元豪傑少年の覇道録~転生したら二千年後だったけど自由気ままに生きていきます~
大根沢庵
Vol.1 円環・魔封学園篇
0-0 『選択』
カクヨムには前書き機能がないのでここで書かせていただきます。
この回はあらすじを文章化しただけですので一話から読んでいただいても問題はないです。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
その日、■■は疲れていた。
北の大山脈に住むと言われている氷白龍を相手にして一晩中大乱闘を続けて魔力も体力も使い果たしていたのだ。天候も悪く大吹雪がボロボロに破けたコートの隙を突いて素肌を襲う。荒い息を繰り返す度に呼吸が白く煙る。
「■■君……」
「――来るな!!」
背後にいた仲間の内、魔術師の少女が駆け寄ろうとするが大きく声を発して彼女の足を止めた。仲間もその言葉を聞いて踏み込んだ足をその場で停止させている。
魔力も体力も使い果たした。けれど■■は手に力を入れて剣を持ち直す。既に何千回も打ち合ったから刃こぼれが激しいし切れ味も最悪だけど、少なくともこの戦いだけは持たせなければ。
何より切り札だって残っている。
残ってはいる、が……。
「…………?」
氷白龍はこっちを睨み続けていたが突然威嚇の為に広げていた羽を畳んだ。既に羽は斬撃で撃ち抜いたから飛ぶのを諦めたのだろう。と、そう思ったが次の瞬間氷白龍は喉を鳴らしながらもその場に座り込む。
今がチャンスと剣を振りかざすも相手に一切の動きはない。それどころか戦う事を放棄したかのようにただそこでじっとこちらを見つめている。
そう思った瞬間に剣が手から滑り落ちて座り込んだ。
「……! ■■君!!」
仲間が心配して駆け寄って来る。そうして倒れそうになった体を支えられると目の前に伏している龍が争いを拒んだことを知って全員で息を吐いた。
見逃してくれたと言えばいいのか、満足して戦う気がなくなったと言えばいいのか。どっちにしても命拾いをした事だけは確かだろう。そんなこんなで一夜続いた激戦は突如として幕を下ろした。
やがて氷白龍は動き出して顔をこっちに近づけて来る。だから仲間は食われるのかと心配して武器を構えるが頭を下げる仕草で敵意がない事を知る。■■の次に手練れであるリザードマンの男もその姿に驚いていた。
「……嘘だろ。龍がテリトリーの侵入者を殺さない事なんてあるのか……?」
氷白龍の噂としてテリトリーに侵入した者を問答無用で殺すという物がある。だから自分達も殺されるとばかり思っていたのだが……。
「きっと■■君との戦いで何か通じる物があったんだよ。今はこの子を信じよう」
魔術師の少女はそう言うと、近づいて来た氷白龍の頬をそっと撫でた。
…………。
…………。
氷白龍を討伐する。国からの依頼で来たはずの■■達はいつの間にか氷白龍と殺し合う事をやめていた。そして戦闘をやめたその日の夜からみんなで焚火を囲う事になっていて――――。
「しっかしどうすっかなぁ! 俺達ゃこのままだと打ち首か追放だぜ!」
ドワーフの男がそう言って持ち運び用のウォッカを口にする。
■■達はまだ山脈の中にいて大吹雪は未だ止んではいない。では何故焚火を囲んでいられるのかと言うと……氷白龍が五人を囲む形で風と雪を遮ってくれているのだ。
そんな中で魔導士の老人が言う。
「まぁ今回の討伐依頼は国からの依頼じゃしのぉ……」
国からの依頼という事で前金としてかなりの額の報酬を受け取っている。国も国でテリトリーに入り次第殺してくる氷白龍の事を恐れているのだ。だからこそ■■率いるパーティに今回の様な依頼をしたのだろうが、状況がこうなってしまった以上どうにかしなければならない。
「前金も貰ってますから今更出来ませんでしたじゃ済みそうにないよね……。■■君どうする? いっその事このまま逃げちゃおっか?」
「馬鹿を言え。そんな事したら指名手配されて国家ぐるみで潰しに来るぞ。ま、それはそれで悪くないんだけど」
