それぞれの適正
教会での日々はとても充実していた。
朝は小さい子どもたちを起こすところから始まり、教会内の掃除、食料の買い出し、礼拝と休む暇もなく動き回る。それが終わると、フィルたちは能力を活かして近くの獣を狩って食料としたり、
そんな穏やかな日々の中でも、フィルたちはヴァンやセーラたちのことを聖都に着いてからずっと探していた。ヴァンは必ず約束を守ると信じ、少しでも似たような人を見たという情報があれば探し出し会いに行っていたのだが、今のところ本人たちに繋がる有力な情報はない。
情報収集を続けながら、今日は、
「ここが『武具屋プロシオ』か」
フィルは建物を見上げながらその熱気を感じる。南通りの奥にひっそりと建っている武具屋と工房は、職人が打ち鳴らす槌の音を響かせながら一際存在感を放っていた。この店は聖都でも評判の武具屋で、新人の狩人から、熟練の冒険者まで、幅広い層が買い求める良質の武具を取り扱っているらしい。
少しばかり緊張しながら、フィルたちは武具屋の敷居を跨いだ。店頭には多くの武具が所狭しと並べられており、短剣から両刃の大剣、はたまた弓や防具まで、幅広い商品の数々に多くの人がここを訪れる理由を感じていた。
フィルたちが商品を見ていると、店の奥から店主らしき人物が出てくる。だが、出てきたのはフィルたちの想像とは違った人物だった。
「いらっしゃい。どんなものをお探しかね?」
そう言ったのは、まさに好々爺然といった感じの老年の男性だった。白い髪を後ろに撫で付け一つに束ねている。工房を構えている武具屋というだけあって、厳めしい人物を想像していたのだが、受ける印象はとても柔らかしい。客層に荒くれ者が多いこの業界で、この穏やかで優しそうな老人が相手取っているのだろうかと疑問に思う。
「こんにちは。実は今使っている解体用のナイフが刃こぼれがひどくなってしまって買い替えたいと思っていまして」
そう言うと、今持っている解体用のナイフを差し出す。店主はナイフを手に取り真剣な眼差しで見ている。
「……かなり使い込んでるね。刃こぼれを研いだとしてもかなり摩耗しているからやっぱり買い替えた方がいいね。狩りの武器は何を使っているんだい?」
「私たちは晶素が扱えるんです。なので武器は持っていないんです」
「君たちは晶素が扱えるのかね? 戦い方を詳しく聞いてもよろしいかな?」
フィルたちは自分たちの戦闘スタイルを店主に話す。店主は真剣な表情で、時折質問を混ぜながら聞いていた。
「ふむ……ちょっと待っていなさい」
店主は何かを考えながら店の奥に消えていってしまい、しばらくすると手に数本のナイフを持って戻ってきた。他にも色々と抱えているように見える。
「君たちに合うのはこの辺だろう。解体用ナイフといっても色んな種類があるんだよ。君たちに特におすすめなのはこれだね」
ずらっと並べられた中で差し出されたのは、今までのナイフより少し大きめのナイフだった。柄の所に紋様が刻まれおり、手に持つとずっしりと重量感がある。
「それは、晶素を流すことで切れ味を増すことができる特殊なナイフでね。刃こぼれもしにくいから長いこと使えるよ」
確かにこれから戦闘を続ければ今回のように摩耗していくだろう。それならば長く使用できる物を買った方がいいとフィルも思っていた。値段も通常のナイフより高めの設定だが、ここ最近の
「みんなどう思う?」
「いいんじゃね? 解体用のナイフは今後必要なもんだし、多少いいやつを買っといた方がいいと思うけどな」
「あたしも賛成。晶素を扱えるあたしたちなら護身用にもなりそうだし」
「僕もいいと思うよ。ここにいるとなんか他の武器も欲しくなっちゃうよね」
フィルたちはこの解体用ナイフを買うことに決めたのだが、購入の準備をしようと思っていると、店主が台の上に武具や防具を並べ始めた。疑問に思ったフィルたちが説明を求めようとすると店主が先に口を開く。
「君たちは晶素を扱えるということで今まで狩りをしてきたようだが、自身の身を守るためにこの辺りのものは身に着けておいた方がいい」
そう言うと、店主は一人一人に合った武具や防具を紹介してくれる。
フィルには
防具に使われている動物は
「お嬢さんと青髪の君の戦い方を聞いたらこの二つはあった方がいいと思ってね。他の防具も品質は保証するよ。全部で金貨五枚でどうだい?」
「金貨五枚……ですか。店主さん、紹介いただいたのはとてもありがたいのですが全部買うのは難しそうで……」
フィルはそう言うが、実は内心かなり欲しくなってしまっている。他の三人も同様のようで、カイトなどはずっと鎧を触って感触を確かめていた。
「そうかい。ちなみにどのくらいだったら大丈夫かな?」
フィルは解体用ナイフの購入金額を除いて、自分たちが出せる限界の金額を伝えた。
「今私たちが出せるのは金貨二枚が限界です……」
店主は少し考えた素振りをするとフィルたちを見ながら告げる。
「分かった。じゃあ金貨二枚でいいよ」
「「「えっ!?」」」
店主は好々爺然とした表情を崩さない。こちらを笑顔で見ながら続ける。
