1-6  『夢を追う馬鹿で在れ』

 既に大規模な戦闘が起きているせいでショッピングモール内は完全なる戦場と化していた。そこら中に放たれた銃弾は壁や床を穿ち、ガラスを割っては見本商品の服やドレスを穴だらけにしてしまっている。


 何重にも重なる銃声を頼りに二人でロボットの残骸を踏み越え駆け抜ける。

 照明は既に機能していない。内部の明かりを確保しているのは非常時に付く独立バッテリー式の蛍光灯だけだった。


「――おい、大丈夫か!?」


「クソっ! このままじゃ押し切られるぞ!!」


「援軍はまだ来ないのか!!?」


 そんな焦ったような声が聞こえて来る。恐らく人数は十三人前後。走っている間に一般人が見えない事から緊急用のシェルターにでも避難させたのだろう。

 それでも子供が持っていたと思われるぬいぐるみや絵本が散らばっている光景は見ているだけでも心が擦り減らされる。


 走っていると前方の通りへ繋がる通路から火球が飛んでいるのが見えた。そして火球が通り過ぎてから爆発するまでの時間差でおおよその距離を把握するとリアへ視線を向け、即席の作戦を二人して思い浮かべるとそれぞれ実行に移した。


「緊急事態だ! やるぞ!!」


「わからいでか!!」


 先行してリアが通りへ出ると床に手を付いて氷の障壁を築き上げる。だから追撃として放たれた火球や雷撃が全て遮断される。

 アルフォードはそこを素通りして床が割れる程の脚力を発揮すると壁や天井を伝って懐にまで潜り込んだ。


 皮膚から湧き出る紅色の渦が光の尾を引いて残光を見せる。そうして視線を誘導させると五人の魔術師の内二人を殴り飛ばしてコンクリートにめり込ませた。次にもう三人の魔術をリアが光の矢で相殺すると一人を蹴り飛ばし、もう二人は床ごと一階へ崩落させる事により窮地を脱する。


「せ、先輩!?」


「――状況報告!」


 後輩の少年が驚いた様な顔でこっちを見るが、鋭く指示を飛ばすと即座に切り替えて状況を報告してくれる。


「一般人はシェルターにいます。けど、何人か逃げそびれてしまった様で、魔術師と魔獣が一斉にモール内に解き放たれて……!」


「魔獣って、マジかよ……」


 しかし魔獣という二文字で状況がかなり深刻な状況にある事を知った。

 ただの魔術師であれば無力化すればいいだけ。けれど魔獣を使役する以上その使役をしている張本人は安全な所にいるはずだ。そいつを叩かない限り魔獣は湧き続けるだろう。


 魔獣は魔力……いや、この世界ではマナだったか。それの塊みたいな物だから倒したって死骸は残らない。モール内の戦場っぷりからおかしいとは思っていたが、まさか魔獣まで解き放たれていたとは。


「今はモール内にいた防衛機関の人達と固まって迎撃してますけど、うち五人が負傷して、二人が重傷を負ってしまいました。……そして、今も……」


「――――」


 十五人で固まっている中で倒れている少女に視線を向けた。後輩の少女は脇腹を焼き切られる様に抉られており、応急措置はされているが今も出血が止まらない様だった。

 予断を許さない状況に奥歯を噛み締める。


 瀕死という訳ではないが息が浅い。このままの状況が続けば適切な処置が出来ずに彼女は死ぬ。

 他の重傷者だってそうだ。外部から隔絶されたこの状況じゃどんな医者だってやって来る事はできない。人が来るとしてもあと十分かそこらだろう。傷から見てもそんなに長く食いしばれないのは確定的に明らかだ。


