操作

 巨大喰蛇バイリンはフィルたちにその巨躯をもって襲い掛かる。


「壁となれ! ≪晶壁オーバー≫!」


 晶素の壁が巨大喰蛇バイリンの鼻先に出現し攻撃を弾くが、最初に戦った蛇の比ではない力で逆に押し戻されてしまう。


「ぐっ」


「もたせろフィル!」


 カイトは何かを巨大喰蛇バイリンの口に投げ入れると、直後、全身をくねらせながらもがき苦しみ始める。


『グギャァァァァァァァァァァアッァアァ』


「何を口に入れたんだ?」


だよ」


 カイトが見せてくれたもの、それは啖礼サッカ草の実だった。ノクトが解毒薬になると採取していた実を、フィルが攻撃を受け止めている間に蛇の口へ投げ込んだのだ。


 今が好機だと思ったフィルたちは、巨大喰蛇バイリンの腹に向け一斉に攻撃を叩き込む。


「打ち砕けッ! ≪晶撃アントレ≫!」

「≪勇敢小兎ハイネン≫!」

「おらぁぁぁぁッ!」


 すべてを乗せた一撃は巨大喰蛇バイリンの腹部に直撃し、湖面に波紋を広げながらその巨体を見事に吹き飛ばした。


「やったのか? なんだ、案外あっけなかったな」


 カイトがそう言いながら背を向けた瞬間、ノクトが叫ぶ。


「みんな! まだだ!」


 次の瞬間、フィルたちへ向け一斉に無数の刃が飛来し、背を向いていたカイトは反応が遅れ、左足と右足を切り裂かれてしまう。巨大喰蛇バイリンは短い呼吸を繰り返しながら、忌々しそうにこちらを見ていた。


『毒なんぞに頼りおって……忌々しい人間どもめが』


 毒で弱ったところに今出せる全力の一撃を放ったつもりだった。だが、その厚い皮膚を突き破る程の力が今のフィルたちにはなく、通常の喰蛇バイリンは貫通できたリアの力をもってしても、王を貫くには力不足だった。


『この世の理不尽さを嘆きながら果てるがよい』


 巨大喰蛇バイリンは口を大きく開けたかと思うと水中に潜ってしまう。次の瞬間、大量の酸を含んだ夥しい数の水弾が、フィルたち目掛けて飛来する。


「みんな! 俺の所に集まるんだ! 早く!」


 フィルは仲間たちを水弾から防ぐ為、ありったけの力を込めて晶壁オーバーを発現させる。だが、一発、二発と当たる内に次第に押されていってしまい、地面を見ると、水滴が落ちた個所の草花はすべて強烈な酸により溶かされていることに気付いた。


 このままでは晶壁オーバーが途切れた瞬間、全員どろどろに溶かされて終わってしまうことは目に見えていた。水弾も一向に途切れる気配がなく、フィルたちはただひたすら耐えることしかできない。


 そんな絶望的な状況の中、ノクトが不思議な事を言い始める。


「ねぇ、みんな、なにか声が聞こえない……?」


 フィルには何も聞こえない。聞こえるのは激しい水しぶきの音と、足元で草花が溶けている音だけだ。


「声? んなもん聞こえねぇぞ?」


「あたしも何も聞こえないわよ?」


「たしかに聞こえるんだよ。ほら、また! 力? この指輪を嵌めればいいの?」


 ノクトがフィルたちには聞こえない声と会話している。だが、ノクトの手の中にある指輪はご神体として使用されてたもので、しかも巨大喰蛇バイリンが持ち去られるのを防ごうとしたものでもある。罠の可能性もあり、迂闊に身に着けるのは危険だとフィルは判断した。


