第十五話 西部戦線異誕アリ case24
現代における魔術士の仕事は化け物を殺すことだ。そして、魔術士が犯罪を犯した時に取り締まるのもまた魔術士だ。
だからこそ、そのために自分達はここにいる。その自負が慣れない対人戦に身を投じる小夜香と叶を支えている。
高く跳躍しながら、小夜香は敵に向かってワイヤーを投げつけた。
迎え撃つ太い根の先端が回転しながら、糸を切断し、空中から大蛇の胴体のように振り下ろされる。叶の放った衝撃波が何度もぶつかり、先端を破壊した。
降り注ぐ根を左右に跳びながら避ける。
化物退治を生業とする小夜香にとって、魔術士といえど、人間と命がけで戦うことは初めてだ。
少なくとも、自分の先代にあたる祖母の代以降、小夜香の実家は人間の犯罪者と戦ったことはない。
自分達の日常で困難なのは、もう慣れてしまった化物退治だけ。そう思っていた。
それがどうだ。今は機関銃のような鉄砲で狙われ、なぜか魔術を化物退治に使わず、人殺しに使う不届者と戦う羽目になっている。
ついさっきは車に轢かれそうになった。敵のボスが逃げ出したらしい。特務分室の車がそれを追いかけていった。大丈夫なのか心配したいが、その余裕もない。
「ほんまに、なんでこんなことに……」
「しかたねー。これも仕事だ。いいじゃねえの。似たような奴が今後出てきたら、次から余裕で倒せるようになるぜ」
叶が白い歯を見せた。カラ元気ではない。本心からの言葉だろう。
地面を突き破って、巨大な花が出現する。蕾が開いた。それと同時に庭の茂みや木の陰に隠れていた構成員たちがAKの引金に指をかけた。
「今回限りにしたいわな!」
「同感だぜ!」
大量の糸を編み込み、魔力を流し込む。硬化した円形の盾を形成して、飛んできた硬化した花びらを受け流す。叶が魔力強化された脚力を活かし、二人がかりのコンビネーションで、構成員達の弾幕を回避していく。
身を投げだして攻撃を避ける。
そのまま構成員の足元に魔力糸を放ち、引っ張って転倒させる。倒れたことでガラ空きになった空間に叶が衝撃波を放つ。二人の構成員が吹き飛び、地面に投げ出された。その間に目の前の空気を操り、その動き自体を障壁に突進していく。
続々と屋敷の塀の近くに、増援が駆けつけ、門から敷地に侵入したバンの陰から援護射撃が放たれた。
暴力団対策課の捜査員達が放つMP5の弾丸が少しずつ敵の戦力を削っていく。
顔面に弾丸を食らった構成員が血飛沫をあげて仰向けに倒れ、怒声とともにAKのフルオートによる反撃がなされた。
捜査員が盾にした装甲バンから火花が散る。
魔術士の男が、何事か声を放った。味方に指示を出しているらしい。
弾幕を張りながら、構成員たちが後退していく。魔術士の
「そうこなくっちゃな」
叶が気合を入れて拳を構え、ファイティングポーズをとる。小夜香も体内に魔力を循環させ、瞬時に形を変換。ワイヤー状の魔力糸をグローブをはめた両手の間に出現させる。
男が一瞬目を閉じ、すぐにかっと見開いた。
次の瞬間、何かが近くの地面を突き破り、ものすごい速さで二人に襲いかかる。
成長を促進された蔓が、攻撃を妨害するために叶に集中的に襲いかかる。叶が照準を合わせ、空気を操って作った球状の衝撃波を連射した。蔓が千切れ、風とともに宙を舞う。
男が跳躍して後ろに下がり、両手を勢いよく開いた。
地面を割って出現した赤い花が、花弁をまるで手裏剣のように高速で投擲して来る。
叶は蜘蛛の巣のように糸を張り巡らせると、それを上下に広げた。魔力を流し込んで、最大限に硬質化させる。
飛び散った花弁の一つが地面に突き立った。叶の整った顔に迫る攻撃を、横から糸を伸ばし、網状に広げて守った。
「あっぶねえ!助かった!花弁を硬化させて飛ばすことができんのか……」
「花びらもあないな使い方されてかわいそうやわ」
確か、大江クリーニングでも使われた攻撃のはずだ。あれで、地元の人間が大勢犠牲になった。そして、今回東京からの増援の女の子たちも巻き込まれた。
