第十八話 ファイアークラッカーcase6

 警備員が話し終えた後は、学校の生徒たちへのインタビューが行われていたが、内容は、聞く限り、どれも似たようなものばかりだった。

 あまり喋らなかったとか。何を考えているのかわからなかったとか。こんなことをするなんて信じられないという声もあった。


 ふと、白翅は思いを馳せる。ほんの数か月前まで自分の日常だった中学生時代に。


(中学校では、あんまり誰とも仲良くできなかったな)


 もし、「天悧白翅あまりしらはってどんな人?」と誰かが中学校時代の同級生にインタビューすれば、「よくわからない人。全然喋らない人」と全員が応えるのではないか。そんな気がしていた。


 …………それなら、自分も板白浩一とさして変わりないのではないだろうか。

 自分のことを知られるのが怖くて。近づきすぎるも、嫌われるのも怖くて。誰とも仲良くできなかった。話しかけてくれる人はたまにいたけど、友達とは思われていなかっただろう。だから、心はいつも一人だった。義母が亡くなってからはずっと。

 彼もそれ同じ孤独を感じていたのだろうか。もしかしたら、それ以上の。




 次に画面に現れたのは、犯人である少年、すなわち板白浩一と同学年だという少女だった。

 やや太めの眉に髪の両端を三つ編みにしてくくっている。背も高く、積極的な印象だった。

 背後に何かの機材がところどころ映りこんでおり、その子は放送部員だとの説明が入り、そこは部室なのだと知る。この子は顔を隠さなくて平気なのかな、と白翅は少し不思議に思った。


「とにかく知らせなきゃと思って……はじめは不審者だと思ったんです。みんながすごく怖がっていたから、なんとかしなきゃと必死でした」


 彼女は板白が凶行に及んだあと、逃げ出した生徒たちの尋常ではない様子を見て、危険を察知したのだという。そこで放送室に飛び込み、校内放送で全校生徒に危険を知らせたのだという。「刃物を持った不審者が侵入した」ということにして、ひとまず学校から非難させようとしたらしい。


 あの日、現場となった中学校に向かう途中、逃げてきた生徒たちに遭遇した時、何人かの服には血がついていた。廊下にも、巻き込まれた生徒達の死体が倒れていたから、おそらく、その子たちを起き上がらせようとして触ったりしたのかもしれない。


「許せないです……早く警察に捕まってほしいのに……もう誰も捕まえられないだなんて……」


 本心からそう思っているのだろう。女の子は声と肩を震わせている。俯き加減になっていた顔を上げ、強く言い放った。


「〇〇くん。あなたは卑怯です。どんな理由があっても、人を殺していいわけがない……!どんなにあなたが辛かったかは知りません。それでも、人を沢山殺しておいてなんて……ちゃんと逮捕されて罪を償って欲しかった!死んで逃げたあなたを、私も、亡くなった人の遺族の方々も、絶対に許しません!」


 女の子が口にした個人名が、割り込んだ自主規制音によってかき消された。

 彼女は、板白浩一に。今は亡き被疑者にそう語りかけていた。思わぬ展開になっても、インタビュアーのカメラはまっすぐに発言者を捉え続けている。


 板白浩一は、自分の叔母とその母親を殺した後、学校に乗り込み、自分のクラスの同級生たちを刃物で無差別に殺傷した挙句、実家近くまで逃亡し、自殺したことになっていた。彼が虐待を受けていたことは、近所の住民へのインタビューでは誰も口にしなかった。理由はなんとなく理解できた。もし虐待の事実を話せば、対策を講じなかったことを責められるからだ。


 一方で警察はした後、被疑者死亡のまま送検、という形で決着をつけたらしい。その真相は特務分室のメンバーたちと一部の警察関係者のみが知っている。そして、白翅自身にも課せられている厳格な守秘義務によって、関わった人間は全員口を割ることはしない。だから、これで全て決着はついたはずだった。


 まだ被疑者が少年であることを鑑みて、板白の本名はメディアでは公開されていない。それでも、学校の関係者たちは誰が犯人かを察しているらしい。それでも遺族の怒りは収まらず、生贄を探すかのように責任追及を続け、死んだ板白をなおも攻撃し続けていた。


 彼の顔写真や、本名をはじめとする個人情報は、すでにネット上にばらまかれてしまったようだと、分室の職員たちが言っていた。……ひょっとすると、それも遺族の誰かによる報復なのではないか。そんなふうに、白翅は邪推してしまう。