「あの、何がどうなってるんですか……? 緊急時につき出入口は全て閉じられちゃいましたし、通信も届かなくて外の状況が何も……」


 ここで本当の事を言っても辺に困惑させてしまうかもしれない。少なくともここにいる戦闘員は魔術師を相手にして重傷者が出たせいで精神的に削られている様だ。


「……モール内がシャットアウトされるのと同時にジャミングが発生してる。外の音が聞こえないのは奴らが結界を張ったからだ」


「結界……?」


「今、結界の大本になってる怪物っぽいのを相手にしてる……そうだな、上層部の偉い人がいるから、お前達は事が終わるまでここで魔獣を食い止めててくれ」


 相手が魔術師である以上基本的な有効打となるのはこっちも魔術を放つしかない。だが《ODA》やその他組織の下級構成員はこういう場面は任されないから魔術を覚える者は少ない。

 大体の事件が銃弾で解決できるこのご時世じゃ一々集中力を必要とする魔術はそこまで使われないのだ。一応マナを持ち詠唱さえ出来れば誰でも扱う事は出来るが……生憎と今のご時世では必修科目にはなっていない。だからこそこういう時にこそ魔術が必要になるのだが。


 銃弾はモール内にある自販機から補充出来る。魔獣程度ならばどんなに来ても適切な障害物を設置して銃弾をバラまけば掃討できるはずだ。


 【超常存在】を召喚する程の魔術師があの程度でやられる訳がない。恐らくは前線偵察の為に駆り出された少人数部隊だろう。

 つまり、より強い魔術師がこのモール内のどこかにいる。


「リア、行くぞ」


「ええ」


 二人して立ち上がると端末を開いてモール内のマップを確認する。そこから相手がたむろしそうな場所を探していると後輩の少年が言った。


「行くって……まさか魔術師を二人で相手にする気っスか!?」


「戦力差を考慮しての合理的判断だと思ってる。俺達は何度か魔術師を相手にした事があるし、それ相応の実力もあるから隊長と副隊長をやってるんだ」


「でも……!」


 決して良い判断とは言えない。相手の数が分からない以上は下手に手を打つべきではないと分かってはいるが、状況が状況だから仕方ない。銃弾はあるとはいえ集中力も余っている訳ではないだろう。長期戦に突入させれば必ず負ける。


 だから心配する彼を安心させる為にも腕にこぶを作るポーズをすると二人して微笑みを浮かべた。


「安心しろ、あんな連中にゃ負けねー。何たって俺は協約部門に入りたいからな」


「ストッパーの私もいるから安心して。まぁ、どっち道無茶はするだろうけど、最悪死にはしない。運が悪くて手足がなくなる程度かな」


「それほぼほぼ詰みじゃ?」


 リアの容赦ない言葉に軽くツッコミをいれつつも銃を握り締める。

 流石にそんな事になっては自由に生きられれないので注意しようと心がける。とはいえ最近の医療技術では四肢が欠損してもサイボーグ化で何とか出来るとか何とか……。


 最後に軽く挨拶だけすると二人して走り始める。ついでに今さっき倒した魔術師からマナの補給用に使われる結晶をくすねて作戦を練った。


「なぁリア、魔術師はどこに屯ってると思う?」


「えーっと、このモールは構造上通りが円状になって、その外側にいろんな店が並ぶような構造になってるの。で、真ん中には噴水広場がどどーんって置かれてる。【超常存在】を召喚するほどなんだから、このモール内にそれだけの広場があるのは一つだけ」


「つまりそこにいるって訳だな」


「それだけじゃない。召喚に必要なだけのマナがあるって事は、絶対に予備もある。つまり広場はマナが満ちてる高濃度状態。あまり長くし過ぎるとモール中に拡散して耐久性のない人達にマナ中毒症状が出ちゃう」


