第十四話 西部戦線異誕アリ case16

 星未幇の日本支部にたどり着くのは簡単なことだった。ハサンの言う「依頼主」は高度な情報収集力を持っているらしく、丁寧に仕事ビジネスに必要な手順を全てまとめて送ってくれていた。その中に現在の日本支部の場所、そして、これまでの拠点が記されていた。

 ハサンを通じて依頼を承諾すると、その日すぐに半金が振り込まれていた。いたれりつくせりだ。


 星未幇は現代の犯罪組織にありがちで、一定期間ごとに本部が別の場所に引っ越しする。警察への目くらましのためだ。

 ハサンと共に訪ねた時は、借金苦でバカな二代目が売りに出さざるを得なかった、大きなレストランの建物を改装して事務所に使っていた。


 アポなしで急に現れた二人を組織の荒くれどもが通すわけがなく、当然入り口で止められたが、かまわずに通った。新人らしい哀れなチンピラ達は職務を全うしようとした。

一斉に銃を抜いて二人を脅そうとし、そのうちの一人はいきなり発砲した。


 慌てず騒がずクリストファーは掌に溶解液の膜を出現させ、その弾丸を受け止めた。

その後、そいつは拳銃と顔面を同時に溶かされ、悲鳴を上げずに死んだ。他が呆然としている間にハサンの武器が蛇のように空間を横切り、チンピラたちの首を次々に切り落とした。

 後で分かったことだが、この時点で海野会という暴力団との抗争は水面下でどうしようもないほど激化していたらしい。事前に依頼主から伝えられた内容では、抗争の準備をしている段階ということだったが、クリストファー達が来日するまでにもう火がついていた。ここまで警戒された理由がようやく理解できた。自分達をヤクザの刺客だと勘違いしたのだ。でも、知ったことではなかった。


 拠点にお邪魔した後は、なるべく穏便に用件を伝えた。

 階下の部下たちを殺さず、武器を捨てさせ、降参させた。


「話がしたいだけだよ。いいだろ?変なそぶりをしたら撃てばいい」

「……くだらんことを言うのはよせ」

「なんだよ。こうでもしないと、こいつらビビッて、リーダーを呼ぶための声も出せやしない」



「何者だ、貴様ら」


 支部長である焦の隣に控えた背広の若者が憎々しげに吐き捨てた。

その態度から焦の用心棒であることはすぐに分かった。今回なんとか抗争に踏み切る決断をしたのも、この用心棒のおかげなのではないか。

 下っ端の中のリーダー格に、焦を呼ばせたのだが、一人では来なかった。吹き抜けの白い壁に囲まれたホールは、もともと少しお高いレストランだった頃の名残を残していた。そして、そこの今の主は、懸命に凶悪なギャングであろうと努力している様子だった。

 

「見ればわかるだろ?セールスに来た」

「その悪趣味な背広をか?」


 隣で焦は声こそ平静を装っていたが、顔は青ざめていた。


「やめとけよ、中国野郎チンキイがアメリカンジョークを飛ばしたら、それは別の何かになってしまう。あんたらには自分の大陸があるだろう」

「侮辱も大概にしろ、白豚が!」


 足元の床を突き破って、硬化した植物の蔦が先端を回転させながら突っ込んでくる。

 その攻撃はクリストファーの右目を正確に狙っていた。それを右手で力づくで受けとめる。攻撃の前に声で親切に教えてくれた。大した用心棒だ。


「いい反応。さすが魔術士。だが、威力は?」


 ドロドロに溶けた先端がホールの床に落ちて、羽目板を焦がした。

 少し離れたところで銃を構えていた一人が手の先から血を噴き出して絶叫する。


「指が!ああ、指!」

「無いな。切られたんだから」


 不意打ちで引金を引こうとした構成員は一瞬ですべての指をハサンの長刀で切り落とされていた。苦笑しながら、クリストファーは前に踏み出して、構成員に足払いをかけ、その頭に足を乗せる。

 そして、その場にいる全員に向けて人差し指を突きつけた。


「何者かって聞いたな!殺し屋だよ。あんたら、この日本の伏魔殿に風穴を開けようと何やら必死のようだが……。残念!このままだと穴だらけになるのはあんた達の方だ!ここで骨をうずめるつもりなら、それも結構。俺たちは損をしない。だが、あんたらのトップはどう考えるかな」


 一同は沈黙している。ぐるりとあたりを見渡し、足の裏に力を込めた。ぎゃっと声が上がる。怒りで顔を紅潮させた構成員たちが前に出ようとする。焦が続けろ、と辛うじて促した。


「何のセールスかって聞いたな!実力だよ!顔と名前!日本の組織と抗争をおっぱじめるんだろう!俺たちが手伝ってやろうじゃないか。こっちの要求は報酬。何が欲しいかわかるだろ!」


