1-7  『合格票を見るまで自己採点は信じるな』

何とかして魔術師を無力化した数分後、【超常存在】は《リビルド》の男に討伐されてこの世界から消えていった。それと同時に結界が解かれると全く同時に準備していた特殊部隊が突入して結界内に閉じ込められた人たちの救助を始めた。


 そんな中で《ODA》やその他組織の構成員の証言により一つの事実が浮上していた。


 “二人の少年少女が魔術師を制圧していた”。


 その言葉は特殊部隊の人たちを驚かせていた。そりゃ、魔術師は普通の普通の人間がどれだけ鍛えても辿り着けない領域にその足を踏み込んだ者たちの総称だ。それがただの《ODA》所属の構成員となれば驚かれるのは当然。


 ……だったのだが、その事実は彼によって隠蔽され始めていた。


「すまない。私の不手際のせいで君たちをここまで傷つけてしまった」


「いいっすよ、別に」


 《リビルド》の男……ベラフと名乗ったその大柄な男は負傷したアルフォードを見るなりそう謝り続けていた。

 とはいえ今は政府ではなく《リビルド》率いる部隊によって治癒魔術をかけられている最中だし、痛みももう麻痺か錯覚か、あまり感じないからそこまで苦ではない。だから割とあっさり流す事ができていた。


「それに本来ならば君達は褒め称えられるべき行動を行った。それなのに私の都合に付き合わせてしまって……」


 ベラフの言う通り普通ならば褒め称えられるべき行動だ。自らの犠牲を顧みずに魔術師へ立ち向かい勝利した。警察とかそこら辺の機関なら国民栄誉賞的なものを授与してもおかしくない功績だ。

 しかし基本的には秘密組織である《リビルド》からしてみれば目立ちすぎる行動はあまり好ましくないらしい。まぁその組織自体に機密性がバリバリ張り巡らされているからそうなっても違和感はないが。


「……構いませんよ。俺は褒め称えられたいから戦ったわけじゃないんですから」


「うむ……」


 それになってしまったものは仕方あるまい。どれだけ否定したってどのみちもう引き返せはしないのだ。ならば行けるところまで行ってやろうではないか。そっちの方が面白そうだし。


 ベラフはリアに視線を向けると視線だけで問いかけた。だから彼女も似たような回答をする。


「私もそういう気があって戦った訳じゃないです。私からしてみればこの戦闘狂が生きてるだけで十分ですよ」


「けっ」


 戦闘狂という呼び方に否定も肯定もできないのでそう吐き捨ててそっぽを向く。まぁそんな呼び方になっても仕方がない戦い方をしていたのだから文句は言えないのだが。


 ショッピングモールの裏には続々と《リビルド》率いる組織とそこに関係のある機関の人達が到着する。そうして重傷を負ったアルフォードを見て驚きつつも続々とモール内に入っていった。


 これで事件解決ということになるのだろうか。とはいえ魔術師と【超常存在】が暴れまくったせいでモール内は破壊しつくされて見るも無残な光景な訳だが。最先端技術を駆使した建築業者が来てもモール内に再び立ち入れるのは一か月程度は先になりそうだ。


「それで、君達の所属に関する件なのだが……」


 ベラフはそういうと治療のために外された《ODA》の腕章を見つめた。それだけで意図を察するとやや淡泊を演じつつ答える。


「ぶっちゃけ《ODA》にはそこまで思い入れないので強引でも大丈夫っすよ。まぁそれなりに慕ってくれてる後輩はいるんで、相応の理由は必要になりますけどね」


「小さい頃から世話になってる訳でもないもんね」


「そゆことです」


 リアの言葉に同意しつつその旨を伝える。

 彼に《リビルド》へ入ることが手段だと伝えたように《ODA》も手段の一つでしかない。だからそれが絶たれたのなら次の手段にい行為すればいいだけ。

 と、そういう理由もあるのだがなにより……。


「ってゆーか《ODA》は下級構成員に対する扱いが雑過ぎだったから正直飽き飽きしてました。任務内容くらい事前に明かせっての」


「いい思い入れがあると言えば後輩の子達くらいだもんね……」


 二人して《ODA》に対する不満をぶちまけているとベラフはこっちの演技を見抜いたのか否か、ふと微笑みを零しては口元を軽く押さえていた。


「随分と仲がいいようだね」


 既に仲間だと認めてくれているのか、彼は少しだけ喋り方を変えてそう話しかけた。

 そう問いかけられたのなら当然こう返さなければならない。


「勿論! 俺とリアは三歳半からの付き合いっすから!」


「ちょっ、恥ずかしいって……」


 ここまで仲のいい幼馴染というのもこの世界では珍しいらしい。二千年前では特に田舎の方だと幼馴染は仲がいいどころか結婚まで行くことが大半だったから未だその評価には慣れない。