 話を聞いてからそれもそうかと気づかされる。

 自分達は普段からマナに触れているから平気だが、一般人からしてみればマナはある意味毒の様な物。二酸化炭素中毒と同じで最悪死ぬ場合だってある。

 確か生まれる前には地下モールでマナが拡散され二百人以上が中毒症状に陥った事件があったとかないとか……。


「おぉ! なんか、なんか……凄いな!」


「だと思って私も付いて来たの。アルはそんな事考えないでいつも突っ込んじゃうんだから……全く……」


 そんな話をしつつ走り続けるが、あるタイミングで激しい地鳴りが響いて足を取られた。それと同時に天井が崩壊して大量の瓦礫が降り注ぐ。


 詠唱しようと口を動かすもリアは無詠唱で氷を生成すると降って来る瓦礫を受け流し破壊の原因をその眼て直視した。


「あれって……!」


「……流石は《リビルド》のトップだな」


 大柄の男が蠢く濁った風の様な存在……【超常存在】と激しい戦闘を繰り広げていた。相手はほぼほぼ実在していない存在なのに対し彼は何かしらの力を使って攻撃を命中させている。有効打になっているのだから驚きだ。

 何が何だか分からないが魔眼を持つリアになら状況が分かるのだろう。だからリアはこっち以上に驚愕して口を開けていた。


 そんな彼女の肩を強めに叩くと現実に連れ戻して真ん中の広場を目指し走り始めた。リアも後に続いて来る。


「そろそろだ。気合入れろよ!」


「押忍!!」


 人数がまだ把握できていない分下手に行動は出来ない。自分でも後先考えずに突っ込む性格だなぁというのは分かっているが流石にそこで突っ込むほど馬鹿でもない。と、思っている。


 中央広場まで行くと急ブレーキをかけて看板の裏に隠れる。本来は電子看板だから遮蔽物となる看板があってよかった。


「七……いや九人か……」


「予想通りなんか色々やってるね……」


 広場の真ん中では如何にも魔術師ですと言わんばかりの格好をした輩が九人で何か儀式の様な物を開いている。簡易的な祭壇の上に置いてあるのは【超常存在】を召喚する為に必要な媒体……だろうか。一見するとただの小さい壺にしか見えないが。


 リアは魔眼を開いてマナの流れを確認している。その反応から見るにやはり魔術師が【超常存在】に力を与えている様だ。

 つまり奴らさえ蹴散らしてしまえばこの事象は解決される事になる。


 二対九。しかも相手は本来実在してはいけない存在を現実世界へ強引に引き出す程の魔術師。端的に見ても勝てないのは目に見えているが……。


「俺が奴らの気を引く。リアはその間に祭壇の破壊を頼む」


「分かった」


 “血法解放”――――。


 全身が燃えるように熱くなると外気に触れる皮膚から紅い渦が飛び出す。その苦しみを乗り越えて体を動かすと一歩を踏み出すだけで二階の通路から高く飛び上がる。


 とにかく狙いを定めずに銃を乱射すると儀式を続けていた魔術師はこっちに気をひかれて一斉に反撃行動へ出た。放たれた雷撃や氷塊に対しこっちは空中にいるのだから避けられる術はない。

 普通なら。


 手首から血を噴射させるとそれは身近な壁に張り付き、血を体内に戻す事で攻撃を全て回避し壁伝いに走り、連射される爆発やドリルなどを間一髪で潜り抜ける。

 どこかで見た某パイダーマンの様に伸ばした血の糸を自在に操っては壁を駆け続けて最大限相手の注意を引く。


 その隙にリアは一階まで下りると陰から飛び出してマナの結晶を祭壇付近に投げ飛ばした。やがて亀裂が走った全ての結晶は外気を大量に取り込んでは大爆発を引き起こす。そんな硝煙に突っ込むと障害物の間を縫うように駆け一人ずつ殴り飛ばした。


「貴様ら!!」


「ッ――――!?」


 けれど必ずは倒せない。うち一人の魔術師が放った斬撃を避け切れずに左腕を僅かに抉られて鮮血がその辺に散らばった。が、その血は即座に自分の体内へ戻ると傷口に内側から血の膜を張り止血を防ぐ。


