他人のために犠牲にするもの
翌朝、窓から差し込む朝日に照らされ目を開けたフィルは、全身を激しい筋肉痛に襲われていた。
なんとか立ち上がろうとしていると、すでに起きていたリアが声を掛けてくる。
「おはよう。体大丈夫? とりあえずお昼まではここにいていいみたいだから、ついでにお昼ごはんを用意してもらよう言ってくるわ」
「ありがとうリア。昨日散々殴られた上にその体で無理に戦ったから」
「そうよ。ほんとなら二、三日は安静にしておくくらいの傷よ。宿のおばさんに言って交渉してみようか?」
「いや、やめておこう。聖都にはなるべく早く行きたいし、ゾネの村が襲われたことも伝えたい」
「そう。だけど絶対に無理はしないでね?」
「分かっているよ。全力でみんなを頼らせてもらうさ。そういえばノクトはどこかに出かけたの?」
起きた時に見当たらなかったノクトの所在をリアに聞く。
「ノクトは必要なものを買いに行ってくれたわ。昨日の盗賊たち、この辺では割と有名な盗賊だったみたいで、少しだけど懸賞金がかかってたみたいなの。ただ、捕まえることができたのは六人だけだったみたいよ。獣男と黒いフードの男はいなかったんだって」
「そうか」
フィルは昨日のゴラムの強さを思い出し、再び戦うことがない未来を願う。今まで生きてきた中で、あそこまで一方的に
「まぁフィルはゆっくり休んでて。わたしたちでできることはしておくから。さぁ!あんたはいつまでも寝てないで、さっさと起きて手伝いなさい!」
カイトの腹に無慈悲にも手刀が振り落とされる。
「痛てぇぇぇぇぇ! なにすんだリアてめぇ! オレだって全身痛てぇんだぞ! フィルと一緒だろうが!」
「あんたはせいぜい二、三発殴られただけでしょ。その程度の痛み我慢しなさい。さっ、早く行くわよ。ノクトだけ準備させたらかわいそうだわ」
颯爽と部屋から出ていくリアの後ろを、幽霊のように虚ろな目をしながらカイトが付いていく。扉が閉まる直前、カイトがぼそっと口にした。
「フィル、お前覚えてろよ」
それは逆恨みだよ、と思いながらフィルは再び
幾分かすっきりした頭で体を起こすと、部屋に誰もいないことを確認し下の食堂へと降りて行く。今日の昼のメニューはパンと
フィルは食堂をさっと見渡すと、手を挙げてこちらを呼んでいるリアを見つけた。
「体調はどう? 多少痛みは和らいだように見えるけど」
「おかげでだいぶ良くなったよ。みんな、準備任せてしまってごめん」
「いいのよ。こっちも街を見れて楽しかったし。やっぱり村じゃ手に入らないような食材がいっぱいあったわ! この
リアに促され視線を目の前の皿に移すと、一口すくい口に運んでみた。なるほど、確かに臭みがまったくない。
「ほんとに美味しいね。肉も柔らかいし、味付けもあっさりしてるからいくらでも食べれそうだ」
カイトを見るとすでに二杯目を注文している。反対にノクトはまだ半分程度しか食べていない。相変わらず食が細いようだ。
「これからどうするの? とりあえず聖都までは少なくてもあと四つは村を越えないといけないらしいわ」
リアは自分の分を食べ終え、フィルに聞く。フィルはパンを齧りながら答える。
「みんなが準備をしてくれてるから、食事を終えたらこのまま出発しよう。できれば今日中には次の村に行きたいところだけど」
カイトが二杯目のスープを猛烈な勢いで啜りながら指摘した。
「それは無理だぜフィル。次のファンマルの村はどれだけ頑張っても二日はかかる。今から出ても今日は野営だぞ」
「そうなんだ。う~ん……いや、やっぱり今から出よう。聖都に近づくほど
「オッケー。準備はできてるし、ファンマルの村は天然の湯が沸き出てることで有名らしいぜ。せっかくだから寄ったついでに入ってこうぜ!」
カイトの発言に珍しくリアが同調する。
「たまにはいいこと言うじゃない。一度入ってみたかったのよファンマル名物の湯場に。それに前の村を出てからしばらく水浴びできてなかったでしょ? 急ぐのも分かるけど、どうせなら寄っていきましょうよ」
たしかにここ最近水浴びもできず、濡れたタオルで体を拭いていた。そろそろ全身の汚れをしっかり落としたいと思っていたところだった。
「分かったよ。そういうことならせっかくだから入っていこうか。ノクトもそれでいいかい?」
ようやく食事を終えたノクトに同意を求める。ノクトは出てきた食事の量が少し多かったのか苦しそうにしている。
「ふぅ~、もちろん僕は賛成だよ。みんなと同じでファンマルの湯に入ってみたいし」
方針が決まったフィルたちは支払いを済ませ、荷物を持つと足早に宿を出た。各自の私物はそれぞれで持ち、盗賊を捕まえた賞金の残りと食料や道具などの旅に必要なものについては、交代で持つことになった。
バントの街は活気に溢れている。それでも聖都に比較すれば田舎には違いないが、村から出たことのないフィルたちにとってはすべてが新鮮だった。買い出しの時も、カイトがあっちこっちにフラフラ入っていき大変だったらしい。
「リアこそ『なにあの食材! まだ動いてるわ!』とか言って露店に突撃したじゃねぇか。店番のおっさんちょっと引いてたぞ」
「だって足だけなのにまだうねうね動いてたのよ!? しかも焼いて干物にしたらものすごく美味しいっていうじゃない! 欲しかったなぁ……」
フィルたちは基本貧乏だ。残金も旅に使うものを買ったらほとんど残っていない。悲しそうな表情を浮かべるリアにノクトが慰めるように言う。
「これから少しずつ動物狩りながらいくんでしょ?
