第十三話 西部戦線異誕アリ case11

 空中で体勢を立て直しながら、アスファルトに足をつける。

 ひしゃげた車の屋根から血を流して、魔術士が転がり落ちた。

 引金に指を静かにかける。照星と、魔術士の眉間が重なった。白翅はとどめの銃弾を放つ。


相手は負傷しながらも、ぎりぎりのタイミングで身体を捻った。

心臓を貫くはずだった弾丸は外れ、車の窓ガラスを打ち砕く。

 傷つきながらも、やはり長い戦闘経験がある故か、直撃を避けた魔術士は受け身をとり、頭を庇いながら、立ち上がっていた。


『おい、まだ終わりじゃねえぞ……』


 肩で息をしながら、相手がこちらを睨みつけてくる。飛び散ったガラスの破片が、顔の頬や耳に突き刺さっていた。相手が滑り落ちた車の近くには、顔がぐちゃぐちゃに潰れた大男が転がっていた。ぴくりとも動かない。これ以上の攻撃は必要ないだろう。


 姿勢を低くし、白翅はナイフを構える。容赦するつもりは無かった。相手の右手が震えている。ダメージが残っているらしい。ナイフで攻撃を仕掛け、その途中で銃で右手を完全に潰すべきか。白翅は相手を倒すために思考する。

 相手が歯を食いしばり、背筋を伸ばした。攻撃が来る。そう直感した時、首筋が冷たくなった。目の前の相手からではない。まったく別の方向から、強い殺意を感じた。


「え……?」


 思わず、横に跳ぶ。そのまま左手に持った銃で弾幕を張りながら走った。近くに止まっている、年代物の赤い車のサイドミラーに手をかけ、屋根の上に飛び移る。そのまま横に転がり、反対側に移動した。


「……!」


 空中に光が走る。何かが近くで空を切る気配がした。身体を横に傾けた。地面を蹴って後ろに下がる。キン、という耳障りな音と共に、身を隠した車が真っ二つになり、部品をまき散らしながら、左右に分かれて地面に叩きつけられた。その間を通って、なにかが空中を光りながら向かって来る。背中から地面に身体を投げ出した。素早く横に転がりながら、ポケットから出した弾倉を交換する。片膝を付いて銃を構えた。


 いつの間に現れたのか、銃口の先には、見上げるような大男が立っていた。二メートルはあるだろう。顔を味方に潰されて死んでいる大男よりもさらに背が高い。顔を蔓で叩かれる前に死んでいたのか、それとも自分の攻撃ですぐに死んでいたのかは分からないが。

 どっちがマシなのだろう。ただ、どっちが事実でも嬉しくないのは確かだった。

 新たな乱入者は、全身に黒っぽい戦闘服に似たデザインの上着と長ズボンを身に付けている。その側には顔を血だらけにした魔術士が悔し気に唇を歪めている。


『貴様、遅すぎるぞ。何をやってた』

『何を、か。待機中に来てやったというのに、大陸の連中はずいぶんと追加注文が多いようだな。戦士に休息は必要だ。これ以上の説明が必要か?』

『休息?そんなことより俺たちの事業の方がよっぽど重要だろうが。頼まれたら脚がぶっ壊れてでも駆け付ける。それが殺し屋の仕事だろ』

『違う。お前の中国語に合わせるのも疲れた。今度はお前が俺と同じ言葉を話せ。さもないと会話はしない。お前達のトップとだけ話をすることにする』


 乱入者は魔術士を一瞥すると、興味をすぐに失ったように白翅に視線を戻した。

 それから視線を下げ、銃口を見つめた。そして、表情を変えることなく、白翅の顔を凝視する。瞬きをさっきから一度もしていない。突然の乱入者に、刑事たちも銃口を突きつけたまま、動くことが出来ていない。


