第十五話 西部戦線異誕アリ case23

 電灯が破壊された室内で、椿姫と茶花つとハサンつの視線が交錯する。

 アジトとなった屋敷では、対戦相手を変更してなお、攻防が続いていた。


 ハサンの長剣は、椿姫と茶花の攻撃を交互にかわし、隙を作らずに反撃を放ってくる。

 一メートル近い長剣の刃が震える。振動で空気が激しく動いた。先ほどから何度も大鎌の刃をぶつけているのに、全く砕ける様子がない。その抜き身は、かすかな青白い光に包まれている。それから判断するとハサンの魔術は、魔力で刃を伸ばし、軌道を操るだけでなく、刃そのものも強化するのだろう。それが、自分の強化された鎌と渡り合えるからくりだ。


『今から二十年以上前のことだ。米国でアジア圏を縄張りにした巨大な宗教結社による、同時多発的な都市襲撃事件が起こった。

旅客機がハイジャックされ、過激派メンバー達が高層ビルにそのまま突っ込ませたんだ。

さらに、国防総省にまで追撃が加わった。八・一三といわゆるその事件以降、米国は都市のシンボルたる建造物を破壊した馬鹿者どもを皆殺しにしようとした。その結果、アフガニスタンに軍事侵攻が行われた。君達も聞き覚えがあるだろう。歴史で習ったか?』


 椿姫が、足を地面から放し、炎弾で四発同時に放った。ハサンが刃を交差させ、直径二メートルほどの魔力の弾丸を放ち、攻撃を迎え撃つ。激しい爆風に目を細めながら、茶花は、素早く伏せ、銃撃しながら、弾が切れると、煙を大鎌で払いながら、敵の気配がする方へ走っていく。


 空中で二方向から迫りくる刃を椿姫が二丁のナイフ《ベレッタBM59用銃剣》を抜いて弾いた。ガンベルトに結び付けてあったもので、手数の多い敵に対応するために持参していたのだ。

 プラスチック製の柄が炎の輝きを受けて輝く。

着地するや否や、魔力で伸ばされた刃が、微かな光を放ちながら、銃剣に迫った。


椿姫は決して刃を直接ぶつけず、ひたすら動き続けて対応している。すり足で距離を詰め、手の先に魔力を集中させる椿姫。ハサンの右手の剣が手首を、もう片方の手が椿姫の左足の太ももを狙った。

 主の危機と、敵の殺意に対する激しい不満が茶花を駆り立てる。茶花がフォローに入ることも予測していたのか、大型の魔力弾を、椿姫に視線を向けながらも正確に放った。


(気配を読まれてるのです)


 そうとしか考えられなかった。右手をついて、腹から横に傾きながら、無理な体制で身体を持ち上げる。

二発の魔力弾が、自分の身体をかすめる寸前で外れて飛んでいく。目の前に迫りくる三発目を、左手で保持した大鎌を盾にして防いだ。爆発音とともに、左手を思い切り殴りつけられたような衝撃が伝わってくる。大鎌が後方の飛んでいき、後ろの壁にぶつかる。そちらに視線が吸い寄せられるのをこらえ、伏せながらレッグホルスターから拳銃を右手で抜いて構える。

 一瞬の間に、二つの刃が椿姫に迫っていた。

 うあ、と変な声が出た。銃身を持ち上げる。間に合わない!


「くそっ!」


 左脚に迫る刃を、飛び上がることで椿姫がかわし、右足のブーツの底で反対方向からの抜き身を、膝を曲げて蹴り飛ばした。鋭いキックを受けて、刃の軌道が無理やり変えられる。

椿姫はそのまま床に向けて銀色の魔力弾を三発放つ。直撃を避けるため、ハサンが後方にジャンプした。椿姫が爆発の反動を利用して、空中でバク転しながら距離をとる。二本の剣の反り返った抜き身が、視線がそれた椿姫へと向かう。茶花は銃弾を放ち続け、それを妨害した。


『過激派組織の拡大、それに対抗するために雇われた各国の民間軍事会社の介入によって、戦線はどこまでも拡大した。米国は三千人規模の軍人を導入したが、宗教結社のネットワークは潰れなかった。戦闘に参入する人間も多様化したからだ。ハサンはネットワーク側についていた人間のうちの一人だ』


 椿姫が大型の炎弾を連続で放ち、ハサンを狙う。それを全てハサンが迎撃、あるいは魔力弾で迎え撃つ。屋敷の二階は、いまやほぼ全ての壁を壊され、二階のフロア全体が一つの大部屋であるかのようだった。

 今いる派手な色の絨毯を敷き詰めた穴だらけの部屋も、すでに深紅の炎に包まれつつあった。人よりはるかに丈夫な茶花も参りそうな暑さだ。戦闘服が流れ出る汗を吸っていく。椿姫も、肩で息をしている。