「これは老人からのおせっかいなんだよ。実は私も昔、
「それでも半額以下なんて流石に受け取れませんよ!」
「じゃあこういうのはどうだい? うちは見てのとおり工房も兼ねていてね。良い素材が入ったらここに持ってきてもらうというのはどうだろう」
「それは構いませんが……そんなことで本当にいいんですか?」
「こっちもありがたいからね。特に
「そういうことであれば……本当にありがとうございます」
フィルたちは店主に頭を下げ感謝の気持ちを伝える。支払いを済ませ、店の試着室で着替えさせてもらうと、防具はかなり着心地が良く、しかも説明通り軽いのが分かった。体にほとんど負担がかかっておらず、他の三人も満足している様子だ。
店主はバルト・プロシオといい、職人を二人程抱えており、自身も鍛冶師として武器や防具を製作するのだそうだ。
しばらくバルトと談笑していると、突然店の扉が荒々しく開けられ、三人組の男たちが入ってくる。男たちはバルトを見つけると、高圧的な態度で話し始めた。
「おい、貴様が店主か。こちらのリース様に合うこの店で一番良い弓を出せ」
リースというのは恐らく後ろで腕を組んでいる奴のことだろう。長髪の金髪を手で撫でながらにやにやとバルトを見ている。着ている物といい、ある程度の名家の出の者なのだろうと分かるが、体は弛みきっており、とても狩りができるようには見えない。
「どんな動物を狩られるのかな?」
バルトはまったく物怖じした様子もなく、男たちに応える。
「そんなことは関係ない。この店で一番良い弓を出せと言っているのだ!」
「狩る動物によって合う弓は変わってくる。それを教えてもらわんことには弓は出せんな」
「出せんだと!? 貴様ふざけるのも大概にしろ!」
側付きの男たちがバルトに凄む。だが、それでもバルトの表情は変わらない。ピリピリとした空気の中、リースと呼ばれた男が口を開く。
「おい、お前たち。こんな小汚い店で買う必要などない。ボクに合う弓がないから出せないだけだろう。所詮、庶民どもが集まる低級の店だ」
聞き捨てならない発言だった。バルトの店に置いてある品々はどれも一級品であり、熟練の冒険者も買い求める程の品質なのだ。
不穏な空気の中、今度はリースがリアの方を向き、先程購入したばかりの
「おい、店主。弓はいいからそこの女が来ているローブをよこせ」
「すみませんが、そちらのお嬢さんが買われたのが最後の一着でね。うちにはもう在庫はないよ」
「ふんっ! つくづく使えない店だ。おい、そこの女、ボクにそのローブを渡せ。金なら払ってやる」
自分の発言にすべて従ってしかるべきという顔だ。だが、リアがそんなことで納得するはずもない。
「嫌よ。これはあたしがバルトさんに勧められて買ったものなの。誰にも渡さないわ」
「ボクはリース・サルボニアだぞ!! サルボニア家の跡取りであるこのボクが欲しいと言っているんだ!」
「知らないわよ、誰よあんた。他のローブを探せばいいじゃない」
「そのローブがいいのだ! おい、お前たち、この女ごと屋敷に連れていけ! 後の事はパパがなんとかする!」
リースがそう言うと男たちがリアの方に迫ってくる。さすがに見過ごせないと思ったフィルたちが割って入ろうとした次の瞬間、店の奥から放たれた途轍もない殺気が店中を覆いつくした。
「…………おい、その辺にしときな」
先程までと同一人物だと思えないバルトがそこにはいた。穏やかな雰囲気は吹き飛び、戦場に立っているかのような様相でリースたちを見ている。その姿にリースは腰を抜かし、側付きの男たちは後ずさっており、バルトはリースに近づきながら言い放った。
「いいか、糞餓鬼。自分の足で歩けもしねぇ奴が他人に指示するんじゃねぇ。言葉で人を動かそうとするな。男なら行動で人を動かせ」
リースは目に涙を浮かべながら恐怖で頷くことしかできないでいる。今まで誰かに本気で叱責されたことなどなかったのだろう。フィルたちでさえ、先程放たれた殺気に慄いているのだから無理はない。
「戦う意志のない奴に売るものはこの店にはない。帰れッ!!」
バルトの怒声にリースは男たちを引き連れ逃げるように店を出て行く。閉められた扉からバルトへ視線を移すと、いつの間にか元の穏やかな表情に戻っていた。リースを追い払った際に、袖から覗く結晶化した左腕を偶然見ていたことにも、フィルは動揺を隠せないでいた。
「あの、ありがとうございました。バルトさんっていったい何者なんですか?」
「私はただの武具屋の店主だよ。それ以上でも以下でもない」
バルトは笑いながらそう答える。腑に落ちない答えではあったが雰囲気的にそれ以上追及することもできず、フィルたちは身なりを整えるとバルトに礼を言って店を後にした。
外に出るといつの間にか日暮れ時になっている。
赤く染まりかけている通りを歩き、未だ着慣れない真新しい装備に浮かされながら、一行は教会への帰り道を急いだ。
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