 無防備に構えているようでいて、男の姿勢には全く隙が無かった。

男の筋骨隆々とした両腕には凶悪な外見の長刀が握られていた。刃の部分はまるで人食い鮫の牙のように波打っており、ただならぬ威圧感を漂わせている。

四角く、張り出したような顎と薄い唇が男の印象をさらに冷酷なものにしていた。

 男が急に膝を曲げ、何かを振り下ろすように相手が腕を振り上げる。白翅はその腕を狙って撃った。弾丸がはじかれて飛んでいく。


 男の長刀の先端から、青く光る半透明の刃がまるで継ぎ足されたかのように伸びていた。そして、それはグネグネと妙な角度に曲がっており、振り上げた長刀の先端から、下に向かって伸びていた。それが男の手首を銃弾から守っていた。


 あれが相手の能力なのだろうか。この男も異誕なのか。あるいは、魔術士なのか。魔術士の反応しか現場から出なかった場所があったことを白翅は思い出した。

 つい先ほど真っ二つにされた車と、顔が潰れた中国人のヤクザの死体の映像が頭をよぎった。ふらついていた植物を操る魔術士が唸り声を上げ、その周囲から、太い木の根が突き出した。手には蔓の鞭が既に握られている。


(実行犯は、あの植物を使う人じゃない……)


 写真を直接見たわけではないが、白翅達も事件の資料は読んでいる。記載によれば、暴力団員たちが殺された現場では、鋭利な刃物でバラバラにされた死体が見つかったことがあったという。一番最近のものは、京都の料亭であった事件だ。

殺し方が全然違う。植物の蔓では人体をバラバラには切り刻めない。植物を使う魔術士はきっと、殺し屋と直接関係がないのだろう。もしかしたら、外部から雇われた人間ではないのかもしれない。不破も、彼の顔を思い出したという。思えば、初めからおかしいところはあった。

 彼は上海の仲間を傷つけられて、冷静さを失っていた。雇われた殺し屋なら、あの反応はおかしい。

 長刀の男はどこかで戦力として温存されていたのだろう。それが、今現れた。


(早く、翠の応援に行きたいのに……)


 強い焦燥が襲って来る。その時、空気が低く振動する音を白翅は危機感で研ぎ澄まされた聴覚で捉えていた。遠くから微かに聞こえてくるのは、複数の車のエンジン音だ。

 黒塗りのライトバンが二台。ブロックに危ない運転で侵入してくる。

車体に自動小銃を向けた上海組織の構成員が吹き飛ばされて別の車に激突した。肩から上が燃えており、ものすごい叫び声を上げながら、地面を転がっている。その近くの車には衝撃波がいくつもぶつかり、やがてひっくり返った。

聞き覚えのある声が、雑音よりも高らかに響く。


「動くな!殺し屋!死にたくないなら降参しなさい!」

「チクショウ!もう少しアタシの狙いが良けりゃ、あのデカブツ、ボーリング場のピンみたいに倒してやれたんだが!」


 ライトバンから、椿姫と叶が片腕を構えて狙いをつけている。加勢が来たのだ。


『時間をかけすぎたな』

『おい、遠回しに俺たちに引けと言ってるのか』

『これ以上にない、直接的な表現だろう。敵の数が多すぎる。計画を見直せ、上海野朗』

『てめえ、雇い主に意見するのが、殺し屋の仕事ではないはずだぞ』

『お前には雇われていない。お前らのトップが俺たちを雇っている』


 ライトバンから椿姫達が展開する。茶花が表情一つ変えずにいきなりフルオートで弾丸を放った。なにやら言い争いをしていた二人のならず者は、それぞれ左右に飛び退いて走り出す。


『早く決めろ。このままだとお前らはローストチキンにされるか、北京ダックになるか選ぶことになる』

『てめえらは死なない前提かよ!上に指示を仰ぐ!』


 あわただしく片方が携帯端末を取り出した。その前に立ち塞がるようにして大男が立ち、長刀を振りまわして弾丸を防ぎ、飛んできた火炎放射による攻撃を魔術士の首根っこをつかみ、転がりながら辛うじて避ける。