 上海の連中が強欲ながらも、なかなか抗争に踏み切れなかった理由はただ一つ。戦力に不安を抱えていたからだ。場合によっては暴力団だけで無く、警察側も相手にしなくてはならない。日本の警察は真面目だ。おそらく、こいつらの切り札はあの用心棒の魔術士だろう。しかし、一人ではいくら強くても限界がある。ここで戦力を増やせるのは渡りに船というものだろう。その気持ちに訴えるためのセールストークだった。


「お前たちが敵の間諜ではないという保証は?」

「もしそうなら、あんた達、もう生きちゃいないよ。殴りこんで切り刻んで、あとはポイだ。それにしちゃあ、回りくどすぎないか?なあ、ハサンくん」

「余計なことばかり言わずさっさと商談を済ませろ」

「あんたよくあちこちで営業できてるよなあ」


 足をどけてやると、指を全て失った男は、這って逃げ出した。三人の構成員が肩を貸して起こしている。不思議なものだ、指を失ったヤクザ者になんの価値があるんだ?

 指の無い男は泣き声に近いうめき声をあげている。


「俺に言わせれば、あんた達は事態を甘く見すぎだ。警戒するべき相手が、日本のヤクザや警察だけだとでも本気で思っているのか?」

「他にも居るというのか?」

「焦様!こいつらの言うことに……」

「黙ってろや!不覚を取った上に親同然の俺に口応えか!いつからそんなにテメエは偉くなった、アア⁉」

「はっ!失礼しました!」


 焦が一喝すると、慌てて魔術士が一礼する。そんな彼にクリストファーは初めて同情を覚えていた。大変だな、アンタも。俺ならそんな馬鹿、キレられた瞬間に殺してる。


「他にもいるかって?いるとも!この国には、その兄ちゃんみたいなのが犯罪を犯した途端、飛んでくる殺し屋みたいな連中がいるのさ。犯罪を犯した魔術士、それも人殺しをしたやつは確実に殺される。あんた達もまとめてな。そいつらが関わってきたら、あっというまにあんたらは牢屋かあの世行きだ。それに、地元にも中央にも魔術士はいる。ここで俺たちを使わずに、抗争をだらだらと続けるのかい?いや、違うな」


 言葉を切る。


「抗争は続かない。あんたたちが、あっという間に死んで終わりだ」


そして、ある事実を告げてやる。これも、依頼主のまとめた情報だ。三年以上前、とある指定暴力団が日本国内にいた魔術士を用心棒として雇い、手入れの際、駆けつけた捜査員を複数人殺害した事件を。

そして、その後、その魔術士と暴力団幹部達が、『仲間割れ』で死んだことにされたことも。依頼主達は偽装の匂いを嗅ぎつけていた。そこまでうまく国内の事件を隠蔽できるのは、その国の政府ぐらいだ。


「お前達の未来はその二の舞いだ。ましてや、日本人ですらないお前らは三面記事にもなれやしない」

「部下たちを殺しておいて随分な言い草だな」

「おいおいおいおい!強がってるところ悪いが、先に撃ってきたのはそいつらだ。俺たちはただ通ろうとしただけだ。なあ」

「ああ。それは正しい。動きが鈍すぎた。だから死んだ。弱いならせめておとなしくしてるべきだった……」


 初めてハサンの同意が得られた。軽く口笛を吹きながら、クリストファーはそろそろ話を締める時だと感じていた。


「で、どうするかね。上海の大将。このまま日本で、バカにしてる連中に準備不足のせいで身元不明死体にされるかい?それとも、ここで俺たちを使って勝って、上海のモー・グリーンとして名を馳せるかい?シンキングターイム」

「お前たちの狙いは本当に報酬だけなのか?」

「もちろんだ。後は、仕事の幅も広がるしな。あんた達が支配権を広げたら、これからも必要な時にあんたらが仕事をくれそうだ。なんなら、本国の仕事も紹介してくれよ。俺たちが気に入ったらな」


 ウインクすると、魔術士の青年が殺意のこもった眼で睨みつけてきた。ノリの悪い奴だ。

 さっきのセリフに嘘はない。事実、うまくいけば星未幇は自分たちを今後も使いたくて仕方なくなるはずだ。


「俺たちもさあ、しっかりとしたバックと地盤が欲しいわけだよ。上海にも、日本でも。得するだろ。俺たちも、アンタたちも。さっき死んだ奴らは気の毒だけどさ。ま、抗争で日本の暴力団にやられたことにすれば?」


 必要経費だろ?なんなら、もっと見ていく?俺たちの実力。

 そこまで言って、ようやく焦は自分たちを味方にする以外の道がないことを悟ったようだった。結果、セールスは成功した。


 依頼主から、クリストファーとハサンに与えられた仕事。それは、星未幇を本格的な抗争に踏み切らせ、追加戦力として現地で暴れまわり、中央政府の殺し屋ども、すなわち警察の極秘部隊を関西に呼び寄せることだった。


それから二人はターゲット達を次から次へと、大急ぎで葬っていった。フリーの殺し屋は、仕事の速さが全てだ。そして、犠牲者の数が三桁に達した頃、ついにが現れた。

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