1-14  『盤面はめちゃくちゃなくらいが丁度いい』

 様々な銃弾や魔術が飛び交う中でリアはその合間を駆け抜ける。そうして中隊長の懐まで潜り込むと左手に溜め込んだマナの衝撃波を拳と共に撃ち出すが――――相手の少年は銃を盾にする事で直接的なダメージを防ぐ。

 けれど衝撃波だけでも体が吹き飛んでコンクリートに激突するほどの威力だ。いくら魔術を使えるといってもすぐに動ける痛みではない。


 右手を振るい背後へ氷の壁を生成する事で生徒からの弾丸を防ぎ、自分はルゥナと共に敵を吹き飛ばした立体駐車場の中へと突入していく。


「一気に畳みかけるよ、ルゥナ!!」


「うん」


 銃口を向けられても視線さえ見切ってしまえば銃弾なんてどうにでもなる。だから姿勢を低くして超前傾姿勢のまま左右に体を振り照準を惑わせた。


 ルゥナが牽制射撃を行い相手の行動ルートを強制する。その隙に柱の陰から飛び出すとマナを操作して脚に溜め込み一気に爆発させ、そうして推進力を発揮させると半ば身体を投げ出すように体を回転させながら思いっきりぶん殴る。

 当然、意識外からの全力攻撃になるのだから男といえど窓代わりの鉄格子を突き破って向かいの建物まで飛んでいった。

 その様子をルゥナはまじまじと見て来る。


「ルゥナ、走って!!」


「う、うん……!」


 破壊した鉄格子の窓から飛び出して向かいの建物へ飛び移る。そうして今度は氷漬けにして身動きを封じようとしたのだが――――瞬間、空が紅緋色に掻き消される。


「っ!? な、なに!?」


 轟音が響く方向に顔を向けるとそこには紅緋の彗星が空を穿ち、雲を突き抜けて遥か彼方へと貫いていた。その明るさに青空が一瞬にして紅緋に掻き消されている。


 普通ではそんな事ありえない。だから何が起きてるのかと魔眼を発動した瞬間、視界を埋め尽くした情報量の多さに脳の中で電流が走る。


「なっ……!?」


 禍々しいと言えばいいか。神聖だと言えばいいか。

 何一つとして淀みのない“流れ”が美しい螺旋を描き、けれど決して交わる事のない純粋な力が彗星を生み出していた。


「なに、今の……」


「――――」


 ルゥナも相手の中隊長も困惑して戦う事すらも忘れ空を見つめていた。それどころか戦闘を行っていた全ての生徒が今の現象を理解できずに戦う手を止めている。


 けれど数秒経つと今度は一度目よりも大きく、そしてもっと重苦しい彗星が空を駆け抜けては重苦しい唸る様な音を轟かせた。

 空気どころか地面すらも揺らしてしまうその轟音に咄嗟に耳を塞ぐが驚きは止まらない。だって次はまた新たな“流れ”が一点に集まると純白の光を放って超高濃度のエネルギーの塊を作り出したのだから。


 魔眼で見ているから理解できる。あんな超高濃度のエネルギーを凝縮なんてしたら破裂した反動で周囲の物質を巻き込みながら蒸発させてしまう。仮に破裂しなくても同じ場所に一点に留まり続ければ物理現象が起きて物質が捻じれる可能性だって――――。

 一瞬だけ収束する。その瞬間に体が動いてルゥナを押し倒していた。


「――危ない!!」


 瞬間、破裂した純白のエネルギーは大空に向けて放たれて周囲の雲を全て蒸発させた。それでもその反動が地上へ届いただけで脆い柱や瓦礫などが崩れては吹き飛ばされる。

 途轍もない風圧に伏せているのに吹き飛ばされそうになる。いや、というか壁にもたれかかっているだけだった中隊長の少年とかはもうとっくに吹き飛ばされてしまっていた。


「アル……!」


 爆発が収まった頃にスマホを取り出して彼に連絡を試みようとするも通知欄に“暗部がいてこの戦闘は陽動である”というメッセージの【Code:Σシグマ】が視界に入り即座に行動を変える。


