道標

 フィルたちが宿屋に着くと、受付に突っ伏していた女性が気だるそうに顔を上げる。


「どちらさまで?」


 瞼を半分だけ開けた女性はフィルたちを客とは認識していないようで、至極面倒そうな出迎えにカイトが皆を代表して答える。


「客だよ、客。今日泊まりたいんだけど空いているか?」


 カイトの問いかけにしばらくぽけ~と聞いていたが、客ということを脳が認識したのか、急に目を見開き、身を乗り出してまくし立ててくる。


「しっ失礼いたしましたっ! まさかこんなに早く……何泊でも可能でございますよ! 一ヶ月ですか!? 一年ですか!? 」


「なんでそんな長期滞在しか選択肢がねぇんだよ。一泊だよ、一泊」


「せっ、せめて一週間だけでも泊まっていってください! お昼のパン一個おまけしますから!」


「オレら聖都に早く行かなくちゃいけないんでな。ごめんけど今回は一泊で」


「そっ、そんな……せっかく希望が見えたと思ったのに。あぁ……どうしたら……くすん」


 チラチラこちらを見ながら涙ながらに語る女性は、なにか複雑な事情を抱えていそうな雰囲気を醸し出していた。


「あの、もし何かお困」

「いや、できればゆっくりしたいけど申し訳ない! 明日にはもう行かなきゃいけねぇからな!」


 カイトがフィルの声を遮るように声を張り上げる。カイトはフィルを小突いて呼び寄せると、声を潜めながら言う。


「フィル、明らかに何か困ってるっぽいがここは我慢だ。ただでさえ時間がかかってんだから、ここで道草なんか食ってる場合じゃねぇ。しかもあの態度は絶対に面倒ごとの匂いしかしねぇ」


 確かに当初の予定よりかなり時間がかかっているのは間違いない。だが、目の前で困っている女性を放っておくわけにもいかず、フィルは悩んでいた。そんな様子を見かねたカイトが、再度説得しようとフィルに話しかけようとしたとき、受付から先程よりも大きな声が聞こえてくる。


「最近この村に現れる凶悪な晶獣オーロさえいなければ! そのせいで行商も寄り付かず、宿の利用も激減し、このままではこの村は! あぁどうしましょう!!」


「こいつ……無理やりねじ込んできやがった……!」


 カイトは忌々しそうに受付嬢を睨む一方で、受付嬢はそんなカイトを挑発的な表情で見ている。確信犯的ではあったが、ここまで事情を聞いてしまえば、もうフィルには放っておくことなどできなかった。


「お嬢さん。なにか俺たちにできることがあれば力になりますよ」


「ほんとうですかっ! ありがとうございます! 詳しい事情は村長がお話しますので少しお待ちください!」


 受付嬢は踵を返すと、後ろの事務室ような部屋へ煙のように消えていってしまった。


「はぁぁぁぁぁ。また厄介ごとに首を突っ込みやがって。なんでお前はいつもいつも……しかも聞いてたか? あの野郎『なんでこんなに早く』って言ってたぞ。たぶんファンマルの村の件を聞いてオレたちを待っていやがったんじゃねぇのか? 村長が奥で待機してるのは不自然だろ」


 そこまで言い切るとカイトは諦めたようにうなだれ、それ以上何も言葉を発しなくなってしまった。リアとノクトは二人のやり取りに興味なさそうに、それぞれ思い思いに過ごしている。


 しばらくすると、奥から初老の男性と先程の受付嬢が戻ってくる。フィルは並んで歩く二人の姿を見て、どことなく雰囲気が似ているような気がしていた。


「旅のお方。ニーナから聞いたが、この村の危機を救うために立ち上がっていただけるとのこと。なんと勇敢な方々であろうか。この村を代表してお礼申し上げる。わしはこの村で村長をしておるロクシンという」


 ニーナとはどうやら先程の受付嬢のことらしい。ニーナはロクシンの後ろでにこにこしている。


「先程も言いましたが俺たちにできる範囲で協力させていただきます。詳しい話を聞かせてもらえますか」


 そう言うと、村長は暗い表情で村で起こったことを話し始める。


「一ヶ月程前、突然この村に晶獣オーロが現れたのです。ただの晶獣オーロであれば、なんとか村の者たちでなんとかできたのですが、その晶獣オーロが一匹ではなく、倒しても倒しても次から次に湧いてきてしまい……」


