B・B・B!! (ブラッド・バレット・ビート!!)

1-8  『新生活は慣れるまで大体ダレる』

 世界の均衡を保つために日々超常現象や怪物と戦う組織、《リビルド》。彼らの主な任務は街や都市が全滅しそうな出来事の対処だ。外部での情報では非常にあいまいなもので、存在は知られているものの本当は何をしているのか、何人が所属しているのか、どこにいるのか等は全て不明だ。


 彼らが表に出てくるのは街や都市が滅亡寸前に陥った時だ。そういった時は決まって彼らは顔を出す。何故ならそれ以外の時は常に日常の裏側で世界滅亡の危機を何度も止めているのだから。


 そんな風に“ある”という事以外は何もわからない《リビルド》は様々な憶測が立てられたり都市伝説にもなっている。噂では確かな情報が出回れば億の額が出るとかなんとか。


 世界の均衡を保つ為の組織。当然、非力な人間が所属できるはずもない。

 以上の機密性を考えても《リビルド》には相応の権力がある。そんな組織に所属するのならばやるべき事はたった一つ。それは――――。


「お~き~な~さ~い~っ!!」


「あと五分……むにゃ……」


 いつもの日常に戻る事だった。


「何があと五分なのよ、もういつもより三十分は寝てるで……しょっ!!」


 毛布を引き剝がされて目が覚めたアルフォードは平然と自分の部屋にいるリアを見つめてあくびをかいた。


 もう起きた頃にはリアが自分の部屋にいるのにも慣れた気がする。というかむしろいなければ不自然なくらい繰り返しているからか安心するくらいだ。


 カーテンを開けられて朝日を全身に受けつつも猫の背伸びのポーズを取っているとリアはいつも通りに小言を繰り出す。


「まったく……。私達はもう《リビルド》の一員なんだよ? そんな重大人物がいつまでも寝ててどうするの!」


「む……」


 返す言葉もなく黙り込む。

 確かに《リビルド》の構成員は時にして世界の命運を左右するほどに重大な人物になり得るといえよう。実際に世界規模の超常現象が起きた時には《リビルド》の全構成員が動いたというし、同じ出来事が起こったら自分達ももう傍観者ではなく戦闘に参加しなければいけない。


 そう考えたらこんな朝っぱらから寝ている暇なんてないだろう。だがしかし、アルフォードには現にこうしている理由があった。


「つっても、もう所属してから五日だぞ~。《リビルド》の任務は基本的に超常現象に対する物だし、それ以外は自由行動みたいだし、この五日間何もなかったし……」


「それはっ……。まぁ、そうだけど……!」


 《ODA》に所属していた頃は朝から任務だ何だと呼び出されてはいろんな企画の警備や護衛に当たらされていた。しかし一般社会における警備や護衛は全て《ODA》や警察、その他組織が担当してしまうため《リビルド》は大きな事件が起こらない限りやることはそんなにないのだ。


 当然秘密結社なのだからそんな表沙汰になる依頼を受けないのは納得できる。が、常に街の平和を守ろうと気を付けていた立場から変わってみるとこうも空いた時間が増えるとは。


「能力の特訓や訓練に時間を宛がっても休憩時間をしっかりとらないと逆効果だし、ベルフさんからは今までみたく目立つような行動は避けてほしいってお願いされてるし」


「それもっ……まぁ、そうだけど……それでも所属に対する責任感ってのがあるでしょ!」


「そう言っておきながら昨日十一時まで格ゲーやってたクセに」


「っ……!」


 ゲームのフレンド機能を使って起きていた時間を指摘するとリアは頬を真っ赤に染めて黙り込んだ。なんだかんだ言って彼女もかなり久しぶりの平穏な時間を満喫しているのだから人のことを言えないのだろう。