 事態は割と最悪な方向へ向かっている。そういう手加減できない状況という事もありマナを編むと放たれた弾丸を回避しながらも相手を氷漬けにする。

 当然そんな乱暴なやり方をするのだからルゥナは大いに戸惑う反応を見せた。


「リア?」


「【Code:Σ】! ここお願い!!」


「っ! わ、分かった!」


 彼女達には暗部の事は知らせていない。だから彼女達にとっての【Code:Σ】はただの緊急事態発生でありそれを対処するのはリアとジンという部類訳がされている。

 という訳でマナを込めた拳を振るうと広場に集っていた生徒たちを突っ切り、邪魔をしてくる生徒は殴り飛ばしてジンが戦っている場所へと急行する。最短距離で突っ走っている訳だから別の中隊長を殴り飛ばし壁をこじ開けるとジンが戦っていた相手を巻き込んでコンクリートを砕いた。


「うおっ!? 人が吹っ飛んできた!?」


「よかった、いた!」


 周りの生徒達は中隊長がぶん殴られて気絶している事が相当信じられないのか硬直している。だからその隙に高台から飛び出しつつも叫んだ。


「――ジン、【Code:Σ】!!」


「シグマ? って何だっけ」


「いいから来て!」


「おう!」


 手を伸ばすと鞭の様にしなった彼の腕が巻き付いて来る。それを掴んで思いっきり振り回すと進行方向に投げつけて先行させる。


「この戦闘は陽動で暗部は今の内にブツを持って逃げようとしてる! 何でもいいから高く飛んで!!」


「おっしゃ! 掴まってろよ!!」


 そう言ってジンに背負ってもらうと足をばねにした彼はビル八階分はありそうな高度まで余裕で飛んで見せた。そして落下するまでの僅かな時間の間に魔眼を開いて周囲を見渡す。例え数秒だけでも魔眼の動体視力の良さと解像度ならば、肉眼では塵程度にしか見えない姿でも望遠レンズの様にハッキリと見える。

 例え数百mも離れた暗い所で走る黒装束の影すらも。


「いた、追って!」


「方角とか言われてもわかんねーから指差せよな!」


「ったくしゃーないわね! あっち!!」


 指をさすとジンはすかさずその方角へ向かって移動を始める。足をバネにしているからか前傾姿勢で飛び出すと一回のジャンプだけでもかなりの距離を移動していた。これなら姿を消される前に追いつけるかもしれない。

 けれど。


「アル……」


 【Code:Σ】にはアルフォードが動けないから二人に託すという意味が込められている。つまりそれを伝えてきたという事は彼が全力を出しても手こずるという証明にもなっている。言霊に魔術。果たしてオズウェルドに勝てるのだろうか――――。

 唯一の利点で言えば血法操作しか思い浮かばない。でもそれだけで言霊なんかに勝てる見込みは?


 ……いや、今は心配ない。

 そう割り切ってジンと共に暗部の後を追った。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 意識が深い底に落ちている。常人で言うところの気絶にあたる状態になっているのだとアルフォードは理解していた。が、そう認識出来ている時点で意識は……いや、潜在的な意識はまだ鮮明に機能している。


 二千年前にとある仙人から鍛えられたから気絶しているのがよ~く分かる。何せ「気絶している間も集中しろ」だなんて言って寝てる間も殺す気で修業を受けていたのだ。意識がない状態でも極薄の血の糸を周囲に放ち、それが動く事で周囲の状態を把握するなど造作もない。

