第十四話 西部戦線異誕アリ case15

「交代だ」

「ああ、そういや俺だったっけ」


 クリストファー・ペンディーンは机の上に投げ出していた脚を床に降ろし、まくっていたズボンの裾をもとに戻した。左足の腿のあたりに、鋭い痛みが走る。

先ほ傷口を塞いでいた圧迫包帯をポリ袋の中に放り込んだ。包帯は赤黒い血に染まっている。

今巻いているのは新しく取り替えたものだ。


取り替えなくても、体外に出た血はいつか消滅する。

自分達のような化物フリークスはそんな性質を持っている。それでも取り替えずにはいられなかった。これは気分の問題だった。先日、『スイ』とか呼ばれていた女に撃たれた箇所の治りが遅い。四十口径の弾丸に少し削られた程度、一日か、長くても二日で完治するはずだった。

 今根城として与えらえれている部屋は京都の山の中腹に建つ屋敷の中にあった。

 上海系の組織は家具付きでここを借りていて、メンバーに周辺を見張らせているのが、部屋の窓からは確認できた。

 視界に入れる価値も無いので、今はカーテンを下ろしているが。



「すっぽかして、あんたに今日もやってもらおうと思ってたんだけどね」

「そうはいくか」


 四角く頑丈そうな顎に、やたらと上背のある男がひどくそっけなく答えた。名はハサンという。本名かどうかは知らない。どうであれ、大した問題ではない。

二人は交代シフト制で、拠点の周辺を見張りを担当していた。

 苦笑しながら、クリストファーは金髪の頭を軽く掻いた。この同業者はどうしてこうも会話をしたがらないのだろう?


「なかなか治らないんだ。コレ。血の匂いするだろ?変わった弾丸だったなあ」

「魔術的なものかもしれん」

「相手はあんたよりかは、俺の同類だよ?魔術使えるとは思えないなあ」

「銀でも使ったかもな」

「クソ、でも張り合いが無いよりかはいいよ」


 純銀は世界共通で使われている魔除けだ。欧州でも南米でも。彼はそれに苦しめられたことが何度もあった。あれは化物の身体にとっては毒になる。最初にこの地球の地表から銀を見つけ出した相手を殺せるのなら、彼は十万ドル払ったって良かった。

 おそらく何か特殊な改造がしてある代物なのだろう。痛みがちっとも引かない。

 気分が削がれる。今回の依頼の仕上げにはベストなコンディションで挑みたいのに。


「本当は一人でも減らしときたかったけどな。それも、あのおチビちゃんの方。そうすりゃ、俺にとってはもうこの仕事、七割は終わったも同然だ」

「悪趣味な奴だ」


 ひどく低い声でハサンが呟いた。悪趣味?とんでもない。娯楽の無い一生なんて、生きていないのと同じだ。

ああ、リフレッシュがしたい。なのに、発散できるものが近くに無い。


 一か月ほど前、クリストファーが『仕事』を引き受けるために、開設していたメールアカウントに暗号化された依頼のメールが届いた。彼の事務所は今は通信販売の小さな会社という名目で運営されていた。そして、その『商談』をネバダ州のあるホテルで行うことになっていた。


 そこに現れたのが、ハサンだった。最初は嫌な予感がした。これが自分を殺すために仕組まれた罠ではないかと疑ったからだ。自分は司法機関の関係者からも、同業者からも恨みを買っていた。六十年近くこの稼業に関わっていると、そういうこともある。おまけにハサンの噂も耳にしていた。中東紛争やイスラム圏で暴れ回っている傭兵にして、奇妙な術を使うという。

過激派からも、職業軍人からも恐れられる、危険極まりない犯罪者だとも。

悪い噂が多いという点だけが、クリストファーとハサンの共通点だった。

 魔術を使う者達にとっては、自分のような存在は目の上のたんこぶだろう。


 しかし、彼の話を聞いてみると、彼は自分と共に、ある依頼を達成するために雇われた、いわば協力者であることが判明した。


『俺たちの標的は……この四人だ』

『どういう集まりなんだ、この女たちは。ガールスカウト?』

『資料も受け取ってある。読んで確かめろ。読後処分せよとの事だ』


 そして、少女たちの写真を封筒に入った状態でこちらに寄越してきた。カメラの映像をプリントしたのか、あまり画質は良くなかった。一人ずつ映っていて、全部で四人。本当に何の集まりか分からなかった。


『なんだっけこういうグループ。喉元まで出かかってるんだけど』


 そういって指先で丸を描くクリストファーにハサンは冷たく言い放った。


『サークルだろ』

『そうそれだよ!依頼主はこいつらに男でも取られたのか?』

『これを見てもそんなことが言えるか?』


 そして、小物入れのようなパウチからもう一枚写真を取り出し、部屋のテーブルに投げた。

 空中でキャッチする。黒髪の小柄な少女が片手に持った拳銃をだらりと下げて、撮影者を見下ろしていた。

その翡翠色の瞳には、あらゆる負の感情が詰まっていた。そして、その表情はひどく悲しげだ。

少女はあちこち傷だらけで、もう片方の手は流れ出る血で真っ赤に染まっていた。

周囲は夜なのか、ひどく暗い。よく見ると、彼女の足元には薬莢が散らばっていた。

どういう状況で撮影されたのか知りたいところだった。がぜん興味が湧いてきた。そして、彼女たちの情報が記された資料を読み終わる頃には、この仕事を引き受けると心に決めていた。


『住所分かってんだろ?居場所がわかってるのなら、さっさと行って済ませちゃおうよ』

『そうもいかない。他にやることがある。それも、依頼主クライアントからの注文だ』


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