彼女たちは負傷者を出しながらも、懸命に戦った。そして、今もあちこちで戦っている。自分たちの土地くらい自分で守りたい。そう思ったはずなのに、よりによって、叶と小夜香のホームグラウンドを遠慮なく犯罪組織は破壊しようとする。
「負けるわけにはいかんのや……」
自分にだって意地がある。うさんくさいと思っていた政府の子たちは、ただただ命がけで戦った。自分たちの土地でもないのに。手を抜くことなく。話せないことがあろうが、うさんくさかろうが、確かに彼女たちは民間人のために戦ったのだ。それで自分達が遅れをとるわけにはいかない。負けへんぞ、負けてたまるかい。額の汗を手の甲で拭った。
自分の先代である祖母は、高齢すぎてもはやこんな奴らと戦うほどの力は残っていない。
叶の両親は協力を申し出たが、機密保持のため、そしてなるべく参加人員を減らすため、中央に断られた。叶は特に文句を言わなかった。
ベテランであり、自分と同じくらいの実力を保つ両親が、もし別件で事件が起こっても対応できるように、代表して叶はこの戦いに参加した。両親を慣れない抗争に巻き込みたくない気持ちもあったのだろう。
戦いといえば化物退治しかしてこなかった両親を叶は庇ったのだ。
『それにアタシの方が若いしな』というのが叶の主張だった。
さらに追撃を加えようとする魔術士へと疾走する。
小夜香は十字形に編み込んだ魔力糸を投擲した。敵が横に跳んで避けると、その体に魔力のワイヤーが光りながら迫った。
舌打ちしながら身を捻り、手元に蔓の鞭を出現させて魔力糸をたたき落とす。
が、捌ききれなかった糸が手元に絡みつき、外そうともがいた拍子に鞭を取り落とした。作り出した糸の束を、小夜香がすかさず肩に叩きつけた。
身を守るため成長を促進した蔓が振るわれ、糸束が空中で散る。
「どうらっ!」
次の瞬間、花弁を放ち続けていた赤い花が真っ二つに切断され、地面に向かってずり落ちていく。
巨大なかまいたちを叶が放ったのだ。小夜香が敵の注意を引きつけている間に、叶が魔力を一気に解放した。
巧みな連携。幼少の頃からタッグを組んでいたからこそのコンビネーション。
花弁をやり過ごしていた捜査員達が木や車の陰から身を乗り出して銃で反撃し、援護を継続する。
AKを連射していた構成員が、ひとしきり撃った後、血を噴き出しながらゆっくりと崩れ落ちた。
構成員は残り三人を残すのみとなった。
弾幕が少なくなった隙をついて、二人はすかさず前進する。
触手のような鞭の連続攻撃が再び二人を襲うが、再び衝撃波と魔力糸の集中攻撃で、それを跳ね飛ばし、それ以上の反撃を防ぐため、再び叶がかまいたちを放った。
回避することに魔術士が集中した瞬間を狙って、放たれた蔓の先端による攻撃をかわすと、叶が飛び上がり、自分の足元近くにわざと衝撃波をぶつける。そして、その勢いを利用して、相手のすぐ近くに迫っていた。その隣に、小夜香が肩を並べる。
二人がついに肉薄する。
「舐めんなや即席用心棒が!」
『見下してんじゃねえぞ!日本ザルがあ!』
距離を詰められた魔術士が何かを怒鳴り返した。
咄嗟に拳銃を取り出す相手の手をワイヤーが巻き取った。撃ち出された銃弾が空の彼方へ飛んでいく。怒号をあげて、敵が魔力で強化された拳を振り抜いた。その拳に渾身の力で叶が同じようにパンチをぶつける。力が拮抗する。
「どかせるもんならどかしてみやがれ!」
『ぐ、あう、おおお!』
指の骨が折れていく音が響く。羅のうめき声が後に続いた。
彼の肘が、叶の鍛え上げた筋肉のプレッシャーに推しきられ、少しずつ曲がっていく。
決着が訪れる。力技で押し切った叶の拳が容赦なく全力で魔術士の鼻に叩き込まれた。さらに飛び上がった小夜香が相手の身体に魔力糸を巻き付けて引き倒し、倒れ込みながらも回転、その勢いを利用して後頭部に回し蹴りを放つ。
前と後ろからの攻撃に鼻血を撒き散らしながら、そのまま魔術士が崩れ落ちた。
「やったな!」
「せやな!」
二人はハイタッチをかわす。パチンと、高い音が響き、掌に心地よい衝撃が伝わってきた。
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