 とはいえ潜在的な意識での認識だからすぐ気絶から回復できる訳ではないのだが。

 だから気絶しながらもルゥナが駆け寄って来るのはすぐに分かった。


「いた、発見。……アルフォード! ……アルフォード!!」


「っ…………」


「よかった、目が覚めた……!」


 目を覚ますと予想通りルゥナが視界に入る。けれど心配そうに涙ぐんでいるその表情からは割と深刻な事態に陥っている事が分かった。


「大丈夫? 何があったか分かる?」


「あぁ、大丈夫……」


 体を起こして周囲を見る。けれどボロボロに半壊したビルの中にオズウェルドの姿はなく、ただ爆発でも起こったかのような焦げ跡だけを残して存在を消していた。

 当然そんな普通では成り得ない状況を目の当たりにすればルゥナは困惑する。


「君が倒れてる場所……つまりここで大爆発が起こった。何があったの? まさかオズウェルドもここに?」


「――――」


 ありのままを報告する……事は出来ない。

 オズウェルドが暗部に関わっている以上話す事は出来ないし、その上彼は想像以上のとんでもない存在であったことが判明した。普通の人間が関われば……いや、仙人の様な上位存在が関わっても生きてられるかどうかというレベルの存在である事が。


 だからと言って無言で貫ける状況でもない。なんでもいいから頭を回してそれらしい言葉を述べる。


「……オズウェルドは逃げた。この状況は俺とアイツの攻撃が重なって出来た物だ。アイツ、言霊の練度は相当……っつ」


「無理して動かないで。右腕がぐちゃぐちゃなんだから……!」


 そう言われて痛覚以外の感覚がない右腕を見る。現在進行形でハルノが応急措置を施してくれているが、リアの様に魔術を使える訳ではないらしく止血処置を行っていた。

 まぁ魔術は人の才を選ぶと言われている。例え詠唱アリでも扱えない人は相当な努力をしないと扱いずらいのだから仕方がない。


「リアとジンは君の報告を受けて急いで問題の対処に向かった。……ねぇ、君の感じた緊急事態がどんなものなのか、聞いてもいい?」


「…………」


 やはり隠すには無理があったか。

 だが彼女達は普通の学生でしかない。だから例え何があろうとも彼女達を暗部の事件に巻き込んではいけない訳で、頑張って捻り出した嘘の言葉を綴った。


「……簡単に言うならネヴィアとガーデン・ミィスが繋がってた。それで俺達が探してたブツを持って逃げようとしてるのが分かったんだ。だから強引にでも終わらせようとしたんだけど……結果はこのザマって訳だ」


「なるほど。だからあの二人があんなにも急いで……」


 ガーデン・ミィスが暗部なのは伝わっていないのに安心する。だがこれでガーデン・ミィスが政府に狙われる程の物を持ち去ったというのがバレてしまっている。ここからは彼女達の精神的誘導が必須になる。


「無力化した生徒は?」


「捕まえてある。今はもう学校に連行途中だってさっき紺鶴から連絡があったよ」


「そっか。とにかくこれで無効の戦力は削れた。あとは敵拠点に乗り込むだけだ」


 そう言って立ち上がるとボロボロに朽ちた腕を抑えつつも戦闘跡を見る。ざっと見でも五十人前後はいるだろうか。ネヴィア高校は三年四クラス。一クラス三十人だと見積もってもまだまだ戦力は向こうの方が上だが……こうして一度は勝っている以上下手に手を付ける事はあるまい。

 ならば防衛準備を整えられるよりも早く学校を制圧する。それで学戦は終わる。

 だが――――。


「……オズウェルドはどうするの?」


「――――」


 敵の大将オズウェルド。逃げたと言えど一時的な物だろう。学校へ向かう頃には既に彼は待ち構えているはずだ。


 普通ならそう考える。


 マイクロレベルで手首から放たれている血の糸に軽く触れる。そこから伝わる振動で彼の現在地を捉えた。

 だがオズウェルドのいる位置は学校とは全く別の方角。感覚的な位置情報だから的確とは言えないが、スマホで地図を開くと見当違いな場所……学校とは縁も所縁もないスラムへと足を踏み入れていた。


 ――暗部の奴らと合流したか……。


 アルフォードの情報が漏れた以上奴らは必ず警戒する。《リビルド》の強襲にも備えるだろうからそう猶予はない。

 【ブラッド・バレット・アーツ】はジンとリアが追っているからどうにかなるとしても一番の不安定因子を無視する事は出来ない。最悪全てをうやむやにする為に全員を殺しに来たってなんら不思議ではない。

