1-5  『期間限定には食らいつけ』

 スカウト? スカウトってあれだろうか。優秀な人材を探し出して引き入れるというあのスカウト? え、何で?

 頭の中で必死に試行錯誤を繰り返すがずっと空回りを続けてバグとエラーを吐き出し続けている。そうして数秒が経過した末に声をかけられて現実に引き戻された。


「大丈夫かい……?」


「あぁっすみません! 少しフリーズしてました」


 心配そうに見つめて来るから両手を振って元気よく答える。が、まだリアはぽかーんとしているので脇腹を肘でつついて現実に引き戻す。


「で、ですけど何たって俺達なんかをスカウトしようと……。《リビルド》ってそんな簡単にスカウトしていい組織じゃないですよね」


「確かに《リビルド》は選ばれた者しか入れない。その入り口も狭く限られている。――だからこそ私は君の様な人材を探していたのだ」


「え?」


「君はあの時、憧れていると言ったね。この世界で冗談でもそんな言葉を口に出来る者など数が知れている。だが君はあの時確かに本当の言葉を口にしていた。だから私は声をかけたんだ」


「「――――」」


 それって言葉だけで信じていい物なのか? と、脳裏でそんな言葉が先走る。

 憧れているのは確かだ。そうなりたいと思うのも本当だ。だが向こうからすればいくら気持ちが読み取れてもそれだけでスカウトをしていい理由にはならないはず。彼はアルフォードでは考えもしない何かを抱いているに違いない。


「でも、俺が言ったのって協約部門ですよ? 確かに滅茶苦茶活躍して功績が欲しいっていうのは本当ですけど、《リビルド》だなんて夢のまた夢ですし……」


 《リビルド》は“ある”という事以外何も分からない。だから少しだけ探ろうと問いかけると彼は馬鹿正直に答えて来る。


「君の言う通りだ。もしこの件が怪しいと思うのであれば蹴ってくれても構わない。ただ私が情報漏洩の危険を冒してまで君をスカウトしようと思ったのは――この街を護りたい。その一心で行った事だ」


「――――」


 どうやら嘘を付くのは苦手……というより嘘その物を知らない性格の様だ。ここまで馬鹿正直に答えられて真っ直ぐな視線を向けられては疑うのも無礼に当たる。


 わざわざ《リビルド》の名を騙ってまで罠に嵌めようとする人など相当な馬鹿かただの阿呆だ。それに名刺を見た限り住所も電話番号も名前もしっかり記載されているし実際に存在している地区と道番だ。

 大柄で中年の男が《リビルド》のトップだとは到底思えないが……もしこれが本当ならこれ以上のチャンスはない。


 ――そうすりゃ俺達ゃ名実ともに世界最強のパーティだ!!!


 街で起こる騒動や事件は《ODA》やその他の組織が解決する。だが都市を丸ごと巻き込んだ巨大な事件や超常事象の解決は《リビルド》が行っている。……とされている。解決する事件のサイズからしても実力者揃いの化け物集団だろう。戦術協約部門と肩を並べるか、もしかしたらそれ以上の。


 自由に生きるために生きてきた。だが、心のどこかでは普通に生きるのが本当に自分の願う自由なのだろうか? と問いかけてくる。自分が本当に願う自由は何一つ不自由のない暮らしで生きて死ぬことなのかと。

 何故そう思うのかはわからない。でも、もし十年以上も考えて答えの見つからない自由がこの先で見つかるかもしれないのなら……。


 自由とは何なのか。それは本当に自分の願いなのか。

 それを知れるかもしれない可能性は低い。だが、自分のやりたい事がそれに近づけてくれるのなら――――。


「少し、場所を変えましょう」




「ごめんなさい。これは後輩達には聞かれたくない言葉なので」


「そうだったのか……。こちらもすまない。気が回らなかった様だ」


 ショッピングモールの屋上には本来誰も出入りは出来ない。だが隊長の権限を持つ自分なら偵察という名目で屋上へのロックを解除できる。

 そうして三人で誰もいない屋上に上がると会話を続けた。


「俺は活躍して実績が欲しい。それは本当です。でも、俺にはずっと前から叶えなきゃいけない夢……いや、理想があるんです」


「理想?」


「――この世界で自由に生きる事」


 そう言うと男は少しだけ驚いた様な表情をした。

 他人から見れば馬鹿な理想だ。自由と言ったって、この世界には法律があり、権限があり、秩序がある。そんな世界の中で本当の自由なんて実現するはずがない。


 彼の学園都市を護りたいという思いは本当だろう。鋭く尖ったその瞳からは真の覚悟が伝わって来る。

 だが自分の願いは彼とは違う。自由に生きたい。でも自分にとっての自由がわからない。だからその時にやりたいと思った事を行い、それが自分の望んでいる自由なのかを確かめている。その願いは普通からしてみればあまりにも歪だろう。


