閃光

 どのくらいの時間戦っていたのだろうか。


 フィルたちは気力を振り絞り、未だ戦いを続けていた。三洋蛭ベーグンリープは六体どころではなく、四~五体の群れが次から次に現れ休む暇などなかった。


「はぁ、はぁ……もう体力が持たねぇぞ」


 カイトだけではない。フィルもリアもノクトも全員限界が近づいていた。


「でも……これでようやく打ち止めみたいだ」


 あれだけひっきりなしに襲い掛かってきた三洋蛭ベーグンリープの襲撃がピタリと止まる。だが、それは晶獣オーロの群れを全滅させたことが原因ではなかった。


「ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」


 突然響き渡った身体の底から恐怖を掻き立てる声にフィルたちは驚く。


 その声の主は、ゆっくりと木々の間を縫うように現れた。


「なんで……ここに……」


 カイトが声を失うのも無理はない。その姿はまさに異形と言うべき存在だった。


 体躯はフィルたちと変わらない。だが体表は血に濡れたように真っ赤に染まり、結晶化によってごつごつと角ばっている。時折、体の中心に剥きだしている晶核が赤黒く光り脈打つ姿が不気味だ。目はあるが開いておらず、口はだらしなく開けたままになっている。


「これが適合者アダプタの慣れの果て……」


 晶魔ゲートはこちらを認識していないのか一定の距離から動こうとしない。静かにじっとこちらを向いている。


 視界の隅で晶素の光を捉えた次の瞬間、晶魔ゲートの閉じられていた目がかっと見開かれ、気付いた時にはフィルたちの目の前に立っていた。


 最初に狙われたのはノクトだった。


オー――――」

ツェン――――」


「ボュ」


 フィルとノクトが同時に技を放とうとするが、晶魔ゲートは気味の悪い声を出しながら、ノクトを殴り飛ばした。


「かはっ」


「ノクト!」


 ノクトはそのまま木々の隙間を縫うように吹き飛ばされていってしまう。


 すかさずカイトが晶魔ゲートに殴りかかるが、その硬い体表に阻まれ逆に弾き飛ばされてしまう。さらに、ダメージを与えられなかったばかりか、カイトの拳は衝撃で出血してしまっていた。


「ちっ! アイツの身体硬すぎるぞ! 攻撃が通らねぇ!」


 晶魔ゲートはそれぞれ特異な性質を持つと言われている。おそらく身体を硬質化する能力を持っているのだろうとフィルは判断した。


「≪勇敢小兎ハイネン≫!」


 リアが晶魔ゲートに向かって勇敢小兎ハイネンを放つが、やはり身体に傷をつけることができず、そのまま小兎は弾き飛ばされてしまった。


 フィルは攻撃を避けつつ、晶撃アントレを打ち込みながら、目の前の敵を退けるために思考を続けていた。


――――このまま攻撃を続けても勝ち目はない


 こういう状況で真っ先に弱点に気付くのはノクトだが、ノクトは今動ける状態ではない。頼りたくても頼れない状況の中、必死に観察を続けるが打開策は見当たらない。


――――どこか、どこか奴の急所があるはずだ 


 「リアッ! 合わせろ!」


 カイトの掛け声でリアとカイトが前後から同時に攻撃を繰り出す。だが、化物は前から迫っていたカイトだけを注視し拳を両手で防ぐと、後ろから迫っていたリアの攻撃を無視し、そのまま身体を高速回転させ二人を吹き飛ばしてしまった。


 フィルは今の一連の行動に違和感を感じる。


 なぜ、奴は後ろからの攻撃を無視したのか。防御力に自信があったからだろうか。だが、リアとカイトでは、リアの勇敢小兎ハイネンの方が突破力はあるのだ。奴はカイトの攻撃を両手で防いだ。まるで


