第十五話 西部戦線異誕アリ case22

「飛ばすぞ!追いつき次第、間違いなく戦闘になる!備えておけ!」

「はい!いつでも大丈夫です!」

「……私も!」


 不破に促され、翠は、ランドクルーザーの助手席に飛び乗った。シートベルトを一瞬で締める。いつの間にか後部座席には白翅が静かに乗り込み、同じようにドアを閉めた。


 車の主が一気に集中を高める。彼女の緊張と集中が、まるでテレパシーのように伝わってくる。イグニッションキーが捻られ、各計器が一斉に動き出した。緊急時にいつでも対応できるように、国から供与されている不破の愛車は高出力を出せるように改造を受けていた。当然、防弾加工にも余念がない。

 翠は戦闘服に包まれた左脚に巻きついたレッグホルスターをぐい、と捻り、膝の上に拳銃SIG226が来るように調節した。白翅が自動小銃の弾倉を詰め替える音が車内に静かに響く。


「行くぞ!」


 今度は二人の返事を聞くことなく、轟音とともにエンジンが立ち上がる。周囲のすべてを振り切ろうとするかのような速度で、ランドクルーザーが発進した。


 アスファルト舗装の道を車体は下っていく。

 法定速度は今や完全に無視されていた。翠は銃を構えて、ドアに寄りかかると、窓から銃身を突き出した。

 景色がどんどん流れていく。車の速度と、来るべき敵の姿を探す集中とで、設置されている標識がなんなのかすら判断できなくなる。隣でハンドルを握っている不破の表情は見えないが、きっと銃で狙いをつけている時以上に集中していることは想像できた。道路を挟む山の木々は、まるで果てしなく続いているかのようだ。


 追いつけるでしょうか、と聞くのはバカなことのように感じられた。不破はSAT隊員と同等の運転技術訓練をクリアしたエリートだ。それに、逃げる異誕をこうして追いかけたこともある。必ず追いつける。以前、空中を飛ぶ異誕生物をこうして追跡したことがあった。今回運転している相手はたぶん人間だろうが、人外に追いつけるのなら、何にだって追いつける気がした。

 不破からの言葉が無くても、翠は信頼していた。

 急こう配の道を走り抜け、車体が跳ね上がりながら、その先にタイヤから踏み出した。二つのヘッドライトが、闇に包まれた車道を切り裂く。

 光を浴びて、黒色のシボレーが姿を現した。



 人気のない国道を、不破の車が疾駆していた。不破がアクセルを強く踏み、車体が一気に加速する。それに対し、追いつかれまいと相手も更に速度を上げる。車が激しく左右に揺れた。出力をできるだけ高くしつつも、巧みに車の性能を活かしきるドライビングテクニックで着実に距離を詰めていく。


『ウソだろ、無茶苦茶な運転しやがって!暴走族かよ!』

『撃ち倒せ!車が潰れれば奴らも死ぬ!俺たちの勝ちだ!』


 助手席からAKを構えた腕が突き出し、銃弾が放たれた。不破が再び左右にハンドルを切り、攻撃をかわしていく。


「腐ってもシボレー。スポーツカーというわけか」

「止めてみせます!」

「……私も」

「頼んだぞ、上手くやれ!」


 不破がハンドルを切る。

 左右の車線を行き来しながら、巧みなハンドル捌きで、攻撃をひたすら回避し続けている。

 鋭いタイヤがコンクリート舗装の道路を切りつけ、まるで女の悲鳴のような音を立てた。翠の聴覚がそれに敏感に反応し、一瞬背筋が寒くなるような錯覚を覚える。それを打ち消そうとするかのように、翠は唇を軽く噛みながら、銃撃を続けた。薬莢がどんどん飛び散り、あっという間に硬い路面を流れて転がっていく。三点バーストで放たれた弾丸が空を切り、敵へと、その車へと向かって行く。

 シボレーの車体に弾丸が掠り、火花が飛び散った。


 やがて、後部座席の左側からも銃弾が放たれた。ひとしきりフルオートで掃射した後、すぐに車内に翠が身を隠した。

 入れ違いに白翅が銃弾で応戦し、敵に反撃の隙を与えない。

 空気の流れが激しい。窓から頬を出すたびに、体全体が揺れるのを、全身に力を入れて踏ん張り、なんとか正確な射撃姿勢をとった。

 シボレーの右側から、背広に包まれた手が現れ、高速でこちら側に何かが放たれた。透明の球状の何か。クリストファーの溶解液だ。


「ッ!」


 銃口の向きを強引に変え、辛うじて引金を引く。空中で溶解液と銃弾がぶつかり、飛沫が跳ねた。ランドクルーザーの車体にかすった部分から、悪臭を放つ煙が上がる。注意を前方に戻す。白翅と共に、ひたすら銃弾を放ち続けた。防弾加工されたバックタイヤに白翅の撃ったPB加工弾が当たり、そのまま防弾加工を貫通する。タイヤがコンクリートをこする音に苦し気なものが混じった。

 蛇行運転で二方向からの銃撃をやり過ごそうとするシボレーのタイヤが激しく路面を切りつける。


 ハンドルをとっさに操作して軌道を変え、激しく車体を揺らしながら、一気に加速しする。舗装された道路の外のガードレールに側面を削られて、ランドクルーザーの左側のドア付近から火花が噴き出した。自分の身体ギリギリまで障害物が迫り背筋が思わず震える。


 これだけ激しい音がしているのに、「はっ」と白翅が息を飲む音が聞こえてきた気がした。援護を再開した白翅が弾丸を三転バーストで放つ。敵のフルオートをランドクルーザーがかわすが、白翅の放った弾丸も外れた。


 その動きのせいでこちらの攻撃も当たりにくくなっているのだ。視界が大きく動く中、翠はひたすら集中する。一人ずつでも敵の人数を減らすしかない。

 屋敷に突入した時のことを思い出す。

白翅は急に強敵が現れても、窓から撃ってきている敵の援護を真っ先に撃ち倒したのを、翠は確かに見ていた。


 倒せる敵を先に倒すのは、何よりも重要なことだ。

 狙いを正確に定め、狙える標的を見つけ出す。攻撃のタイミングが合う敵を、状況に応じて見つけ出す。


 相手の蛇行運転と加速に合わせて、ランドクルーザーが回転するような動きと共に、速度を調節、減速したのち、また加速した。

シボレーはこちらの二方向からの攻撃をかわし、なおかつランドクルーザーと接触しないように加速する。


そして、運転席を狙ってAKを持った敵の側近が助手席から身を乗り出す。不破が舌打ちしながら、右に急ハンドルを切った。銃の照準が、助手席の側近の身体へと迫っていく。左のドアに翠は強く寄りかかりながら、引金を引いた。


 SG552の弾丸を食らった頭が弾け、助手席から飛び散る肉片がコンクリートに叩きつけられた。それをタイヤがひき潰しつつ直進する。

 不破が「くそっ」と毒づき、声に不快感をにじませる。

 相手が取り落とした銃が車から放りだされ、地面を火花を散らしつつ、回転しながら滑ってくる。シボレーが右にハンドルを切ると同時に、後部座席の近くに、白翅の追撃の弾丸がぶつかり、防弾ガラスに蜘蛛の巣状のヒビが広がった。


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