 ベレジスト高校は学園都市全体で見ればさほど有名でもない。いつの間にか消えていたって誰も気にすることはないだろう。


 ただ、だからって守備に徹するのも愚策だ。確実性が欠ける以上安易に手段を選ぶのもよくない。

 ならば。


「……学校に戻りたい。一度、作戦を練り直す必要がある」



 ――――――――――


 ―――――


 ―――



「……ごめん。見失った」


「そっか」


 二時間もすればジンとリアが落ち込んだ様子で戻って来てそう言った。その様子を保健室のベッドに座りながら見つめるが……二人に暗部の追跡が無理だと言うのは大方予想がついていた。

 普通では捕まえられないのが暗部なのだ。それなのに普通の追い方しかしらない二人にその尻尾を捕まえられる訳がない。


 そして色んな事が判明してしまった以上説明責任は逃れられない。そういう訳でルゥナは数秒だけこちらの覚悟が固まる時間をくれると満を持して問いかけて来る。


「そろそろ聞いてもいいかな。ネヴィアとガーデン・ミィスが繋がってるって話を」


「――――」


 政府のあれこれだから話せない。それで終わりだ。けれどそれだけで終わらせてしまったらダメな気がする。

 何か直接的な勘が働いている訳ではない。

 自分でもおかしな理由だと気づいている。それでも――――。


「……ガーデン・ミィスは危険な組織だ。だから今俺達はそれを追ってる」


「アル……!」


 リアからしてみれば凄く久しぶりに出来た友達だ。そんな友達を巻き込む訳にはいかないと制止させようとしてくるが、逆にこっちがその行動を制止させる。

 幼馴染が凄く久しぶりに友達を作ったのだ。亀裂を走らせてはいけない気がする。


「でも、私達の学校と契約する時ガーデン・ミィスは魔道具を取り扱う企業で、物資や道具を支援してくれる代わりに宣伝してくれって……。契約書も……」


「表向きなら誰だって何にでも取り繕える。どこぞの企業が実は詐欺でどうのこうのなんてニュースでよく見る話だろ」


「それは、そうだけど……」


「……深くは話せない。でも、奴らがネヴィアとベレジストを利用して何かをしようとしてるってのが今回で明らかになった。そうなった以上俺達は無視出来ないし沈黙する事も出来ない」


 そう語ると話を聞いたルゥナとハルノは目を皿にして硬直した。それもそうだろう。今まで信頼していた組織が実は凄く危険な組織で自分達を利用していた、なんて話を聞かされれば驚くに決まっている。


「街の安否が関わってるって、そう言う事だったんだね」


「意外と重苦しい話で、それに関わってた事にびっくりした?」


「うん。とっても」


 にしては態度が変わった様には見えない。根は冷静なのか、ルゥナはすぐに表情を切り替えると別の話を持ち出す。


「それって私達が関わる事は出来ないんだよね」


「あぁ。こうなった以上は特に」


「そっか……。なら、せめてこっちで集めたガーデン・ミィスの情報だけでも受け取ってくれないかな。君の言っていた通り、表向きの企業としてでしか集められなかったんだけど……」


 そう言ってタブレットを操作するとこっちのスマホに調べ上げた資料を送信してくれる。軽く見ただけでも魔道具製作の企業としてのガーデン・ミィスが事細かにまとめられていて、調べると言う点においてはかなり繊細にやってくれていた事が伺える。


 その努力を全て水泡に帰してしまうのが勿体ないが、事態が事態だ。彼女達にはまだ学校生活を送れる権利があるのだから巻き込む訳にはいかない。訳にはいかないからこそ、その事を話して理解してもらう必要がある。


「三人は、これからどうするの?」


「いずれにしても学戦に関わる事だ。まずはそれを終わらせるのが最優先だから、一先ずはこの件が終わるまで俺達はそっちに協力する。そこからは……」


 言わなくても先の言葉を理解したルゥナは黙り込んだ。

 一先ずやらなければならない事は定めた。後の事は後で考えればいい。


「……リア、後の作戦は任せてもいい?」


「え? うん、いいけど……」


「……少し、独りにさせてくれ」


 そう言って負傷した腕を抱えながらもみんなを置き去りにして生徒会室から出た。

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