偽りの現実
眩いばかりの光がフィルを中心に渦巻いている。
「お頭、ありぁなんです!?」
手下がゴラムに問うと、ゴラムは吐き捨てるように言う。
「ありぁ、
フィルは青い光に包まれながら、晶素に関する知識が脳に流れ込んでいるのを感じていた。温かい何かが自然と体に流れてこんできているのが分かる。
――――これが、”晶素”
フィルは一度自分の手を開閉すると、眼に力を込めゴラムを見据える。
「なんだぁその目は……気にくわねぇな!」
ゴラムは再び
「≪
「”壁となれ。≪
フィルの前に現れた薄青色の壁がゴラムの一撃を防ぎ、弾き飛ばす。
ゴラムは自分の攻撃が防がれたことに驚きを隠せない。自分の体じゃないくらい体がよく動き、受けた傷は治ってはいないはずなのに、今は痛みをまったく感じないのだ。
フィルはそのままゴラムを押し飛ばすと、拳に晶素を乗せた一撃を放つ。
「”打ち砕け。≪
「がッ」
放たれた一撃は軽々とゴラムの巨体を持ち上げ、洞窟の壁に叩きつける。
「なんで
ゴラムが戸惑っているのは、手下が一人残らず倒れていたからだ。その場に立っているのは、ぼんやりとしたオーラを放つカイトと緑色のオーラを纏ったリアだけしかいない。
「なんでてめぇらが……一斉に
敵であるゴラムでさえあの様子なのだ。フィルはもちろん、当事者であるカイトとリアも激しく混乱していた。
「オレだって何がなんだか分かんねぇよ……ただ、力が湧き上がってくる」
リアも戸惑いながらも、カイトに同調するように答えた。
「あたしも一緒よ。急に体が軽くなって……」
先程まで追い込まれていたはずが、今は一転、追い込む形となっている。
「ちっ、まぁいい。初心者が集まったところでおれには一生勝てねぇんだよッ!」
ゴラムはフィルから標的を変え、未だ自分の能力に戸惑っているカイトに向け走り出す。ゴラムは晶素を剣に纏わせ、凄まじい速度でカイトに突きを放つが、フィルはゴラムの動きをすでに見切っていた。
「ぶっ飛べや! ≪
「≪
青い障壁がゴラムの一撃を阻みカイトに届かせない。そして、カイトはその隙を見逃さなかった。
「てめぇの部下に言っとけ! 人の顔を殴るんじゃねぇってな!」
そう言いながら、カイトは全力でゴラムの顔に拳を叩き込む。
「ごっ」
思わぬ威力にゴラムが後ずさるが、倒れる程のダメージまでは与えることができていない。
「なめるよガキども……!」
ゴラムを中心に、晶素のうねりが辺り一帯を巻き込みながら集まっていく。
「朽ち果てろ。≪
不穏な言葉と共にゴラムは再度距離を詰め、カイトの頭上から両手で剣を振り下ろした。
カイトは身に着けたばかりの晶素を使い紙一重の所で避けたが、先程までカイトが立っていた地面は大きく陥没し、まるで溶けているかのように煙を噴き出していた。
――――あれはまずい
直感的に、≪
目線だけですべてを伝えることは不可能だと思っていたが、それでも二人なら動いてくれると信じていた。
――――隙を突いて勝負を決めるしかない
フィルが動くと同時にゴラムも動く。
「いい加減うっとおしいんだよ! ≪
「≪
力と力がぶつかり合うが、押し負けているのはフィルの方だった。フィルが生み出した壁が煙を噴き上げ、徐々に亀裂が入っていく。
「ぐっ」
「沈めやぁぁぁぁ!」
ゴラムが放つ晶素がさらに膨れる。これ以上は耐えられない、そう思った矢先、ゴラムの顔を何かがかすめる。
それは、こぶし大の石だった。
カイトが生み出してくれた一瞬の隙をフィルは見逃さなかった。
あえて壁を消すと晶素を足に循環させ、体を横に捻り流れた剣を避ける。そのまま回転を利用しゴラムの懐に入ると、晶素を込めた拳をゴラムの腹目がけ放った。
「打ち砕け! ≪
「がはっ」
ゴラムがよろめく。フィルとカイトが叫んだのは同時だった。
「「今だ! いけッ!! リア!!」」
リアは二人の動きに合わせたかのように走り出し、猛然とゴラムへ向かっていく。
「今の感情全部ぶつけてやれ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
緑色の光が一匹の獣を吹き飛ばし地面へと叩きつけると、ついにゴラムを完全に沈黙させることに成功する。
「はぁ、はぁ」
三人とも満身創痍の状態だったが、フィルは先程見せたリアの一撃に見惚れていた。リアから放たれた緑色の光は、こんな状況でも荒んだ心を落ち着かせてくれるほど美しく暖かかった。
しばらくリアに見とれていたフィルだったが、直後、その気持ちは急速にしぼんでいくことになる。
リアはつかつかと意識のないゴラムに近づいていくと、ありったけの声量で叫び始めた。
「ちょっとあんたっ! よくもやってくれたわね!! か弱い女の子さらって許されるとでも思ってんの!? ねぇ、聞いてんの!?」
様々な感情が爆発したのだろう。感情の
「……リア、その辺にしといてやれ。そいつもう意識ねぇから」
リアはゴラムを一瞥すると投げ捨てるようにゴラムの胸倉から手を離し、笑顔でこちらを振り返ると、笑いながら言った。
「さっ! 二人ともノクトを連れてさっさと帰るわよ。こいつらはその辺の木の蔓でも使って一応縛っておきましょう。バントの衛兵に言えば捕まえてくれるでしょう」
颯爽と作業に移っていくリアとは対照的に、残された二人はその変わり身の早さに若干の恐怖を感じていた。