「い゛ッッ……!」


 物凄く痛いけれど怯んでいる隙はない。怯んでいれば目の前には視界を埋め尽くすほどの大量の魔術が展開される――――。

 一歩踏み込んで地面を砕くとコンクリートブロックを縦に起き上がらせて放たれた重撃を防ぐ。それでも余波をその身に食らいながらも真っ白な炎の中を突っ込んで魔術師をもう一人殴り飛ばした。


「アル……!」


「――走れ!!!」


 助けに来ようとしたリアにそう叫びマナの結晶と魔術にて更なる混乱を引き起こさせる。


 残りは三人。このままいけば何とか。

 そう思っていた。


「ッあ――――!?」


 硝煙の中から放たれた銃弾が左手の甲を貫いた。

 ……え? 銃弾? 魔術師が何でそんな物を所持している?


 対魔術師戦においては銃弾よりも自在な形で展開できる魔術の方が有利だ。だから魔術師が相手になると《ODA》所属の構成員達にはなるべく魔術特化部隊が来るまで待てと言われる。故に魔術師が銃を持つ事はなくむしろ銃を持つ事で動作に支障が生まれたりアイテムが上手く取り出せない等の事情で魔術師界隈では御法度に近い。

 魔術で遮蔽物を作るのなら自分の弾も遮られるのだから。


 それに世間一般で手に出来る銃は全てゴム弾や非殺傷弾などの危険性が低い物だ。本物の……殺傷性の高い実弾を持っているという事は、つまり――――。



 ――《未来協会アラン・ワークス》!?



 実弾の込められたアサルトライフルが連射された。


「――万物を遮る零度を持って双璧を成せ、“アイシクル・ウォール”!!」


 マナに言霊を用いて脳内演算をショートカットし、自動的に魔術を実行させる事で氷の壁を生成した。いわゆる詠唱魔術という物だ。


 けれどこれだけでは防げない。

 いきなりの事で完全に見落としていた。自分が守りに徹する分彼女が無防備になってしまう事を。

 照準がこっちからリアに切り替わる。


「しまっ――――!?」


 銃弾が届くよりも速く助けようと体を持ち上げるが流石に平均700m/sの弾速には敵わず、撤退するまでの間に額や腕に掠って血が噴き出す。直線路を避け角に入り込むと銃声は止むが、その代わりにリアの心配そうな声が響いた。


「ちょっ、アル、大丈夫!?」


「しくじった! まさか今回の相手が《未来協会アラン・ワークス》の使徒だったなんて……!!」


「待ってて、今治癒魔術をかける。――博愛なる精霊よ、かの者に癒しを与え再び立ち上がるべき力を。“ヒーリング”」


 一応傷口を確かめるが弾は完全に貫通した様だ。出血も既にリアが開始してくれている治癒魔術で収まり始めている。とはいえ、治癒魔術はマナで細胞を作り一つずつ当てはめていく手法だからそれなりに時間がかかるけれど。


「ごめん。本当なら無詠唱で手早くやりたい所なんだけど……」


「治癒魔術の脳内演算はとんでもないからしゃーねーよ。それよりもあと三人をどうやって倒すかだ」


 相手も相手で立て直す時間が欲しかったのか追撃をしてこない。こっちの傷は一分もあれば止血が出来る。後は布かなんかで傷口を縛れば応急措置は完成だ。

 だから次の手を考えようと頭を動かし始めるがリアが震える声で問いかけてくる。


「倒すって……まだやる気なの!?」


「だってあいつらを倒さないと【超常存在】は止まらない。あの人だって無限に体力がある訳じゃないんだ。早くしないと俺達全員ここで死んじゃうんだぞ」


「…………!」


 普通【超常存在】に出会ったら死の運命を受け入れるしかないとまで言われる。

 だが、今その【超常存在】は《リビルド》のトップが食い止めてくれていて、魔術師さえどうにか出来ればみんな助かるかもしれないのだ。

 だからこそ、そんな重荷を一緒に背負ってくれているリアの気持ちも分かる。


「なんで、そんな……。怖くないの……?」


「――――」


 命のやり取り。一撃でも脳天や心臓に当たれば死。

 怖くない訳がない。二千年前にいた時でも殺し合うのはずっと怖かった。相手の命を奪う事。相手の夢と理想を奪って、相手の待ち人や家族を悲しませて、そこまでして血まみれになった手に一体何が掴めると言うのか? そう考えない時はなかった。


