第十四話 西部戦線異誕アリ case13

 壁を隔てて喧騒が伝わってくる。翠達は捜査本部に出向いていた。といっても、今は待機中だ。なにかあった時にすぐ動けるようにここにいるだけにすぎない。

 実は先ほどまで、翠達が乞われたわけでもないのに、お茶運びや、雑用を手伝っていたのだが不破から「今は体力を温存しておくように」と釘を刺されてしまった。


「茶花たちの手持ち無沙汰、どうやって発散したらいいのでしょう。さあ、みんな手を。手を塞ぎましょう」


 茶花が近所のコンビニで購入してきたプチシュークリームの入れ物を開け、それをみんなに振り分けていく。皿が無いので、手渡しだ。


「翠には3個あげるのです」

「ほんとに?ありがとう茶花さん」

「感謝感激してください」


 茶花らしいねぎらいが嬉しい。二日ほど前までは、快晴が続き、気温も高かったが、今日は太陽が朝方からどんよりとした灰色の雲に覆われている。気温も低く、薄着だと肌寒さすら感じる。おまけに風が止むことなく吹き付けている。四人以外誰もいない小会議室に少女達の言葉だけが響いていた。


「台風でも来るのかな?」

「望むところです」

「……なんで立ち向かうの?」

「茶花、気候を挑発するんじゃないわよ。直撃でもされたらたまんないわ」

「私達にできる仕事って他にないんでしょうか?」


 ただでさえ、昨今の治安レベルが低下している。何もしないでいれば、焦りだけがつのっていく。

 窓から外を見下ろすと、巡回警邏に向かうパトカーが出て行くのが見えた。


「今はこれだけよ。それにこの前仕事はしたでしょう。本命は取り逃したけど……」


 多少のボロは出すはずよ、と椿姫。


「……派手にやってたからですか?」

「そう。大掛かりに動いたし、人員は削った。あたし達が優勢に決まってるわ」


 椿姫がプチシュークリームを乱暴に口に放り込んだ。


「おはようさん」

「おはよ、集まっとるなあ」


 今日ちょっと寒くねえか?と言いながら、部屋に入ってきた叶が歯を見せて挨拶する。隣の小夜香は片手に喫茶店の蓋のついたコーヒーカップを持っていた。


「おはようございます」

「うん。翠さん、大丈夫なん?怪我」

「はい。たいしたことありません」

「ほんとかあ?ほんとだったら丈夫で羨ましいけどよ」


 叶が少し乱暴に腰掛ける。


「痛かったら言えよ。出動するとき困るのはアタシらなんだから」

「痛くても休めるわけと違うしな」

「ちげーよ、肩組んでよ、円陣組んで、行くぞオー!ってのがやれなくなっちまうだろって話だ。肩痛いと地獄だろ。腰曲げなくちゃいかんし。脇腹痛かったら、やっぱり地獄だろ」

「叶はバカ力やからなあ」

「いつもそんなことやってんの?あんたたち」


 歯を見せて椿姫が笑った。


「これがバカにできねえんだって。気合が違うんだよ気合が」

「四年前の時だけかと思ったわ」

「四年経ってもやるもんはやるんだよ」

「進歩せんな、叶は」

「お前、自分が半年前にコーヒー飲めるように進歩したからって、その言い方はあんまりじゃねえ?こいつ、いつもドバドバミルクと砂糖いれてたんだぜ?やだね、マセガキは」

「なんでばらすねん!」


 この二人はいつも通りのようだった。ちなみに、四年前、というのは東京で事件を起こした異誕が逃亡の末、関西に潜伏していたことがあり、そこで関西に始末をつけるために出張した椿姫と怜理が土地勘のある叶と小夜香の実家に協力してもらったということがあったらしい。その時にいわばそれぞれの実家から出された使いがこの二人だったのだという。椿姫から、療養中に聞かされた話だ。


『二人とも、謝ってたわ』


 ガーゼを替え、薬品をつけてくれながら椿姫がそう言った。


『怜理さんのお葬式、出られなかったって。けど、あの二人たぶん呼ばれてないわよね』


 呼んであげた方がきっと良かったのよね、とも。きっとそうですね、と返したが、返事は無かった。


 雑談に区切りがついた頃、ノックすることなく、不破がいきなり部屋に入ってきた。

 寝不足のはずが、今日はいきいきしているように翠には感じられた。そしてある事実を告げ、再び出ていった。






 午前九時の講堂は、緊張した空気に包まれていた。兵庫県警本部の存在する官庁街全体も、それを感じ取ったかのように静かで、空気が重々しかった。


『起立』


 捜査本部長のマイクの音声が響くと同時に、広い講堂に集められた警察関係者たちが一斉に立ち上がる。翠達はもうすでに立ったまま、一番後ろの壁に寄りかかっていた。隣の白翅が、壁に寄りかかったまま目を閉じている。


『礼』


 翠だけが一礼し、白翅が瞼を開けた。

 続いて、管理官の波多野が挨拶をはじめ、捜査会議が始まっていく。

 しばらくして、資料を抱えた不破が壇上に登る。


『星未幇の構成員、及びその支部長である焦の拠点を特定しました』


 雛段の上で、不破が高らかに宣言すると、どよめきがあがった。ここに集められているのは、極秘扱いされている今回の事件で、星未幇を叩くために選抜されたメンバー達だった。凶悪な犯罪組織を叩くに心もとない人数だったが、戦力としては、翠達分室のメンバー達がカバーすることになっている。