 リアは必死に頭を回転させる素振りを見せると指をさして言った。


「……そっ、それでも私は早起きを心がけてるから! ほら、さっさとアルも着替えて!」


「へ~い」


 そう言ってベッドからズルリと降りるとリアは既に衣服の場所を把握している引き出しを開けて今日の私服を取り出し投げつけてくる。

 しぶしぶ言いながらも着替えていると最後にあるアイテムを手渡してきた。


 受け取ったのは掌に収まるサイズの小型注射器。それを懐に隠し入れるとどんな状況でも出せる様に整える。


 そんな風にして準備をしているとドアをノックして顔を表したレオネスが一枚の手紙をもって現れた。


「おう二人とも、ちょっといいか?」


「父さん。どったの?」


「お前ら充てに《リビルド》から手紙が来たぜ。それも、ベラフ直筆のな」




 と、そんなこんなでメールアドレスを交換していなかったため手紙での招集を受け、アルフォードとリアはいつも通り銃を肩に下げてある場所へと向かった。

 手紙に記載されていたのは住所ではなく文字での道案内。案内場所は《リビルド》本部ではあるが、存在自体が秘密なため住所も存在していないのだろう。二人は手紙の指示に従い街を行ったり来たりして迷いながらもようやくその場所に到達したのだった。


「ここが、《リビルド》本部? なんつーか……」


「かなり普通の建物なんだ……」


 大通りから裏手を進み水路を渡った先にある路地を右に曲がった途中にある階段を下った場所にあるフェンスをくぐった道の先にある建物が《リビルド》本部らしい。

 うん、今度から来る時はスマホにメモろう。そんな事を思いながらも目の前にある建物を見つめた。


 外観的には普通の館だ。大き過ぎる事も小さ過ぎる事もなく、何か途轍もない威圧感が放たれている訳でなければ存在感が全くない訳でもない。良くも悪くも普通の館としか言いようがなかった。


 一見裏口のように見える扉のドアノブを握ると歯車が回転したような音が響いてロックが解除される。恐る恐る扉を開くと豪華ホテル顔負けの綺麗な廊下が視界に入り、その奥にあるもう一つの扉が視界に入った。


「……行こう」


「うん」


 世界規模の災害や現象を止めるほどの人材が集められた場所。そう思うだけで背筋が凍る。リアに背後からガッシリと肩を掴まれつつももう一つの扉を開くと縦横移動式のエレベーターとなって勝手に移動を始めた。


 そうして最上階まで辿り着くとエレベーターが開いた先に待っていたのは大きな事務室だった。


「お、来たね。やぁ、待っていたよ」


「ど、どうも……」


 都市伝説にもなる《リビルド》の施設には変わりないのだからどういう場所なのかと緊張していたが、内装は思ったよりも緑で溢れて堅苦しくない雰囲気を作る物の配置をしていた。

 壁は一面ガラス張りになっており、そこからはこの学園都市が見渡せた。時々飛んでいる龍っぽいのもしっかり見えている。


「この五日間はどうだったかな。リラックスできたかい?」


「はい。まぁ、あまり《リビルド》に所属したという実感は湧きませんでしたが」


「はははっ。無理もない、なんせこの五日間は実に平和だったからね」


 ベラフはそう言って帽子を外すと立ち上がって軽く頭を下げた。


「改めて……ベラフ・コーツォルリッヒだ。よろしく」


「こちらこそよろしくお願いします」


 《リビルド》に対する情報は事前に打ち明けられていたから細かい説明は特になく、彼は改めて挨拶を済ませると早速本題に入っていった。


「それで君達をここに呼んだ理由だが、もちろん用事があるのと、こちらの準備が整ったのでその説明をしなければならないと思ってね」


「え? 準備?」


 用事の方は特に何も言われなくとも大体は察せる。しかし準備という言葉に引っかかるとベラフは《リビルド》という秘密結社について解説を始めてくれた。


「君達はもう《リビルド》の一員な訳だが、ここには色々と部署や支部があってね。君達をどの支部に配属させるか。その準備に対する説明をしたかったんだ」


「支部……。なるほど、そんなのもあるのか……」


 ベラフからの言葉を聞いて少しばかり驚かされる。

 《リビルド》ほどの凄い組織に所属したのだから「所属!」→「任務!」→「ドカーン!(解決)」の順番になると思っていたのだが、そうでもないらしい。まぁ言い換えれば《リビルド》ほどの大きな組織に所属したのだからおかしな話ではあるまい。