 とはいえ二千年前の幼馴染の印象に近いからってまだリアと結婚する~とかの考えは微塵もないが。

 そりゃあ好きではいるけれど。


 ある程度の治癒が終わって立ち上がると腕を振り回して調子を確かめる。そうしているとベラフは問いかけた。


「……《リビルド》は秘密組織……いや、秘密結社だ。当然そこに所属するのであれば君達にも相応の対応をしなければならない」


「例えば?」


「まず、記録上君達の所属は別の存在しない組織やグループに上書きされる。次に君達の親御さんにこの事実を話した後、なんとか納得してもらいたい」


「……納得されなかったら?」


「この件に関する親御さんの記憶を削除させて貰った末、今まで通りの生活に戻ってもらう」


「――――!」


 しかしベラフから話された所属のための条件に思わず息をのむ。話の流れ的にもう所属するのが決まっているみたいな雰囲気だったからそこまで厳重な契約を結ばれるとは思わなかった。

 秘密結社なのだから無理はない。無理はないが……。


「君達が自立しているのならば話は別だ。だが、君達はまだ子供で親がいる。我々としても子を奪われる親を増やしたくはない。だから、この条件に限っては完全に君達の力量次第だ」


「「…………」」


 子を奪われる親、か。懐かしい響きだ。

 この街……学園都市はそれ相応のセキュリティとシステムが張り巡らされている為、犯罪の危険性はそれほど高くない。ただ“普通の犯罪者が相手なら”、ではあるが。


 今回みたいに魔術師などの連中が暴れることは珍しくはあっても十年に一度という訳ではない。一年に一度が基準くらいで、その他の異形種などが起こす事件はほぼ毎日必ずどこかで発生している。


 それどころかこの学園都市に存在する学校間では時折色んな論議を巡って銃撃戦が起きるほどだ。まぁ学生が買えるのは非殺傷弾だから死人は出ないが……別名《学生戦争》と名付けられるくらいには有名だし頻発している。これに限っては身を守る為にと銃の保持を許可している政府にも責任があるが。

 自分達がいた中学でもそうだったし、学校次第では銃弾とかの消耗品を経費で落としている学校もあるとかないとか。


 そんな治安の悪い名ばかりの街だ。最終的に子供が死んだりする親は決して少なくはないだろう。特にスラムの惨状は聞く度に心がどん底まで連れていかれる。

 円環塔から円状に広がるこの都市では円環塔に近づけば近づくほど安全性は高まる。逆に外に行くほど異形種などの犯罪者が暴れている。


 《リビルド》はそれよりも上位の存在との戦いを強要される組織だ。普通に考えれば親からの許可をもらうのは絶望的。

 だが――――。


「――アル!!」


「え? えっ!?」


 突然あだ名で呼ぶ声が聞こえて咄嗟に振り返る。自分を「アル」と呼ぶ人だなんて家族と幼馴染以外には誰もいないはずだ。つまり今この場にやってきた人物は……。

 視線の先にいたのは焦った様子でやって来た父、レオネスと母、レーゼンだった。


「オオォォォォォオオッ! よく無事だったなぁ息子よォ!!」


「本当に心配したんだからぁっ!!」


「――へばすっ!」


 一般人の立ち入りは禁止している。なのにやって来た二人を止めようと警備員らしき人が止めようとするが、二人は指先だけでギャグ漫画的に吹き飛ばし抱き着いてきた。ようやく傷が塞がったところなのだから力が入るはずもなく、そのまま固いコンクリートに押し倒されると両親の拘束を受け入れた。


 少し遅れてやって来たメイドの白鍵もこっちの安否を確認すると少しばかり安心そうに胸を撫で下ろしていた。

 が、重大な話をしていたベラフからしてみれば二人は邪魔なわけで……。


「あの、申し訳ありませんご両親方。彼らは今重傷から回復したばかりであまり体調が安定しておらず……」


「重傷!? それって怪我したってコト!?」


「え、えぇ、まぁ……」


「それって具体的にはどこら辺まで? まさか全身!? 全身なのね!?」


 何とかして立ち去らせようとするもレーゼンの熱がヒートアップして肩を掴みかかられたことに対して怯んだようだった。まぁベラフはかなり堅実な人っぽいし、レオネスやレーゼンの様なノリと勢いが唯一みたいな人は苦手なのだろう。


