第十四話 西部戦線異誕アリ case21
目の前で椿姫が屋敷の裏手の壁を大型の火球で吹き飛ばし、邸内に飛び込んでいく。
裏から突入した茶花たちは、周囲を警戒しながら、猛スピードで邸内を掃討していた。
銃を持った男たちが廊下で爆発する椿姫の炎に気を取られた隙に、壁を蹴り、大鎌でどんどんと構成員たちの身体を引き裂いていく。血が飛び散り、茶花の頬を濡らした。感覚が不快で、茶花は思わず露骨に顔をしかめてしまう。自分の頬の柔らかさが穢された気分だ。
頸動脈を切り裂かれて、血を噴き出している男の身体を踏みつけて、飛び上がる。そのまま天井近くから大鎌を振り下ろし拳銃を撃ってくる男を真っ二つにした。
奥の物陰に、銃を持ったまま隠れようとした男に二発の炎弾がぶつかり、向こう側に体が吹き飛んだ。
「先に行くわ」
「了解なのです」
椿姫の背中が廊下の曲がり角を注意深く曲がる。次の瞬間、ガンガンガンガン!と激しい物音と共に、椿姫が展開した魔術の盾に銃弾がぶつかった。椿姫が脛当てを装着した長い脚を踏ん張り、両手を前に出しながら、魔力の盾の防御を維持した。
「むー。それでは前進します」
「任せたわ!」
茶花が椿姫の背後の陰から飛び出すと、すぐ近くの壁を蹴りつけ、反動をつける。そして、そのままの勢いで反対の壁を蹴った。さらにもう一度蹴りつけ、左右の壁を順に蹴りつけると、ジグザグの軌道を描きながら、廊下の奥の空中へ到達する。中空に飛びながら、大鎌を思いっきり投げつけた。自動小銃を構えていた二人組の構成員がまとめて回転する鎌の刃に切り裂かれる。床に降り立つと、死にきれず喘いでいる一人の腹を手元に戻した鎌の先端で突き刺した。鎌の鋭さのせいか、ほとんど手ごたえがなかった。
あまりに慣れ親しんだ感覚であるがゆえに、そう感じたのかもしれなかった。
茶花が任務で初めて人を殺した時もそうだった。感じたのは、「ああ、またか」という既視感と飽きのような感覚だった。
考えてみれば、当たり前の話だ。だって茶花は、今の姿になるずっと前から人を殺していたのだから。様々な人間の手に渡って。最初の所有者だった、巨漢の英雄。それ以後の多くの傭兵たち。鎌を振るったのは確かに所有者たちだったけれど。それは茶花自身が手にかけたも同然だった。
なんのことはない。
だから、茶花は人殺しの感覚を生まれながらにして知っている。だから、異誕以外の生物をいくら殺しても、茶花は既視感しか感じない。それと、ほんの少しの飽きと。もう身体は既に慣れてしまっていたのだ。
後ろから、椿姫が足音を殺して追いついて来る。廊下の右の角を姿勢を低くしながら、銃身の横から、廊下の先をのぞき込む。並ぶドアの一つが蹴り開けられ、その奥から銃身が覗いた。
「何人控えてんのよ!」
「わかりませんです」
横に並んだ椿姫が炎弾を放ち、時折拳銃に武器を切り替えながら、攻撃を放っている。茶花は銃身を動かし、飛び出してくる敵を内心焦りを感じながら射殺していく。
訓練の時と比べて、面倒なところはいくつもある。例えば、相手も撃ってくるところ。いちいち避けなくてはならない。鎌のままなら、弾が当たっても、もしかしたら痛くなかったのかもしれない。いや、どうだろう。元の強度なら折れている可能性もある。
走って床に伏せながら、銃弾を浴びせ、フルオートで撃ってくる中肉の男を蜂の巣にした。
『化物が……』
血の泡を吹きながら、敵が動かなくなる。しゃがみこんで鎌の先端でつついたが、もう反応は無かった。
終わったようですね、と目を細めて伝えると、椿姫が頷きながら、手の甲で口元を拭った。
『こちら椿姫です。一階を制圧しました。二階に上がります』
『了解。捜査本部に伝える。庭はまだ制圧できていない』
『生活安全部の増援はまだですか?』
『少しずつだが到着している。敵の増援は現在制圧中だ。今、捜査員達に援護してもらっている』
インカムの奥から、発砲音が幾重にも重なって響いてくる。間違いなく交戦中だ。
(翠と白翅は無事でしょうか)
庭の面々がまだ交戦中ということは、防波堤になっている関西の魔術士たちがまだ生きていることを意味している。一方で、二階からは銃声があまり聞こえなくなっていた。その代わり、断続的な発砲音と、激しい物音が続いている。
戦況が変わったのは明らかだった。通信で呼びかけた方がいいだろうか。
『こちら翠です!二階にて交戦中です!敵の殺し屋と遭遇!ハサンと思われます!』
その途端、目的の相手から通信が入った。翠達が雑魚をあらかた倒したところで現れたらしい。銃声が少なくなったのはそのためだったのか。
「オーケー。茶花、応援に行くわよ!」
「もちろんです」
追加で作り出した魔力で運動力を水増しし、椿姫が走り出す。茶花は、その隣りに並ぶように走った。銃身を上げて警戒しながら階段を駆け上がる。
血にまみれた死体が転がる廊下を、二人でジグザグに走りながら抜けた。
やがて、椿姫がハンドサインで「止まって」と茶花に注意を促す。