魔術師の少女の冗談に乗っかると少女は小さく笑った。それに仲間もそれに乗っかるとドワーフの男が筒の容器を振り上げつつも大きな声で言う。
「そりゃいいな、いくら敵が来ようと俺達の大将にゃ勝てねー! ――な、豪傑サマよ!」
《豪傑》。それが■■に与えられた称号だ。
曰くその少年は幼くして魔王に匹敵する力を持ちどんな敵でも返り討ちにするのだとか何とか。曰く、その少年は世界をも揺るがすほどの力を天から授かり世界を救うために旅をしているのだとか。
……と、話が伝わる内に尾びれが付いて改変されていくのは分かるが、まさか自分が英雄だとか勇者とかの括りに入れられるとは思いもしなかった。豪傑とは呼ばれても氷白龍に負けそうな程度の実力しかないのだから。
まぁそれはあくまで個人としての実力があって、氷白龍自体が勇者の全力とトントンくらいだから個としての力もそれなりにはあるし、本気を出せばそれこそ一撃で世界を真っ二つに出来たりするけれど……。
「それに今は俺達がいる。これは本当に逃げても平気なのではないか? ……まぁ俺は反対だが」
「儂は賛成じゃな。どこか落ち着いた場所で年代物のワインでも飲みたいわい」
「そーだそーだ! 俺達は最強と謳われるパーティなんだぜ? 敵なんか世界の終わりくらいしかねーさ!」
リザードマンの男は話題に乗りきではあれど現実問題として夜逃げする事は否定するが、魔導士の老人は結構軽めに見ている様で既にワインを飲む仕草をしている。
確かにそんな生活も嫌いではないが、やはりそれでは■■の性に合わない。
「……じゃあこうしよう。氷白龍の鱗を持って討伐完了って押し通す」
「んぁ、それじゃあコイツをがっつり匿う感じか?」
「だってコイツにはもう敵意はないし、なにより俺は不要な殺生は避けたいからな。幸いこの山脈は外から見れば一年中大吹雪で覆われてる。本気を出しすぎちゃったって事にすれば何とかなるだろ」
そう言って背後にあった氷白龍の頬を撫でるとフンッと鼻を鳴らしてみせた。鱗なら戦闘中に剥がれ落ちたのが何百枚もあるし、体については力を入れ過ぎた一撃で消し去っちゃった~とかの説明で大丈夫だろう。なんたって最強の名を背負っているという看板文句があるのだから。
「それに、これから先もしかしたら――――」
だが最強と言われても人には必ず終わりが来る。■■の場合はそれがもうすぐ間近に迫っていた。
詰まっていた何かが喉奥からせりあがって来る。それを止めずに口から吐き出すと真っ赤な鮮血が湯気を立てながら足元の雪に染み込んだ。
「■■君!?」
「おい、■■!!」
「むぅ……流石に此度の戦闘は堪えたか」
一瞬で息が荒くなる。動悸も激しくなって急速に死が近づいたのを実感する。
仲間達は血を吐いた瞬間に駆け寄って体を支えたり治癒魔術をかけてくれるが、それでも何十回と繰り返してこの現象が治る事は一切ない。
「■■、平気か!?」
「あ、あぁ、大丈夫。今回はただ血を吐いただけで済んだみたいだ」
確か前回は鼻と目からも血が出て大変なことになったんだっけ。激戦から一日が過ぎているとはいえこれだけで済んだのは幸運だった。幸運なのは間違いないが、それでも幸運が切れる時は刻一刻と迫りつつある。
「……そろそろ、だな」
「「――――」」
明確に死期を感じ取ると四人の仲間は黙り込んだ。
体が教えてくれる。もう残されている時間は少ないのだと。血を吐くだけで済んだのはもう死期が間近だからこそ軽い症状で済んでいるからなのかもしれない。
「ったく、皮肉なモンだ。生きる為に力が必要なのに、その力の代償に寿命が決まってるだなんて」
「……やっぱり、今回の戦いが原因で?」
「かもな。実際、今までの力なら一時間で終わってた。夜通し戦っても押され気味な時点で察してはいたけど……。切り札を使ってたら、そこで死んでたかもしんない」