 レオネスも状況を説明してもらおうとこっちから離れてベラフに突っかかるのだが……ある瞬間から二人の動きはピタリと止まり、本来なら知りもしないはずの彼の名前を呼んだ。


「って、あなた……まさかベラフ?」


「え?」


 ベラフは秘密結社《リビルド》の社長的立ち位置にいる人だ。普通の人よりかは情報通の自分が知らなかった様に彼の名前は公表されていなければその存在すらも示唆されていなかった。

 それなのに何故レーゼンはベラフの名前を知っているのか?

 そう考えているとレオネスも同じように名前を呼ぶ。


「……おぉ! お前よく見たらベラフじゃねーか! ひっさしぶりぃ!」


「え? えっ!? 何、二人ともこの人知ってんの!?」


 そりゃ二人は元英雄と元勇者。それ相応の情報網が今も生きていてもおかしくはないが……秘密結社の情報すらも手に入れられるものなのだろうか?

 いや、二人の話し方からするとまるで昔から知っていたような言い方だ。まさか結婚する前の仲間とか……。その予想は大方当たっていたみたいだった。


「知ってるも何も、コイツ俺らと世界を冒険した仲間だもん!」


「……えっ!?」


 しかしそれはアルフォードだけではなくリアや付いて来た《リビルド》の構成員、そしてその事情を知る人たち全員を驚愕させた。



「「ええええぇぇぇぇぇええぇぇえ―――――っ!??」」



 自分でも驚いてしまう程に声を上げてしまう。リアなんか驚きで立ったばっかりなのに腰が抜けて座り込んでしまっていた。


 レオネス達がベルフと仲間? 世界を冒険? そんな現代にしてはあまり親近感のわかない言葉に脳内処理が追い付かない。いやまぁそんな事を言ったら二人が元英雄と元勇者なだけでこの世界にはあまり似合わないのだが……。

 そんな騒ぎが起こった直後にレオネスはとんでもない事を言ったのに気付いたのかてへぺろっとポーズをとった。


「ってあなた、それは……」


「あれ、コレ言っちゃダメな奴だったか?」


「だってそれはベラフの秘密が……」


「あ~……。……てへっ☆」


 いやそれで済まされる訳ないだろ! 多分この場にいる全員がそう思った。

 静まり返った静寂にてそれを証明しているとメンタル的図太さからレオネスは話題を変更してこっちを向きながら問いかけてくる。


「っていうか、何でアルがこっちのほうにいるんだ? お前の後輩はみんな表の方で治癒魔術受けてたぞ?」


「えっ? あぁ、それは……」


「私が説明しよう」


 何から説明しようか迷っているとベラフは自分から名乗り出てレオネスに事情を話し始めた。


「彼らがショッピングモールで休憩している最中、ふと“憧れ”について話していたんだ。そこで引っかかるものがあってね。私から声をかけた訳だ」


「なるほど。で、そこで【超常存在】が現れたからこうなったと。……お前も随分とすごい奴に目をつけられたモンだな」


「へへっ!」


 二人ともベラフが《リビルド》のトップだというのを知っているだけありかなり理解が早く、すぐに納得してはこの事態の凄さに感心しているみたいだった。

 そりゃ、普通なら《リビルド》の構成員に出会う事すらも叶わないのだから当然の反応だろう。アルフォードだって雲の上の存在に声をかけられて未だ驚いている最中なのだから。


「そうよ~! それどころか【超常存在】と魔術師も倒せちゃうだなんて流石だわ~! 流石私の息子! さっすが私達の子供だわ!!」


 抱き着いてくるレーゼンからのやや過激な愛情表現を受けつつもアルフォードはレオネスを見つめていた。ここまで来たならば理解できない彼ではあるまい。それにベラフは二人の知り合いの様だし、“過去に起こった出来事”を考えれば案外能天気な彼が出す答えは――――。


