穏やかな目的地

 翌朝、フィルが起きると食堂にいたのはリアだけだった。


「おはようリア。他の二人は?」


「おはよう。昨日のあれで未だ寝てるわ」


 リアは呆れた顔をしながらフィルに答える。どうやら二人は昨日の宴会が後を引いているようだった。リアとフィルは朝食を食べながら、今後のことを相談する。


「これからどうするの?」


「とりあえずもう一度森に入ろうと思う。残党がいるかもしれないし、昨日倒した晶獣オーロの晶核もできれば回収しておきたいしね。それが終わってから聖都に向かって出発しよう」


「そうね。あの晶魔ゲートのせいで出てこれなくなっただけって可能性もあるしね。ねぇフィル、あの二人が起きるまで時間がかかりそうだし、少し村の中を回ってみない? 多少消耗品も買っておきたいし」


「いいよ。じゃあこれ食べたら行こっか」


 リアは嬉しそうに残りの朝食を食べている。フィルは三洋蛭ベーグンリープの晶核はどのくらいのお金になるんだろうと考えながら、聖都での暮らしについて想像を膨らませていた。


 買い物を終えたフィルたちは、ようやく起きてきたカイトとノクトと合流し再び森に入った。やはり残党が残っていたらしく、一日で五体の三洋蛭ベーグンリープを倒し、一定の範囲に姿が見えないことを確認すると、後は聖公軍によって掃討されることを期待しその場を後にした。


 村長に報告し、ぜひ少しの間滞在してほしいと言われたフィルたちは結局三日ほどお世話になることにした。三日目には小規模だが行商も来訪し、食料などの販売も再開され、未だ以前の様子とは言えないが徐々に活気が戻ってきているようだった。


 フィルたちは村長やニーナ、村人たちに盛大に見送られ村を後にした。聖都までの道中は残り五日程度のものだったが、その間全員で模擬戦をしたり、野獣や晶獣オーロを狩ったりしながら自由気ままな旅路を進んでいく。



 そして、村を出てちょうど五日目。ついにフィルたちは聖都に辿り着いていた。


「ここが、聖都……」


 カイトが眼前にそびえ立つ城門を見上げて感嘆の声をあげる。他の三人も同様に、あまりの規模の大きさに圧倒されていた。


 ここが大陸西部最大の都市、聖都ヴィリームである。


 ヴィリーム聖公国は、広大な土地と聖教により統治された豊かな国で、聖公ベルハイム・セインが国政を統治し、また、聖教を統括している。


 東西南北の地区に分かれ、広大な敷地を持ち、様々なヒト、モノが溢れている街だ。特に貿易国ハーファンと交易が始まってからは顕著な発展を今日まで続けている。各地区の大通りにはそれぞれを特徴とするような多種多様な店が立ち並んでおり、賑やかな雰囲気を出している。


 この国の特徴は何と言っても、民主化が非常に進んでいるということだ。聖教は元々創世期の荒廃した世界で人々が救いを求めるために、北部にある腐海を挟んだ孤島を聖地ペルリナとして、創世神を祀ったことが起源と言われている。


 この世に現れるすべての現象は、創世神が人々の為に起こしているものであり、困難が訪れようとも自分たちで解決できるものしか神はお与えにならない、というのが聖教の教えである。そのため、人々は何かを解決するときは、聖教の教えの元、教会に集まり自分たちの手で解決できるよう話し合うのだ。


 聖公も圧政を敷いている訳ではなく、民衆の良き相談相手として慕われており、飢饉や大規模な災害の場合は、民衆と聖公率いる軍が一つの組織となり、解決にあたる。


 聖教を宗派としている人々は、聖地ペルリナの方角を向いて日々礼拝を行っており、聖教に寄り添いながら日常生活を送っているのだが、この国も貧民という者は存在し、西地区の最端に貧民街があり日雇いで生活をする者や、犯罪に手を染めてしまう者もいるらしい。


 門番にゾネの村の事を報告し、聖公軍の衛兵部隊長が到着するまでの間にフィルが兵士から聞いた話だ。フィルたちはまず門番に村で起こったことを報告したのだが、聖公軍の部隊長から詳しい話を聞きたいと言われ、現在軍の詰所で説明をしているところである。


 ひとしきり説明をした後、部隊長はフィルたちに礼を述べる。


「それでは我々もゾネの村に調査団を派遣し、状況を確認しようと思う。道中の村での晶獣オーロ退治といい、君たちには感謝しかない。辛いなか本当にありがとう」


 部隊長はじめ、後ろで控えていた部下たちも一斉に頭を下げる。その姿にフィルたちは胸が詰まってしまった。


「ダリア地区の教会に行くのであれば部下に案内させよう。最近不穏な事件も起きているようだしな」


「不穏な事件?」


「人が二~三日消えたかと思えばふらっと戻ってくる。話を聞いても、みな普通に生活していたと言い張る。このような奇妙な事件が各地区で相次いでいるのだ。我々も調査をしているのだが解決に繋がっていなくてな。当事者も普段通りの生活をしているのでそこまで大事にはなってないが、民たちは不安がっている」