「ノクト、止めた方がいい。罠の可能性だってある」


 だが、ノクトは静止を振り切って自らの想いを吐露した。


「罠かもしれない。けど今のままじゃどの道勝ち目はないよ。声は力を借してくれるって言ってるんだ。少しでも助かる可能性があるななら僕は……賭けるべきだと思う」


 フィルは必死に壁を張り続けているが、ノクトの表情から決意の固さを感じ、その気持ちに応じる。


「ノクトがその声を信じるなら俺も信じるよ。それに……そろそろ限界が近そうだ」


 フィルの一言でノクトの決心は固まったようだ。カイトとリアを見てうなずき合うと、ノクトは自らの指にくすんだ指輪を通す。


 特にノクトに変化は訪れず、晶素が集まっている気配も感じない。


 やはり罠だったのか、ノクト以外の三人がそう思い始めた時、ノクトの口から予想外の言葉が出てくる。


「きみは……そういうことだったんだね……わかった。フィル、僕が合図したら≪晶壁オーバー≫を解除してくれるかい?」


 劣等感に苛まれていたノクトはもうどこにもいなかった。ノクトの目は自分を信じてくれと訴えかけている。


「分かった」


 ノクトは目を瞑り、右手に急速に晶素を吸収し始める。


 直後、ノクトの背後に無数のが出現し、一発一発に途轍もない量の晶素が込められているのを肌で感じた。


「フィル! 次が着弾したら解除してくれ!」


「分かった! いくぞ!」


 フィルは巨大喰蛇バイリンが吐いた水弾が着弾した直後、晶壁オーバーを解く。どっと押し寄せる疲労を堪える中、敵が再び水弾を放とうとした瞬間、ノクトの新たな力が解放された。



「≪水蓮ツェンレン≫」



 空を埋め尽くすほどの水弾が、凄まじい速度で巨大喰蛇バイリンに衝突する。巨大喰蛇バイリンは水弾を発射する間もなく、全身にノクトの放った弾丸を直撃させた。


 水しぶきが晴れた時、そこにいたのは体の至るところから血を流す、満身創痍の蛇の姿だった。鋭利な鱗はほとんどが剥がれ落ち、見るも無残な姿となっている。


『ぐっ、がぁ、なぜ貴様が奴の力を……人間ごときがこの我を傷つけおって! 寄り集まらなければ何も出来ぬ劣等種族どもめが!』


「寄り集まることの何が悪い! 僕たちは力を合わせることで何倍も強くなることができる! それが僕たち人間だ!」


 巨大喰蛇バイリンの残っていた鱗が剥がれ落ちたかと思うと、頭部に集まっていき、一つの大きな刃と化す。自分の身を削る大技だが、それだけ奴も追い込まれていることが分かった。


『消え去れ人間ども』


 全力で晶壁オーバーを発現しても、おそらく今のフィルでは防げないだろう。だが、フィルは冷静だった。あの気弱な性格だったノクトが目を逸らさず前を見ているのだ。自分が前を向かない訳にはいかない。


 ノクトはこちらに迫りくる敵へ静かに放つ。


「≪水龍ツェンラオ≫」


 生み出されたのは巨大な水の龍。


 物語の世界にしか存在しないと言われている伝説の生き物が、今目の前に姿を現わしていた。


 蛇と龍がぶつかり合い、衝突の余波で湖は波打ち、周りの木々は吹き飛ばされる。


 両者の勝負はあっけなく決着し、巨大喰蛇バイリンは水の龍に頭を打ち抜かれ、胴体だけをひくつかせながら横たわっていた。


 頭部を失った敵の姿を見て、フィルたちもようやく安堵の溜息をつく。敵が倒れたのを見届け気を失ってしまったノクトを介抱しながら、フィルたちもまたその場に腰を落とし体を休めた。


 これで村への脅威は取り除いたわけだが、湖の汚染は解決できてはいない。


 巨大喰蛇バイリンと汚染の因果関係も分からないままフィルたちが引き上げの準備をしていると、三人に語り掛けてくる声がどこからか聞こえてくる。


『ありがとう、人間の子らよ。これでまたかの者たちの力になることができる』


 その声は透き通るような女性の声だった。


「あなたは……」


『私はこの湖を人間たちのため浄化していたが、ある日あの蛇が現れその身に囚われてしまった。そなたらのおかげで解放された』


 その声は続ける。


『その指輪は持っていくがよい。きっとそなたらの力になってくれる。あぁ、愛しき人の子らよ』


 それだけ言い残すと、巨大喰蛇バイリンを飲み込みながら、轟音をたて湖が急速に澄んでいく。恐る恐る水に触れてみると酸による刺激もなかった。どうやら以前の状態に戻ったようで、それ以降声も聞こえなくなり、辺りは静けさを取り戻している。


