第十七話 ゆりかごを揺らす刃 case29

 板白浩一が翠達に向かって走り出そうとするように脚を前に出し、踏み鳴らした。

 途端に轟音と共に、周囲の空気が動く。


 開け放たれた窓から、グラウンドの砂粒がひとりでに飛び込み、集まっては形を成した。

白翅が前に飛び出すと同時に、翠は引金を引きながら、横向きに身を投げ出した。

 目の前の少年が、今や人以外の存在に変異していることを裏付けるかのように、強烈違和感のような気配が、浩一の全身から発せられた。

 土砂などの堆積物を操る能力。それで、土や石を自分の体の周辺に集めて武器にしているということらしい。

 SIG226から放たれた銃弾が窓ガラスを打ち壊し、跳ね返った弾丸が黒板の表面を砕いた。


 浩一の足元から渦を巻いて集まった土砂が、節足動物の脚のように節くれだった触手となり、転がる犠牲者たちの遺体や、机を跳ねのけながら、二人に襲い掛かった。

 激しい破砕音が続く。床を蹴って後ろ向きに飛び、かろうじて攻撃を避け、敵の前に出ている右足めがけて銃弾を叩きこむ。浩一は歯をむき出して唸り、土砂の触手を脚の目に移動させ、直撃を避ける。外れた銃弾は床を打ち砕いた。


 倒れた教壇を遮蔽に、白翅が目にも止まらぬ速さで回り込み、浩一の上半身めがけて銃弾をばらまき、翠への攻撃を強引に中断させた。

 翠は咄嗟に近くにあった机を左手で突き倒し、盾にしながら銃撃の手を休めずに反撃する。


 固い打撃音が教室に響き渡り、鈍い音と共に、血が床や壁の低い位置にまき散らされる。

 翠と白翅は思わず息を飲んだ。

 土の粒が、壁の形となって浩一の体を守るように床からそそり立っていた。その表面は岩石のように硬化している。その固さに弾丸が一度の衝突では貫通せず、弾きかえったのだ。その後ろに立つ浩一は無傷だ。それならさっき飛び散った血は。


(死体に当たったんだ……)


 自分の銃弾が犠牲者たちの骸をさらに傷つけたことに嘔吐感をおぼえながらも、翠はステップを踏んで移動し、敵の身体の隙を探す。翠を狙って、机の一つを浩一が片手で持ち上げ、ボールのように投擲した。


「ッ!」


 横に跳ぼうと足踏みした瞬間、翠は右横の転がる、生徒の遺体を踏みつけそうになり、脚に急ブレーキをかけた。横には避けられない。それなら、前方をこじ開ける。

 回転しながら飛ぶ机を、肩からぶつかる事で跳ね返し、角度を無理やり変えさせて、床めがけて叩きつける。

 常人を遥かにしのぐ膂力にさらされた机が粉々になり、砕けた床の板が視界を舞った。


「ごめんね……」


死してなお、犠牲になった生徒たちを安らかに眠らせてあげることができないばかりか、おそらく、先ほどの跳ね返った攻撃でさらに傷をつけてしまった不甲斐なさに、翠の唇から、悲痛な声が漏れた。


 木片や砕けたスチールが視界を横切る中、板白浩一の足元に集まった土砂が翠の足元を狙って放たれる。右脚を軸に身を強く捻りながら、左脇の下に銃身をくぐらせて銃撃し、弾幕を放つことで、浩一の身体を捉えようとする。

 うごめいた土砂の壁が、弾丸を弾き飛ばす。浩一が翠の動きを真似たかのように、身を捻りながら、転がる死体と机の間を転がり、防ぎきれなかった銃弾をやり過ごした。


「どうして殺したの⁉」


 今の状況を作り出した浩一に、翠は大声で尋ねながら、弾倉を詰め替えた。

瞬時に体勢を立て直し、片膝を立てて弾丸を浴びせる。横に跳んで避ける浩一の前に砂を集めて硬化させた壁が再び現れ、それを弾いた。白翅の援護射撃が浴びた土の壁が音を立てて振動する。