 だからいつも同じ理由に縋って相手を倒し、殺して来た。死ぬのが怖いけど殺すのも怖いだなんて言ってはいられなかったのだから。

 ……そんな選択肢なんて最初からなかった様なものだ。

 この時代で生まれたリアからすれば、アルフォードという男はがむしゃらに突っ込んで血に飢えた戦闘狂という気味の悪い幼馴染なのかもしれない。


 でも。


「……夢を見るんだ」


「え?」


「沢山の人を救って、世界すらも救って、豪傑だ英雄だって褒め讃えられる夢を見るんだ。その光景は決して正しい物じゃないし、綺麗に洗った手に塗られた血の量は計り知れない。……でも、そんな夢でも、仲間と一緒に最強って謳われる憧れが、いつもその夢に在るんだ」


 夢なんかじゃない。全てこの目で見て、経験して、魂を震わせた景色だ。あの時、魔王軍幹部を殺してまで手に入れた名声は、冷たくも確かに暖かかった。それを受け取ったあの一瞬に感じたときめきや感動は今もよく覚えている。


 やりたい事をやって多くの人から褒められる。これほど自己肯定感が高くなれる物もそうあるまい。そして、自己肯定ほど生きていくうえで大事な物もそうない。


 視界いっぱいに広がった紙吹雪と数え切れないほどの笑顔。鼓膜を震わせるほどの万雷の喝采。努力が認められた勲章は多くの声を聞かせてくれた。

 それは花園に寝転がって親友と笑い合ったあの時間よりも輝かしく思えた。

 その輝きを手に入れる事が……自分の情に従って生きる事が、自分にとって自由に生きる事であるのなら――――。


「……俺の憧れは間違ってる。でも、憧れを諦めたくはない。それが間違った道なら間違えないで憧れを目指したいんだ。……独りじゃ絶対に自由には生きられない。生きたくない」


「――――」


「助ける事がやりたい事なんだ。例え普通とは捻じ曲がったその思考が、俺なりに自由を生きられるのなら……」


「アル……」


「俺は危ない人間だ。それでも、リアが一緒にいてくれるなら俺は凄く嬉しい。だから……一緒に、力を貸してくれないか?」


 自由に生きたいのに死地へ飛び込む人間ほど気味の悪い物はあるまい。それは決して常人からは理解される事のない“異常”だ。

 でも、アルフォードという人間はそうとしか生きられない人間でもある。二千年前の経験を引きずって、今と過去で生まれた環境も世界も違うのに自身を同一視して、その果てに新たな自由を見つけずに過去の自由に囚われている。


 それでも、その夢を諦めきれない。

 根源的呪いに解放されてもなお、魂に刻まれた呪いは消えない。


「――――」


 リアは真っ直ぐな瞳に射抜かれて黙り込んだ。

 彼女だって大切な仲間であり幼馴染だ。それにこれは自分で選んだ選択でもある。彼女が嫌だと言うのであれば自分でいくしかない。

 元より後戻りなんて出来るはずのない道にいるのだから。


 そんな選択を迫られても尚リアは死ぬかも知れない恐怖に囚われながらも拳を握り締め、頷く。


「……ありがとう」


 上着を脱いで傷口を覆うように縛り付ける。まだ物凄く痛むが動ける程度には回復した。これでもう数分程度は戦えるだろう。

 やがてリアは涙を拭うと立ち上がってこっちを見た。


「……勘違いしないで。迷ったのは、私が死ぬのが怖いからじゃない。そりゃまぁ、死ぬのは怖いし嫌だけど……それ以上に、アルが死ぬのが怖かったから」


「リア……?」


「アルは私の唯一の友達で、幼馴染。その人が死んだらきっと私は……。だから、死なせない為に私も行く。アルの行きたい場所があるのなら私もそこに付いて行く。アルにやりたい事があるのなら、私もそれをやりたい」


