追道
気が付けば、あっという間に一ヶ月が経っていた。
フィルたちも教会での生活に慣れ、手持ちの資金も充実してきた。ただ、その間にも謎の失踪事件は続いており、帰って来ている訳なので正確には失踪ではないのだが、フィルはここ最近頻度が上がっているような気がしていた。
被害者も様々で、宿屋の主人や主婦、老人とまったく共通点がない。軍や教会関係者に被害が出ていないため、民の間での問題として扱われているが、このまま続けばより大規模な調査が行われるに違いない。
フィルはそんなことを考えながら夕食の準備を手伝っていた。水を汲むため外に出ると、空が鉛のような色になっているのに気付く。気持ちが滅入りそうな色をした空を見上げながら、水を入れた桶を持ち上げると、遠くでなにやら子どもたちが騒いでいるような声が耳に入った。
食事前だというのにまだ遊んでいるのかと思ったが、どことなく遊んでいる雰囲気ではなさそうだった。子どもたちの様子が気になり近づいていくと、先に異変に気付いていたイリーナがすでに事情を聞いているところだった。
「イリーナさん、どうかしたんですか?」
フィルは桶を足元に置きイリーナに話しかけるが、その表情には陰りが見えた。
「それが、ロイが買い出しに行ったまま帰って来ていないんです」
ロイとはフィルたちが来る前までは一番年長だった少年だ。明るくよく気が利く子で、子どもたちの面倒見も非常に良い。
「ロイが? 買い出しは他の子たちも一緒だったはずですよね? 他の子たちは帰って来てるんですか?」
「帰って来ています。どうやら途中までは一緒だったみたいなんですが、ロイが買い忘れたものがあると言って一人市場に戻ったみたいなんです。他の子どもたちは先に帰ってきたみたいなんですが、いつまでたってもロイが帰ってこないと騒いでいまして……」
フィルの脳裏にここ最近の事件のことが過る。
フィルたちは先に帰ってきた子どもたちに事情を聞くと、最後に立ち寄った店へと向かい、店主にロイの特徴を伝え覚えていないか聞いてみた
「すみません、少し前にここに金髪の少年が来ませんでしたか? 特徴としては右腕に青いブレスレットをしてるんですけど」
「あ~、その子ならここで買い物をして南通りの方へ歩いて行ったよ。その先は分からないねぇ」
「そうですか。お忙しいところありがとうございます」
フィルたちは南通りに向かって歩いていたが、ロイに繋がるような手掛かりは見つけられなかった。聖都は広大で、南通りといってもすべて回りきるには一日では足りない。結局、何の情報も得られないまま教会に戻ることになってしまった。
次の日も、その次の日も捜索に向かったが、ロイを見つけることはできず、南通りから方針を変え、今日は違う場所を探してみようと相談していた三日目。フィルたちが教会の門を出ると、一人の少年と出くわす。
そこには、いなくなった時とまったく同じ格好のままのロイが立っていた。
「……ロイ?」
「フィル、どうしたのこんなところで?」
「どうしたのじゃないだろ。三日もいなくなってみんなすごく心配してたんだぞ!?」
「三日もいなくなってた? なに言ってるんだよフィル。僕はずっと教会にいたじゃないか。今日も朝起きてここの掃除をしてたところだよ」
「……何言ってるんだよ、ロイ。君はここにはいなかったんだぞ」
「そうやって僕をからかってるんだろ? まったく! 僕もう行くからね!」
「おい、待てよロイ!」
ロイは教会の中へ走って行ってしまった。フィルたちは顔を見合わせながら奇妙な感覚に顔を曇らせるが、一つだけ分かったことがある。
――――ロイから微かに晶素の気配がした
全員それは感じたようだ。ロイは
「間違いなくあれは晶素を纏ってる。しかも常に晶素を吸収して循環させてるように見える。相当体に負担がかかっているはずだよ」
「ノクトが言うなら間違いないな。何かあったに違いねぇ……どうする?」
カイトがフィルに尋ねる。フィルはロイが晶素を纏い始めたことに違和感を感じており、このまま放っておくわけにもいかなかった。
「今まで事件にあった人たちに会いに行ってみよう。何か分かるかもしれない」
「そうね。たぶん衛兵が一番詳しいと思うから詰所に行ってみましょう。追い返されたら別のところを当たればいいわ」
リアの提案で、一行はまず衛兵の詰所に向かった。追い返されると思っていたフィルたちだが、意外なことにあっさり必要な情報を教えてくれた。
話を聞いてみるとどうやら聖公軍も手を焼いているようで、少しでも手掛かりが欲しいようだった。なので、危険のない範囲で軍が持っている情報を公開し、その代わりに情報を提供してもらうようにしたらしい。それだけ切羽詰まっているということだろう。
「じゃあ、まずは近くの宿屋の主人に話を聞いてみようか」
フィルたちは詰所から一番近くにあった宿屋の主人に話を聞きに、大通りを北に向かって歩いて行く。少し歩くと、小さくはあるが小綺麗な建物が見え、中に入ると一人の初老の男性が窓口に立って客の対応をしているところだった。あの人が恐らく店主だろうと判断するが、やはり特に変わった様子は見られない。客の対応が終わるまで待って、フィルたちは声を掛けた。
