第十四話 西部戦線異誕アリ case17
「ところで、あんたは成功報酬貰ったら、どうすんの?ハサンの旦那よ。いくらもらうの?」
「お前と同額だ」
「それだけ?それじゃあさ、いつも報酬は何に使うの?遊び?女?」
「どちらでもない。生きるために使っている」
「欲が無いねえ。もっと派手に使わない?」
返事はない。少し呆れてしまった。ハサンは今まであった人間の中で一番無味乾燥な印象の人間だった。食い殺してもきっと旨くなさそうだ。人肉も食わなくなって久しい。他に旨いものはいくらでもあったからだ。この男は何が楽しくて生きているのか。
「そこまでそっけないと怪しいなあ。あ、わかった!実は俺よりもたくさん振り込まれてたりして!ボーナスが出るんだろ?まさか、俺への半金、実はピンハネしてたりしない?」
「お前を雇うために動く分の手数料は確かに受け取っている。ただ、それだけだ」
ハサンはクリストファーより先に依頼人に雇われた。今回の依頼を達成する殺し屋として。依頼人は直接現れず、彼を代理人として自分を雇ったのだ。自分に顔を見せたくない理由があるのだろうか、とも思ったが、ハサンも知らないらしかった。
彼も独自のネットワークの仲介で依頼を受けた。メールを介して、書類のデータが添付されていたのだという。個人事業主の傭兵にはよくある話だ。直接殺し屋が依頼人と顔を合わす時代はとっくの昔に終わっていた。振り込んだ金銭の額だけが信用できる全てだった。そこは本当の依頼人も、上海の連中も変わらない。
クリストファーは嘆息する。ねぎらいに、哀れみに、あとなんだ?その全部の感情が詰まった嘆息だった。
その時、着信音が鳴った。お気に入りのクリーム色の背広を探り、目当てのものを取り出す。
それはカーキ色の旧式の携帯電話だった。部屋の闇に紛れそうな暗い色。ここにかけてくる人間は一人しかいない。
依頼人だ。自分たちの本当の。ハサンも同じものを与えられているはずだ。
ハサンが眼で出るように促してきた。
「ハイ」
『ボクだ。状況に変化ないみたいだねえ』
「はは、よく分かったな。どこかから見てるのか?」
『探してみたら?ベッドの下や、机の引き出しがおススメだぜ?』
ボイスチェンジャーを介した抑揚のない声が耳に入った。こうした連絡は不規則に入っていた。また、事態が動いたら特定の番号にかけるようにとも。二日目にも、自分たちがヤクザたちの集合場所を潰したものの、その後、この隠れ家に潜伏しなくてはならなくなったことを伝えていた。その時もすぐに連絡は終わった。多少の愚痴を話した程度だ。つまり、上海のやつらは俺たちにちゃんと報酬を払うだろうか、ということだ。その時も、嫌みなくクスクスと笑っていた。
男か女かもわからないが、きっと生意気な奴だ。そして、英語がすさまじく上手い。
ネイティブに限りなく近いイギリス英語使いだ。
「あんた、面白いね。そんなジョークを言うやつはイギリス人に違いない」
『やめてくれよ。それに、ボクぐらいになると声の調子で丸わかりなんだぜ?で、次の予定は?どうやって、四人を殺すつもり?あの警察のペットたちを?』
「ハサンから聞いてないのか?」
『そっちにも聞くさ。だが、同意見かどうかはわからないだろ?ボクがだめだと言ったらダメだ。ハサンの意見を無条件で採用する』
内心やり方くらい自由に決めさせろと思ったが、振り込まれた半金の額を考えると言い辛かった。殺し屋は過酷な割に、入る金額はそう高くない。この星に生まれた瞬間から、人を殺して食糧を奪って、殺した人間を食って生き永らえてきた。
やがて、そんな生活をして数十年が経つと、人を殺して、しかるべき相手から報酬をもらえば、健康で文化的な生活が送れることを知った。以来、ずっとそうやって生きてきた。闇社会と癒着して、人を殺して飯を食い続けた。が、それでも足りないものがあった。
「簡単なことさ。今まで通り、海野会の残党狩りをする。もっと派手なやり方で。リベンジしたがってる警察どもはすぐに来るだろう。しかし、怖いもんだね。今どきの警察は殺し屋みたいなのを使う。特に、あの後から来た白い女。あいつ何者だよ」
スイ、という名の少女の後ろから現れた女は、魔術士でもないくせに、気持ち悪いくらいの速さで動いていた。ただの人間の動きとは思えない。異誕の気配がしなかった。逃走する際に無事だった仲間の車のドライブレコーダーに映っていた映像を見た。おおよそ、彼が知っている人間の動きではなかった。機敏な動きと、瞬きすらせずにならず者たちを葬っていく姿と、敵を殺すために、その仲間の身体を損壊してまで挑発し、その隙を突くという戦法を顔色一つ変えずにやってのけた。警察が捕まえなくてはいけないのは、ヤクザではなくあの女のような気がしてならなかった。
