下しない程度にバギーの中で立ち上がり大きく腕を振るった。かと思えばジンの両腕は鋭い刃に変形して太陽の光を反射させる。……腕が刃に?

 ぎょっと驚愕しつつも何か装備した結果ではないのは確認できる。本物だ。本当に両腕がそのまま刃に変形しているのだ。そんな光景をじっと見てみるとジンは自慢げな顔をしつつもドヤ顔で言う。


「俺ァ全身を武器に変えられる武器人間なんだぜ。スゲーだろ!」


「お、Oh……」


 うん、ちょっと待ってほしい。いろいろと待ってほしい。

 え? 武器人間? なにそれ怖っ……。


 そんな思考で頭の中をぐちゃぐちゃに掻き回されつつも理解が追いついた頃には刃が通常の腕に戻りジンは普通に座っていた。


「……つまり何? お前はヤブ医者に改造を施された武器人間って訳?」


 大きすぎる情報に若干脳をバグらせつつも必死に考えた末の結論を出す。だって体が武器になる人間なんているはずがないし、仮にいたとしても全身改造とかされなければありえない。だからそういう路線の話なのだと思ったのだが……どうやら違うらしくまた脳をバグらせることとなった。


「んにゃ、俺ァ異形種と人類種のクォーターなんだと。だから人間の体でもこうして武器になれるっつーわけだ」


「…………」


 まぁ、恋は人それぞれだから否定はしない。けれどよくもまぁ化け物と呼称してもおかしくない異形種と結婚したものだ。異形と人間ではっきりと種族が分かれているこの世界においてそういう結婚は周囲の目もあっただろうに。


 その話ならばジンの生い立ちもある程度は納得ができる。異形は異形、人間は人間で区別されるのにそのクォーターとなれば認識は変わってくるだろう。どっちからしても気味の悪いジンは劣悪な環境下で生きる事となり噴水広場で話された過去へ繋がる……と過程すれば《リビルド》へ所属する経緯も納得だ。


 しかし、彼一人でここにいるという事は、彼の両親は……。


「その、両親とかは?」


「あー、その事なんだけど俺覚えてねーんだよな。気が付いたらスラムにいた。そんだけだ」


「――――」


 予想よりも酷かった生い立ちに黙り込む。やはりこの手の話題はあまり触れるべきではないか。本人は気にしていないみたいだが、本当に知らなかったとしても両親の事はきになるだろうし、捨てられた可能性だってあるのだから。

 そう考えているとジンは運転席を覗き込んでリアに話しかけた。


「ンな事よりよぉ、この車どこに向かってんだ?」


「……え、目的地?」


 するとイヤホンを外したリアはバギーの中に搭載されているモニターを開いて今向かっている目的地にピンを立てた。

 それも、かなり予想外の所に。


「――ベレジスト高等学校」

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