 フィルはロクシンの話に嫌な印象を受ける。晶獣オーロの群れと聞くと嫌でも村での事を思い出してしまうからだ。


「奴らは狡猾で、東の森から定期的に間隔を空けて襲ってくるのです。そのため村人は疲弊し、行商も寄り付かなくなってしまったため外から食料等も入らず、もうダメかと思っていたところにファンマルの町の噂を聞いた訳でして」


「ファンマルの町の噂?」


「えぇ。ファンマルの村には人を丸飲みする大蛇を倒し、村の窮地を救った英雄たちがいると。報酬も受け取らない聖者のような旅人たちに村が救われたと。聖都に向かうとしたら我々の村を必ず通られると思い、待ち伏せのような真似までしてお待ちしていた訳です。大変申し訳ありません」


 そう言うとロクシンとニーナは深々と頭を下げる。半ば強引に依頼する形になったことに後ろめたさを感じているようだ。


「その噂はかなり誇張されているようですが……」


「我々はもうみなさんに頼るしかないのです! どうか、どうかお願いいたします」


「ご事情は分かりましたので、とりあえず頭を上げてください。俺たちで明日、晶獣オーロの住処を調べてみますから」


「ありがとうございます……ありがとうございます……」


 村長は泣きながらフィルたちに礼を述べる。聞けば、聖都に救援を出し、一週間前に聖公軍が派遣されたらしいのだが全滅したらしい。再度組織された軍が来るまでに二週間はかかると言われ、そこまではとてもではないがもたないと思い、最後の希望としてフィルたちを頼ることにしたそうだ。それだけ追いつめられているのだろう。


「……という訳なんだけど、みんな今更だけど大丈夫?」


「今更だなぁ。ここまで来たら仕方ねぇだろ。オレはもうお前の首突っ込み体質は諦めた」


「あたしもいいわよ。フィルがこうなったら止まらないのは知ってるし」


「僕も同じく。一度言い出したらフィルは突き進んじゃうから」


 ひどい言われようにフィルは少し落ち込むが、三人とも手伝ってくれるようで安堵した。


 フィルたちはニーナの案内でそれぞれの部屋を借り受け、今日のところは体を休めることとなった。宿代はいらないとのことで、金欠のフィルたちはありがたく好意に甘えることにした。巨大喰蛇バイリンの素材をこの村で売ろうと思っていたが、素材屋も休業中で行商も寄り付かず、正直なところ懐が寂しい状態だったのだ。



 翌朝、村長から傷薬や携帯食をもらい、一行は晶獣オーロが現れるという東の森を進んでいた。

 

 鬱蒼と木々が生い茂っている大陸東側の森と違い、この辺りは湿地帯のようになっている。ぬかるんだ道なき道を歩きながら、晶獣オーロの痕跡を辿って森の奥に進んでいく。


「今回は三洋蛭ベーグンリープ晶獣オーロらしい。動きが遅い分、一回触れられたら終わりだ」


 フィルは確認の意味も込めて仲間たちに説明する。終わりと言った理由は三洋蛭ベーグンリープのその習性にある。奴らは人間でいう目にあたる器官がない代わりに、夥しい数の足が生えており、その足で獲物の振動から位置等を察知し襲いかかる。一度獲物にくっつくとその足から棘を出し血肉を吸い尽くしてしまう。