 だから笑われる覚悟をしていたのだが、彼は一切笑う事なくそのの覚悟を聞き入れていた。


「自由、か。中々に大きな理想を追いかけているみたいだね」


「笑いたいなら笑ってくれてもいいです。だって自分でも分からないんですから。俺が本当に望む自由って、戦うことなのか、守ることなのか、何なのか」


「……笑わないさ。笑っていいほど容易いものでもないのだろう?」


 男はそういうと馬鹿げた理想を笑わず、むしろ真摯に受け入れてくれた。この話を切り出すとこの世界の住人は大半が夢物語だの現実を見れない偽善者だのと笑い出すから少しばかり驚かされる。

 彼は真っ直ぐな瞳で呆け面を晒すこっちを見て言う。


「恐らく君は、君が思っている以上に広い世界を見てきたのだろう。それが何であれ私にそれを知る由はない」


「え?」


「だが、君からしてみれば厚かましいかもしれないが……言わせてほしい。――君は、君が目指した理想の先で何を望む?」


「理想の、先……?」


 一瞬だけ何を言っているのだろうと戸惑ってしまい何も答えることができなくなってしまった。


 だって理想の先と言ったって現段階ですら理想にたどり着けそうにない。それなのに今から理想の先の事を考えたって仕方ないのではないか。

 そう思ってしまう。


 しかし言われてから気づく事もある。問いかけられてから理想の先を一切考えようともしていなかった事に気づかされて少しばかり考え込んだ。

 理想の先で望むものか……。


「俺は……別に……」


 何も思い浮かばなかった。

 仲間たちと交わした約束はこの世界で自由に生きて仲間のことを忘れずにいる事だけ。それはその約束を果たしてしまえば終わってしまう。

 ならばそのあと、アルフォードは何を望めばいい?

 仮に自分なりの自由を見つけたあと、どこに進めばいい?

 しばらく考えた末にリアを見ると一つの答えを得た。


「……今はいいです」


「今はいい、とは?」


「言葉通りの意味です。だって、自分が望む自由に生きる未来は今すぐに訪れる訳じゃない。なら分りもしない未来の事を今から考えたって時間の無駄じゃないですか。それなら大切な今の事を考えていたい」


 結論は答えにもなっていない様な無茶苦茶な物だった。けれどそれを真正面から伝えると彼は数秒だけ考え込む様な素振りをした後に真っすぐこっちを向き、言う。


「それは私の話に乗る、という事でいいのかい?」


 《リビルド》に加入する。そうは言っても内部情報など確かな物は何もない。だからこの話に乗るか乗らないかは賭けになる。

 入ってみたら実際には《ODA》で戦術協約部門を目指すのが良かったかもしれないし、逆に入ったおかげで今以上に力がつくかもしれない可能性がある。この男だって本当は怪しい奴かもしれないのだ。


 だが、答えを知れる可能性がある以上は見過ごせない。


「――はい」


 彼の問いに即答で答えると彼は少しばかり嬉しそうな表情を浮かべた。そんな様子を見ていたリアは勝手に決めたことに対して反発してくる。


「ちょっ……! そんないきなり決めたらダメじゃない! 私達まだ《ODA》の所属で後輩達の面倒だって見なきゃいけないんだよ!?」


「それはわかってる。でも、何でかな……俺はこの先なら自分なりの自由を見つけられる気がするんだ」


「だからって……!」


 リアからしてみれば驚いて然るべき選択だろう。だって自分達にはまだ所属している組織があり任務がある。今だってそうだ。特に治安が悪くなる今週だけは何があろうとも見過ごすことはできない。

