第十七話 ゆりかごを揺らす刃 case22
「被害者たち三人家族のショッピングセンター内での足取りを追ったところ、ちょうど店を出た一分後に、このキャップ帽を被ったやつが店を足早に出ているわ。
そして、店内の客への聞き込みの結果、三人家族が店先を出て、三分もしないうちに大きな物音がしている。ゴウン、みたいな重々しい音だったそうよ。たぶん、車に対する攻撃の音でしょうね」
捜査用のスマートフォンには、画像解析ソフトにかけられ、クリアに加工された不審人物の写真が送られてきていた。指先でフリックして拡大する。帽子を真深く被り、俯き加減で背中を丸めている。顔はよく見えない。
背丈は小柄な方だろう。といっても、142センチの翠よりかは十センチほど高いが。茶花と同じくらいだろうか。撫で肩、体つきは瘦せている。女性のようにも見えるが、中学生くらいの男子にも見える。
「ショッピングセンター内でのSSBCが防犯カメラ映像を徹底的に洗って、こいつの動きを追ったんだけど……来店したのは開店直後。その前から入り口近くに立ってたみたい。普段は何して暮らしているのかしらね。で、その後は店内を行ったり来たり。とにかくあちこちを移動しているみたい。で、ここからが本題なんだけど……これ、万引き防止用カメラの映像よ」
タブレットの液晶画面を椿姫がタッチし、一つの動画を再生した。翠を含む三人が一斉に立ち上がり、端末を覗き込む。
映し出されているのはモール内の本屋で、間取りの位置からして、店舗の奥の方に位置するスペースなのだろう。
斜め上から撮ったものらしく、複数の本棚に取り囲まれた人の頭がいくつも見えた。
「あっ!キャップ帽!」
翠は思わず指を突き出して声を上げる。
再生中の動画に映る客の中に、不審人物とされているキャップ帽を被った小柄な姿があった。他の客と同じように、小説のコーナーで何かを読んでいる。しかし、本好きの翠からすれば、あまりいい読み方とは思えなかった。
上からの映像なので表情は分からないが、ページをあっちにめくったり、こっちにめくったりして、明らかに読書に集中できていない。
やがて、状況に変化が起こった。『キャップ帽』の側に小走りで、女の子が近づいてきたのだ。何かを話しかけているらしく、『キャップ帽』の頭が俯き加減ながらも時々動いている。
「……この女の子……」
白翅が声に僅かに緊張を含ませる。翠はゆっくりと頷く。カメラ映像に映る女の子は駐車場で亡くなった家族の一人だった。やがて、その子は手を振って、後から現れた母親と共に、笑顔で去っていった。
この先を見たくない。翠の心がそう訴えていた。いや、私が見たくなかったのはこの映像なのかもしれない、とも思った。
彼女たちがどうなるのか翠たちは知っているのだから。この後、さっきまでの笑顔がすぐに消えることを。永遠に無くなってしまうことを。
重苦しい沈黙が、教会内の静謐な空気を
「今は、この『キャップ帽』の足取りを掴もうと、近所の防犯カメラの映像を特別捜査本部の刑事達が片っ端から借り出してる最中よ。逃げる姿を誰かが見てないかも聞き取り中……ただ、このあたり、田舎だから防犯カメラがめちゃくちゃ少ないのよね」
椿姫は声に出さずに大きめのため息をつき、タブレットをポン、と席の隣に置いた。
そして、理想的な曲線を描く脚を勢いよく、まるで見る者を意識しているかのように大胆に組んだ。
夏用で少し丈の短くなった制服のスカートが揺れ、同性の翠ですら、正直かなり際どく思えた。
「聞き込み……うまくいってほしいですね」
「そうね。悔しいけど、ここはプロに任せましょ。あたし達を投入したところで焼け石に水よ」
特務分室の部隊は少人数制であり、もっぱら異誕生物の制圧を目的として活動することを期待されている。そのため、捜査活動に深く関わることは殆どない。
SATと同じく、本来は有事の際にだけ投入されることが前提だからだ。
特に今回のように、被疑者がどこかに潜伏しやすい姿をしており、なおかつ手がかりが少ない場合はなおさらだ。そんな時は、特別捜査本部の人海戦術頼みとなる。
もどかしさを感じながらも、視線を上げる。教会のフロアの奥に設置された祭壇の隣では、カーテンが遮れきれない真昼の光が、黒いピアノの端を白く染めていた。
「すぐにでも捕まえないと、次に誰を殺すかわかりません」
「そうね。特に今回の件、犯人の動機が読めないわ。薬中の不良の次は家族連れでしょ?」
「食べる目的でもないのに、ずいぶんとグルメに殺してますね」
「何の目的もないのかも……」
白翅がぼそっと呟いた。どういうこと?と尋ねる翠に視線を向けてから目を閉じた。
「なにかパターンがあるわけじゃなくて、殺したい人を行き当たりばったりに殺してるのかも……殺したい人を探してるわけじゃなくて、行く先でたまたま殺したくなった人がいた……」
「確かに、事前に計画を立ててる様子は無いもんね」
「『キャップ帽』は日ごろから頻繁にショッピングセンター内に出入りしてたわ。常連よ。ってことはすぐ通える場所にいるってことよ。探すのにそう時間はかからないかも」
その時、椿姫のブレザーの中で携帯端末が低く振動した。拳銃を抜くような速度で、ポケットに手を突っこみ、通話を繋ぐ。
「はい」
スピーカーモードで流れ出した不破の声がその先を続けた。
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