 知性が高いわけではないが、本能的に獲物を襲う生物で群れで行動する。村長が言っていたように、一匹倒しても群れを殲滅しないと意味がないのだ。


「しっかし歩きずれぇな。地面がべちゃべちゃじゃねぇか」


「ほんとよ。もう泥だらけになっちゃった」


 カイトとリアがぶつぶつ文句を言いながら歩く中、一人冷静なノクトは周りの状況をつぶさに観察している。


「この辺りは三洋蛭ベーグンリープが好きそうな場所だね。動物が集まる場所に奴らもいるはずだから、大きい水飲み場みたいなところにいる可能性が高いと思うんだけど」


 三洋蛭ベーグンリープは普段は木の根本あたりでじっとしていることが多い。フィルたちは足元を注視しながら、水飲み場のようなものがないか探す。


 しばらく森の奥の方に向かって歩くと、比較的大きな池が目の前に現れる。周辺には小型の動物たちが喉を潤している姿が見えるが、肝心の晶獣オーロの姿は一匹も見えない。


晶獣オーロは……いないみたいだ。ノクト、何か気付いたことがあるかい?」


「いや、辺りを見たけど手掛かりになりそうなものは…………ちょっと待って」


 そう言うと、ノクトは先程小動物たちが水を飲んでいた場所まで移動し、しゃがみこみ池の中をじっと見ている。


「なに見てんだ?」


「底の方に動物の骨と皮が堆積してるんだ。けど水はそこまで濁ってないでしょ? あの量は異常だよ。やっぱりこの辺に三洋蛭ベーグンリープがいるのは間違いないと思う」


 そう言われ他の三人も池の中を覗く。ノクトの言うとおり、かなりの数の死骸が蓄積しているようだ。


「僕たちが来た方向よりこっち側の方が死骸が多いから、たぶんこの先に三洋蛭ベーグンリープの住処があるような気がする」


 ノクトが森の奥を指さして説明する。おそらくこの先で奴らと戦闘になる可能性が高いということで、フィルたちは改めて装備と荷物の確認しあった。


 準備を整えた一行が池を抜け、再度森に入って行くと異変はすぐに現れた。異常なまでに濃い血の匂いが辺りに漂っている。


 細々とした木々を分け入ると、はいた。


 ずるずるとおぞましい音を立てながら、動物の死骸に覆い被さっている。村長の言う通り通常の三洋蛭ベーグンリープの倍は大きく、背中の部分が結晶化していた。


 三洋蛭ベーグンリープは振動を感じ取ったのか、フィルたちの存在に気付き振り向くと、食事を止めこちらにゆっくりと近づいてくる。食事を止めてでもこちらに向かってくると言うことは、本能的に人を襲うという話は間違いないようだ。


「来るぞッ!」


 通常の三洋蛭ベーグンリープはどちらかといえば動きが早い方ではない。だが、コイツは違う。夥しい数の足を激しく動かし、信じられない速度でこちらに近づいてくる。


「シィィィィィィィッ」


「壁となれ! ≪晶壁オーバー≫!」


 フィルは飛び掛かってきた三洋蛭ベーグンリープを受け止めると、その隙にカイトが回り込み晶素を纏った足で蹴り飛ばす。さらに、後ろで構えていたリアが緑の輝きを放った。


「立ち向かう勇気を。≪勇敢小兎ハイネン≫」


 リアの言葉とともに猛然と小兎が飛び出していく。小兎はそのまま三洋蛭ベーグンリープ飛び掛かり、その緑みがかった斑点模様の体表を抉り取った。やはり通常の個体と違い身体が強化されているようで、致命傷には至らない。


「≪水蓮ツェンレン≫」


 ノクトの放った水弾によって三洋蛭ベーグンリープの身体は吹き飛ばされ、そのまま動きを停止させる。フィルたちは三洋蛭ベーグンリープが本当に動き出さないことを確認すると、体内にある晶核を取り出しようやく一息つくことができた。


「ふぅ~。なんだ、たいしたことねぇじゃん」


 安堵の息を吐きだしながらカイトが呟くが、フィルは今の戦いに余裕を感じることはなかった。


「たしかに一体だけだと問題ないけど、群れで来られたらかなり厄介だよ。なんせ触れられたら終わりなんだ。今の戦いだけでも相当神経を削られた」


 フィルは緊張感を顔に張り付けながらカイトに返す。


「二~三体くらいならなんとかなるだろ。群れがどのくらいいるのか知らねぇが、このペースで倒していこうぜ」


 カイトが一歩を踏み出した瞬間、奥から再び三洋蛭ベーグンリープが現れる。だが、その数が問題だった。


 三洋蛭ベーグンリープの群れがこちらに向かって来ていたのだ。


「おいおい、ウソだろ……」


「囲まれたらまずい! 右の個体から一体ずつ倒すぞ!」



 フィルはそう言うと晶獣オーロの群れに飛び込んでいった。

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