 周囲の状況に変化が起こらないことを確認すると、カイトがノクトを背負いながら帰り路を促す。


「よく分かんねぇけどやることはやったんだ。ここが安全とは言い切れねぇし、早めに帰ろうぜ」


 フィルはもう一度だけ湖を振り返ると、ファンマルの村へと続く道へと歩き始めた。



 村に着いたフィルたちは、村長に先程起こったことをかいつまんで説明する。


「そんなことが……みなさん、なんと感謝を申し上げたらよいか。本当にありがとうございます」


 村長は深々と頭を下げる。フィルは照れくささを隠すように、村長に湖で聞いた不思議な声のことを話してみた。


「それはきっと”皆鹿神みなかがみ”さまのお声ですよ。ずっとこの村を守ってくださっているのです」


 ”皆鹿神みなかがみ”とはこの村に祀られている神様なのだそうだ。


 大昔、ここに村ができて間もない頃、一匹の鹿が足を怪我して動けなくなっていた。鹿を見つけた村人は不憫に思い、その足に薬草を塗ってやるとすぐさま立ち上がり、その場に光を残して忽然と消えてしまった。その出来事以降、村で困ったことが起こると不思議な力で解決してしまうことが続き、あの助けた鹿を神として祀るようになった、という逸話が残っているのだそうだ。


「あの湖も最初はなかったそうです。昔大規模な地揺れが起こった際、突然湧き出したそうで、当初はご存じの通り触れただけで皮膚を溶かしてしまうような状態だったのです。ですが、恥ずかしながら当時村の財政状況は芳しくなく、諦めきれずなんとか浄化する方法を考えていた矢先、ある村人が村長の所にやってきて、湖がきれいになっていると言うんです。慌てて見に行くとたしかに綺麗になっている。これは皆鹿神みなかがみさまのお力に間違いないと思い、あそこに祠を立てたのです。まぁ、そこから湯を引いてくるのは大変苦労しましたがね」


 村長は笑いながら当時のことを話してくれる。そんな大切な場所にあった指輪を、自分たちが本当に貰ってもいいのだろうかと気になったフィルは村長に聞いてみた。


「指輪? あの祠にそんなものが? まぁ、いずれにせよお持ちいただいて構いませんよ。我々には不要のものですし、きっと皆鹿神みなかがみさまの感謝の印だと思いますから」


 村長に経緯を説明し終えると、フィルたちは村長の勧めで念願の湯に浸かって戦いの疲れを癒していた。引き裂かれた傷も塞がったカイトは気の抜けた声でフィルとノクトに話しかける。


「いやぁ~最高だねぇ~。ノクトもスゲー力を手に入れた訳だし。オレだけ力不足感が否めねぇな~」


「そんなことないよ。僕もこの力に未だ慣れない訳だし。発現するのは簡単なんだけど、操作がすごく難しいんだよ」


 そう言いながらもノクトはどことなく嬉しそうだ。


「その分威力もでけぇからな。ノクトもこれで保持者ホルダーになったってことか?」


「いや、そういう訳じゃないと思う。フィルとかリアって、外から晶素を取り込んで循環させてる訳でしょ? 僕の場合は、この指輪から晶素を取り込んで、自分の晶素と混ぜて、この指輪から放出してるんだ。僕には、循環させる力はあっても他の能力がないみたいなんだよ。だから保持者ホルダーにはたぶんなれない」


 ノクトは少しだけ悲しそうな表情でカイトに答える。だが、これでもうノクトが戦力不足で自分を責めることはなくなりそうだ。


 

 翌日、旅に必要なものを補充した一行は、再び聖都を目指して出発した。


 道中、狩りで素材や晶核を集めながら晶素の扱いの訓練を続ける。これで四人全員が戦う力を手に入れた訳だが、全員方向性も熟練度も異なるため、各々で自らの能力を使った訓練をし、体術は二人一組で組み手を継続することで、身体能力や晶素の扱いを鍛えていた。


 フィルたちが次の村に着いたのは、ファンマルの村を出て五日後だったのだが、その村に入った瞬間、フィルは違和感を感じた。


 村人がほとんど外を歩いておらず、商店や宿屋もあるがどこも閑散としている。



 どこか不穏な気配を漂わせながら、フィルたちは宿屋へと続く道を向かって歩いて行った。

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