 確かに奇妙な話だ。消えた間の記憶がないのならまだ分かるが、普段通り生活していたというのが引っかかる。フィルの様子に気付いたカイトが釘をさしてくる。


「おいフィル、また変なこと考えてんじゃねぇだろうな。大人しくしとけよ」


「分かってるよ。何も考えちゃいないよ」


 そう言いつつも、フィルは先程の話が心のどこかで引っ掛かっていた。


 それからフィルたちは聖公軍の兵士に連れられダリア地区の教会に到着し、挨拶のため教会長の執務室へと向かっていた。


 ドアをノックすると、扉の向こうから落ち着いた声が返ってくる。


「はい、どうぞ」


「失礼します」


 中に入ると一人の女性が椅子に座りこちらを見て微笑んでいた。美しい茶色みがかった長い髪を一つにまとめ、教会長が身に着ける、白と青を基調とした服を身にまとっている。


 教会長は立ち上がるとこちらへ手招きし、近くにあった椅子に腰掛けるようフィルたちを促す。年は六十代後半といったところか。教会長はフィルたちが座るのを確認すると切り出す。


「さて、遠い所からよく来ていただきましたね。事情は軍の方からおおむね聞きました。本当に大変でしたね。まずは亡くなられた方々へ祈りを」


 そう言って教会長は目を閉じると、亡くなった村の皆のため祈りを捧げてくれる。フィルたちも合わせて目を閉じ、部屋の中に静かな時間が流れる。


「……ご冥福を。では、まず私の自己紹介をしますね。私はこのダリア地区にある教会の教会長をしておりますイリーナ・オラントと申します。気軽にイリーナと呼んでください」


 フィルたちも自己紹介を済ませ、この教会を訪ねる予定だったことをイリーナへ説明した。


「私とゾネの村長は、まぁ、昔からの知り合いでしてね。それで聖都に移住すると聞いた時にこの教会を訪ねるよう言ったのです。住居は軍で用意されると聞いていましたが、当面の仕事はこちらで紹介することもできると」


 イリーナはそこで一度言葉を区切る。


「なので皆さんここに住んでいただいて構いませんよ。仕事もご紹介できますし、お部屋も余っていますから。皆さんが来てくだされば他の子たちもきっと喜びます」


 教会は孤児院も兼ねており、身寄りがない子どもたちは、この国では国営の孤児院に引き取られることになっているらしいのだ。


「イリーナさん、何から何までありがとうございます。私たちも働きながら自分の道を探そうと思います。それまでしばらくお世話になります」


「よろしくお願いしますね。じゃあ、他の子たちを紹介しましょう。今の時間なら中庭で遊んでいるはずですから」


 イリーナは立ち上がりフィルたちを先導していく。廊下を抜けた先には中庭があり、そこで子どもたちが元気いっぱいに走り回りながら遊んでいた。


 イリーナが子どもたちに声を掛けフィルたちを紹介する。ここには十六人の子どもたちがいるようで、五歳から十二歳までと年齢はバラバラだ。最初は恥ずかしがっていた子どもたちも、フィルたちが怖くない人間だと分かるとすぐになついてくれた。


 カイトは晶獣オーロとの戦いを語ることで、早くも子どもたちの心を掴んだようだ。


「そこでオレはこう、電気を出して晶魔ゲートをバチバチッと退治した訳だ」


「スゲー! ねぇ、バチバチ見せて見せて!」


「いいぜ。ちょっと離れてな。いくぜ! ≪大雷クラム≫」


 小さい電気の柱が空に消えていった。カイトが保持者ホルダーとしての能力を見せびらかし、子どもたちは歓声を上げ目を輝かせている。カイトにもう一度見せてくれとせがんでいる姿がとても微笑ましかった。


「ちょっと、カイト! こんなとこで電気なんて出すんじゃないわよ! あんたと違って子どもたちは繊細なの。怪我したらどうすんのよ!」


「…………。おいチビたち。あの姉ちゃんはな、実は悪魔の手先なんだ。今のもオレの力を恐れてあんなことを言ってるんだ。みんなであの姉ちゃんを倒すぞ!」


 カイトにけしかけられた子どもたちは完全にその話を信じたようで、年長組以外はみなリアに向かって行ってしまう。


「ちょ! ウソに決まってるじゃない! こらっ、ちょ、あんたたち! や、やめなさい!」


「「「あくまをたおせー! おー!」」」


 子どもたちに追いかけまわされているリアを見てカイトが爆笑している。あれは後でかなりひどい目にあわされるはずだ。カイトも本当に懲りないなとフィルは呆れる。


 ノクトといえば、隅の方で読書をしていた子どもたちのグループに本の読み聞かせをしていた。ノクトもノクトで、その理知的で柔和な見た目と相まって、子どもたちに好かれているようだ。


 和やかな光景を遠目で見ながら、フィルは隣で微笑ましそうに子どもたちを見ているイリーナへ話しかける。


「みんなとすぐに打ち解けることができたみたいで良かったです。これからお世話になります、イリーナさん」


「こちらこそよろしくお願いしますね」



 穏やかな笑顔を浮かべているイリーナに感謝の念を抱きながら、フィルはようやく聖都での新しい生活の第一歩を踏み出したことを実感し始めた。

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