1-3 『友の孫は大体友(叔父)とは別人』
科学と魔法が共存する世界。そんなの嘘だと思っていた。
本で得た知識では科学と魔法は本質も原理も全くの間反対な物であり、本来ならば共存し得る物ではない、と馬鹿正直に書かれていたからだ。
だがここ百年の間で世界の常識は一斉に入れ替わった。科学で魔術を解析し、魔術で科学を解析する。そんな共存関係を築いてからというもの、この世界は大きく変わったのだとか何とか。それはもう文字通り全てが変わるくらいに。
人類種と異形種が混ざり合う街の中を駆け抜ける。人から獣を超え化け物まで街を闊歩する隙間を縫うようにアルフォードは走り抜けた。
朝の街は騒がしい。街を行く人々は仕事だか暇なんだか分からないがごった返し、裏路地を行く人々はヤクザやギャングに目を付けられ常に喧騒が絶えない。表では数えきれないほどの人で賑わっているから絶えず街は大騒ぎ。しかし特に裏はなく裏にいたと思わしき人々は表に顔を出す結果逮捕だの何だのを繰り返している。その度に警察や専用の機関が対処に当たり交戦したり対処したりで結果的にはいつも通りだ。
肩幅の広い異形種の人物にぶつかると肩にかけていた銃が落ちそうになって咄嗟に抱え上げる。
『ここで今週のビッグニュースタァ~ァァァイムッ! 今週はどんな出来事が起こったのかをこのベルナムさんが教えちゃうよォ~ッ!!』
『毎週やっていてよく飽きませんね。私は飽きました』
空を飛ぶ気球船からは耳障りにならない程度でラジオが流れ続けている。それと同時に気球船の周囲にはこの世界の文字でこんな言葉が書かれていた。
【一般広報:本日の第九区イベント実施予定表。AM9:15、大森広場:噴水ショー。AM10:30、日角大通り:龍鳳式マジックショー。AM……】
この街は常に色んな情報で溢れかえっている。人や獣人だけでなく異形種もそうだし、毎週空から聞こえて来るやかましい人の定期ニュースのラジオ、気球船に表示される天気予報や交通情報やイベント情報。
最初に外へ出たばかりの頃はあまりの情報料に頭痛がしたものだ。今となってはそれもカワイイ物だが。そう感じてしまう理由が今手元に握られている銃だ。
街を駆け抜けているととある交差点の角にある喫茶店の前である少女が待っていた。アルフォードとは色違いの黒の制服に白のラインが入った服装をしていて、同じように肩に銃を下げていた。
腰まで届く紺色の髪をサイドポニーで一部を縛り、同じ色の瞳をしている少女だ。
そんな彼女はこっちに気づくなり溜息を吐いて言った。
「全く……遅いよ、なにやってんの!」
「ごめん、ちょっと野暮用があってさ」
「どーせ楽しみ過ぎて寝れなかったとかでしょ」
「せーかい!」
彼女の隣を通り過ぎると彼女自身も一緒に走り出して同じ場所へと向かう。視線の先に待ち受けているのは学校……というには少しばかりゴツゴツしい施設だ。
別にそこの生徒という訳ではない。今から向かうのは“護衛”の為だ。
「ったく、《ODA》も人使い荒いよなぁ。こっちは昨日異業種の騒動片づけたばっかりだってのに」
「しょうがないでしょ、私達が頑張らなきゃこの街の治安維持できないんだから」
《ODA》……Order Defense Agency(秩序防衛機関)に入ってからもう二年が経つ。とはいえ年齢的にはまだ中学三年生。三年制一年目の途中からの転入とはいえそれなりの時間が過ぎた。隣を走る少女も同じ時間を《ODA》で過ごしてはいるが、それでもやはり街の治安維持の為とはいえ人使いが荒いと感じるのは彼女も同じらしい。
ここで生まれてはや十数年。今までは守られる立場でこの世界を生きていたが、いざ守る側の立場になるとこの世界は想像以上に生きにくい。
法律こそあるが上位種からのカツアゲは絶えないし、裏では野蛮人共が何か企んでいるし、おまけに給料は安い。まぁ中学三年生の身分で給料を貰えていると考えるだけでそれなりに差は付いているのだろうが……危険に突っ込んでまで得る程の量でもない。
「ほら、着くわよ」
そう言って二人は護衛対象が来る学校へと急ぎ足で踏み込んだ。
とはいえ護衛を開始するのは午前十一時からだし今は九時だ。護衛対象が来るのは後になる為自分達は運ばれてくる物資などを整理する雑用をやらなければならない。うん、やはり人使いが荒い。派遣社員じゃねーっつのというツッコミが飛び出そうだ。
「……遅いとは言うけどさ、だったら先にリアだけ行ってればよかったじゃん」
