転生 is パワー

1-1  『Hollow world』

 描写が描写な為、第一話は九割五分モノローグのみで進行します。

 ゆるして。



 〇●〇●〇●〇●〇●〇●




 体が熱い。そんな感覚に瞼を開けると目の前には薄いネットの様な物を頭に付けた女性がこっちを見つめていた。彼女は目を合わせるなり布で体を拭いて来るが、あまりの熱さによって何の感覚も得られない。


 やがて彼女は手を伸ばしてくるとひょいっと持ち上げて来る。

 馬鹿な、そこまで筋力も付いていなさそうな女性に軽々と持ち上げられるとは。常日頃から筋トレを行って来たのだからそれなりの体重はあるはずなのだが。


 そう考えていると体をぐるんっと回転されて新たな女性が視界に映る。

 目の前に映った女性……いや、美女は長い灰色の髪を後ろにまとめており、苦しそうに息を荒げながらも汗だくの状態でこっちを見つめている。だがそんな表情は目が合った瞬間に喜びの色に塗りつぶされた。彼女は満面の笑みを浮かべると手を伸ばして頭を撫でて来る。

 やがて美女は口を開き何かを喋り出すが、言葉は何も聞こえない。


 するとまた体を回転させられて次々と人が映り込む。今度は真っ赤な赤髪を逆立たせた大柄の男が視界に入り笑顔を浮かべていた。あまりにも感極まっているのか瞳から流れている涙をぬぐう事もせずに笑っている。


 状況を確認しようと腕を動かそうとするが上手く動かない。まさかついに寿命のせいで腕が動かなくなるまで衰弱してしまったのか。


 ならば魂に抑え込まれている力を少しだけ開放して無理やりにでも体を動かせば少しくらい状況が判断できるはず――――。


 ……というか、ここはどこだろう。

 部屋らしき場所は全体的に白く塗りつぶされ、美女が横たわっているベッドは木製ではなく何か光沢のある金属製の物となっている。顔も動かしにくいから分かりにくいが少し離れた場所には同じく金属製の四角い何かが取り付けられている様だ。


 何はともあれまずは体を動かさなければ。どんな状況であれど体が動かせれば緊急時にも脱出は出来る。

 そうして何とかして腕を伸ばすのだが……。


 ――へ?


 自分の意志と同期する様に視界へ映った腕はあまりにも短かった。まさか毒を食らって体が縮んでしまったのか。いや、だとしてもこれではまるで赤子のようではないか。

 そう、赤子の様な腕なのだ。

 うん、というか、これは……。

 

 ――赤子? ……え? えっ??


 体を見下ろして得たのは、そんな確証だった。



 ――――――――――



 一か月後。

 ある程度の時間が過ぎた頃、あやふやだった記憶と意識がハッキリとしてきた。その結果として分かった事がある。


 まず衝撃的な事実として分かったのは赤子として生まれ変わっているという事だ。最初は「生まれ変わったって何!?」と生まれて初めての動揺を……ではなく生前を含めた生まれて初めての動揺を経験したが、そんな動揺も一か月の時間が過ぎればそれなりに回復した。


 それにしても驚いた。最初こそ認めたくなかったが、抱き上げられたり頭を支えられたりしている内に現状を認めていたのだから。大昔に転生を成功させた人が神様としてとある村で崇め祭られていると聞いたが、まさか本当に転生なんて言う概念が存在したとは。


 そしてもう一つの分かった事とは――転生魔術が成功した事だ。

 この転生という事象の原因は魔術だったのだ。というか、そうでも思い込まなければ納得がいかないというのもある。転生だなんて夢のまた夢。そう思っていた事が現実に起こっていて、それを確証付ける記憶がある以上そう思わなければ辻褄が合わない。


 しかし驚いたものだ。まさか本当に成功するとは。

 いくら魔術といえど万能ではない。それに転生だなんて人の……場合によっては世界の起源にも干渉し得る程の禁忌。それをあの仲間たちが成功させたとは。


 ……過去形なのには理由がある。術式発動から転生に至るまでの記憶をすべて持ち合わせていはいないのだ。いや、記憶が曖昧になっている、と表現したほうが幾分かはわかりやすいのかもしれない。まるで頭の中に深い霧が立ち込めている様だ。


 次に分かった事は、ここはかつての自分がいたような・知っている様な世界ではないという事。


 言語も違う。服装も違う。親の顔立ち……人種すらも違う。「ここがお前の家だぞ~」的な感覚で家の中を見せられたが暖炉や水路の様な物は一切見受けられなかったし、ロウソクやランタン等の明かりを灯す為に必要としていた物もない。

 それどころか家の温度は謎の機械仕掛けの装置により一定に保たれ、明かりは照明魔法を使っている訳でもないのにボタンの様な物を押すだけで確保出来ている。


 それらの情報から導き出した結論は二つ。

 ①文明が発達して当時よりも技術力が高くなっている。

 ②最早前提条件がおかしく全くの別世界に転生した。


 後者のほうはかなり無理がある解釈だが、それでもそう解釈出来てもおかしくない程にかつての世界とは文明がかけ離れている。

 家の構造も服装も、何もかもが違っているのだから。


 よって圧倒的に信憑性の高い前者の方を信じるようにしている。そう思いたいというのもあるかもしれないが、これが一番納得のいく仮説だろう。


 と、ここまで冷静に分析していても、もう二度と仲間とは会えないという慟哭から泣き出してしまう事が多々あった。


 ……それを空腹だと勘違いされて無理やり母乳を飲まされる事もあった。

 赤ちゃんの食事って最初のほうは結構強引に口へ乳房を突っ込んでくるから心臓に悪い。



 ――――――――――



 そのまま二か月、三か月、四か月……と流るままに時が過ぎて半年が経った。

 流石にそこまでの時間が過ぎると精神も状況に順応し始める様で、以前のように慟哭に駆られいきなり泣き出すなんて事は少なくなった。とはいえ少なく、だから未だ悲しみは残り続けているが。

 失ってから初めて気づく、とはこの事なんだろうなぁとしみじみ思う。


 そんなこんなで日々を過ごしていると転生した事実以外にもいろんな事が分かってきた。その発端となったのは言語の習得だ。今までは何を言っているのか分からなかったが、簡単な言葉を教え始めたのと、やはり言語である以上絶対的規則性がある為前提知識を身に着けていた分言語の習得は容易だったのだ。

 とはいえまだ簡単な単語だけだが。


 言語を学習してから分かったのはこの世界に埋もれている単語の数々と高度文明を裏付ける会話。


 まだこの世界がかつての世界から時間がたった世界、という確証は得られていないが、少なくとも全くの別世界という線はかなり薄くなってきている。


 そして知らない単語として「テレビ」だの「電力」だの「スマホ」等々、かつての世界では一文字たりとも存在していなかった単語が使われていた。まだその言葉を使う対象と意味はあやふやだが何となく理解はできている。薄い板の中にある絵や模写が動くのが「テレビ」で手のひらサイズの板が「スマホ」であるらしい。

 ボタン一つで明かりが付く機械仕掛けの装置には魔力ではなく「電気」というのが使われているそうだ。


 文明レベルもそうだが日常生活においても驚かされる要素は数々ある。例として調理を上げると、フライパンを平らな台に置くだけで熱されて焼き料理が出来るのだ。両親は「アイエイチ」という単語を使っていたがこれについての意味はまだ分からない。


 かつての世界では家の中に剣と盾の飾りが置いてあったりしたのだがそのような物も一切ない。やはり以前の風習なども廃ってしまったのだろうか。



 ――――――――――



 生まれてから半年と二か月。

 赤子の体で入手できる情報はかなり少ない。よって半年を過ぎた途端に新たな情報はピタリと途絶えてしまった。


 こういう時に魔法が使えればもう少し情報を得られたのかもしれないが、それは難しい。何故なら人体を流れる魔力が貯蔵器官の許容上限を超えてしまうと内側からはち切れる様に流れ出し、副作用で穴という穴から出血してしまうのだ。

 成長によって魔力保有の許容上限も増えていくから魔法を使っての情報収集はもう一年半ほど先になりそうだ。中には特異体質で赤子の時点で魔導士に匹敵する魔力を持つ子もいるらしいが、どうやらこの体はそんな都合のいい体質ではないらしい。


 さて、体が赤子である事と思考能力が生前と据え置きなのが功を奏したのか、この年でもう両親の使う言語の日常会話は完璧に聞き取れる様になった。流石幼子の頭。物覚えが非常にいい。


 体の動かし方も分かって来た。まだ生前の成長後の感覚に引っ張られつつあるが、ハイハイによって移動距離は格段に広がり家の中の探索はより容易になった。

 まぁ、それでも知らない技術で満ちている自分の知る世界(家)はそれだけでも理解がし難い場所なのだが。


 なんて思っていた数日後、両親はある会話を口にしていた。


「ここ最近、龍鳳の連中が騒いでるそうだ。そろそろ俺達の所に依頼が舞い込むのも時間の問題かもしれないな」


「そうなの? 学園での対処とかは……」


「それが随分と手ごわいらしくて苦戦を強いられてるらしい」


 リュウホウ? 学園? 今までの会話では出てこなかった単語に首をかしげる。

 あいや、学園という単語の意味は分かるが理解が出来なかったのは“学園での対処”という言葉だ。まるで街で起こっている問題を普通はその学園が対処している様な言い方に困惑してしまう。


 まさかこの世界は学園生が何かしらの問題を解決する様な世界になっているのだろうか。微塵も理解が及ばない程の技術まで到達している時代なのだから武器が新しくなり戦闘の主流が変わってもおかしくはないが……。

 まだまだ知らない事は多い。今日はその事について一日中考えていた。



 ――――――――――



 一か月後。

 今日も今日とて外の世界を知るべく奮闘している。どうやらこの世界の建造物には窓を大きくつけるという風習がないらしく、二階建てだと言うのに窓が付いている部屋はリビング、寝室(二部屋)しかなかった。まぁまだ入れてない部屋があるからそこは認識の問題だし、照明という文明の明かりがあるから無理もない。


 自分がいた時代は電気なんてロクになく明かりはランプ・ランタン・ロウソクの三つが主流だったから日中は外の光で家の中を照らしていた。故にどんなに貧乏な家でも大きな窓は必ず二つは付いていたのだが……。

 縦長の羽毛が詰まっているらしい椅子へよじ登る。今は母がいない。いつもは危ないからとすぐに戻されるが目を離している今ならば。


 満を持して窓の上部から垂れている布切れをどけた。

 瞬間、視界に広がったのは眼を焼き尽くさんばかりに輝いた街の光景だった。


「――――!」


 建物が並び、歩道があり、道路がある。ここら辺はまだ分かる。けれど道路を走っているのは馬車や地竜ではなく四角の前方がへこんだ謎の乗り物だった。それも一台だけではなく何十台も走っている。アレがこの世界では当たり前の乗り物なのだろうか。


 歩道にも車輪が二つ付いた乗り物に乗っている人がいる。左右の建物には垂れ幕の様な物から壁の中の絵が動く仕掛けまで使用して広告を出していて、中には気球船と形が酷似している乗り物が空を飛び文字を空中に浮かべていた。


 これが転生後の世界か。まるで別世界だ。

 まるで魔法と剣なんて最初から存在していなかったとでも言うかのような世界観に驚きを隠しきれなかった。


 普通ならばこんな世界でやっていけるのかとか、これからどうしようとか、そんな事を考えるのかもしれない。けれど今だけは“そんなくだらない思考”よりもある信念が胸を貫いていた。

