第十五話 西部戦線異誕アリ case33

 大きな山々をバックに立つ駅は、初めて来た時と同じように混んでいた。

 二階建ての幅広い駅に、来た時よりも多い人数で入っていく。

 白翅と翠、そして椿姫と茶花、不破、小夜香に叶。

 売店や、その他の店舗に挟まれた通路を抜け、縦に並んだりしながら、人々の間をすり抜けた。

 神戸に来た時みたいに、駅のすぐ前で解散するのかと思ったらそうではなかった。小夜香と叶はわざわざ見送りにきてくれていた。


「あれ、動画消えてる」

「何の動画よ」

「この前の抗争のやつやん。なんかビルの前でドンパチしよったやつ」

「本物なんかそれ」

「めちゃくちゃリアルやってん!なんで消えてんのやろ」


 行きかう人々のいろんな声が、白翅にはとても遠くに感じられた。

同行するメンバー達は言葉少なかった。たぶん、今までのいろいろ話しすぎたせいかもしれない。


 結局、ハサンとクリストファーを雇った者の正体は分からなかった。二人の殺し屋の携帯電話は同時に爆発していた。何者かから信号を送られて。中には小型の爆弾が仕込まれており、遠隔操作で爆破できるものらしかった。ハサンの携帯は、押収された後、収納ケースの中で爆発したらしい。幸いにも怪我人は出なかった。


 科捜研に壊れた携帯が送られたが、手がかりは見つからず、データを復元することは叶わなかった。入手ルートは現在も捜索中だ。

ただ、未だに結果は出ていない。

 事件が終わってから四日が経ち、解決した以上、管轄外の土地にいつまでもいる事はできない。特務分室は再び中央に戻らなくてはならなかった。


 円形の新幹線乗り場に七人は足を踏み入れた。たぶん空港のロビーもこんな感じなのかな、と一度もこの国を出たことのない白翅はそう考えた。


「お世話になったわね」


 椿姫が代表して声をかける。

 翠がきれいなお辞儀をした。首を振った小夜香が手に持った大きな紙袋を差し出してきた。叶も同じ袋を差し出した。


「ええよ。ほら、これあげる」

「大事に食えよな」


 おお、これは、と茶花が目を丸くした。白翅はそっと中をのぞきこむ。

 バターの色をした、薄切りにしたパンのような形のお菓子がそこにはたくさん詰められていた。手で少し表面をつついてみると硬い感触があった。


「ラスクや。バームクーヘンとかやと有名すぎるし、随分前の仕事の時、椿姫さんにあげたしな」

「気を使わなくてもよかったのに」

「神戸はええとこやってわかってもらわなあかんやろ。椿姫さん以外に」


 目を軽く擦って、小夜香が前髪をかき分けた。叶が中性的な綺麗な顔で歯を見せて笑う。


「せいぜいおいしく食べてやってくれよな。こいつ、これでも何あげるか悩んでたんだ。で、あたしが手伝ってやったってわけだ」

「だから、なんで叶はそういうことをばらすねん!」


 叶の肩を強く叩いて小夜香が大きな声を出した。ふふ、と翠が噴き出す。

 穏やかな笑みだった。白翅も口元を綻ばせる。椿姫も苦笑していた。茶花は不思議そうに袖を掴んでいる。


 この人たちはたぶん、四年前からずっとこんな感じだったんだろうな。なんとなく白翅はそう思った。


「今回の件」


 言葉を選ぶように、慎重な口調で不破が口を開く。


「またいずれ詳しく話すことになるかもしれない。その時は二人とも、よろしく頼む。何かあれば知らせてくれ」

「……ええ」

「いつか頼みますよ。秘密にしたいことが多いのもわかるけどさ。もっとあたしたちもあんた達を信頼したい」


 叶が続ける。小夜香の肩を抱きながら。


「だってさ。今回、あたしたちと一緒に、地元を守ってくれただろ?嬉しかったんだぜ」

「せやね。悔しいけど、うちらだけではどうもならんかった。けど、東京のみんなのおかげで結構助かったんや。ありがとうな」

「どういたしまして」


 何人かの声が重なる。白翅は軽くうなずいただけだったが。


「また地元で怪しい動きがあったり、妙な人物が出入りしている、など、なんでもいい。異常があったらすぐに頼む」

「もちろん。また頼らしてもらいますよ」

「叶、地元のことは基本うちらがなんとかするんやで」


 不破が名刺と連絡先を渡すと、すぐに踵を返した。そろそろ出発だ。

 各々が別れの挨拶を口にする。またね、と白翅も呟いた。


 予定した時間通りに到着した新幹線に、一斉に乗り込み、メンバー達全員が席に着く。予想外のことは何も起きず、新幹線は走り出した。


 隣に座る翠は、窓際の席でしばらく外を見つめていた。

翠の翡翠色の目が写りこむその窓には、自分の顔が映っている。傷一つ無い顔が。

翠の負傷はまだ治っていない。自分の怪我はもう治っている。だから翠が心配だった。けれど、心配しすぎて自分が全てのことに対して不安を感じているようには思われたくなかった。

 それも翠が心配だったからだ。そして。今後のことも。


 無記名の認識票。それは自分が原因となって関わっている一連の事件を象徴する名前だった。間違いなく、自分たちは狙われている。それが明確になったのは確かだ。


 白翅の視線に気が付いたのか翠がこちらを振り向く。彼女の明るい笑顔が、暗くなりかけた気持ちを和らげていくようだった。座席の近くにあった紙袋を指さす。


「それ……」

「ん?」

「食べてもいい、ですか」


 不破と椿姫が目を丸くする。


「あんたも、茶花と同じ胃袋のサイズになったわけじゃないでしょうね」

「ずるいです、茶花にもください」

「私もいいですか」


 四人でラスクを分けようとするのを見て、不破が苦笑していた。

 包んでいた袋を開け、中身に口を付けた。バターのまろやかな風味が心地いい。

 サクサクとした感触も自分の好きなものだった。


「おいしいね、白翅さん」

「うん……翠」

「なあに」

「怪我、早く治ったらいいね……」

「ありがとう。もうだいたい平気だよ」


 分かっている。翠が自分に弱みを見せたくないと思っていることは。自分を危険な目に遭わせたくないと思っていることは。

 林道での戦いで、翠が自分が傷ついたことに気を病んでいることも。身体を張って、自分がなるべく傷つかないように戦ってくれたことも。

それでも心配を押し殺して、いつも通り元気にふるまおうとしていることも。なんとなく気づいている。


 自分を無傷で助けることができなかったことを、申し訳なく思う必要なんかない。そう言いたかった。けれど、うまく伝えられる自信が無かった。だから。


「白翅さん?」

「……」


 空いている方の手で、翠の手をそっと包み込んだ。他の人の目はどうでもよかった。


 いいよ。だって翠に傷ついて欲しくないのは、わたしも同じだから。わたしも翠が傷つかないようにできなかった。

 だからおあいこ。だから、そんなに悲しまないで。


 白翅は、心の中でそう呟くだけにしておいた。



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