作業の最中でそう言うと彼女……リアは一瞬だけピクリと動きを止めた後に勢いよく声を張り上げて返した。
「わ、私だけ行くといつも道が分からない~ってなるじゃない! だから仕方なく待っててあげたの! 全くもう……」
「お、おう」
何もそこまで威張らなくてもいいじゃん。心の中でそんな事を考えつつも荷物を運ぶ。こういうのは普通関係者以外中を除いてはいけないのだが……ダンボールが既に開封済みという事もあり人目を盗んで中を覗くと予想通りの武器だらけ。弾倉を外された拳銃がびっしりと詰められている。
まぁ今回は《ODA》だけではなく一般政府も関係しているとの事だし、銃の出どころが政府からだというのを悟られたくないのだろう。とはいっても既に開封済みのダンボールを渡すのはどうかと思うが。
「にしても、コレ本当に《ODA》の仕事? こういうのって警察とかがやるモンでしょ。ウチらって基本的に護衛とかしないし」
「仕方ないじゃん。なんたって今週は学園都市の誕生祭。色んなイベントが組まれてるんだから猫の手も借りたい状態なんでしょ」
「確かに《ODA》は政府の犬ならぬ猫とか呼ばれる事あるけどさぁ……」
愚痴をこぼしつつ荷物を指定の場所まで移動させる。他の後輩達も同じ様に作業をしているが、同じ考えを抱いているのかこっちの話に肯定する様に「ねぇ?」と問いかけると頷く。
犬ならぬ猫と呼ばれる理由は組織の独自性にある。普通は警察とかの組織は政府に従うのが常識だが《ODA》ばかりはその限りではない。なんたって《ODA》治安維持の為だけに作られた組織。その誕生には政府も関わっていないし資金援助をされなくとも問題はない(らしい)。故に指示には従わず自由に動くが監視下にあるという事で政府の猫と呼ばれている。
そうしていると後輩の構成員の少年が片手間に問いかけて来る。
「でも、護衛も立派な任務ですよ。なんたってそんなに護衛を嫌ってるんです?」
ありのままを自分が答える。……と誤解されかねないので、口を開きかけた瞬間にリアが横槍を入れて代わりに答えてくれた。
「アルは協約部門に入りたいの」
「協約って……戦術協約? あの、公安のエリート部隊に……?」
「そ。昔っから向上心だけは人一倍だからね。だからその為には実績を集めなきゃいけないから、こういう地味な任務は嫌ってるの」
リアの説明で自慢げに鼻を鳴らすと後輩は夢の大きさに驚いているみたいだった。まぁ普通はそうなる。一般人が陸上競技で世界チャンピオンを目指すと言っている様な物だ。
理由はそれだけではないがここで話しても仕方あるまい。そもそも転生云々の話をしたって流石に現実味がなさ過ぎて誰も信じてはくれないだろう。
「でも協約部門ってかなりの実績と実力がなければ入れませんよね。確かに《ODA》からの昇進で入れる人もいますけど……」
「狭い門だから頑張ってるんだよ。それに、一般人が協約部門に入隊するならこの道が一番手っ取り早いしね」
こんな事をしなくたって父と母の力を使えば何とでもなるのかもしれない。だって父は元英雄で母は元勇者。それだけでも政府にそれなりのコテがあるはずだから頼み込めば一気にショートカット出来るだろう。
……が、そんなのつまらない。自分の力でゼロから這い上がってこそかっこいいという物だ。
「出来れば今回の護衛対象を暗殺しようとする奴とか出てくればいいんだけどなー」
「言い方ッ!?」
独り言を呟きながらもタブレットで任務概要を確認する。今回は本当にただの護衛だから何もなければただ突っ立っているだけだ。護衛対象は何やら重大人物みたいだから仮に何もなくてもそれなりの実績にはなるが……パワー is 最強な世界で生き抜いて来たこっちからしてみれば少し物足りない。
任務概要を確認していたがその中に護衛対象についての情報がない事に気づいてリアに確認を取る。
「あれ。なぁリア、護衛対象について何か言い渡されてない?」
「え? 私は特に何も聞いてないけど……」
「俺も聞いてないです」
「私も」
後輩達にも確認を取るが全員護衛対象について知らない事が判明する。
うわ出たよ。《ODA》特有の情報遮断。敵を騙す前にまず味方からというのが上のやり口だから驚きはしないが、護衛の任務の時だけはやめてほしい。せめて相手の行動ルーティンくらいは記載してほしい物だ。
「はあ~ッ、これだから《ODA》は……」
「何というか最近私達の扱い雑だよね、《ODA》」
リアも事前情報なしの状況に愚痴を漏らしながらも第一準備完了のサインを送る。