――――そういうことか


 狙いは一つしかない。


「カイト! リア! 身体の正面にある晶核を狙うんだ! 奴はそこだけ攻撃を受けないよう防御してる!」


 二人はフィルの言葉をすぐに理解する。


 奴は防御力によほど自信があるのか、正面からの攻撃しか防ごうとしない。そこを突くしかない。


 カイトが再び正面から向かっていく。晶魔ゲートはカイトの拳に自分の拳を正面から打ちつけると、そのまま力任せにカイトを吹き飛ばした。だが、リアはフィルの一撃に繋げるための一手をすでに打っていた。


「≪勇敢小兎ハイネン≫! 足を払って!」


 その一撃は敵も予想外だったようだ。体勢が崩れていたところに足に衝撃を受け、そのまま横倒しになってしまう。


 フィルは仲間たちが作ってくれた隙を見逃さなかった。


「打ち砕けッ! ≪晶撃アントレ≫!」


 独学ではあるが、常に晶素の訓練を続けていたのだ。晶素を取り込める限界量は一定程度で頭打ちになるが、晶素を取り込む能力と循環させる能力は、使えば使うほど向上させることができる。渾身の晶素を込めた一撃により、凄まじい衝撃が周囲を駆け巡る。


「グォォォォォォォォ!!!」


 晶魔ゲートが晶核を押さえもがき苦しんでいる。拳に伝わった感触も、明らかに他の個所より手ごたえがあった。見れば晶核に少しヒビが入っているのが確認できる。


 このまま押せば、なんとか倒せるのではないだろうか。


 そう考えたフィルを嘲笑うかのように、晶魔ゲートは身体を覆っていた体表を突然フィルに向かって射出し、鋭利な結晶が次々フィルに襲い掛かる。恐るべきはその速度で、晶魔ゲートが手を振りかざしたかと思えば、すでに眼前へと迫っていた。


 フィルは晶壁オーバーを出す間もなく全身を切り刻まれる。


「「フィルッ!!」」


 カイトとリアが必死な形相で駆け寄ってくるやのが見える。幸い深い傷はないようだが、全身に傷を負ったせいで出血量が多く、このままだといずれ意識を失ってしまうだろう。少なくとも、フィルは晶魔ゲートの一撃によって継戦能力を失ってしまった。


 晶魔ゲートはフィルが倒れたことを喜んでいるのか、気味の悪い笑い声をあげながら佇んでいる。二人では隙をついて晶核に攻撃を打ち込むことは現実的に難しいだろう。この晶魔ゲートは知性があり、先程と同じ手が通用するとも思えなかった。


 このままでは全滅するのは目に見えていると思ったフィルは、カイトとリアに告げる。


「カイト……リア。ノクトを連れて逃げるんだ……このままじゃ全滅してしまう」


「そんなの嫌よ! ぜったいに嫌ッ!」


 リアがフィルの手を握りながら叫ぶ。カイトはフィルの目を見ているが何も言わない。


「カイト……カイトなら分かるだろ? ここで全滅しても意味はない。逃げる時間くらいは稼ぐから」


 一言喋る度に残り少ない体力を消耗していく。フィルは最後の力を振り絞り、皆が逃げる時間を稼ぐために立ち上がろうとしていた。


 だが、カイトは違った。


「自分を置いて逃げろだと? ふざけんなッ!! 一人でかっこつけてんじゃねぇぞ! ヴァンの時だってそうだ。オレは……オレはあの時からずっと後悔してんだ」


 そう言うとカイトはフィルたちの元を離れ、晶魔ゲートと対峙し宣言する。



「オレは己の弱さを認める。だけどな、それを盾に逃げだすことだけはぜったいにしねぇ。もう仲間を置いて逃げるなんて真似、二度としたくねぇんだよッ!!」



 カイトの想いに呼応するかのように、カイトの体が眩い光に包まれる。


 晶魔ゲートは突如光に包まれたカイトを本能的に危険だと判断したのだろう。フィルにとどめを刺す前に、カイトへと標的を変更して接近する。


 晶魔ゲートの鋭い一撃がカイトを捉えようとした、その時。光の中から天に轟くような声が聞こえた。



「――――≪大雷クラム≫」

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