 ……が、言い換えてしまえばそんなの上が決めた事でしかない。逆らった所で死ぬ訳ではないのだ。


「リア。俺は約束したんだ。この約束だけは必ず果たして見せるって。……だから俺は一人でも行くよ」


「――――」


 そう言うとリアは黙り込んでしまう。

 リアは幼馴染だ。当然大切な存在の一つとして数えられている。……だが、彼女よりも大切な人達というのも存在する。今回はその優先順位に従っただけ。


 アルフォードとしてではない。■■としてこの約束を果たしたいのであればどんな道であっても一人で行かなければならない。そう思った。

 ……この先に進めば死ぬ可能性だってあるから。


 だから冷たくそう言うとリアは黙ったまま何も言わなくなってしまう。そんな光景を見て彼に話しかけると自分だけでも突き進むという意向を伝えた。


「……《リビルド》が関与する事件はいずれも都市や世界の滅亡に関わる事だって聞いてます。――なら俺は、自分の求める答えを知るためにこの街を守りたいです」


「自分の為に、というんだね?」


「もっと正確に言うなら自分の交わした約束の為に、です。……結局の所、俺は自己中心的な性格だから、自分の事が一番大事です。でも自分のやりたい事に従うのが自由に生きるって答えになるのなら、俺はこの街を守りたい」


 約束は忘れない。忘れられるはずがない。

 変わりすぎてしまったこの世界ではもう意味のない事なのかもしれない。理想の先を思い浮かべられないのは、本当はこの世界で自由を目指したって仲間達がいないこの世界では幸せになれないとわかっているからなのかもしれない。


 それでも彼らと共に旅をした年月と記憶は魂に焼き付いている。


 ならやらなきゃダメだろう。



 その時、世界が停止した。



 雑音が一切消え去る。鐘の音も、人の話し声も、遠くから聞こえていた騒動も、全てがかき消された。背景は灰色に歪み飛んでいた鳥は空中で静止している。

 その光景を見て男は呟いた。


「これは……【超常存在】か」


 そう言われて二人して注意深く周囲を見渡す。とはいえ外の世界から隔離されているのは一目でわかるし、音や気配がしない所からも完全に取り込まれてしまったのを認識させられる。

 以前にも取り込まれたことはあるが、まさかもう一度取り込まれる事になろうとは。


 通信機に触れるが反応はない。普段はあまり使わない無線機を手にとっても信号をキャッチする事はなかった。


「ダメだ、完全にシャットアウトされてる……」


「で、でもなんでこんな所に【超常存在】が……? っていうかなんで二人ともそんなに落ち着いてるのよ……!」


 けれどリアは“普通の物しか見えず”焦らない二人に焦った表情で問いかける。彼女は魔眼を宿している分、その力を使わずとも自然に普通ではないものが見えているのだろう。別世界に繋げられる様な【超常存在】ならば尚更だ。


 そうしていると店内から幾つもの銃声と破壊音が聞こえてきて建物全体が震えだす。その振動で現実に引き戻されると中にまだ後輩達と一般人がいることを思い出した。


「銃声……? ってそうだ、下にみんながいるんだった!」


 慌てて戻ろうとするも出入口に駆け寄ったその瞬間から突き上げる様に熱線みたいな物が飛び出して出入口を破壊した。

 その中に肉片は混ざっていないが警備ロボットのパーツが散りばめられては分解されるように消滅していく。そんな異常な光景からただでは通じない敵だと知る。


 突然の攻撃に驚いて座り込むと男は前に歩き出し、開いた大穴を見ると中の様子を確認して言う。


「……ここは私が引き受けよう」


「引き受けるって……まさか、一人で【超常存在】に立ち向かうんですか!?」


「あぁ。ここはショッピングモールで人も多い。救助を待っている時間はない」


 彼は《リビルド》のトップだ。だからどんな相手でも大丈夫だろうという安心感はあるが、今の攻撃を見て真正面から迎え撃つのはあまりにも無謀すぎるのではないか。


 情報が何一つないから彼がどんな戦い方をするのかはわからない。だが政府が派遣する特殊部隊でさえも手こずるような相手を一人で受けるだなんて――――。


 下手をすれば命はない。だが、彼からしてみれば命を懸けるのには充分な理由なのだろう。

 街を、人を守る。ただそれだけの理由で。


 ――そうすりゃ俺達ゃ名実ともに世界最強のパーティだ!!!