「なぁ、フィル。オレ、これからあいつと旅するの怖ぇんだけど」
フィルはカイトの言葉に何も返さず、盗賊たちを縛るための蔓を黙々と探し始めた。
一通りの作業が終わり、バントの街に着いた一行は衛兵に事情を説明すると、フィルたちは一番安い宿の一室で旅の疲れを癒していた。
宿の食堂で出された固いパンを齧りながらカイトが口を開く。
「それにしても、まさかオレらが
「俺も未だに信じられないよ。だけど確かに晶素を感じるようになった。それと、右腕にあった痣も形が変わってるんだよ」
「そういえばそうね。これって何か意味があるのかしら?」
「う~ん、どうなんだろう。この力に目覚めた時、知識が勝手に入ってくる感じがしたんだよ。うまく言えないんだけど、最初から分かっていたというよりかは、知識が流れ込んできたって感じかな。聖都に行けば詳しいことが分かるかもしれないけど」
「そうね。聖都には
「じゃあ当面の目標は聖都に無事辿り着くことだね。でもリア、無理してない?」
「……お父さんとお母さんが死んじゃったことは未だに信じられない。あいつらに攫われた時も本当はものすごく怖かった。けど、絶対フィルたちが来てくれるって分かってたから。それに嫌な感情は全部あの男にぶつけたから逆にスッキリしたわ」
カイトはその時の光景を思い出したかのか身震いしている。
「すぐに割り切れることじゃないよ。俺だって一緒だ。一緒にゆっくり受け入れていこう」
「……うん」
リアの表情は完全に元通りとはいかないが、それでも前を向こうとしているのは伝わってくる。フィルだってそうだ。一生この悲しみを忘れる事なんてないだろう。だが、それでも命ある限り生きていかないといけないのだ。
話が一区切りついた所で、カイトが何かを思い出したように切り出す。
「そういえば、オレがゾネの村で酒を取りに行った時に
「え?
「いや、確かに見た。間違いなく村にあんな奴らはいなかったし、顔は見えなかったが、オレには化物どもを操ってるように見えたぞ」
「だとすれば、俺たちの村はそいつらのせいで……でもなんの為に?」
「分かんねぇ。でもあんな奴らを操れるんなら、そいつらはもう人間じゃねぇだろうな」
その時、話し声に気付いたのか隣で寝ていたノクトが目を覚ました。
「うぅん…………あれ、ここは……?」
未だ状況が飲み込めてないノクトへ、自分たちの身に起きたことをかいつまんで説明する。
「そんなことが」
ノクトはフィルの話が信じられない様子だ。それも無理はなかった。いきなり
「ごめん少し混乱してるみたいだ。リアとカイトが
「あたしだって未だに信じられないわよ。でもこんな感じで、ほらっ、ねっ?」
ぼんやりとした緑色のオーラを放出しながらリアが実演してみせる。
「ほんとだ。緑色なんて珍しいタイプだね」
ノクトが顎を触りながらぽつりと言う。笑みを浮かべながらノクトは続けた。
「まぁ、よかったんじゃない? これでみんな戦う力を手に入れた訳だし。なんだか僕だけ仲間外れみたいで寂しいよ」
「ノクトはもう大丈夫なの?」
「体の方は痛むけどもうなんともないよ。村のみんなのことは……まぁリアが無事だったことがなによりだよ」
「……そう。ノクト、助けに来てくれてほんとありがとね。フィルとカイトもありがとう」
リアは三人のことを見ながら改めて感謝の気持ちを伝える。
「それにしても未だに盗賊なんているのね。ずいぶん戦闘慣れしてたみたいだったけど、あのゴラムってやつ調子でも悪かったのかしら?」
要領を得ないリアの疑問にカイトが疑問を重ねる。
「どういう意味だ?」
「う~ん……別にあたしが感じただけのことなんだけど、最後やけにあっさりやられたなって思っちゃっただけ。まぁただの想い過ごしよね、きっと」
「それだけオレたちの力が予想以上に強かったってことだろ。それにしてもフィル、お前相変わらず傷治るの早ぇな。あんだけボコボコにされたのにもう傷塞がってんぞ」
「ほんと? まぁ俺にはこれくらいしか取り柄がないしね」
カイトに指摘されフィルは自分の体につけられた傷を確認する。確かにカイトの言う通り傷が塞がり始めていた。
フィルは昔から膝を擦りむいても木から落ちて捻挫しても、一晩寝たら大抵の傷が治っていた。周りの大人たちは不思議がっていたが、フィルは子どもながらに自分の特異体質を気に入っていた。そのせいか、どこかへ行ってはよく怪我をして帰ってきたものだ。
両親にはずいぶん心配かけてしまったと思い出に浸っていると、カイトがフィルへ切り出す。
「なぁフィル。ちょうど金もないことだし、この力を鍛えるついでに
カイトはうずうずした様子でこちらを見ている。これは行商から話を聞き出そうとしている時の顔にそっくりだ。自分が手に入れた未知の力に期待を膨らませているに違いないと、フィルは思った。
その辺の森にいる
「この力は未だ分からないことだらけだ。力を鍛えるっていうのは賛成だけど、
「そうだな。じゃあ当面は普通の動物を狩りながら聖都を目指すとするか!」
方針が決まった一行は固いパンを食べきり、各々の寝床に着く。
フィルは明日以降の動きを自分でも整理しておこうと思い目をつぶると、急激な睡魔に襲われそのまま意識を手放した。
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