 プロジェクターが、映像を投影し、そこに押収された証拠品がまとめて表示されている。構成員たちの持っていたテック9ピストルに、中国製のAK47。

 そしてその他の自動小銃。それらは大江クリーニングの中で発見されたものだった。


 香本社長は、やはり海野会の支援者だった。彼らの命令で、抗争の際に必要な銃器を集めていたのだ。彼はビルの中に転がっていた死体の山に埋もれていた。あの金髪の殺し屋に始末されたうちの一人だった。詳しくは確かめていないが、翠が突入した時に見つけた殺し屋に頭を掴まれていた死体。あれが、香本だったのだろう。彼らは報復することができなかった。


そして、おそらくその情報が上海の組織に流れた。理由は分からない。相手の情報網が優れているせいかもしれないし、内部抗争していたこともあって、別の派閥に裏切られて、告げ口されたのかもしれない。そして、先手を打たれ、大きな打撃をこうむった。関西での抗争は、このままでは星未幇が勝利を治めるだろう。翠達が何もしなければ、の話だが。

 翠は不破の話に注意深く耳を傾ける。講堂の中の緊張が強くなった。

 画面の映像がスライドし、別の画像が拡大される。


『大江クリーニングでの襲撃事件の際、現場で星未幇の構成員たちが使っていた盗難車両数台から、共通の土と、植物片が発見されました。知っての通り、日本は土壌のバリエーションが非常に豊かです。だからこそ、特定の土によって、場所がかなり厳密に特定することができます。また、現場で死亡した構成員たちの靴からも同様のものが発見されています』


 現場に応援にかけつけた殺し屋と暴力団員たちは、翠達の増援が駆け付けるや否や逃走した。その後、乗り捨てられた車を調べたのだ。全てが事前に用意された盗難車両だった。


『関西圏を中心に、多くの大学研究室に協力を求めた所、保存されているサンプルが多かったことで分布場所の特定に至りました。場所は……』


 不破がある地区の名前を告げる。それは京都府内にあった。


「場所そこで、間違いないんでしょうか?もしかしたら、一時的な潜伏場所かもしれない」

「それに、同じような土壌の土地は、他にもあるんやないでしょうか」


 挙手して尋ねる捜査員達に不破が頷きながら説明する。


「もっともです。他に根拠もあります」


 不破が無線機器を操作して、別の情報を表示した。地図情報が表示され、その一部が拡大される。マーカーで赤く囲まれた大きな建物がさらに拡大された。

 その隣には、翠の理解の範疇を超えたグラフが表示されている。


「これは電気会社のメインシステム、サーバーを通して得た情報です。この一帯に位置する、マーカーを表示した民家。ここだけ、三週間前から電力消費が異様に跳ね上がっています。おそらく、構成員を多く出入りさせているからでしょう。これまで消費量が少なかったのは、利用しているメンバーも少なかったからだと考えられます。住んでいる人間が増えれば、自然と電力消費も増えるわけです。それに、周辺を警備してもいるのでしょう。無線機器を敵が用いていることは、戦闘の際に確認済みです。やつらは、警察と暴力団、どちらも警戒するために無線通信を多用している。それもあってか、電気代がかなりのものになったと考えられます。ごまかしのために予備のバッテリーは当然使っていると思われますが、それの在庫にも限りあるようです」


 これだけの情報をこの短期間で集める分室の底知れなさに翠は驚きを隠せない。顔に出ているかもしれない。おそらく、公安の後押しもあるのだろう。


「さらに、麓のホームセンターを中心に防犯カメラを確認したところ、大江クリーニング周辺の街頭カメラに映っていた人物と同じ人間が映っていました。戦闘の際の生き残りです。買い出しにでも来たか、周辺の警備でしょうね」


 正確な拠点の場所が示され、制圧のおおまかな計画が伝えられる。突入は、明日午前二時。

 そのまま、会議はお開きになった。本格的なブリーフィングは、後に行われるらしい。


「京都?マジかよ。地元じゃん」

「家近くなんですか?」


 露骨に嫌そうな顔をする叶に、茶花が尋ねた。


「いや、違うけど」

「もしや身内に内通者がいる展開ですか?」

「そんな訳ねーだろ。なんでそうなるんだよ」

「この前読んだ本でありました。この人のです」


 と翠を指さした。


「私が影響与えてたんだ」

「その本ってどれ?」


 白翅が聞く。翠は答えたものかどうか迷った。


「……翠の本棚に今もある?」

「あるには、あるけど。もー、ダメだよ茶花さん!ネタバレになっちゃう」

「ごめんなさいです。お詫びに帰ったらその本を回収して証拠を隠滅、忘れた頃に白翅にお貸しします」


 それは果たして意味があるのだろうか。ついに椿姫が両手を軽く叩いて場をとりなす。


「はいはい。もういいいでしょ。今は英気を養うことに集中しなさい」

「くそ、せめて京都人に改宗してから住めよチクショウ。ヤクザども。縄張り京都に無いくせに」

「どこに怒ってんねん」

「モチベーション上がったみたいだから、結果的には良かったわね」

「こんなネガティブなモチベの上がり方があってたまるかよ」





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