 黄褐色の迷彩服に身を包んだハサンは、無表情に戦闘を続けている。その四角い顎に大粒の汗が伝った。大柄な体からは考えられないような素早い動きで、銃弾と魔力弾を避け、破れかかった壁を蹴り、空中で回転しながら斬撃を放ってくる。大鎌で思いっきり弾くと、体勢が空中で崩れた。


ハサンはそのまま斜めに回転すると、こちらに向かって舞いながら長い脚でキレのある蹴りを繰り出してきた。

首を傾けて避けようとするが、自分の鎌が視界を半分ほど遮ってしまい、間合いを見誤ってしまった。右肩に強烈なキックがぶつかり、思わずよろめく。

その反動を利用して、さらに回転。

横向きになりながらさらに反対の脚で蹴りを放ち、茶花の額をつま先で蹴り飛ばした。目の前で星が舞い、そのままごろごろと後ろに転がる。とっさに鎌の柄を地面に何度もぶつけて勢いを殺した。


「何してくれてんのよ!」


 ハサンの背後から、二本の銃剣で椿姫が切りかかる。

 追撃しようとしたハサンが、背後を振り返り、曲がった鍔の先端で銃剣を弾いた。そして刃のついたT字型の峰を椿姫の首に叩きつける。


「くっ!」


 二歩下がった椿姫が魔力の盾を展開し、両腕ごと叩きつけるようにして刀身をそらした。バランスを崩したハサンめがけて、茶花が大鎌を投擲し、椿姫が特大の火球を同時にぶつけた。跳躍したハサンが天井に魔力の刃を突き刺し、体の前面に力をこめ、天井を切り裂きながら、前に進んでいく。そして、椿姫達の背後からわずか三メートルの場所に到達した。床が砕かれ、絨毯が一瞬で真っ黒に染まり、衝撃でちぎれて飛んでいく。


「想像以上にお前らはタフらしい」

「それはそうでしょ。アンタが今までに相手にしてきた奴らより、あたしたちはずっと強い」

「それはどうかな」


 ハサンのうっすらと皴の刻まれた頬にかすかに笑みらしきものが浮かんだ。


「お前たちが乗ってきたブラックホークに、この熱さ……。この国ではお目にかかれないと思っていたものばかりだ。大して期待していなかったが、どうやらここにも戦場はあったようだ。そういや、AKを持ってるヤツもいたか?」

「ここはアフガニスタンよりも暑いでしょ?ハサン・キスク」

「俺を知ってるのか」

「事前に聞いているのです」


 笑みが消え、またハサンが無表情に戻る。


『戦闘が激しくなれば当然、近所の国も巻き込まれてくる。アフガニスタン側に突き出したパキスタン領のとある地帯は、米軍やその仲間たちの退却時の逃げ場所になっていた。しばらくすると、ついにそこも過激派の標的にされ、国境がさらにあいまいになった。


見かねた現地軍すらも戦闘に参加し、最後は過激派とパキスタン軍、あるいは他の戦闘員の全てと米軍は戦火を交えることになった。ハサンはその混沌の中で、過激派に雇われていた傭兵だ。大江クリーニング襲撃のどさくさで撮影された写真をもとに照合したが、ハサン・キスクは米国、ロシアをはじめとするあちこちで危険人物扱いされている。日本政府があまり情報を持っていなかったから調べるのに苦労したよ。


もはや鎮圧する側が誰と戦ってるのかわかってないような場所だ。魔術士が秘密裏に人殺しを請け負うにはもってこいの場所だっただろうな。その後いつの間にか、ハサンはパキスタンを出て日本にやってきていたわけだ。 こいつは上海ヤクザの羅とは役者が違う。筋金入りの戦闘のプロだ』



「それだけの魔術の腕を持ちながら、やることは過激派のパシリ?宝の持ち腐れもここまでくれば笑えるわ。それで?今はヤクザ者の手下ってわけね。安いヤツだわ」

「理解できないことを理解する必要は無い。俺の両親は共に傭兵だ。父が魔術士だった。俺も物心ついた頃には、両親の仕事を手伝っていた。これでだいたいわかるだろう。ただ、それ以上に良い生き方を見つけられなかっただけだ。化粧品のセールスマンやペット用品の工場で働くような、そんな他の仕事をするくらいなら死んだ方がマシだ。そういう男だ。俺は」


 傭兵の男は、こともなげにそう言ってのけた。燃え盛る炎を背にして、平然とその場に立っている。

大きな背中の向こうには割れたガラス窓が見えた。椿姫が声に怒りを滲ませる。


「アンタが筋金入りの人殺し好きで、それでしか日銭を稼ぐことのできないクズだってのは分かったわ。けれど、なんで今回はヤクザの殺し屋に?どうして、この国を次に餌食にしたわけ?」



 ハサンが再びあざ笑うような笑みを浮かべた。茶花はすり足で動くと、椿姫のすぐ近くに移動する。


「さあな。勝って聞き出せ。お前たちはもうそれしかない。勝つか、」


 ハサンが交差させた剣をゆっくりと左右に広げていく。


「死ぬかだ」


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