「……進みたいんだろ。限界のその先へ」


「うん。まだ確証がある訳じゃないけど」


「言っておくが、《リビルド》に所属する事は修羅の道を選ぶって事だぞ」


「上等」


「……分かった。死なない程度に世界でも救って来い」


 彼の問いかけに迷いなく答えると深いため息の果てに息子の意思を汲み取ってくれた様で、「やれやれ」とでも言いたそうな表情で肩をすくめた。


 続いてレオネスの回答を得てベラフを見ると彼も分かり切っていたような表情をしており、深いため息こそはつかなかった物の「仕方のない男だ」と言いたげな顔でレオネスを見つめていた。


「ベラフさん、これでどうです?」


「……君達は似ているね。本当に。親子でもここまで似る事は稀だぞ」


「ってことは、もしかして……!!」


 意味ありげな言葉に期待を込めて返すと、ベラフは苦笑いを浮かべつつ言った。



「――ようこそ、《リビルド》へ」


 

 それは世界の守護者になる為の一歩。

 それは地獄へ踏み出すための一歩。


 それは、自由という名の理想を見つける為の第一歩だった。


「いよっしゃぁぁぁぁぁああああああ!! っはははは!!」


「ちょっ、アル!?」


 抑えきれない喜びを表現しようとリアの腰を抱え上げてぴょんぴょんと飛び上がった。リアは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてこっちを見ているが振り回している内に気が変わったのか、驚き声は次第と笑い声に変換されていった。

 全員でそんな光景を見られている事にも気づかないで。


 そうしてしばらくの間リアを抱えながら振り回したのち、気が済んだので腰から手を離すと再び顔を赤く染めながらも口元は笑顔で言った。


「……アルについていくのなんて私くらいなんだからね」


「わーってるわーってるって!」


 戦いの中に自由を見出そうとするなんて相変わらず狂っている。自分ですらそう自覚出来てしまうほど野蛮な発想だ。だが、まぁ……ここまで来たら「アルフォードはそうとしか生きられない人間だ!」と自分を納得させるしかあるまい。

 理想へ踏み出すために必要とした時間が十六年と考えると中々に時間をかけてしまったが、それでも結果オーライとなれば儲けものだ。


 明日からの生活に夢を馳せつつもクルクルと回転して何をしようかと悩み始めた。まずは向こうの情報を知るのもいいし、どれだけ強い人がいるのかも知りたい。もっと言うのであれば【超常存在】と互角に戦ったベラフのあの力も知りたいところだ。


 そんな風にして《リビルド》の生活に夢中になっていると、リアがふと呟いた。


「……まったく。しょうがない人なんだから」


 誰にも気づかないほど小さな声で。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



『こちら、ミスター・ベラフより新たに所属した二人の構成員の情報です』


「ふ~ん?」


 秘書の女性が持ってきた資料を置くとそこには二人の少年少女の写真と共に収集できる限りの情報が記載されていた。名前、年齢は当たり前として出生や血液型、得意魔術から好きな異性のタイプまで。“人物像”と呼べる情報はすべてそのA4サイズの紙に記されていた。


「アルフォード・ティンゼル、リア……」


『過去の交戦記録も全て集計できております。下記の項目を参照ください』


「ほうほう、ほほ~ん」


 二人とも《ODA》に所属してからはなんともまぁ多い数の戦闘をこなしている。特にアルフォード・ティンゼルなんかは彼と同じクラスの構成員と比べたら三倍はある。リアもそれに釣られる様に通常よりも戦闘経験が多いようだ。


 何よりも二人の項目の下に記載されていた能力に目が行った。そりゃこんな能力があればあんな学園都市でも生き残れる訳だ。


「魔眼保有者に血法術ねぇ。随分と凄い子達じゃないの」


 リアの魔眼は極めて珍しいものだし、アルフォードの血法術は普通の人間ならばまず扱えるモノではない。それだけでも二人の異端さが見て取れるが、極めつけはアルフォードが九歳の頃に経験した戦闘だ。


「……へぇ~。面白い子だねぇ、このアルフォードって子。血筋も珍しい」


 これは中々面白い事になりそうだ。久しぶりに情報だけを見てそんな感想を抱きつつも資料を雑に置いて秘書に指示を出す。


「んじゃま、適当に消しておいて」


『了解しま……ザザッ、た。今すぐに、ビーッ……手配を……ザーッッ』


「あらら、珍しいお客さんがやって来たね」


 そういい、世界的ハッカーが現れた事を喜びつつも秘書の姿を現していたホログラムの電源を切った。

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