第十七話 ゆりかごを揺らす刃 case17

『警視四〇七。大塚B地点より移動。異常ありません』

「警察庁了解。他に異常は?」

『ありません』

『こちら警視四〇一。桜ヶ丘Aにて聞き込みが終了。別の班員と交代します』

「警察庁了解。お疲れ様です」

『こちら警視四〇……』


 五分ほど前から集中して入ってきていた通信が途絶えると、椿姫が無線の通話スイッチを入れ、通話機を取り上げた。


「車両一〇一より本部どうぞ。こちら二渡。あと時間はどれくらいですか?」

『こちら多摩中央本部。もう少しだ。辛抱してくれ』

「二渡、了解しました。こちらも今のところ異常ありません」


 交信を終え、椿姫は運転席で静かに息を吐いた。スイッチを長い優美な指が切った。体の力を抜いても、背筋は綺麗に伸ばしたままだ。彼女ほど姿勢のいい人はなかなか見つからないだろう。


「こんなお留守番してるの、日本中であたし達くらいでしょうね」


 そんな翠の心の声が聞こえたかのように、椿姫が翠達へ振り返った。


「きっとそうですね。あ、後はほかの県の討魔の家系の人は?」

「無線を任せることはないでしょうよ。この年になって警察官ごっこするとは思わなかったわ」

「おや、椿姫さんは小さい頃してたんですか?」

「あたしはごっこ遊びするほど幼稚な人間じゃないの」

「椿姫さんは孤高の人ですもんね」

「あたしだって、お母様とおままごとくらいしたわよ」

「椿姫さん、私と寸劇もやりましたよね」

「翠が初めて現場に出る……ちょっと前かしら?あたしその時中学生よ?中学生はもう子供じゃないっての」


 近くにそびえ立つのは多摩中央警察署。玄関前の庇の下に停められたSUV車の中で、翠達は不破の帰りを待っていた。不破は署内に設置された捜査本部に出かけている。先週の土曜日に起こった廃ビルでの異誕事件は、所轄署、捜査一課、そして分室の合同捜査となった。

 二時間ほど前、情報の統合を行うため不破はこの待機場所から迎えの車で離れた。そのため、車の番を椿姫をリーダーとした分室の部隊が行っていた。

 正確には無線の番、だが。本部に連れて行ってもやることは無いし、翠たちのための場所スペースも無い。


「グループ内のもめ事だって思いますか?」

「順当に考えたらね。一般人がいきなり殺しにいった可能性もあるけど、だとしたら動機が分からないわ」

「これでバカな同類異誕の仕業だったら、茶花たちは笑いものなのです」

「笑うやついないでしょ。どうせ秘密にされるわよ」


 昨日の事件で殺害された男たちは、いずれも、二十歳前後で、十代の少年たちが多かった。高校や中学をドロップアウト寸前といった素行不良の常習者たち。

 おまけに被害者の一人は、暴力団と関わりがあった。現場では危険ドラッグの空袋すらも見つかっている。どうやら事件現場となった場所は彼らのたまり場だったらしい。

 犯人の目撃証言もあがらず、近隣には防犯カメラも設置されていなかった。区の予算も潤沢ではない。バブルが崩壊した後、景気が一向に回復しなかった商業地域で、防犯する価値もあまりないと判断する人が多かったからだろう。そのため捜査は難航していた。

 翠達がここにいるのは遊撃のためだ。捜査本部は会議の結果、被害者たちが反社組織やその関係者たちともめ事を起こし、その結果殺害された可能性が高いとして、対立していたグループや、恨みを持つ個人に聞き込みを行っていた。

 もしその最中にうっかり「当たり」を引き当てた場合、翠達が加勢に行くという手筈になっている。

 今のところ、トラブルの発生は無い。手持ち無沙汰になり始めたことで、翠の鞄に入れていた文庫本でも読もうかという本好きの本能と、休憩時間中でもないのに本を読むという罪悪感がせめぎ合っていた。

白翅は何をするでもなく、両手を膝の上に置いている。この子は、退屈で仕方無くなった時はどうするのだろうとふと考えた。

その時、ザザ、と無線にノイズが走る。


『こちら警視四〇八。桜ヶ丘Cにて調査対象が暴れだしました!至急応援願います!』


緊迫した声が受信機を通して聞こえてくる。かすか叫び声や怒号が入り混じった。

車内の空気が急激に張り詰める中、椿姫が通話機を取り上げかけ、思い直したのか一旦手を止めた。その隙に翠が捜査用のスマートフォンを取り出し、不破にコールした。


ややあって、不破が電話に出た。


「桜が丘Bにて問題発生!向かいますか⁉」

『今すぐ行く!待っていなさい!』

「ありがと!各員、武装点検!」

「……もうしてます」

「茶花に死角はありません」

「準備オーケーです!」

「よし!」


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