「あなたが叔母さんとの間で何かあったのは知ってるよ!けど、最初の廃ビルでの事件と家族連れの人たちを殺したのはなんで⁉」

「……!知ってるんだ……!どうして……」


 立ち上がりかけた浩一が反応した。黒く染まった、無表情な目つきで翠の姿を凝視する。あまりに覇気のないその声は、目の前の惨状を生み出すほどのエネルギーを秘めているとは思えないほど、疲労に満ちていた。


 直接犯行の現場を確認できたわけではない。状況的に彼が疑われていただけにすぎない。しかし、今の反応で、それは確定的なものに変わった。

 彼が手を下した。廃ビルの薬中ジャンキー達も、買い物に来ていただけの親子も。

 翠には分からなかった。一件目のチンピラ達と浩一の繋がりは勿論のこと、二件目の三人家族にいたってはなおさらだった。


「あの家族は……買い物に来ていただけのあの人達は、あなたに何かしたの⁉」

「あのひと、達は……そうだ、あのひとたちは……あの子は……」


 呆然とした口調で、その先を続ける。


「なんで、だったんだろう……」


 瞬間、白翅がひっくり返った机の脚の表面や、天板の上を軽やかに跳躍したかと思うと、浩一の背後に、宙を滑るように回り込む。

 翠の言葉に注意を引き付けられ、反応が鈍くなった好機を逃さず、K100を片手で保持して連射する。


銃口がマズルフラッシュを連続で吐き出した。浩一は床を蹴ると、無理な体勢で体を前に倒し、転がる机を次々に跳ね飛ばしながら銃弾を避けた。

 身体を急発進させた翠は、教室の後ろの入り口近くまで回り込み、バランスを崩しかけている浩一の姿を補足した。


 左右斜め両方から、二つの銃口が浩一を挟み撃ちにしていた。息を止めて、銃身を顎の下に下げると、白翅と共に、引金を立て続けに引いた。轟音と共に、計八発の銃弾が、異誕生物の気配を放つ少年に襲い掛かる。

 浩一の両手が限界まで横に広げられる。それと同時に、教室の床に複数展開していた土砂の盾が空中を漂う粒子に戻り、別の形をとっていく。


 翠は思わず瞠目した。土砂の粒子は鋭利に尖った先端を持つ、白い刃物へと姿を変えていた。

 そして、土砂の触手を遥かに超えるスピードで放たれた石製の剣は、銃弾と激しく交錯し、室内に一斉に飛び散った。教室中のガラスが破壊され、翠の頬を掠めて石の破片が掃出し窓を突き破る。


 戦闘は膠着状態だ。すぐにでも相手を拘束しなくてはならないのに、敵はまだ弱る気配を見せない。そればかりか、教室に散らばる遺体を避けるために、足場が常に制限されている。

 地の利としては圧倒的に不利。



(場所を変えるしかない……けど、もし私たちが逃げたとしたら、相手は追ってくるのかな……?)


 もしも、相手がそのまま逃げだしたら、みすみす機会を逃すことになる。隣の教室まで逃げ出したとして、その隙に、反対方向に逃げられでもしたらたまらない。


 いや、そうでもないかもしれない。逃げたらすぐに追えばいいのだ。後ろから銃弾で威嚇しながら、また別の場所に追い込めばいい。一度こちらが引いたと見せかけて、相手の動きを予測しつつ、再び追撃をかける。

 自らの行動を組み立てながら、白翅に目配せしようと、視線を巡らせる。


 ポイント射撃で飛来する石のつるぎを弾きながら、白翅は見事な体捌きで、攻撃を全て捌いていた。

 その時、翠の視界の端があるものを捉えた。教室の入り口近くの廊下に転がる、複数の死体。

 血に濡れた女子生徒の両脚が、不自然な角度に曲がって、こちらに投げ出されている。


 遺体の足首には、流れる血に混ざって、赤い大きな痣と、粉塵が付着していた。

 灰色の粉塵。そしてその中に紛れ込む緑色の粒。

、翠の頭の中で何か警鐘を鳴らした。



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