そう言うと四人は心配そうな目でこっちを見て来る。安心させる為にも平気だよと言ってあげたいが……現実がそれを否定するからこそ何も言えなかった。
「まぁ悪い人生じゃなかった分マシだよ。俺は――――」
だからこそ、■■が否定するような言葉を言わなかった分仲間がそれを言う。
「――ふざけないで! ■■君はもっと長生きするべきなんだよ! それなのに、それなのに……!!」
魔術師の少女が涙ぐんだ声でそう訴えかける。リザードマンの男は何も言わなかったが、こっちを見ると涙を含んだ瞳を見せながらも大きく頷いていた。ドワーフの男だって黙ったままだけど目で訴えかける。魔導士の老人だって。
でも、
「……最初から決まってた事だ。この旅は有限時間が決まってるって。それはお前も分かってるだろ?」
「でも、だからって……!」
全員終わりが来ることは分かっている。分かっていて尚も旅を続けてきた。それが旅の果てにどうにかなる未来を望んだからなのか、何か別の考えがあったからなのかは分からない。
それでもこの旅は必ず終着点を迎える。
だからこそ、また次の始発店が待っているのだ。
「……する」
「え?」
「私が何とかする」
「何とかするって……。今から魔術を研究して根源の呪いを取り払おうってか? それだったらまだかの禁忌魔術を完成させた方が現実味が――――」
「じゃあ禁術! 禁術を完成させるからそれまでは死なないで!」
そう言って魔術師の少女は大粒の涙を流しながらも宣言した。別に死ぬ気はないのだが……仲間から大切に思われるのは嫌ではないから小さく微笑みながらも頷いた。
が、問題はそれだけでは終わらない。
「そうは言っても簡単ではないぞ。根源的呪いの解呪は過去六百年で一度として成功した例がない。理論上でも魂に触れる事が出来ない以上、禁術といえど成功出来る可能性は天文学的な確率にも匹敵するぞ」
「じゃあ……じゃあどうやって■■君の呪いを解呪するっていうの!?」
それから仲間たちは■■の根源的呪いをどうやって解呪するのかを話し合い始める。けれど一向に答えは出ずに互いの答えが互いに否定し合う中、リザードマンの男がある事をつぶやき始めた。
「……俺のいた村にある伝承がある」
「伝承?」
「曰く、根源的呪いは禁術の一つである“転生術”で解呪できるのだそうだ。俺の村で祀り上げられている神様の物語では、数千年前の時代から転生してそうなったとされている」
「「――――」」
しかし唯一の手掛かりがありそうな割にはあまりにも曖昧で現実味のない話を聞いて黙り込む。だってその話は禁術が大前提の話であり、何よりも転生だなんてそんなバカげた術なんて存在する訳がない。
そして何より、
「転生って事は、もしそれが本当に出来たとしても、みんなは……」
偏に転生と言っても二つある。別世界へ生まれ変わるのか、時代を超えて生まれ変わるのか。仮にそんな技術があったとしても転生した先にみんなはいないだろう。だって同じ世界で生まれ変わると仮定したって禁術を発動したその日に赤子へ生まれ変わるだなんて思えない。
それに今はみんなと旅を続けるために根源的呪いを解呪しようという話をしているのだ。なのに自分だけ転生するだなんて口は悪いが論外だ。ならばいっそのことこのままみんなで逃げた方がずっと――――。
ふと、ドワーフの男が笑い出した。
「おいおい、俺達ゃ旅を続けるために話し合ってるんだぜ? なのにオメーは……」
「わ、分かっている。ただ頭に浮かんだ事をいっただけだ」
「――だが、嫌いじゃあねぇ」
どういう事だろうか。首をかしげながらもドワーフの男の方を見ると、彼は酒に酔った勢いからなのか否か、大きく手を広げてこう言った。
「■■が転生すりゃ呪いが解呪されてもっと自由に生きられるって事だろ? で俺達も俺達で自由に生きる。時代がどんだけ離れんのかは俺も分かりゃしねーが……そうすりゃ俺達ゃ名実ともに――――時代を超えて繋がる、世界最強のパーティだ!!」