「馬鹿ね!大火傷しなさい!」


 衝撃で穴が空いたガソリンタンクの中身に引火した車が、爆発を起こした。二人が伏せる。そこに容赦なく追加で魔術士達が追撃した。もうもうと煙が巻き上がった。煙の中から、燃えかけの蔓の鞭と、傷一つない半透明の刃が振り回され、激しく空気が動いた。


『白翅、聞こえるか』


 聞こえてくる不破の通信に、白翅ははい、とだけ短く聞こえる。


『もうすぐ完全に現場が封鎖される。できるだけ粘るつもりだが、先に敵の数もできるだけ減らしておきたい。こちらの人数は充分だ。ペアの翠を援護してきなさい。後はこっちが何とかする』

「わかりました」


 仲間たちの援護のおかげで、しばらくは敵も攻撃できないだろう。白翅は不規則な動きで、身を低くしながら、目標のビルに接近した。

翠が登ったのとは反対側の壁にとりつき、壁に靴の裏をかけて、異誕や翠がやったように、足に力を込めて壁を蹴り登る。あっという間に屋上まで到達すると、そこから下の階へ降りていく。


やがて、白翅は降りた先のフロアで、聞き覚えのある銃声を耳にした。

 音のする方向に向かっていく。二つの殺意を感じる。似ているようで全然違う殺意。廊下の角を注意深く曲がる。

 広い廊下の両側の壁には大小様々な穴が開いていた。ものすごく嫌な匂いがする。血の匂いの方がずっとましに思えるくらい、嫌な匂い。

 廊下の奥では、見覚えのある小さな背中が、金髪の男と対峙していた。


「翠!」


 叫びながら、男を銃撃する。翠が銃弾を放ちながら、素早く後ろに下がった。白翅は前進する。二人の間の距離が詰まった。


「しらは、さん」


 掠れた声で翠が反応した。肩を並べる。翠のカーディガンは穴だらけになっていて、その奥は赤く染まっている。

二の腕や、わき腹からはどくどくと血が流れ落ちていた。頭の中がひどくざわざわした。


「お仲間登場かあ。なんで水差してくれちゃってんの?」


 金髪の男が半笑いで肩をすくめた。ブー、と奇妙な音が聞こえる。金髪がクリーム色の背広のポケットに手を入れた。


「これだとあんまり楽しくない上に、俺の方ばっかりしんどい仕事じゃん?リフレッシュもできやしない。どうしてくれるんだ?訴訟大国だったら賠償金いくらだろうな?」


 片手で古い型の携帯を取り出しながら隙を見せずに男はこちらを警戒している。


『ああ。うん。やっぱり増えてるのか、敵。勘弁しろよ。本命はどうすればいい?計画が狂ってしまうじゃないか、ええ?このままやらせてくれよ』


 そして、急に肩で息をする翠に視線を注いだ。その目が湿り気を帯び、口元が吊り上がった。白翅はひどく、ぞっとした。


『俺のリフレッシュの予定はお預けってこと?全く、信じられないよ。もう少し粘れないのかい?多すぎる?それなら……。わかったよ。こっちも萎えてたところだ』


 やがて電話を切ると、金髪がもう一度肩をすくめた。


「俺は長生きしてきた。だから大抵のものは嫌いじゃなくなった。ガキも大人になればブロッコリーくらい克服する。英語圏の生まれでも、日本語くらいできるようになる。でも、ずっと憎い奴がいる。それは『邪魔』っていうウザいやつの存在と、『欲求不満』っていう悪魔の存在だ」


 二人を交互に警戒しながら、男は素早く後退し、天井まで急に飛び上がった。そしてそのまま手から出した粘液で建材を溶かし、あっという間に穴を開けてしまう。


「今度は満たさせてくれ。おちびちゃん」


 穴がどんどん広がっていく。あっけにとられる白翅を尻目に、その穴を這い上がり、男は姿を消した。


 隣にいた翠が拳銃を構えたまま、何か言おうとして咳き込んだ。

 周りは刺激臭でむせ返るようだった。





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