第十八話 ファイアークラッカーcase9
半分ほど地平線に埋まった夕陽を浴びながら、翠と白翅は街をねり歩いていた。
英語の時間はそのまま最後まで続けられた。生徒たちに危険が及ぶわけではないと判断されたからだろう。なんとなく落ちつかない時間を過ごした後、五時限目が終わった頃に、椿姫が教室まで迎えに来た。特務分室の清水巡査部長が電話を代理でかけてきたのだという。
白翅が気になっていた燃えているものの正体は、今年新卒で就職したばかりの青年だった。
トラックに荷物を乗せていて、路肩で停車していた時に事件が起こったらしい。運転席にいた彼は急に炎に包まれ、大火傷しながらも、ドアを開けて外へ飛び出した。
路上を走っていた車は慌てて徐行し、警察に通報がなされたが、問題はそこからだった。
荷台には仕分け用の発泡スチロールが積まれていた。炎に巻かれ、全身を焼かれながら、逃げ惑うように移動しながら荷台の近くで倒れこんで力尽き、そのまましばらく燃え続けた。そして、ガソリンタンクに炎が移った時に彼はついに動かなくなった。トラックは全体が炎上し、発砲スチロールが化学反応を起こしたこともあって、現場付近はしばらくの間ずっと、黒煙が漂っていたのだという。
現場に到着した後、異誕反応を白翅を除く全員が確認した。
その後、特務分室のスタッフたちと合流し、防犯カメラの映像のチェックを手伝っていたのだ。だが、不審人物は映っていなかった。現場周辺の聞き込みも、捜査員達によって行われたが、こちらも昨日起こった事件と同じく、不審人物がいた様子は無かったという。
今日はそのまま、捜査本部のある警察署に、
この点については、疑う余地は無いとのことだった。被害者はなんの前触れもなく突然燃え上がって亡くなっている。これは前回と同じだ。そして、奇妙な共通点がもう一つ。
事件発生からそう時間が経っていないにも関わらず、異誕反応が薄いという点……らしい。椿姫と茶花は今日自分達と同時に現場に臨場したが、確かに反応が極端に薄いという。
堂々と割り込みながら話す茶花と共に、半分だけしか理解できない話に参加した。そして、情報を整理していると、上を向いて何かを考え込んでいた翠がある提案を行ったのだ。
『もしかしたら、現場に犯人はいなかったのかもしれません』
『どういうこと?』
『……?』
『遠隔操作でしょうか?』
『ちょっと違うんだけど……。すごく遠くから狙ったんじゃないでしょうか』
翠が銃を構える仕草で、続きを述べた。
『まるで、狙撃手みたいに。犯人は現場にいないけれど……。犯人が引き起こした火災は、大元が起こした現象だから、異誕の気配がした。ついさっきまで、本体の一部だったからです。でも、本体じゃないから強い気配は出ない。それを出している犯人は遠くにいて、そこなら異誕反応があるかもしれません」
『それって、あたしたちは実は探す場所を間違えていて……本当はもっと遠くを探すべきだったってこと?』
『はい。今年の三月に……岐阜県で倒した異誕生物が見たものを破裂させる能力を使ってて……そんな風に視界に入ったものに干渉する能力なのかもしれません』
『そんなの見た事ないのです』
『確か民家に潜伏してたヤツよね。カマキリみたいな形状のやつって、報告書に書いてあった……』
『……?』
『ほら、茶花さんが活躍できなくて怒ってたやつ!』
『む、思い出しました。とんだラッキーモンスターでしたね。茶花の活躍を見れずにあの世行きとは』
そんな話、わたしは知らない。何の話をしているんだろう。三月にそんなことあったっけ?そこまで考えて、白翅はそれが自分が特務分室に所属する前の話であることに気が付いた。
まだ怜理が殉職していなくて、白翅がまだ千葉県で普通の女の子として暮らしていた頃の。白翅がどうしても知る事のできない話。
『ということは、犯人はやっぱり人型の異誕か……
『はい……』
予想したこととはいえ、その時は白翅も身体が強張るのを感じた。自分の存在に関係のある事。それがまた身近で無辜の人を傷つけたのだ。
『食事のためなら、火をつけて焼き肉にしてすぐに食べないと意味がないのです。だから、人型の線も捨てれるかもしれません。おまけに一人ずつ狙っています。さながら、おもちゃ屋さんのショーケースに並んでいるものから、好きなおもちゃを選んでいるといった感じなのです』
『それじゃあ……』
それなら、犯人はほぼ間違いなく認識票の所有者ということになる。どうしても自分と関わりのある、特殊な案件。自分が特務分室の四人と出会ってしまったがために、起こり続けているであろう悲劇の連鎖。
しかし、昨日も今日の現場も、周辺の防犯カメラが大急ぎでチェックされたが、不審な人物は確認できなかった。こういった事件の場合、連続殺人であることが疑われれば、付近にまず共通の人物がいないかがチェックされる。犯人は二つの関連した事件、両方ともに関わっていることになるからだ。
当然、見つからなかったのだが、それは犯人が反応を出した場所が違うからかもしれない。
そこからすぐに、四人は二人ずつに分かれ、事件現場に舞い戻り、事件現場から離れた場所を捜索することにしたのだった。現場を中心に捜索範囲を広げ、犯人が狙い撃ちする際に拠点として使った場所を見つけ出せば、そこに反応があるかもしれないからだ。
『だけど、よく思い出してくれたわね。あたしは報告書を読んだだけで、自分の眼で見たわけじゃなかったから、助かったわ』
「いえ、そんな。お礼を言われることじゃ……本当かも分からないし。最近、ちょっと前のことを思い出したことがあったんです。その時に、そういえばこんなことあったなあって」
同時通話モードに切り替えた捜査用のスマートフォンを耳に当て、無線イヤホン越しに翠が椿姫ペアと状況をやりとりしている。今はJR新宿駅を過ぎて、マンションや住居と事務所を兼ねたようなビルが多い地区を探索中だ。時々、まるで思い出したかのように古びた商店が現れ、俗化と町の変化に懸命に抗ってるかのように白翅には感じられた。
『それを本当にするために動いてるんでしょ。よし、じゃあ先に見つけたら、あたしがアイスおごってあげるわ』
「本当ですか!嬉しいなあ。やったね、白翅さん、アイスだって!」
「……うん。久々だから……どんなのにしよう……」
『むふー。褒められた上にアイスなんて羨ましいのです。茶花も大儲けがしたいので、全力で探します』
『普段から全力出しなさいよね』
「あんまり無茶に動いて、目立たないようにしようね」
『当然です。あ、茶花は空気が読める鎌なので、全員が見つけられなかったらどうするのかと聞いたりはしないのです』
『口に出したら意味ないでしょうがー』
「こんな時はネガティブにならないのが一番だよね!考えるのは結果が出てから!」
「うん……」
それ以上は何も言えなかった。声に力が入っていないことを悟られはしなかっただろうか、と唇を閉じてから白翅は考えても仕方のないことを考える。
異誕生物でも魔術士でも無い白翅には、犯罪を犯した異誕が残す気配を察知することができない。だから、途中で
翠の、大事な友達の役に立つことができない。
そんな自分がひどくもどかしく……非力な存在に感じられてきた。
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