 自分も、そうだっただろ。


「待ってください」


 そう声をかけると穴から飛び降りようとしていた彼の動きが止まった。やがてこっちへ振り返るとまっすぐに見つめてくる。


「【超常存在】が現れるのには必ず召喚者が必要だって聞きました。そいつらがマナを送り続ける限り【超常存在】は倒せないって」


「ならば、どうする?」


 仮に【超常存在】を相手にしなくともソレを召喚出来る魔術師は想像以上の腕前だろう。いくらこの都市にはマナが満ち溢れているとは言っても召喚に必要なマナと技術は計り知れない。


 アルフォードはある程度の実力者だから隊長に任命された。だがそれは魔術師と比べてしまえば圧倒的にこっちの方が劣ってしまっている。それでも勝負を吹っ掛けるというのならば命を懸ける覚悟くらいはしなければならない。


 だが、そんな程度の危機で目の前のチャンスを見逃すほどの度胸は据わっていない訳ではない。


「――魔術師は俺が引き受けます。ですから、もしこの騒動が終わったら……俺を《リビルド》に入れてください」


 《リビルド》は数々の超常現象を解決してきた。中には世界を救ったものもあるとかないとか。ならば当然求められるのは純粋なる戦闘力のはずだ。

 ここで勝てればかなり大きなポテンシャルに繋がるはずだ。


「……本当ならばこちらから頭を下げるべき事なのだが……。了解した。君の約束を無下にはしないと、そう約束しよう」


 この世界の住人からしてみればただの絵空事でしかない覚悟だ。それなのに彼はどこまでも真摯に向き合ってくれる。だから、そんな彼ならば約束を果たす為の道を任せられるかもしれない。

 今だけは本当にそう思った。


 ポケットからハーフミットを取り出して右手だけに付ける。

 今回ばかりは相手の格が違う。なるべく使いたくはなかったが……流石にあの力を使わざるを得ない。


「俺なら平気です。前にもこーゆー事あったんで。それに……俺は似たような事があったんで、都市でも世界でも、なんだって救ってやります」


 拳を突き出してそう言うと彼は安心したように微笑み拳で返してくる。何年も何十年も鍛え続けたのだろう。大きく擦り傷が残る拳からはそんな貫禄が伝わって来る。

 やがて彼は穴の方へ歩いていきながらもある事を告げた。


「……これは、君からしてみれば煩わしい言葉かもしれない。だが言わせてほしい」


「え?」


「君は今さっき己の事を自己中心的だと表現していた。だが、私はそうとは思わない。交わした約束を果たそうとひたすらに突き進む君の覚悟は、他の誰でもない君自身の意志だ。――誰かの夢と共に生きようとする君を、私は自己中心的とは思わない」


「――――」


「私は君を信じよう。だから君も、どうか私を信じてほしい」


 彼はそう言って穴の中へと飛び込んでいった。その直後に足元からは四つの熱線が放たれて最上階の一部が崩壊していく。

 そんな光景を見てリアに言った。


「……危ないからリアはここにいて」


「ここにいてって……アル、まさか本当に行くの?」


「行くよ。これが約束の為の第一歩だから」


 ここから先は危険な橋だ。一歩でも踏み間違えれば谷の底に真っ逆さまで落下してしまうだろう。そんな危険な所に無理やりリアを連れていく訳にはいかない。だって彼女は大切な幼馴染なのだから。

 だが、幼馴染であるからこそ、彼女もこっちの事を知っている。


「……だぁ~分かった分かりました! 私も付いていく!」


「ここから先は危険だぞ」


「アルだってただでさえ友達少ないんだから、私がストッパーにならないと無茶するでしょ! 全くもう!」


 そう言うとリアは銃を強く握り締めて立ち上がった。

 ショッピングモールの中からは銃声が激しくなっていっている。それと同時にロボットが破壊される音や撤退の指示を促す声も聞こえてきた。雷や凍る様な音は魔術師が一斉攻撃を仕掛けているせいだろう。


 拳をパンッと合わせると自分自身に気合を注入して飛び込む覚悟を決める。

 リアは別の方法で飛び込む覚悟を決めていた。


「その代わり、これが終わったらフォーティワンの期間限定アイスクリーム買ってもらうからね!!」


「へいへい」


 そんな会話をしながらも、二人で危険なショッピングモール内へ飛び込んだ。

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