「すみません。私はフィリックス・フランツという者です。先日失踪されていたことについて伺いたいのですが」
「その話なら衛兵に何度も話したんがな。その日、わしは普通に客の対応をして、自分の寝室で寝ていたよ。二日目も三日目も一緒だよ。普通に客の対応をして、妻と飯を食べて会話もしている。あいつはここにはいなかったと言っているがな」
「誰かに連れ去られたとか、身体に違和感があるとかはないですか?」
「そんなことは一つもないねぇ。連れ去られたんだったら流石に覚えてるしな」
そう言いながら主人は快活に笑う。フィルは最後に一つ質問をしてみた。
「そうですか。すみません、最後に一つだけ。一日目の夕方、何かいつもと違うことはありましたか?」
「いつもと違うこと? う~ん、いつもと変わらん一日だったと思うがなぁ……」
「どんな些細な事でもいいんです。何かありませんでしたか?」
店主は顎に手を当てて、事件当日の事を思い出している。
「う~ん……そうだなぁ。あっ、そう言えばその日珍しい客がいたな」
「珍しい客?」
「暗そうな男で最初は変な奴かと思ったらこれまたいい奴で、一緒に飲むことになったんだよ。なんでも聖都から南に行った街で一人薬屋をやってるらしくてな、苦労してるみたいでついつい話し込んでしまって、そんでそいつがお近づきの印ってことで二日酔いの薬をもらったんだが、まぁこれがものすごい効き目でな。翌朝すっきりよ。あれはいい出会いだったなぁ」
店主は楽しそうにその時の事を話してくれる。フィルたちは店主にお礼を言い、宿屋を後にした。
「みんな、どう思った?」
通りを歩きながらフィルは三人に問いかけると、ノクトがフィルを見ながら答える。
「まだ、分からないね。その客が怪しいとも言い切れないし。ただ、やっぱりあの主人からも晶素の気配を感じたよ」
それはフィルも感じていた。晶素を纏っているのはどうやらロイだけではなかったようだ。
「たしかにな。ただ一人じゃまだ分かんねぇし、ロイにも聞いてみねぇといけねぇな」
「そうね。時間もまだあるから他の人にも聞いてみましょ。この通りにもまだいたはずだわ」
フィルたちはそれから一日かけて失踪した人に聞いて回り、教会に帰ってロイにも再度話を聞いてみた。食事が終わってからフィルの部屋へと集まり、今日得た情報をまとめる。
「これではっきりしたね。被害に合った人は失踪した日を境に晶素を纏うようになっている。それと、事件当日に誰かから薬を渡されている。」
被害に会った人は全員、なにかしらの薬を受け取り口にしていた。無論、渡されていたのは病気を治すような薬ではなく、気付け剤や栄養剤、二日酔いに効く薬など軽いものだ。ちなみにロイは、一人で買い出しに戻った際に途中で男とぶつかり、お詫びということで飴をもらったらしい。その飴は教会への帰り道に食べたそうだ。
「でも薬をもらった人の特徴が全員バラバラじゃない? 髪が短い若い男性、腰が曲がった老人、若い女性、全然共通点がないわ」
「そこなんだよな。全員一緒だったらソイツが怪しいってなるけど、そういう訳じゃないんだよな」
カイトとリアが頭を悩ませている。フィルは全員の意見と今までの証言を頭の中でまとめていた。
――――晶素を纏う
――――薬を渡す人間
――――特徴がバラバラ
――――生活している記憶
「そう言えばなんで聖公軍はその怪しい奴らを調査してねぇんだ? 今日聞きに行った時もそんな話してなかったよな?」
「たしかにそうねぇ。本人から聞き取りしてたら真っ先に調査してもおかしくないのにね。まぁ、聖公軍って言っても調査してるのは衛兵でしょ? そこまで人もいないんでしょ」
フィルはリアの言葉に引っかかる。
――――真っ先に調査しても
――――調査しているのは衛兵
「……そうか……そういうことか」
フィルは腰掛けていた椅子から立ち上がる。
「フィル? 何か分かったの?」
フィルは自らの推理を三人に説明し始める。
――――――――
――――――
――――
――
「――――の可能性が高いと思うんだ。だから、今夜あそこを張り込みをしようと思う」
フィルの話を聞いた面々は説明に納得し各々準備を始めるが、フィルは一人言い表しようのない不安を感じていた。
――――もしも自分の考えが当たっていれば、まず間違いなく戦闘になる
フィルは目に見えないもや払うように黙々と準備を進めた。
教会内が静寂に包まれた頃、四人は教会をそっと抜け出し、ある場所が見える位置で声を潜めながら待機していた。
しばらく待機していると一人の人物が建物から出てくるのが見える。
その人物はおもむろに地面に手をつくと、自分の肘のあたりまで地面の中に手を突っ込み、暗闇で中までは見えないが、しばらくして手を引き抜くとその手には小さな瓶が掴まれていた。
満足そうに頷くと足早にその人物は立ち去ろうとしたため、フィルたちは目配せし、歩いてくる道へと立ち塞がった。
「どういうことか説明していただけますか、部隊長さん」
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