「《リビルド》の任務体制だが、本当の事を言うと君達の所属していた《ODA》とあまり変わりはない。組織の中に支部や部署があり、そこから更に派生した部隊などに適切な任務が渡される。ここもそういう制度を取っている」


 確か《ODA》ではランクが決まっていて、最底辺は街のパトロールやゴミ拾いとかだったっけ。自分たちで上り詰めたランクはかなり上のほうだったから戦闘を任されていたが。


 けれどここは全ての構成員が戦う力を持っている。だからベラフはなんの躊躇いもなく言って見せた。


「支部いたる所に存在しているが、任務の八割は戦闘・殲滅系の物だ。君達が配属される予定の支部は主に対象の鎮圧・掃討を任されている所だ」


「あのー、ちなみにその支部って何人が配属されているんですか?」


 説明の最中にリアが手を挙げるとある疑問を投げかけた。ちょうど気になっていたところでもあるし、ここは彼の答えを待とう……と思ったのだが、予想外の人数を言われて驚かされる。


「そうだね……。配属予定の君達を含めても配属される支部には五人しかいない」


「「ごっ、五人んんんんん!?」」


 《ODA》では異形種との戦闘が可能になる部隊まで少佐レベルの人員が最低でも三人で、合計の部隊配属人数は十人前後だった。自分のいた部隊は作られたばかりでまだ人が少なかったが……。

 そんな感覚が身についていたこっちからしてみれば五人で鎮圧・掃討の任務を任されるだなんてありえない。


 ということは今から配属される支部はたった三人でそれらの任務をこなしていたというのか。《リビルド》の任務というだけでかなりの壁があるというのに。

 そうして驚いているが更なる情報が開示された。


「あー、更に言うと君達の他に同じ場所へ配属される者がもう一人いる。つまり、元々はその支部は二人だけで回していたという訳だ。作られたばかりの支部というのもあるが――――」


「「二人ィィィィィィィ!??」」


 その二人はもはや化け物なのではないか。そう思ってしまうほどに現実味のない話だった。

 いや、その二人が異形種ならば違和感はない。《リビルド》だって人類種だけを集めている訳ではないだろうし、鎮圧・掃討が主な任務ならばなおのこと異形種となるはずだ。

 それにしても二人だけなのはすごい事だが。


 二人での声に驚かされたのか、ベラフは少しだけ面を食らったような顔をしつつも説明を続ける。


「あ、あぁ。とまぁそういう訳で君達に配属先の話をしたかったんだ。そして、もう一つの用事というのが今回君達を呼び出した事に対する本題だ」


「…………!」


 本題。その言葉で一気に緊張感が体を駆け巡る。

 今までの話でも充分過ぎるくらい驚かされたというのに本題を聞いてしまったらどうなってしまうのだろうか。そんな不安感を抱きつつも自分なりに心の準備をした。


「この五日間では何もなかったが、君達とてもう《リビルド》の一員だ。まだ所属したばかりだから私も気には掛けるが、《リビルド》の一員としての対応を取らせてもらう」


「はい」


 前置きを聞いてからもう要件が見え始める。今から自分達に下される事が何なのかをリアも気づいたのか、喉を鳴らすと頬に冷や汗を流した。

 やがてベラフははっきりと言う。


「単刀直入に言おう。これから君達にある任務を任せたい」


「…………!」


 鎮圧・掃討を主とする支部に配属される予定の二人に与えられた任務……。そんなのもう一つしかない。だから初っ端から与えられた大きすぎる任務に威圧感を感じて拳を握り締めた。


 ベラフは引き出しの中からある書類を取り出すとちょいちょいと手を振ってこっちに来てほしいとジェスチャーする。そうして彼の席まで近寄ると、取り出した書類には細かい文面の中に載せられた一枚の写真があった。


「つい先日、我々は情報収集に特化した支部からある報告を受けたんだ。それは本来ならば手に入れる事が出来るはずのない密造品の取引」


「密造品……?」


 あまり馴染みのない言葉に首をかしげてしまう。密造、と言うからには何か違法な手順でも踏んでいるのだろうが、それは《リビルド》が出動するほどの物なのだろうか?

 と思っていたらまぁビックリ。逆に出動しなければ都市が滅びかねない代物だった。


「密造されたのは禁忌錬金に指定されている【ブラッド・バレット・アーツ】。今回の銃器は長い時間を得て一万人もの血肉を代償にして生成された“生きた銃器”だ」


 写真に写っていたのは過去に政府に押収された【ブラッド・バレット・アーツ】だった。見た目は腸や肝臓などで模倣された狙撃銃で、スコープの所には眼球が引っ付き、グリップの所は胃で作られ、引き金は脊髄で構成されている。一見しても生理的耐久が問われる気味の悪い銃器だ。

 実際に写真を見たリアは秒で拒否反応を起こして体を反らし口元を抑えている。


「それって……弾丸の血は心臓を自動追尾して、スコープの眼は光速すら捉えて、銃口の長さによって破壊的な威力を誇るっていう、あの……?」


「そう。君は博識のようだね」


「えぇ、まぁ」


 新聞や図書室で読んだ程度なのだけれど。そんな言葉は付け加えずに少しばかり誇張して頭をかいた。

 が、会話の内容的にはそんな反応をしていられるものではない。


「君が知っての通り、この銃の命中率は条件が揃えば百%だ。対象の血を入手出来ればどこにいても、どれだけ離れていても、何で防ごうとも必ず心臓に命中する銃器……。銃口の長さをゼロにすれば小さな街を丸ごと消し飛ばす威力の弾を毎秒放てる代物だ」


 新しい記録でいえば二十三年前に起きた事件だろうか。二十三年前、龍鳳という国でこの銃が使われた事件がある。

 狙われた対象は当時の鉄血重工という工場の社長だが、使用者が銃口の長さをゼロにして引き金を引いた結果、射線上にあった全ての物は社長諸共消し炭となり消滅した。


 死者数は十万を超え、損害額は九十億を超越し、街の一角が焼け野原になった。

 今となっては再建も進んでいるが一部はまだ爪痕が残っているのだそう。


 政府の調査によると【ブラッド・バレッド・アーツ】の錬金に必要とされた血肉は約四千人分。使用者は龍鳳に根を張る暗部の一角を担う組織のトップだったそうだ。

 つまり、今回生成された一万人の血肉を代償に錬金されたソレの最大威力は――――。


「それが暗部の者の手に渡ったという報告を受けたんだ」


「…………!!」


 伸し掛かる重圧に耐え続ける。

 《リビルド》に所属して受け渡された初めての任務だ。それが自分達の行動次第でこの街を消し飛ばしかねないだなんて誰が想像しただろうか。

 流石は《リビルド》。想像すらも出来ないことをしてくる。


 これは品定めの意味も兼ねているはずだ。例えやる気があってもこんな程度の任務すらもこなせないのなら……という評価につながってしまうだろう。何故なら自分たちはもう《リビルド》の一員なのだから。


 流石に保険は付くだろうが……失敗すれば街は滅びる。

 それを阻止するのが彼らの使命なのだ。


「……やります」


「――――」


「この学園都市は俺が自分らしく生きていられる場所なんです。そこを守るためならなんだってやっつけてやります」


 そう伝えると臆しながらも覚悟を決めた姿を良しと受け取ったのか、ベラフは口元に微笑みを浮かべていた。

 リアも付いてくる覚悟は決まっているようで言葉の後に頷いている。


 すると、彼は今になってある事を言い始めた。


「……今回の任務が君達にとって初めての任務になる訳だが、君達の他にももう一人この任務を受ける人がいる」


「共同任務って事っすか?」


「そういうことだ。……入って来てくれ」


 そういうと入口の扉とは違う扉から一人の少年が姿を現した。亜麻色の逆立った髪と同じく鋭い三白眼。黒いパーカーの下にはYシャツを着て、如何にも学生というような姿をしていた。……目つきが鋭い分どうしても不良に見えてしまうが。

 そんな彼は気怠そうにうなじへ手を回すと首を振っている。


「今回の任務は彼と共に当たってほしい。――彼は先ほど紹介した部署に君達と同時に配属される、君達の同期だ」


 ベラフはそう言い、任務を任せてきた。

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