「…………!」
彼が言った言葉がこの世界の空気を揺るがした……気がした。
まるで全てを振動させる様な壮大な話。壮絶な
「お前こそ何を言っているんだ。仮に転生したとしても、俺達がそこにいないんじゃ意味が――――」
「分かってねーなぁお前は。俺が話してんのはロマンの話さ!」
「ロマン?」
「想像してみろよ。確かに■■が転生した先の世界じゃ俺達の事は誰も覚えてねぇかも知れねぇ。だが、■■が覚えてくれるのなら、俺達は■■の中に生き続ける。――時を超えた、ロマンの話さ」
しかしドワーフの男が口にした言葉はあまりにも突飛な物で、言いたい事は理解できるも幼稚なロマンに思わず吹き出してしまう。
■■が笑い出すとみんなの視線がこっちに集まり、思った事をそのまま口に出した。
「ロマン! ロマンかぁ! はははっ」
「んだよノリわりぃな~」
「いや、ごめん、あまりにも突飛だからさ! わはははっ! ――でも、そうなったらそれはそれで悪くないかもな!」
■■がそう言うと全員が驚きを受けた様な表情を浮かべた。普段からこういう話には乗っかっていたから普通に流されると思ったのだが、僅かでも現実味を帯びている以上みんなの心を揺るがすには充分な威力を持っていたのだろう。
もう長くは生きられない。ならばこそ未来に思いを託せるのなら。
ロマンはいつだって理想形だ。だが例えそれが叶わなくても、その理想に追い求める価値があるからこそ人々は理想を目指す。勇者や英雄なんていう虚像の存在だって実際には偽善者でも“かっこいい”というロマンがあるからこそみんな憧れるのだ。
ならば、未来へ思いを託し、その思いを受け取る事だってロマンなのではないか。
「ならばお主は仮に転生魔術があったとして、本当に転生するのか?」
「転生? ん~と、そうだな……やっぱり現実味が帯びない話だからあまり想像は出来ないけど……」
転生できたとしても転生先の時代にみんなはいないだろう。苦楽を共にして、家族同然の仲となった仲間のいない世界……。想像しただけでもかなり苦しくなる。人が生まれた時は空白から始まるからこそ、全てをなかった事にされる恐怖は計り知れないから。
「俺は、みんなと……」
「「――――」」
誰も自分を知らない恐怖。今までの絆を全て無かった事にされる恐怖。そんな世界で生きていかなければいけない恐怖。
「……俺ぁよ、本音を言えばお前にゃ自由に生きてほしいんだ」
「え?」
「力にも、俺達にも、世界にも……何にも縛られず笑って大草原を走れる様な、自由な人生を歩んで欲しい。そんで……そうだな、幸せになって死んでほしいのさ」
「――――」
ドワーフの男が見せたしめっぽい一面と、仲間達の望みを凝縮させた切望を聞いてただ黙り込んだ。
「時を超えて繋がる……。主の言いたい事は要するに、儂らがおらぬ世界でも自由に生きて、人並みの幸せに包まれて死んでほしい。そういう事か」
「おう」
寿命が短いからって簡単に割り切れる選択ではない。だが死ぬのも怖いのだ。死んだあと自分はどうなってしまうのだろう。あの世へ行くのか幽霊となるのか。もしそうなら■■はきっと地獄へ行くだろうし、幽霊になっても“見る事しか出来ない恐怖”というのも植え付けられている。
またはそんな概念などなく死ねば虚無に落ちるのか。虚無に落ちるのなら、その先に自分の意識はどこへ行くのだろう?
「俺は――――」
どれもこれも可能性の話だ。真実を知る者なんて誰一人としていないだろう。絶対に真実を知れない、という恐怖も人間の底に植え付けられている物なのだろうか。人の好奇心はどんな動物よりも強いはずだから。
だから人は理想と恐怖を秤にかける。
だから、人は何千年も続いて来た。
「――死にたく、ない」
その夜、■■の選択は小さく空へ響き渡っていた。
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