 そして、そんな考えを持ってしまう自分がひどく性格の悪い人間になったような気がした。




 テレビの画面を見つめていた翠がわずかに俯き、目を伏せた。まるで画面を直視することを拒むかのように。


 白翅はあの日、板白浩一と対峙した。いま、そばにいる翠と共に。

 画面に映る女の子が怒りに震えている学校を舞台に。暴走した認識票の所有者と戦ったのだ。犯人である彼自身が作り出した死体の山の中で、銃弾を放ち、懸命に鎮圧しようとしたのだ。あそこで止めることができていれば。もっと違った結末になったのだろうか。あるいは、浩一が生きていること以外、なにも変わらなかったのだろうか。それは果たして大きな違いなのだろうか。


『ごめんね……』


 教室での対決の最中、翠が誰かに謝っていた。それが誰なのか、とっさに白翅には分からなかった。

 浩一が土砂や岩石による攻撃を放ち、銃弾で反撃し、鎮圧の弾丸を叩き込み……。そしてその最中さなか、土の壁に攻撃を阻まれ……跳ね返った跳弾が生徒達の遺体を貫いたことも。そうしてできた傷から血を噴き出すのを、白翅は向上した視力で確かに見ていた。ただ、戦いに必要な最低限の情報を整理し、それ以外に注意を向けたタイミングで初めてそのことに気が付いた。


 白翅がたった一人で家族……亡くなった母にお別れした日、彼女は小さな棺に入っていた。躰には傷一つ無く、眠っていると言われても信じてしまいそうなほど綺麗だった。その一方で、学校で亡くなった人たちの身体は綺麗なままではいられなかっただろう。それを見た遺族たちはきっと、母を亡くした白翅よりももっと苦しんだはずなのだ。


 その中には、自分たちの弾丸当たって、傷ついた子たちの身体もあったはずだ。もし自分ならばどうだろうか。母の遺体が弾丸で傷つけられていたら。想像することは難しいけれど。きっと、平気なままではいられないのだろう。翠は亡くなった子たちに謝っていた。安らかに眠らせてあげることができなかったから。

 翠はそのことにきっと傷ついたはずだ。そして、白翅は今ごろになってようやく、自分自身も同じことで傷ついていることに気が付いた。


(翠はあの時も、こんなふうに辛そうだったな)


「いいニュースが、聞きたいよね……」


 いつの間にか、翠は再び顔を上げていた。

 やっとの様子で口にしたその一言は、白翅に聞かせようとしたというよりも、耐えきれずついにこぼれてしまった言葉であるかのように思われた。


「昨日ね……オムレツ、作ったでしょ……?」

「……?そうだね……?」


 どうしたの、とでも言いたげな怪訝な表情の翠。喉の内側がひどくかさついた。


「卵多かったよね……?」


 翠の願いを叶えてあげたくて、自分の心の内に浮かび上がったどうしようもない感情に急き立てられて、白翅は他愛のない言葉を口にする。


「……うん」


 力があるわけでもない言葉なのに、翠は画面から完全に目を離し、まるで気圧されたかのような真剣な表情になった。


「あれはね……実は……双子だったの……新しいパックを開けて使ったんだけど……わたしと、翠の分、どっちも双子……」


 翠は無言で続きを促した。エメラルド色の瞳が、薄暗い部屋の中で、まっすぐに白翅見つめ返している。


「二度あることは、三度あるっていうから……他の卵も、次、料理する時に使う卵も双子、かもしれないよ……?」

「えっと……」


 翠の声は明らかに困っていた。急に何を言い出したのかと思っているに違いない。

 早く、続きを言わなければ。


「だから、いいニュース……。翠が聞きたいって言ってたから……」


 勇気を出して言い切った。

 そしてすぐに、失敗した、と悟った。これなら、ニュースじゃなくて予報だ。それも、とても当たる可能性の低い。不甲斐ないような恥ずかしいような気持ちが心の中で起き上がってきて、ひどくいたたまれなくなる。


 わたし、本当におしゃべり、苦手なんだな……。そう思うと、とたんに胸の奥がつん、と痛む。先をどう続けたらいいか分からなくて、白翅はそのまま押し黙った。俯きたくて、視線を下げてしまう。


「……そっかあ」


 瞳を上げると、翠はほんの少しだけ、口元をほころばせていた。

 その声がほんの少し、明るさを取り戻している気がするのは、白翅の願望だろうか。


「そうだったらいいね。すごく、楽しみ」

「……うん」


 白翅は、体育座りの姿勢をとった。画面はついに完全に切り替わり、公務員の不祥事のニュースを映し出し始めていた。

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