 “この世界を知ってみたい”。そんな知的探求心が。

 そんな事を考えていると戻って来た母に体を持ち上げられる。


「あ、こらっ。またソファーの上に登って……。落ちたら怪我しちゃいますよ」


 相変わらず敬語癖の治らない母の言葉を聞きつつも変わらず外を見る。眩いばかりに輝き光で溢れているこの世界の街を。


「もぅ、アルは本当に好奇心旺盛なんですから……」


 そう言うと母は無慈悲にも子供部屋の方まで運び始めてしまう。だがしかし、バレたからと言ってそこで諦めるほど柔い性格はしていない。隙を見てまた逃げ出しもう一度街を見てこの世界の事を分析しなければ。


 ……それ以降、母の眼は狩人の如く光り続けていた。




 会話を理解し始めてから両親の事も少しずつ分かり始めてきた。

 まず、この二人は新婚ではあれど長いお付き合いの末に結婚した訳ではないそうだ。憶測系の言葉になってしまうのはまだ喋れないから仕方がない。まぁ喋れたとしても乳児にそんな事を聞かれたら不気味がられるのが目に見えているからやらないけれど。


 どうやら自分は訳アリ家族として生まれてしまったらしい。詳しい事情は分からないが二人はとある利害の一致で子を成した様だ。

 というのも、二人はかつてそこそこ名の知れた存在だったようだが何かしらの理由で普通の日常生活に馴染みたいと考えている様子。真偽は分からないが、まぁとりあえずはそういう事情を持っているらしい。そこに生まれてしまった自分は訳アリ家族の訳アリ息子となってしまったという訳だ。


 けれど訳アリだからと言って何か冷たい態度を取って来る訳でもない。普通の親の様にありったけの愛情を注いで育ててくれている。両親の愛情が嘘ではないという事なんて深く考えなくても分かった事だった。

 だからこの事は気にしない様にしよう。そう決めた。


 決めた、はずだったのだが……。


 いつもの如く部屋からの脱出に成功してハイハイで家の中を歩き回る。そんな中、今日は休日だったのか両親の話し声が聞こえて部屋の前で足を止めた。


「ごめんなさいっ、私、悪気はなくて……っ」


「大丈夫だよ。お前は悪くなんてないんだから」


 ――泣いてる? 何かやったのかな。


 母は父の前で小さく泣きじゃくっていた。そんな母を父は慰めるのだが母はよほど後悔しているのか中々顔を上げようとはしない。

 まぁ二人もまだまだ若い。間違いの一つや二つでも起こすだろう。昔、仲間と冒険していた頃は自分も小さな間違い一つで子供の様に泣きじゃくった物だ。間違いは誰にでもあるとは言っても後悔が後を絶たないのは理解できる。


 こういう時こそ優しく抱きしめてあげるのが父としての役目だぜ、と心の中でアドバイスをしつつも見守り続ける。

 が、次に母が放った言葉はそれまでの思考を全てぶっ飛ばした。


「でも私、公衆の面前で子供を助ける為にトラックを蹴り飛ばしてしまったんですよっ?」


 ――はい?


「そんな事俺でも出来る。それに、トラックの一台や二台、誰でも蹴り飛ばせるさ」


 ――蹴り飛ばせるか!!


 え? 何? どういう話をしてるの? もしかしてこの世界の住人って道路に走ってた乗り物を全員蹴り飛ばせるの? なんてスケールの違い過ぎる会話に置いてけぼりにされてしまう。


 いや、落ち着いて考えるのだ。母が泣くくらい気にしてるのだからトラックとやらを蹴り飛ばせるのは珍しいはず。となると二人がおかしいだけで自分の考え方はいたってマトモのはずだ。

 なんて考えていた矢先、またしても全ての思考を消し飛ばす言葉が出てきた。


「このままでは私達、元勇者と英雄だってバレてしまいます……っ」


 …………。


 …………。


 えっ?

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