一か月くらい前に起きた爆発事故は死者ゼロ名って言われても本当は五人の構成員が巻き込まれたって噂もあるし、最近になってどこか別の方向に突っ走っている様な気がする。上の事情を知ろうにも上官の眼が厳しいから困った物だ。
そうしていると後輩の少女がさっきの話について言及してくる。
「あの、さっき言ってた協約部門に入りたいって話……」
「あぁ。本当だよ」
「私、そういうのに詳しい友達がいるんですけど、協約部門の入隊条件ってそれに足る実績と所属組織の上官による推薦、それと能力が必要だって……」
後輩の少女が言っていた言葉は事前に調べていたから知っている。だから小さく頷くと少女は驚いた様な顔をして見せた。
確かに能力は最低条件の一つに入っている。だが能力は簡単に手に入れられる物ではないし、手に入れられたとしてもそれが決して強い物だとは言えない。そういう理由もあって全てが努力で叶う道のりではないのだ。
が。
「あー、そこら辺は対策があるから大丈夫」
「大丈夫って……」
そう言うと後輩の少女はポカーンとした顔をしてこっちを見つめていた。
こぶを作るポーズをすると自慢げの笑みを向ける。それで筋力 is パワーという事を伝えると隣で聞いていたリアが溜息をついた。
「さて、お喋りもこの辺りにして続きしようか。まだ見ぬ護衛対象を守る為にも準備を整えるぞ」
「「はい!」」
手を叩いて切り替えるとみんなで作業の続きを始める。護衛対象がやって来るのはあと二時間くらいだから余裕はあるが、評価にも繋がるし早く作業を終わらせた方がいいだろう。
と、そう思っていたのに足音が近づいて来るのを聞いてピタリと作業の手を止めた。
コツン、コツン、という足音が聞こえて来る。音質からしてブーツか。関係者? にしては妙に足取りがブレている。この足音とリズムは訓練されていない人の物だ。リアもそれに気づくと背負っていた銃を取り出して引き金に指をかける。後輩達もそれを見て咄嗟に構えた。
……が、姿を現した瞬間に不届き者ではない事を知って素早く射線を外した。
「す、スタッフ……?」
「あぁゴメン、警戒させちゃったかな。驚かせてごめんよ」
現れたのは頭から二本の竜の角が生えた褐色肌の男だ。黒の短髪にスーツを決めた彼は爽やかな印象を持たせるが、何より首に下げていたカードで関係者だと見抜く。
咄嗟の事に謝罪をすると彼も何の報告もなしに近づいた事を謝罪してくれるという丁寧さを見せた。
やがて彼は首に下げていたカードを差し出すとどういう人物なのかを証明しつつも名乗った。
「身を護ってもらう立場だし、お礼の意も兼ねて挨拶をしようとしたのだが……少し無礼だったか。俺はネルディッカ・ワース。今回君達に護衛を頼んだ者だ」
「いえ、全然……。って、え?」
しかしその名前と差し出された証明書を照らし合わせて脳がフリーズする。
ネルディッカ・ワース。今確かにそう言ったか。
その名前を知っている。それも二千年前のナロッセス時代から。正確に言えば苗字の方を知っていると言った方がいいのかもしれない。だが、そこから導き出される様に脳裏である記憶が再生される。
ある人物に晩餐へ招待されたあの夜を――――。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
冬のとある夜。■■はある招待状を手に遺跡へと足を踏み入れていた。
仲間はいない。というかおいて来た。何でも一人だけで来てほしいとの事で■■は怪しみながらも一人だけで遺跡に足を運んだのだ。
そうして招待状の悪ふざけみたいな絵に従って進んでいくと中庭に出てそこに座っていた二人を見る。片方は頭に宝珠の飾りがある頭飾りを装備した男で、もう片方は深いコートに身を包んだ大柄のガイコツだった。
その二人を見た瞬間に理解する。彼らは勇者と魔王だ。その証に彼らの手元には聖剣と魔杖が転がっている。
「……どんな奴が待ってるかと思ったら、どんな風の吹き回しだ?」
「なーに、ただの気分転換って奴さ。お前も分からないで来た訳じゃないんだろ」
すると勇者はそう言いながらも自分のエンブレムを見せつける。招待状についていたエンブレムと同じものだ。偽物ではないと確認したからこそ来た訳だが、まさかここに魔王もいるとは。
「魔王と勇者と豪傑の密会ってか。世界平和についてでも話すのか」
「そんな所だな」
冗談交じりに言うが勇者は肯定してくるから驚かされる。
魔王は樽から汲んだ酒をこっちに差し出すと座れと床を叩くから座る。まぁ、未成年だから酒は飲めないのだが……。それを見越した勇者が懐からジュースの瓶を取り出して渡してくる。
「こんな所がみんなにバレたら一大事なんだぞ。分かってるのか」
「分かっておるわ。というか、そもそもの話として最近の常識が間違っているのだ。我々が戦争を再開するだの、混沌の時代が幕を開けるだのと……」
「互いの国の認識もあるから、それを話し合うついでの親交会も兼ねてお前を呼んだって訳だ。無条件で信頼できるのはお前くらいしかいないしな」
確かにここ数十年は勇者と魔王が互いに条約を結ぶ事で平穏が続いている。とはいえ■■からしてみれば生まれた時から既にそうだったから、あまり偉そうには語れないのだが。
勇者側の人達から見れば魔王が、魔王側の人達から見れば勇者が敵だ。それを考えれば最近噂になっている戦争の再会に危機感を感じているのも分からなくはない。かといってそんな物騒な密会に十七の子供を誘うのはどうかと思うが。
三人集まった事でバレたら一触即発の密会兼親交会は幕を開けた。
が、魔王がベロベロに酔った時から話題が変わっていく。魔王は酔った勢いに任せたのか自分の家族の事を話し始めたのだ。
「そういえば、この前儂に新たな孫が生まれてのぅ~!」
「エッ。お前の息子次期魔王だよな。もう子供作っていいのか?」
そう言うと勇者が驚く反応をする。確か魔族は生きていれる時間が長く、現魔王の彼も既に二千年は生きているんだったか。もう歳だが。
それを考えれば息子が子を持つのはそれなりにヤバい出来事なのではないか。そう考えるが魔王は案外親バカだからあまり気にしていないらしい。
「馬鹿を言え。いくら魔族といえど数を増やしてはいけない訳ではない。それに孫は混血じゃ。魔王候補にするつもりは毛頭ないわい」
「……コイツって本当に家族の事に関しては真面目だよな」
「あぁ。わざわざ混血にして魔王候補の争いから外す所とかマジだな」
勇者の耳内に小声で答える。
■■は勇者ほど魔王の事については詳しくないが、それでも彼が家族の話をする時だけは楽しそうで幸せそうだ。そんな家族思いの魔王だからこそ勇者の終戦という案を飲み込んだのかもしれない。
一説にはその提案を呑んだ事自体が罠だとか、戦争が起こらずに弱体化していく人類を後で叩くつもりだとか、そんな陰謀論もあるが。
それでも魔王が真に暴虐な者ではないと知っているのは勇者と■■だけだ。それを世間に知らしめたい所だが……常識が固すぎて通用しなかった。魔王もその件に関しては容認しているみたいだが、一度彼と話してみるとなかなかどうして信じたくなるものだ。
「それじゃあ、混血って事はその孫は一般魔族になるのか?」
「うむ。血の繋がりを悟られぬ為にも母と共に遠方の方へ送るつもりだ。たまに手紙でしかやり取りできないのが悲しいがの~ッ!!」
すると魔王は懐からある紙切れを取り出した。そこには魔術で行った精密な模写があり、笑顔の母親と父親に囲まれる孫の姿があった。魔王との混血という事もあり少し肌は黒く角も丸っこいが、それでも可愛い赤子と呼ぶには充分だった。
「可愛いじゃろ! 可愛いじゃろ!?」
「へ~。魔王との混血って事はかなり凄い事になるかもな。名前は?」
「あぁ、孫の名前は――――」
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
テレビで顔だけは知っていた。だが当時の模写と比べると肌は黒くないし角も丸くないから全く気が付かなかった。
ネルディッカ・ワース。そう、彼の正体は……。
「え、円環塔の責任者ぁ!?」
円環塔……この学園都市のシンボルであり、幾つもの円が組み合わさったようなデザインで建設された“最高技術の結晶”だ。そこにはこの学園都市のあらゆる情報が集まり治安を維持する為の対処などが色々行われているのだとか。
一説には《ODA》が時にして政府に逆らえるのは円環塔の所属組織だからという噂もある。
つまり円環塔の責任者という事はこの街で一番偉い人と言っても過言ではない。それもその人物があの魔王の孫……?
驚きつつもアルフォードは脳裏で今は亡き(であろう)魔王に言った。
――お前の孫、えらく立派になってるよ……。適当なお前とは違ってさ……。
と、どこかでくしゃみをする音が聞こえた気がした。
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