第十五話 西部戦線異誕アリ case25

 チューンアップされたランドクルーザーは、舗装された山道を猛スピードで突っ走っていく。

 翠はライフル弾を撃ち尽くすと、膝に銃を乗せながら、左手で脚の前面のホルスターから拳銃を引っ張り出した。前に向きを変えていたのは拳銃に切り替える際、走行中にすぐに抜きやすくするためだ。


 右目でメーターを確認すると、時速百八十キロを指していた。バックミラーを横目で捉えると、白翅が真剣な顔つきで照星サイトの先を見つめている。


 SG552とX95が同時に火を噴いた。

二人分の弾丸が敵を目指して飛んでいく。

シボレーの後部は凶悪な弾丸を浴びせられ続けたせいか、貫通こそしていないものの、穴開きチーズのような状態だ。

 後部の左の窓から腕が突き出した。ドアに内側から寄りかかりながら、クリストファーが顔を出す。

構えた手の先から、先端が尖ったラグビーボールのような形状の溶解液が二発放たれた。同時に反対の窓からはAKがフルオートで弾丸を発射した。

 不破がハンドルを右に切り、車を力強くスライドさせ、回避に移る。


 細い道に差し掛かっているため、危険な蛇行運転をランドクルーザーは強いられていた。道路からは絶叫のようなタイヤ音が響いてくる。


「当たって!」


 右に視界が動く。左手で構えた銃の引金を四回引き、溶解液の弾を空中で破裂させる。回避が間に合い、スピンした車が、後部に二発目の溶解液をかすめさせながら難を逃れた。銃口の先でクリストファーがおおげさに口笛を吹き、唇を動かす。


(よお。また会ったね)

「……!」


 俳優のような顔に笑みとともに、どす黒い悪意が張り付いていた。背筋に気味悪いものが這ったような錯覚を覚え、手が止まる。 が、それも一瞬。

 続けて放たれた弾丸をあえて斜め左に急発進することで、シボレーは回避した。不破がそれに挑戦するかのようにさらに加速した。


『弾倉を交換します。白翅さん、援護をお願い!』

『うん。分かった……』


 スピンする中、白翅が窓から身を乗り出し、銃身をルーフに乗せると、三点バーストで射撃を開始した。二つの車が、それぞれの敵の攻撃を避けるため、左右両側に激しく動き、交錯するかのように振動した。

 頭と手を引っ込め、両手を使って拳銃とSG552の弾倉を大急ぎで詰め替える。


『だいぶ、タイミング掴めてきた……』


 白翅の細い指先が引金を絞る。

正確無比な三点バーストがシボレーの右側を捉えた。銃弾がAKのトリガーガードを破壊し、そのまま持ち主の指を切断した。銃身が跳ね上り、銃を持つ腕が穴だらけになった。たまらず撃たれた構成員が叫び声をあげる。

次に放たれたライフル弾が喉を貫通し、体がドアの窓から垂れ下がる。

 翠が新たな弾丸を放ち始めた時には、すでにシボレーの中から弾丸を放てる者はいなくなっていた。

ドライバーの動揺のためか、車が急に減速し、目に見えて運転のキレが悪くなった。不破がその隙を突いて車を加速させていく。

翠は敵の配置を推測する。


 こちらの動きに合わせて、タイミングを図るように動くクリストファーは左の後部座席に。運転席に支部長である焦はいないだろう。となれば、三人乗りの後部座席の真ん中にいるのは間違いない。

 この場合、こちらに有利な勝負に持ち込む方法は……

 第一に、車を止める。勝つために一番重要な条件はこれだ。


「不破さん、もっと距離詰めてください!ギリギリまで!」

『ああ!だが、何する気だ⁉まさか……』


 無線インカム越しの声に緊張が走る。


「向こうの車に飛び移って運転自体を止めます!」

「……了解した。行けと行ったタイミングで行け」


 左手だけで銃の引金を引きながら、クリストファーが顔に迫る攻撃を避けようと体を引っ込めた隙に、窓から大きく身を乗り出し、右手をルーフにひっかける。そのまま腕力だけで身体を支えると、横に転がるようにしてルーフの上に背中をつけた。体を横に倒し、そのまま立ち上がる。吹いてくる風で小さな体が吹き飛ばされてしまいそうだ。しかし、それがあり得ないことを翠は一番よく知っていた。軍用ブーツの底に力を込めて踏ん張り、弾倉を交換し、下向きに銃弾を放ち続けた。

 アクセルを思いっきり踏んだ不破が車間距離を一気に詰めた。

 この距離なら、行ける!翠が確信すると同時に、耳に声が響いた。


「よし行け!」


 足の裏がルーフを蹴った。高く跳躍する。飛んでいく、前へ、前へ、跳躍する。

 眼の前に黒いルーフが猛スピードでどんどん迫ってくる。空中で頭を前に倒し、体を丸めた。全身に鈍い衝撃が走る。シボレーの運転席のすぐ上に到達したのだ。

 SG552の銃身を杖にし、がんがんとルーフを何度も突いて衝撃を殺した。そして……

 片膝を立てて銃身を乗せると、運転席めがけて下向きに速射で弾丸を発射する。

ルーフが引き裂かれ、フロントガラスが内側から噴き出す液体で真っ赤に染まった。


 シボレーのハンドルを制御が完全に無くなり、走行速度が落ちていく。

そのまま左右に動いた後、最後に大きくカーブを切った。そして、道路の左のガードレールの頭から車が突っ込んでいく。破砕音と共に、ヘッドライトが割れ、ガードレールが車の前面をガリガリと引っ掻いた。がくんと、視界全体が下に揺れた。

 転落するのではないかという緊張で掌が湿っていく。

 やがて、シボレーは窮屈な体勢で動くのをやめた。全体の三分の一が、ガードレールの先の崖下にはみ出ている。


(よかった……)


 背後でランドクルーザーが徐々に減速しながら急ブレーキをかけて停止した。

 銃を持って、白翅が降りてきた。

 車内の様子を確認しようと翠はルーフから飛び降りて、車の左側の地面に転がった。


「翠、車から離れて!」


 伏せようとしたまさにその時、小さいがよく通る警告の声が響いた。

 後方に跳躍する。

 どん、という物音とともに、シボレーの屋根が内側から持ち上がった。さらに激しい音が響き、血まみれのフロントガラスがじゅうじゅうと音を立て始める。

 やがて、屋根を突き破って何かが飛び出した。高速で動くそれは、そのまま崖下に身を躍らせると、軽やかな動きで、傾斜を滑り降り、岩と隆起の間を飛び移るようにして下っていく。

 その先には木々が立ち並ぶ、林道が連なっていた。


 車の右側のドアはちょうど折れたガードレール接していて、内側から開けることはできない。もし、何らかの方法でレールごとこじ開けたとしても、そのまま崖下にまっ逆さまだ。だから、屋根を破って逃げた。そして、敵の中でそんなことができるのは一人しかいない。内側から溶解液を浴びせて、屋根を破りやすくしたのだ。


「追いかけよう!逃げられたら次にあいつ、何するかわからない!」


 翠は頷く白翅と共にガードレールを飛び越えると、軽やかな動きで崖を滑り降りていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る