『ああ、そいつね。さあ?そんなやつもいるんじゃない?あんた達みたいな化物がいるんだから。無駄に丈夫な人間くらいいるでしょ。なに、気になるの?ほしいの?』
「まさか。俺は人間の女になんか興味ないよ。そうだ、一つ提案なんだけどさ」
『後金の値上げなら受け付けてないぜ?』
「それに近いんだが……あの四人、ほんとに殺さなきゃダメか?一人だけ生け捕りにして、俺へのボーナスにするってのはダメかな?」
『どういう用途だよ?……スイ、チハナのどっち?』
相手が笑い声で問いかけてきた。ふと、クリストファーはなぜか、相手の声の調子に少し違和感を感じた。
「どうして、その二択だと?」
『さっき人間の女には興味が無いって言ってたろ。人間じゃないのはそいつらだけだ』
「そうかい。まあ、そっちは保留でいい。スイの方だ。警察のペットらしいが、俺のペットにしたい。用途はそれだけだよ。娯楽用品だ。娯楽のない一生なんて無いのと同じだろ?」
前からずっと興味があった。
自分と同じ異誕の女に。
人間の女には興味が無かった。チンパンジーとセックスしたい人間はいない。それと同じだ。異誕の女とはかつて関係を持ったこともあったが、しばらく離れて暮らすうちに、この世を去ったらしく、それっきりだった。
その時は、何かをやり残した気分になった。
だから、ほかの同族の女に興味がある。クリストファーが探し求める娯楽とは、同族の女をものにすることだった。それでしか満たせない欲望があった。性欲を上回る、自分の中にある、どす黒いもの。その先にある、生殖欲という原始的欲求。
前の
スイは依頼主から送られて来た情報が正しければ、外見と年齢はさほど変わらないだろう。ということは、自分よりずっと歳下だ。
前に味わった女と何もかも違うということは、その女と交われば、違った快楽が得れるということだ。
今や彼はホルモンに従って行動しようとしていた。
クリストファーはハンサムな顔に不似合いなまでに下卑た笑みを浮かべた。全身の肌が疼く。
カーディガンの隙間から見えたぺたんとへこんだ腹。短いスカートから伸びる引き締まった形のいい脚。色白で幼さを残しながらも、整った顔立ち。その全てを蹂躙したい。
快活そうな顔つきと、すんなりした体は美少年のようにも見えたが、柔らかそうな腰つきと、つるつるとした肌の艶、そしてその肌を溶かされた時に漏れた悲痛な甘い声は、自らが
あの華奢な身体を深く貫き、自分の欲望を全て受け止めさせる。これまで一度も味わったことのない感覚を味あわせ、深く自分の存在を刻み込んでやりたかった。
何度欲望を満たせば、子供ができるかを試してやる。そして、孕んだ赤ん坊を腹から取り出し、無理やり腕に抱かせてやる。
望まない妊娠が原因で生まれてきた赤ん坊といっしょに絶望に泣き叫ぶ声を聞いてみたい。
長く生きると、娯楽に飢えてくる。
この娯楽は、きっと退屈しないだろう。楽しいだろうし、子孫も残せる。見た目からして、若く、ウェストも細い。そして丈夫だ。きっと子を妊娠しやすいだろう。子供を産ませた後に、じっくり調教してもいいだろう。
それに現金で成功報酬も出る。女を飼うにはちょうどいい部屋のある隠れ家を持っていた。しばらくは閉じ込めておけるだろう。うまく国外に運び出すのは手間がかかるが、今回は仕方ない。
「適度に社会にもまれてる感じがいい。チハナってやつはなんだかそそられん。あいつ、背丈のわりにガキっぽすぎる。たぶん頭の中は赤ん坊レベルだろ」
『娯楽かあ。ふうん……いいぜ、ちょっと待ちな』
相手が端末から遠ざかる気配がした。やがて五分ほどして、返事がようやく返ってきた。待ち遠しくてたまらなかった。
『いいぜ。好きにしな』
「イエス!あんたのことも好きになれそうだな」
『はっ!ジョークがうまいのはお前の方なんじゃないの?』
相手がきしるような笑い声を立てた。ややあって、言葉が続けられた。
『ああ、そうそう、最後に追加事項だ。もしもの場合だが……』
そしてある情報を告げられた。まったく。クリストファーは感嘆の息を吐いた。
今回の依頼人は、なんていたれりつくせりなのだろう!
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