「――――」


 今まででも大事な友達として見てくれているというのは知っていた。だが改めてそこまでハッキリと言われると流石に少し照れくさい。

 だから上手く喜びへ変換出来ずに別の形で言葉に出した。


「……そこまでハッキリとデレるツンデレってのも珍しいな」


「誰がツンデレよ!!」


 直後、空になった弾倉がリアの掌から解き放たれて額に直撃した。



 ■□■□■□■□■□■□



 《未来協会アラン・ワークス》……。別称、“未来を望まれた子供達”。

 手当たり次第に拉致してきた孤児や教育放棄された子供に教育訓練を施し、育ててくれた感謝などを刷り込ませて自身の組織に奉仕=任務に当たらせている非合法組織だ。


 組織の内部情報が出回っていない為その任務内容の詳細は不明だが、第三者からの行動報告をまとめる限り確認されている任務内容はその九割が破壊・殲滅行為だという。幼い頃から訓練された構成員には警察や防衛機関も叶わず、《ODA》でも彼らと渡り合えるのは大隊長以上からとされている。


 彼らに対してよく言われるのは「見つけたら殺せ。無理なら逃げろ」。

 いわば「人災」の権化とも呼べるソレがもたらした被害は計り知れず、彼らの影響で数え切れないほどの人が悔し涙や殺意を流した。


 そんな非合法組織である事から政府からもあらゆる組織に幾度となく排除命令が下されているが、その本部や実態は未だに掴めていない。

 その最高指導者である『アラン・レーゼルジア』……組織内では「主」と呼ばれ「ゼーレ」というあだ名を付けられている女には六十億を超える懸賞金がかけられているほどだ。


 今までに街中で破壊行為を行い構成員が捕らえられた事は幾度もあった。けれど一向に情報が割れないのは捕まった全員が自害して情報を抹消するからだ。遠隔操作で体内のマナを破裂させ殺害させているとされている。

 そんな野蛮人の集まりを相手にするのであれば、覚悟を決めなければならない。



 ■□■□■□■□■□■□



 儀式を中断して《未来協会アラン・ワークス》の魔術師がモール内を徘徊し始める。そんな最中に陰からリアが銃撃で奇襲を仕掛けるが、氷で防がれて失敗に終わってしまう。

 柱を盾にしながらも逃げるリアへ魔術師は追い打ちを仕掛ける。


 その隙にこっちからも奇襲を仕掛けると実弾が内一人の足を撃ち抜いて行動不能にさせた。

 当然こっちにも攻撃が飛んで来るから柱を盾に逃げ続ける。


『――準備はいい?』


「あぁ、思いっきりぶちかませ!!」


 無線にてそうやり取りを行うとリアが仕掛けていた爆弾を一斉起爆させて大事な支柱を何本も破壊する。ある場所に誘き出された二人の魔術師はその爆破で狙いに気づくも、気が付いた頃には崩れて来る天井からの瓦礫に押し潰された。


 凄まじい轟音と粉塵がまき散らされる。

 いくら魔術師とはいえど瓦礫の崩落には耐えられまい。ましてや今回は集中的に崩壊する場所に誘き出されての崩落。バリアを張っても圧死は免れないだろう。


 そう思っていた。粉塵が晴れて最後の一人が無傷でやり過ごしたのを確認するまでは。


「は……!?」


 傷口を貫かれる。ようやく塞がりかけた左腕の傷口からもう一度血が噴き出した。


「――アル!!」


 駄目だ、来るな。そう言おうとした頃にはリアは鉄製の檻に閉じ込められてしまい身動きが出来なくなってしまっていた。


 ヤバイ。これヤバイ。早く避けないと。

 痛みで視界が眩む。それが治って前を向いた時にはもう敵の魔術師が目の前にいて拳を振り下ろしていた。


「ぐぁっ――――ぁ」


 痛い。そりゃ殴られれば痛いか。

 まともに体が動かない中で瓦礫の中まで蹴り飛ばされるとゆっくり近づいて来た魔術師は剣を生成した。一秒足らずで鉄剣を製造してみせるとは、やはり練度が狂っている。


 剣が高らかと振り上げられて脳天を捉えた。避けなきゃ死ぬと分かっているのにまだ痛みで怯んでしまって体が言う事を聞いてくれない。

 クソ、二千年前なら肩を貫かれた痛みが毒で和らぐ様に感じるくらいには頑丈だったのに。


 やがて鋭い剣先は真っ先に振り下ろされて――――。

 左手を翳す。手首から放出された大量の血液を見て魔術師は驚きのあまり動きを止めると、細くも硬い糸となった血に巻かれて身動を封じ込めた。


「血を操る能力!? 貴様、まさか……!」


「甘かったな魔術師さんよぉ~。血法の使い手はまだまだ実在するんだぜ……!!」


 魔術師を束縛したまま腕を振るうと鞭の様にしなった血の糸が自分の周囲をすさまじい勢いで回転し始める。そのまま振り続けた末に束縛から解きつつも壁へ投げつけると魔術師の体はコンクリートの壁にめり込んだ。

 が、事前にマナで装甲を作っていたのか即座に反撃を開始される。


 向かってくるツララを薄い血の膜で防ぐが如何せん数が多い。壁を生成して防ごうとするも詠唱が完了するよりも早く血の膜が破られて軽く額を抉られた。そして体を仰け反らせて態勢を立て直すまでの数秒間に魔術師は距離を詰めていた。

 瞬間、リアの叫び声が響いた。


「ぐっ……! ――ぁぁぁぁぁああああああああああッ!!」


 強引に檻を破られた事に反応した魔術師の腹を蹴り距離を開ける。リアはそのまま駆け出すと立て直した魔術師が放った銃弾と魔術の中へと突っ込んでいった。

 普通ならば死ぬだろう。自分だって生き残れる自信はない。

 無数に放たれた弾丸と魔術は肉体に風穴を開けてその命を消し飛ばす。




 だが、リアは魔眼を開眼させるとその全てを必要最低限の動きで避け、弾いた。




 手に持っていた銃が壊れる。魔術師の銃は弾切れになった。

 リアは拳を握り締めて相手の放った魔術を的確に避け懐に潜り込むと、マナを溜め込んだ拳を腹に殴りつけて思いっきり殴り飛ばす。


「――ッらぁ!!!」


 ここしかない。痛みを堪えて起き上がるともう一度“血法”を開放して飛び上がる。立て直す時間を与えたら今度こそ完全に――――。

 右から飛んできたツララに右腕が貫かれて血を流す。


「い゛ッ……!?」


「――――!!」


 倒れていた魔術師はリアが牽制する。だからこっちは残った最後の一人に止めを刺すべく思いっきり飛び出した。

 左腕は力が出ない。右腕は痛みで動かない。

 ならば。


「――ぁぁぁぁぁぁあああああああああああああッ!!!!」


 斬撃に耳を削られながらも全力で脚を振るうと魔術師の顔面を蹴り飛ばして百mはある直線路の一番向こう側まで蹴り飛ばした。


 三人共動かない。いずれも自分達の攻撃で気絶したか。

 最後にリアが所持していた射出型拘束具で全員の身柄を拘束すると身近にいた魔術師の一人を押え、モール内にいる全員に届く様に大きな声で叫んだ。


「――制圧、完了!!!」

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