やはりノクトは自分だけ晶素が扱えないことを気にしているようだ。フィルは昨日のノクトの様子が少しおかしいことに気付いていた。あれは、きっと自分だけ晶素を扱うことができず、人知れず劣等感を感じていたのだろう。
「役に立たないなんて言うなよノクト。たしかに俺たちは襲ってくる敵には力で対抗できるかもしれない。でも、俺たちは周囲の異変を敏感に感じることはできないよ。それはノクトにしかできないことだ」
周囲の景色が流れ、行き交う人の数が次第に少なくなり、いよいよ街の出口が見えてくる。
「人が持っているものと自分が持っているものなんて違って当然なんだよ。ノクトは俺たちにないものをちゃんと持ってるんだから」
カイトがフィルの言葉に続く。
「そうだぜノクト? オレにできないことなんてもちろんいっぱいあるんだ。それはノクトが補ってくれよ。それにお前はこの中で唯一の癒しなんだから」
「ちょっと待った。唯一の癒しってなによ? ここに麗しき美少女がいるんですけど? あたしは癒しじゃないって訳?」
「ノクトこれで分かったろ? 人それぞれ得意なことは違うんだ。な? 中身は
「だれが
「ごふぁっ」
「ふふふっ」
いつものやり取りをしながらバントの街を抜けると、見晴らしのよい草原が彼方まで続いていく。森と違い視界が広く、野生の獣に襲われる心配も比較的少ないようだ。
フィルたちは身に着けた力を使いこなすため、あえて草原を通らず、街道が目視できる距離で左に逸れ森沿いを歩いていた。
森に住む獣を狩りながら行こうと考え、動くものがあれば逐一確認しながら進んでいく。
「おらぁ!」
カイトがこれで三匹目となる
「やっぱり晶素を取りこみすぎると逆に動きずらくなるな。やりすぎると結晶化するんだろ?」
「みたいだね。過剰に取り込まないよう気をつけないと」
フィルはゴラム戦の時に出現させた壁を、出したり消したりを繰り返している。こうすることで晶素を循環させるトレーニングをしているのだ。
ゴラムとの戦闘の時は必死だったため無意識に戦っていたが、いざ日常で使おうとするとこれが案外難しい。取り込んだ晶素を循環させ
フィルは休憩を挟みながらトレーニングを続けていたが、予想以上に体力の消耗を感じていた。カイトもリアも同様で、一緒に
戦闘やトレーニングで注意散漫になっていたのだろう。
フィルたちはソイツの接近に気付けなかった。
「ドゥルルルルルゥゥゥ」
口から生えている対の牙、土を掻くために発達した鋭い爪、そして恰好の獲物を見つけたと言わんばかりにこちらを見つめる血走った目。”
こちらを威嚇しがら近づいてくる
「ドゥルルルラァァアア!」
「≪
「うらぁっ!」
投げた先にはすでにリアが待ち構えており、連携の最期を締め括るように晶素を込めた一撃を放った。
「はぁぁぁっ!」
頭部を直撃したリアの一撃は、脳を揺らしたようで
リアは視界の端に動くカイトとフィルを認識すると、ぎりぎりまで引きつけ突進を躱し、構えていたカイトが
「打ち砕け! ≪
すさまじい衝撃がフィルの拳にも伝わる。正面からまともに受けた
動かないことを確認すると、フィルたちはそのまま解体に移る。
晶核は様々な用途に使われる。それは王城等で使われる空調設備から、家庭で使われる火起こし器まで、幅広い使い道があるのだ。どんな小さな動物でも存在するため、狩りの際は採取しておくのが常識となっている。
戦いを続けながら一晩を明かし、フィルたちは二匹の
名物の湯に各々想いを巡らせながら、フィルたちは日が暮れる頃、ようやくファンマルの村へと辿り着いたのだった。
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