階段を昇った先、廊下の一番近い部屋から二つ離れたドア。そのすぐ近くの壁に大きな穴が口を開けていた。ゆっくりと銃を構えつつ走り、大穴から銃を構えて中を覗き込んだ。空っぽの部屋だ。最低限の家具しかない。が、その左の壁にはやはり大穴が開いている。何かを高温のものをぶつけたのか、その周りは黒く焦げていた。そして、その穴の奥から激しい銃声と金属がぶつかる騒音が漏れ出していた。
『翠、白翅。近くにいる。気を張りなさい。四秒後に大穴の近くの壁を壊して、フラッシュバンを入るわ』
『……はい』
しばらくして、返事があった。返答に余裕が無い。胸の奥がうずうずしてくる。
椿姫の目配せに頷いて返答すると、壊れた壁をまたいで室内に踏み込んでいく。
そして椿姫が両手を突き出すと、右手から炎弾を放ち、顔を背けながらフラッシュバンを左手で投擲した。閃光が轟音とともに弾け、茶花は銃口を突き出しながら、鎌を盾にし、前進する。壁が砕け、煙がまき散らされる中、高速で床に転がりながら銃を構える翠と、引き倒された洋箪笥の陰に飛び込んで転がっている白翅の姿が目に入った。
こちらに背を向けていた男が振り向きざまに右手を振った。光る魔力の刃が一気にこちら側に伸びたかと思うと、蛇のように不規則な動きで茶花たちに牙を剥く。
様々な角度から襲い来る刃を、茶花は鎌をあらゆる角度にかざして刃で防いだ。
『こちら不破。分室のメンバー聞こえるか』
『椿姫です!翠達と合流しました』
代表して椿姫が声を張り上げ、足を狙って飛んできた攻撃を、ジャンプしながら足を開いて避けた。青白く光る人魂のような形のエネルギー弾が、床にぶつかり、音を立てて弾けた。そこには人魂よりも一回り大きな穴が出来上がった。無線の奥がこころなしか騒がしかった。椿姫を援護するためにダッシュしながら、茶花は直感する。壁に窓を開けたのはさっきの攻撃だ。
『クリストファーが逃げ出した。はっきりとは見えなかったが、焦も乗ってるだろう!今から車で追いかける!誰かついて来れるか!』
「まことですか」
大物が逃げだした。これでは突入した効果も半減する。無意味なイタチごっこはやりたくなかった。
「椿姫さん、私たちが行っていいですか⁉」
翠が声を張り上げた。穏やかな声を出す翠の方に茶花は詳しい。騒音にかき消されまいと大声を上げる翠の声はなんだか怒っているかのようだ。
翠が白翅を長く伸びる刃から庇うようにステップを踏みながら、弾幕を張った。
「どうしてよ!」
「私たちの方がクリストファーの戦い方を知ってます!今度は負けません!」
「けど、あんた、あいつに」
「仕方ないですね。それなら、茶花たちにお任せを。負けてないのなら、勝てるはずなのです」
「ちょっと!」
茶花は代わりに返事をした。翠の言い分は正しい。それに、いま戦っている敵の魔術士は、多少こっちも以前戦った経験がある。それに、今決断しないと、敵はこうしている間にもどんどん逃げ出すだろう。それに……
茶花は、椿姫がガーゼで翠の手当てをしているのを間近で見ていた。その時に感じたのは、翠に対する憐憫と、あることに対する恐れだった。
それは、自分の主に同じような傷跡がつくこと。翠のように赤く爛れ、肉が剥き出しになった傷跡を椿姫に作るわけにはいかない。翠は治る。人間の両親から生まれたとはいえ、感情のエネルギーと器物を両親として生まれてきた
『ありがとう、茶花さん』
『……行ってきます』
「行ってくるのです」
「私抜きで交渉成立ってわけね……」
茶花は腰だめで魔術士を銃撃する。激しい銃声が金属音と入り混じった。
「さあ、行きなさい!」
いつのまにか、魔術士の目の前には、青白い魔力の盾が出現して、それが攻撃を防いでいた、椿姫の盾とどっちが強いのだろうか。
茶花は大鎌を投げつける。部屋の出入り口のドアが吹き飛んだ。そして椿姫が翠達を背中に庇うように動きながら、炎弾の弾幕を張り、敵の攻撃を阻んだ。翠達が滑るようにして、ドアのあった空間をくぐり抜けていく。
部屋には、二人の魔術師と、一体の
さすがに消耗しすぎたのか、全員が肩で息をしている状態だった。
「この前はどうも。うちの後輩達を可愛がってくれたみたいね。決着を着けにきたわ」
椿姫が、強い視線を向けた。これで顔を合わせるのは二度目。そして三度目は確実にない。
取り調べの時に不破に会うことはあったとしても。
「勝負よ!デカ男!」
「お前はこの国の女にしては少し大きいな。切り刻んで、いい塩梅にしてやる。そっちの
「上等!茶花!食べられない焼肉の時間よ!」
「デカブツは真っ二つにされてもデカイことを証明してやります」
茶花が鎌を旋回させると同時に、椿姫が距離をとり、左足と掌を前に出して構えをとった。空間を切り裂きながら、茶花が距離を詰め、ハサンが迫り来る大鎌を左右に素早くステップを踏んで回避した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます